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	<title>社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>プチハッピー</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jan 2025 11:00:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エコバッグ]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[温かい飲み物を]]></category>
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					<description><![CDATA[つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。 とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。 些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このこ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。</p>
<p>とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。</p>
<p>些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このことを書くほどとても嬉しい出来事となりました。</p>
<h4>出会いのコンビニ</h4>
<p>その日ワタシは、コンビニにある喫煙所でタバコを吸おうとしていました。</p>
<p>友だちと会うまでに少し時間もあったので、一服しながら時間を潰そうと思っていました。</p>
<p>この日はいつも以上に寒く、凍える手でライターに火をつけて、空に舞い上がる煙を眺めながら、忙しなく行き交う車たちを見ていました。</p>
<p>いつも以上にゆったりとした時間が流れているような気持ちになっていると、一台の車が駐車場に入ってきました。</p>
<p>すると一人の男性が慌ただしく車から降りてきた時、足には黒いエコバッグがまとわりついていたのです。</p>
<p>その姿を呆然と（エコバッグどうなるんだろう）なんて考えながらその行く末を見ていると、男性は気づかずにそのままエコバッグを引きずってコンビニに入ろうとしていました。</p>
<h4>無意識に声をかけ</h4>
<p>男性の足からスルリと落ちたエコバッグを拾い、勢いで男性に声をかけていました。</p>
<p><strong>「すみません。エコバッグ落としましたよ！」</strong></p>
<p>そう声をかけると、男性は一瞬驚いた顔をして<strong>「あっ。ありがとうね」</strong>と片手ではなく両方の手を添えてエコバッグを受け取ってくれました。</p>
<p>その対応になんだかワタシも嬉しくなって、男性に対してニコッと会釈を返しました。</p>
<p>そのやり取りが嬉しくて、なんだか心がほっこりした気分になりながら、再びタバコを吸い始めたのです。</p>
<h4>心遣いは突然に</h4>
<p>タバコも吸い終わろうとしている時、さっきの男性がコンビニから出てきてワタシの方へと向かって歩いてきました。</p>
<p>（なんだろう？）と思っていると、持っていたレジ袋からおもむろに飲み物を取り出して<strong>「ありがとうね。これ」</strong>と渡してくれたのです。</p>
<p>咄嗟のことでワタシは驚いて<strong>「そんな！！いいのに！！」</strong>と焦ったような嬉しいような気持ちになりながら断ろうとすると、男性は<strong>「いいから！ありがとう。助かったよ」</strong>と言って、そのまま車に乗り込んで去っていきました。</p>
<p>渡された飲み物は温かく、一瞬の光景だったけれど嬉しい気持ちになって、もらったペットボトルをキュッと抱き抱えながら横断歩道を気持ちスキップめで渡りました。</p>
<h4>心遣いに・・・</h4>
<p>生きていると、こういった出来事にはたまに出会ったりしますが、そんな時に<strong>「見返りをもらうぞ！」</strong>なんて気持ちを抱いたこともなければ、相手から<strong>「ありがとう」</strong>と言われるだけでも純粋に<strong>「無事に渡せてよかったな」</strong>と思うのですが、それでもこうして予期せぬ心遣いをいただいた時、心がこそばゆいような、嬉しいような、照れくさいような、じんわりと心がポカポカ温かくなるような気持ちになるんだなと感じました。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、人の温かさを感じるきっかけになるとは正直思ってもいませんでした。</p>
<p>本当に純粋にその気持ちが、その心遣いが嬉しくもありました。</p>
<p>そして横断歩道を渡りながら<strong>「寂しい時代になったとは言われるけど、そんなこともないんだな。日本も捨てたもんじゃないんだな」</strong>なんて思いながら、ルンルンで渡ったのです。</p>
<h4>大切な気持ちは忘れずに</h4>
<p>幼い頃から両親から、<strong>「目の前に困った人がいたら、助けられる人でいなさい。その行いは、人生貯金となって、自分自身に返ってくるから」</strong>と教えられてきました。</p>
<p>だから目の前でモノが落ちたり、道に迷っていたり、何かしら困っている人がいるとついつい声をかけて、口を出してしまうのがもう昔から染み付いているのかもしれません。</p>
<p><strong>「おせっかいなのかな」</strong>と疑問に思った時期もありましたが、今回の出来事をきっかけに<strong>「やっぱりやっていることは間違ってなかったんだな」</strong>と再確認できたのです。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、ワタシの心に大きな幸福と学びを与えてくれるきっかけとなりました。</p>
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		<title>AIの大いなる可能性と、３人の表現者たち</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Dec 2024 10:52:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[AI廃墟]]></category>
		<category><![CDATA[それぞれの作品を通じて]]></category>
		<category><![CDATA[架空昭和史]]></category>
		<category><![CDATA[表現することの楽しさを]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシの夫である西川真周は、一年前ほど前からAIを使って「架空昭和史」という新しくできたジャンルを通して作品を作り、頭の中で思い描いてきたものを形にして、SNSで発信を続けています。 その様子を見てきた中で、たびたび「彼 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシの夫である西川真周は、一年前ほど前からAIを使って<strong>「架空昭和史」</strong>という新しくできたジャンルを通して作品を作り、頭の中で思い描いてきたものを形にして、SNSで発信を続けています。</p>
<p>その様子を見てきた中で、たびたび<strong>「彼の頭の中ではこんな風になっているんだ」</strong>と驚かされることもありました。</p>
<p>そして架空昭和史の第一人者であるプロハンバーガーさんを師匠と呼び、リスペクトした上で活動を続けています。</p>
<p>ワタシも何度かプロハンバーガーさんに会ったことがあるのですが、彼は無邪気な表情を浮かべながら<strong>「ぜひ、一緒に架空の世界を盛り上げましょう」</strong>と笑顔でそう彼に伝えてくれました。</p>
<p>だからこそ彼は師匠の姿を追いかけて、その志を尊敬し、そして同じように表現することの楽しさを追い求めているのかもしれません。</p>
<h4>もう一人の作家に出会い</h4>
<p>そしてつい最近、プロハンバーガーさんと共にもう一人のAI作家のUMEさんと合同の出版イベントに行きました。</p>
<p>UMEさんはAI技術を使って、架空の廃墟を生み出している一人でもありました。</p>
<p>イベントに行くまで、ワタシはUMEさんの作品を見たことがなく、彼から名前を聞いただけで、どんなことをされていて、どんな作品を作っているかはあまり知らなかったのです。</p>
<p>合同イベントに行き、初めてUMEさんを見た時には物腰の柔らかい好青年という印象を受けました。</p>
<p><strong>「あの人が、AIで廃墟を作っている人なの？」</strong></p>
<p><strong>「そうだよ。ジャンルは違うけど、すごく繊細で、どこか職人みたいな気質があって、同じ表現者として尊敬しているんだ」</strong>と話していました。</p>
<h4>多くの誹謗中傷に晒されて</h4>
<p>イベント開始から始まったトークは、まさかの<strong>「Xに届いた無数の誹謗中傷の話」</strong>だったのです。</p>
<p>廃墟には根強いファンの方々がいて、AIで表現をすることは未知数のチャレンジとも言える部分だったのでしょう。</p>
<p>AIという言葉に初めから拒否反応を示す人がいたり、<strong>「こんなのは廃墟でもなんでもない」</strong>といった言葉を投げつけられたりもしたそうです。</p>
<p>出版するにあたり、架空昭和史ではなかった苦労をUMEさんと、UMEさんの作品に感銘を受けて協力してくれた出版社の方たちが口を揃えて<strong>「誹謗中傷は本当に辛かった」</strong>と話していました。</p>
<p>その言葉を聞きながら、UMEさん自身も戸惑っているような、それでも自分の作品に誇りを持っているからこそ、凛と構え、誹謗中傷とも向き合い続けたような印象を受けたのです。</p>
<h4>初めて見る作品の数々に</h4>
<p>元々オカルトや廃墟などにも興味があったワタシは、実際にUMEさんの作品を自分の目で確かめることにしました。</p>
<p>AIで作られたとは思えないほど繊細で、どことなく優しい雰囲気をまとい、現実と仮想の境目がわからないほど美しい廃墟ばかりだったのです。</p>
<p>見れば見るほど虜になっていき、彼のやっている作品とはまた違ったテイストの表現の仕方だったので、改めてAIの可能性を、そして表現する自由さを、目の当たりにした瞬間でもありました。</p>
<p>それと同時に、<strong>「これだけ素晴らしいものを作っていても、AIと名がつくだけで批判にさらされることがあるんだ」</strong>と、なんとも言えない気持ちになったのです。</p>
<h4>人柄も作品の一部となって</h4>
<p>イベントの最中にあった休憩時間や、その後の歓談の時間にUMEさんと話をする機会がありました。</p>
<p>初めこそ、彼の後ろについていきながら少しずつ会話を重ねたのですが、とても丁寧で柔らかい言葉の使い方をされる方で、それでいてワタシに対しても穏やかな口調で<strong>「今日は来てくださり、本当にありがとうございました。これからも大変なこともあるけれど、一緒に楽しみながら色々なものを作っていけたら良いですね」</strong>と話してくれたのです。</p>
<p>そして繊細かつ、どことなく優しさを感じる作品の数々は、きっとUMEさん自身の真の姿を映し出しているのかもしれない、そう思わせてくれたのです。</p>
<h4>AIの可能性と、正しい使い方を経て</h4>
<p>AIはいまだに賛否両論巻き起こる媒体であり、あまり良い印象を受けないようなことも多くあります。</p>
<p>どれだけ想像の世界で、それぞれが表現することを自由に楽しみたいと思っていても、中にはその気持ちを踏みにじるかのように悪用をしたり、誇りを持って活動をされている人の尊厳を汚すような使い方をする人がいることも事実です。</p>
<p>その中で純粋に表現することを楽しみ、自分の頭の中で描いた<strong>「こうだったら面白いかも」</strong>というものを、彼を含めた３人は表現されているのだと思うのです。</p>
<p>AIの可能性は無限大であり、これからますます発展していくことでしょう。</p>
<p>その中で誰かを傷つけるために使われるのではなく、純粋に<strong>「楽しい！面白いものなんだ」</strong>そう思いながら、正しく使っていける世の中になってほしいと、イベントに参加したことで改めて感じることができました。</p>
<p>そして３人ともに共通して言えることは、誰かを蹴落としたり、否定したり、自分だけが楽しむために使うのではなく、<strong>「AIには無限の可能性があり、そしてみんなで一緒に楽しみながら想像の世界を盛り上げていきたい」</strong>という気持ちが同じ方向を向いていることだと思うのです。</p>
<p>その思いは、きっと師匠であるプロハンバーガーさんから始まって、彼が受け継いで、UMEさん自身も新たな道を作り、少しずつ広がっていこうとしているのかもしれません。</p>
<p>これからのAIの可能性を信じ、そして傷つけ合う道具ではなく、あらゆる人に表現する楽しさを感じさせてくれるものとして・・・。</p>
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		<title>木挽に戻す、その日まで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Dec 2024 10:00:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[旧姓]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[苗字]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシの旧姓は“木挽（こびき）”という珍しい苗字です。 そして同じ苗字の人と出会ったことがいまだにありません。 とても珍しくて、すぐに覚えてもらえる苗字だから子どもながらに誇りに持ち、大切にしてきました。 けれども変わっ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシの旧姓は<strong>“木挽（こびき）”</strong>という珍しい苗字です。</p>
<p>そして同じ苗字の人と出会ったことがいまだにありません。</p>
<p>とても珍しくて、すぐに覚えてもらえる苗字だから子どもながらに誇りに持ち、大切にしてきました。</p>
<p>けれども変わっているということもあり、学生の頃からその苗字を馬鹿にされたり、からかわれたりすることも多くありました。</p>
<p>すごく悔しくて悲しい思いもたくさんしたけれど、それでも大切にし続けてきた特別な思いがある苗字でもあります。</p>
<h4>珠洲の名残を</h4>
<p>ワタシの父の出身は石川県の珠洲市です。</p>
<p>そして、この木挽という苗字も珠洲市の方に多く存在しています。</p>
<p>祖母の家の近くに木挽という名字の人たちが多く住んでいて、その中でも本家と分家があるような土地柄でもあります。</p>
<p>だから珠洲市に帰った時には、<strong>「木挽〇〇の娘です」</strong>というと、<strong>「あぁ、あそこの子か！」</strong>と言われることもよくあります。笑</p>
<p>震災後から珠洲市もあらゆる人に知ってもらうようになりましたが、昔は地名を言ったところで<strong>「どこそこ？」</strong>となるくらい、田舎の場所だっただけに、余計に旧姓は珍しかったのかもしれません。</p>
<p>母が住んでいるところと、珠洲に住んでいた父の二人の血を分けてワタシが存在していることもまた、自分の苗字に誇りを持っている理由でもありました。</p>
<h4>本籍地を変えて</h4>
<p>私たち夫婦は、初めは<strong>「結婚」</strong>という形を取ろうとは考えておらず、<strong>「事実婚」</strong>として苗字を変える予定も全くありませんでした。</p>
<p>けれども互いの両親のことも考えて、結果的に結婚することを選びました。苗字を変えることをずっと悩んではいましたが、彼の両親のことも考えた末に、苗字は彼のを、そして本籍地は珠洲市の方にしてもらうことにしました。</p>
<p>彼はワタシの苗字が珍しいこともあり<strong>「本当に苗字を変えてもいいの？」</strong>と何度も聞いてくれましたが、それでも本籍地を石川県にしてくれる配慮に応えるように、苗字を変える決断をしました。</p>
<h4>地震によって変わりゆく気持ち</h4>
<p>彼のお父さんには本当に良くしてもらっていて、彼の苗字である<strong>“西川”</strong>になったこともとても喜んでくれました。</p>
<p>だからワタシの名前を呼ぶときには、たまにフルネームで呼ぶこともあります。そして<strong>「嫁に来た」</strong>と言うのではなく<strong>「我が娘」</strong>と嬉しそうにフルネームで呼んでくれるのです。</p>
<p>けれども、2024年に起きた能登半島地震によってワタシの気持ちは大きく変化していきました。</p>
<p>この苗字は年々減りつつあり、ほとんどの人の高齢化が進んでいます。</p>
<p>一度は彼の姓になったけれど、震災直後から<strong>“木挽”</strong>に戻したいと思う気持ちが強くなっていきました。</p>
<p>あの場所を忘れないためにも、ずっと大切にしている苗字がなくならないためにも。</p>
<h4>彼に想いを伝えて</h4>
<p>そんなことを考えていることは、きっと彼にはお見通しだったのでしょう。</p>
<p>ある日突然、<strong>「納言ちゃんは、前の苗字に変えたいって思う？」</strong>と聞かれたことがありました。</p>
<p><strong>「正直に言えば、戻したい気持ちはあるかな」</strong></p>
<p><strong>「そうだよね。震災もあったし、珍しい苗字だから余計にそう思うよね」</strong></p>
<p><strong>「でも、パパも西川になったことを喜んでくれてるから。時が来たら、いつかは戻そうかなって思ってるんだ」</strong></p>
<p><strong>「そっか。僕もそれがいいと思う。苗字が変わっても夫婦であることに変わりはないから」</strong>そう言ってくれたことをきっかけに、ワタシは旧姓に戻す決意を固めたのです。</p>
<h4>いつの日か木挽に戻れるように</h4>
<p>何度か苗字について彼と話し合い、自分でも結婚した後から苗字を変えられるかなどを調べてみましたが、そう簡単に<strong>「変えたいです！」</strong>と言って変えられるものではないので、きっと時間も年月もかかるとは思います。</p>
<p>けれども、ワタシの両親にも<strong>「いつか、木挽の姓に戻すつもりだよ」</strong>と話すと、<strong>「お前、本気か！？ましゅうはなんて言ってたんだ」</strong>と驚きながら聞かれましたが、二人の会話をそのまま話すと、「<strong>・・・あいつ本気か？すごいなぁ」</strong>とただただ驚きと、それでも少しだけ嬉しそうな顔を浮かべていました。</p>
<p>とても変なことかもしれませんが、ワタシにとってそれほどまでにこの苗字は大切なものであり、残し続けたいものでもあります。</p>
<p>あの震災以降、本当にあらゆることを考えて、考え尽くしてきました。</p>
<p>そして珠洲市に多い苗字だからこそ、もしもこの先、あの町すら見捨てられて、忘れ去られてしまうことになったとしたら・・・そんなことが頭をよぎるくらい、今もなおあの町は崩れたままであり、人もどんどんいなくなりつつあります。</p>
<p>だからこそ余計にこの苗字を残し続けていたい・・・そう思う気持ちが強くなっているのかもしれません。</p>
<p>苗字を戻すことは当分先の話ではありますが、いつの日かもう一度、旧姓を名乗る日がやってくると思います。</p>
<p>そうやってできることから忘れないように、忘れ去られないように、ワタシはワタシにできることを一つひとつ積み上げていきたいと思うのです。</p>
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		<item>
		<title>今年一年、お疲れ様でしたッ！</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 16 Dec 2024 11:00:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[2024年]]></category>
		<category><![CDATA[2025年]]></category>
		<category><![CDATA[ありがとう]]></category>
		<category><![CDATA[一年を振り返って]]></category>
		<category><![CDATA[今年]]></category>
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					<description><![CDATA[今年一年を振り返ると、本当に色々なことがありすぎて長く感じた年でした。 気持ち的には「ようやく今年が終わる・・・」そんな思いでいっぱいです。笑 そしてワタシにとっても、家族にとっても、泣いたり、胸を痛めたり、心のささくれ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今年一年を振り返ると、本当に色々なことがありすぎて長く感じた年でした。</p>
<p>気持ち的には<strong>「ようやく今年が終わる・・・」</strong>そんな思いでいっぱいです。笑</p>
<p>そしてワタシにとっても、家族にとっても、泣いたり、胸を痛めたり、心のささくれがめくれて血が滲んでしまうような出来事が多かったような気がします。</p>
<p>けれども、結果的に全員無事に一年を終えることができ、そしてなんとかみんな揃って来年を迎えられることに今は心から安堵しています。</p>
<p>ということで、今年は疫病神でもついていたのかな？と思うほどの激動の一年を、ブログで振り返っていきたいと思います。</p>
<p>最後までお付き合いください！！！</p>
<h4>元旦の悲劇</h4>
<p>父の誕生日をみんなで祝うはずの1月1日に未曾有の大地震が起こり、父の実家は自然の脅威によって壊れてしまいました。</p>
<p>何度も訪れた場所は見たこともない景色に変わり、慣れ親しんだ家は、足の踏み場もないほど変わり果てた姿になってしまいました。</p>
<p>亡くなった祖父との思い出のスーパーは、この地震によって店を閉め、珠洲に帰れば必ず食べていたパン屋さんも廃業となり、そして祖母と叔父は仮設住宅で暮らすことになりました。</p>
<p>そこから何度も石川県に父と一緒に帰って、仮設住宅に泊まり、私たちにできることを一生懸命やり続けました。</p>
<p>無力ながらになんとか力になりたくて、もう一つの故郷に恩返しがしたくて、この一年、珠洲のことを忘れた日は一日もありませんでした。</p>
<h4>おじいちゃん、肺がんになる</h4>
<p>能登の地震が起きてから数ヶ月後、今度は母のお父さん、ワタシのもう一人の祖父が肺がんになりました。</p>
<p>昔から自由で、のんびり屋さんで、おおらかな性格の祖父とは、大人になってからたまに二人で出かけたり、時には恋バナをしたりすることもあるほど仲が良かったです。</p>
<p>そんな祖父が肺がんと診断されて、母は憔悴し、毎日のように泣いていました。</p>
<p>けれども、なんとなく別れの感覚が働かなかったので、<strong>「きっとじいちゃんは大丈夫だよ」</strong>と伝えた後、祖父の手術は成功し、今ではがんの転移もなく、少しずつ体力を戻すための生活をゆっくりと送っています。</p>
<p>たまに顔を出しに行って、一緒に出かけたり、珍しくワタシが料理を作ってあげたりしながら一緒にいられる時間を思い出に変えられるようにしています。</p>
<h4>納言、仕事を辞める</h4>
<p>去年まで体の調子があまり良くなく、毎日暗くどんよりとした日々を過ごしていました。けれどもある日から、少しずつ<strong>「仕事をしてみたい」</strong>と思えるようになり、そして4月から晴れて小規模園の保育士として働くようになりました。</p>
<p>けれども現場は劣悪で、園長先生の機嫌によって周りに当たり散らしたり、人によって態度を変えたり、子どもに対してもひいきをしたりする姿を見るたびに、<strong>「こんな嫌な思いをするために保育の現場に戻ったわけじゃない」</strong>そう思うようになりました。</p>
<p>パートではあったけれど、ワタシには子どもたちに対しての強い信念のようなものがあって、そしてどの子も平等に、そして可能性を大人が潰さないように、あらゆることを考えながら関わっていました。</p>
<p>けれども、保育とも言えない環境の中で、子どもたちの心も育たないやり方に、とうとう心が追いつかなくなってしまい、結局は辞めることを選びました。</p>
<p>ただ、あの園に行ったことで、また新たに出会った人と仲良くなり、今でも<strong>「納言ちゃん！元気？」</strong>と言って連絡をくれたり、一緒にご飯に行ったりなどの交流があります。</p>
<p>あの園のことは好きにはなれないけれど、それでも新たな出会いに感謝することもありました。</p>
<h4>パパ、胆管結石になる</h4>
<p>もう次から次へと、大変なことはやってきます。</p>
<p>春頃、ワタシは変な胸騒ぎを覚え、ましゅぴに<strong>「多分だけど命に別状はないと思うけど、パパ近いうちに病気になると思うよ。だから、病院に一度行った方がいいかもね」</strong>と何度か伝えたことがありました。</p>
<p>その予想は当たり、いつもなら起きて電気がついている時間帯に電気がつかず、心配した近所の人が様子を見に行ったところ、真っ黄色の顔をしながら倒れている所を発見してくれたのです。</p>
<p>朝イチで彼のところに電話があり、すぐに三重にある病院へと向かいました。</p>
<p>結果は<strong>「胆管結石」</strong>で、すぐさま入院となり、翌日には手術をしました。そこから何度も三重に様子を見にいきました。</p>
<p>パパとは義父というよりも友だちみたいな関係であり、本当に良くしてくれていたので、時間を割いて何度も会いに行きました。お風呂に入れない時には、水のいらないシャンプーを使って頭を洗ってあげたり、院内をぐるぐる歩いたりしながら時間の許す限り一緒に過ごしました。</p>
<p>ワタシが帰ろうとすると<strong>「もう帰るのかぁ」</strong>と寂しそうに言うので、<strong>「明日また来るよ」</strong>と義実家に泊まり、そしてパパに会う頻度をなるべく増やしていました。</p>
<p>手術も成功して、完全ではないですがパパもすっかり元気になり、たまに電話をかけて近況を報告し合っています。</p>
<h4>母、骨折の手前になる</h4>
<p>母も母で、実の父が病気になり、旦那の実家は震災で壊れるなど、次から次へと悩み事が増え、特に祖父の病院の付き添いや検査などに同行する機会が圧倒的に増え、家から約1時間かかる道のりを約半年以上もの間、週に何回も通い続けています。</p>
<p>そんなある日、急に歩き方が変になって<strong>「足が痛いんだよね」</strong>と階段を降りるのも辛そうにしていることが増えていきました。</p>
<p>そしてつい最近、ようやく病院に行くと<strong>「骨折の一歩手前だよ」</strong>と言われ、大好きだったマラソンもできるような状態ではないと伝えられました。</p>
<p>走ることが生きがいになっていた母は、走ることができなくなり、これから週に3回のリハビリを受けながら、足と膝の治療に専念するようになったのです。</p>
<p>ただ走っている人を見かけると<strong>「いいなぁ。お母さんも走りたいな」</strong>という姿を見て、なんだか胸がキュッとなりながらも、ワタシもできる限りのことをしたいと思うばかりです。</p>
<h4>納言、痛みのスペシャリストに会う</h4>
<p>新しい園で働くようになった頃から、あらゆるストレスによって少しずつ良くなった心の病がぶり返し、毎日のように頭痛薬を10錠以上も飲む日々が約半年間続きました。</p>
<p>仕事に向かう途中で急激に頭痛と動悸がし始めて、園に入った瞬間に頭の中で太鼓を叩かれているようにドンドコと脈を打ち始め、息が浅くなり、仕事中に何度も薬を飲んでいました。</p>
<p>せっかく戻った体重もどんどん減っていき、次第に気持ちは下がり、心も擦り切れていきました。</p>
<p>そんな時期に、ある心療内科で痛みに強い先生を母が見つけてくれたことをきっかけに、頭痛外来ではなく、心療内科で頭痛とうまく向き合っていけるような治療を今でも続けています。</p>
<p>たまに心が苦しくなってしまう時、何もやる気が起きない時、周りと比べて自分を惨めに思ってしまう時もありますが、それでも少しずつ自分のペースで毎日6割くらいの力で生きるようにしています。</p>
<h4>待っていろよ・・・前厄</h4>
<p>そんなこんなで今年は本当に色々なことがあって、正直嬉しいことよりも辛いことの方がはるかに多い年となりました。これまでもしんどいことばかりだったので、<strong>「さらに地獄みたいな状況が続くのかよッ！！」</strong>と一人でブチギレたこともありました。笑</p>
<p>ただ、これまでのことを振り返ると<strong>「大きな不幸だと思っていたもの全てが、最悪の事態をなんとか避けられている状態なのかもしれない」</strong>と思えることばかりでした。</p>
<p>これだけ多くのことが起きても、地震に巻き込まれて命を奪われてしまうことも、病気でこの世を去ってしまうことなく、家族全員がなんとか元気に生活をすることができています。</p>
<p>それはきっと、最大の不幸をそれよりも小さな不幸でなんとか回避できているのかもしれません。</p>
<p>そしてワタシは来年、前厄というなんとも厄介な年がやってきます。</p>
<p>今年は殿とお祓いに行きましたが、お祓い代を一番安い金額にケチったせいで、大変なことばかりが起きたかもしれないので、今度殿とお祓いに行く時には、ケチらずちゃんとやろうと決めています。笑</p>
<h4>最後に</h4>
<p>今年も納言ましゅぴ夫婦を応援してくださり、あらゆる形で関わってくださり本当にありがとうございました。</p>
<p>SNSを通じて多くの方と出会えたこと、時には勇気をもらい、時には優しさを分けていただけたことは感謝してもしきれません。</p>
<p>2024年は、皆さんの温かさに本当に救われた一年でした。</p>
<p>2025年は、応援してくださった方々に、ずっとオリナゴと仲良くしてくださる皆さんにも恩返しができる一年になれたらいいなと思います。</p>
<p>ましゅぴは架空昭和史作家として、納言はエッセイストとして、これからさらに表現の幅を広げて活動をしていきたいと思います。</p>
<p>2025年もどうぞ、よろしくお願いしますッ！！！</p>
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		<title>穏やかでいこうDAY</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Dec 2024 09:17:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[あたしンち]]></category>
		<category><![CDATA[アニメ]]></category>
		<category><![CDATA[懐かしい]]></category>
		<category><![CDATA[戻りたい平成]]></category>
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					<description><![CDATA[寒さが続くようになると決まって心がどんよりしたり、何もしたくなくなる気持ちが沸々と湧き上がってくる時があります。 その上がりきらなかったり、猛烈に下がったりを繰り返しながらこの12月を過ごしているのですが、そんな時は大抵 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>寒さが続くようになると決まって心がどんよりしたり、何もしたくなくなる気持ちが沸々と湧き上がってくる時があります。</p>
<p>その上がりきらなかったり、猛烈に下がったりを繰り返しながらこの12月を過ごしているのですが、そんな時は大抵何をやってもうまくいきません。</p>
<p>頑張って仕事に取り組もうとしても、コタツがそれを阻止するかのようにだらけさせてきます。</p>
<p>かといって、<strong>「じゃあ、エッセイでも書いてみるか！」</strong>と意気込んだところで、なんとなく気持ちが盛り上がりきらない・・・。</p>
<p>そんな時、ワタシは必ずあるものを見るようにしています。</p>
<h4>心の救世主</h4>
<p><strong>「やる気が起きないなぁ。あ〜あ・・・。どうしよっかな。何をしよっかな」</strong>と思いながらも、ワタシはスマホを片手にYouTubeを開き、チャンネル登録をしている『あたしンち』を見始めます。</p>
<p>体がだるい時、何もしたくない時、頑張れない時、そんなあらゆる「時」にはあたしンちのゆるさがぴったりなのです。</p>
<p>小学生の頃からずっと見ていた大好きなアニメ、そのアニメをこの令和になっても当時の気持ちのままで見られる世の中は、沈んだ気持ちにほんの微かな希望さえ感じさせてくれます。</p>
<p>あたしンちを見ている時だけは、この部屋が平成の空気感に包まれて、なんとも懐かしいやら穏やかになるやら、子どもに戻ったやらで気持ちが少しずつ温かく、穏やかになっていくのです。</p>
<h4>公式さん、ありがとう</h4>
<p>もうすっかりテレビを見なくなってしまいましたが、子どもの頃はずっとテレビっ子でありテレビがない生活なんて考えられませんでした。</p>
<p>けれども今となっては、スマホやiPadさえあればあの頃の好きなアニメから人気の映画まで見ることができる。</p>
<p>その中でYouTubeの公式さんが、ワタシのようなテレビ難民に手を差し伸べるかのようにかつてのエピソードをコンスタントにあげてくれている今、もう公式さんなしではやっていけないくらいになっているのです。笑</p>
<p>昔はビデオデッキに録画しておいたお気にりのエピソードを擦り切れるまで見ていたけれど、それも今となっては、お気にり登録をしていれば何度でも、いつでも見ることができる。</p>
<p>それこそ、やる気のない気持ちが下がっているワタシにとっては救世主のような存在になりつつあるのです。</p>
<h4>日常のあるあるを</h4>
<p>あたしンちのいいところは、やっぱり誰もが一度は経験した<strong>「あるある」</strong>の中に、どこか懐かしさを感じたり、<strong>「自分もそうだったよなぁ」</strong>なんて思いながら見れるところ。大袈裟かもしれないけれど、アニメ版タイムカプセルみたいな役割をしてくれているんですよね。</p>
<p>もう大人になってからは、あんな風に母に怒られることも、<strong>「ご飯よぉ〜」</strong>なんて呼ばれることもなくなりました。</p>
<p>みかんよりも小さかったはずの年齢を超えて、もはやみかん以上のお姉さんになってしまいました。</p>
<p>家族で食卓を毎日囲むことも無くなったし、一緒にテレビを見て団欒する機会もなくなりました。</p>
<p>学校の勉強に追われることもなければ、友だちと学校帰りにファミレスに寄ったり、一着の服を買うのに頭を抱えるほど悩むこともなくなってしまいました。</p>
<p>あれだけ大人になることに憧れていたのに、大人になると子どもだった頃が妙に懐かしくて、戻りたくて、憧れてしまう部分が出てしまうのも、あのアニメの魅力なのかもしれません。</p>
<h4>穏やかに行こうDAY</h4>
<p>ついつい冬の寒さと共に気持ちも下がり、脱力感を感じてしまうこともありますが、そんな時は「穏やかになろうDAY」と称して、ワタシはあたしンちを見ながら、心も体も脱力しながらゆったりとした時間を過ごすことに全集中します。笑</p>
<p>そして見た後は必ずと言っていいほど<strong>「自分家に帰ろうかな」</strong>なんて思いながら、実家に戻って、あの頃の懐かしさを味わいに行くこともあります。</p>
<p>令和になってからあらゆるものが便利になり、その便利さのおかげでこうして好きなアニメを好きな時に、好きな場所で見ることができてはいるのですが、それでもあの平成の時代を思い出して、ついつい<strong>「戻りたいなぁ」</strong>と思うのも、また今が恵まれすぎているからこそ、子どもながらに感じた不便さだったり、面倒くささだったりを感じたくなるのかもしれません。</p>
<p>そんなことをダラダラと話している今も、スマホからあたしンちを流して、あの時の気持ちに戻りながら穏やかな気持ちで、あの頃の日常を思い出しています。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>それぞれの勇気の出し方を・・・</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Dec 2024 11:00:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ストライキ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[子どものために]]></category>
		<category><![CDATA[自分のために]]></category>
		<category><![CDATA[集団退職]]></category>
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					<description><![CDATA[つい最近、あるニュースが目に止まりました。 それが「保育士の集団ストライキ」でした。 小規模園の保育士さんたちが、手作りのプラカードを持って路上に立ち、そして何度も何度も頭を下げながら思いを伝え続けている姿に、過去の自分 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>つい最近、あるニュースが目に止まりました。</p>
<p>それが<strong>「保育士の集団ストライキ」</strong>でした。</p>
<p>小規模園の保育士さんたちが、手作りのプラカードを持って路上に立ち、そして何度も何度も頭を下げながら思いを伝え続けている姿に、過去の自分と重なるようで重ならない部分がありました。</p>
<p>もしもあの時ワタシにも同じような気持ちを持った人たちと出会えていたら、ニュースの人たちのように抗議することができていたのかもしれない。</p>
<p>けれども現実はそう簡単にうまくはいかず、ニュースを見ながらぼそっと<strong>「すごいなぁ。同じ気持ちになって抗議をするなんて・・・ワタシにはそんな勇気も、同じ志を持った人を集める力もなかった」</strong>そう呟いていました。</p>
<h4>限界保育士だった頃へ</h4>
<p>ワタシはかつて<strong>「限界保育士」</strong>でした。</p>
<p>毎日の業務に追われ、園独自の謎のルールに縛られて、なんとかその小さな社会の中でやり過ごす術を考え続けていました。</p>
<p>どれだけ懸命に働いても認めてもらえることもなければ、給料が上がる訳でもありませんでした。</p>
<p>せめて子どもたちとの平和な日々を過ごすことができたなら・・・そうやって思いだけが強くなるだけで、現場の環境も待遇も改善されることはありませんでした。</p>
<p>日々同じ現場で働く先生たちの目つきが鋭くなり、言葉がキツくなり、風当たりが強くなっていく姿をただ受け止めることしかできない状況が、苦しくて、辛くて、ワタシの心まで暗くにごらせていったような気がしたのです。</p>
<p>何度も思いました。</p>
<p>この現状をなんとかできないだろうか・・・と。</p>
<p>けれどもそんな行動を起こす勇気をワタシは持ち合わせてはいなかったのです。</p>
<h4>戻りたくなる瞬間に</h4>
<p>今でこそ、ワタシは園という一つの社会の中で働くことを諦めて、別の形で子どもと関わる仕事をしています。</p>
<p>けれどもふと、過去の思い出がよみがえり、そして<strong>「もう一度子どもたちの成長を近くで見たい」</strong>と願ってしまうことがあります。</p>
<p>給料が安くても構わなかったあの頃。</p>
<p>子どもたちの笑顔だけがワタシの心の救いだったあの頃。</p>
<p>そんな<strong>｢あの頃｣</strong>が懐かしく、猛烈に戻りたくなってしまう時がありました。</p>
<p>けれども心を壊したことを思い出して、<strong>「もう戻ることはできないんだ」</strong>と胸が締め付けられる思いに駆られて、そして自暴自棄になる瞬間がやってくるのです。</p>
<p>ワタシの心に傷を負わせた人たちを恨むことは簡単でした。</p>
<p>見えていない相手に強い言葉で非難することも簡単でした。</p>
<p>けれどもその言葉の後に待っているのは、虚しさと寂しさだけだったのです。</p>
<h4>勇気の行動に何を思う</h4>
<p>ワタシはニュースを見ながら、自分自身の過去と重ねていました。</p>
<p>そして<strong>「ただ子どもたちと笑って過ごしたいだけなんです」</strong>と書かれたテロップに、ぎゅっと胸を掴まれた気持ちになって、ひたすら画面を見つめていました。</p>
<p>全国のテレビやネットにストライキの様子が流れ、そこには当事者の保育士たちの覚悟が垣間見えていました。</p>
<p>そしてその場所にいる先生たちはきっと、心の底から<strong>「子どもたちのために」</strong>そして<strong>「自分たちの尊厳のために」</strong>と勇気を出して行動を起こしたことでしょう。</p>
<p>その姿に、きっとワタシ以外の保育士たちも背中を押された部分はあったかもしれません。</p>
<p>狭く、排他的な環境だからこそ、こうして行動を起こしてくれたことは、あらゆる保育士の勇気に繋がることになったことでしょう。</p>
<h4>ワタシなりのやり方で</h4>
<p>そしてワタシは、そのニュースを見ながら<strong>「ワタシなりのやり方で戦おう」</strong>という気持ちを再び思い出させてくれました。</p>
<p>エッセイを始めてから、ワタシも彼女たちと同じ気持ちを持ち続けて、文章に残してきた一人です。</p>
<p>この先の未来ある保育士さんたちが、虐げられる時代を終わりにするために。</p>
<p>そして本当の意味で子どもたちと共に笑顔で過ごせる環境にするためにも。</p>
<p>ワタシはワタシのやり方で、一人の保育士として戦うことを決めたから。</p>
<p>その気持ちをもう一度思い出させてくれた彼女たちの勇気ある行動に、心から敬意と感謝を込めて。</p>
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		<title>ありがとう、そしてさようなら</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Nov 2024 12:32:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[イトーヨーカドー]]></category>
		<category><![CDATA[クレヨンしんちゃん]]></category>
		<category><![CDATA[思い出の場所]]></category>
		<category><![CDATA[聖地巡礼]]></category>
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					<description><![CDATA[「納言ちゃん！行こうよ、春日部に！」 そう彼に言われて急遽弾丸の春日部旅行が決まりました。 それはクレヨンしんちゃんの聖地とも呼ばれるイトーヨーカドーが、27年の歴史に幕を下ろすことになったから。 その事実を知ったのは少 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「納言ちゃん！行こうよ、春日部に！」</strong></p>
<p>そう彼に言われて急遽弾丸の春日部旅行が決まりました。</p>
<p>それはクレヨンしんちゃんの聖地とも呼ばれるイトーヨーカドーが、27年の歴史に幕を下ろすことになったから。</p>
<p>その事実を知ったのは少し前のことでした。</p>
<p>たった一度だけ、聖地巡礼のために訪れた場所。</p>
<p>その場所があらゆる理由を経て、11月24日に終わりを迎えることになったのです。</p>
<p>どこかで<strong>「最後を見届けたい」</strong>そんな気持ちがありましたが、ワタシが住んでいる場所からはかなりの距離があり、そう簡単に<strong>「行きたい！」</strong>と思っても、行ける場所ではありませんでした。</p>
<p>だからさよならを言えずに、このまま別れを惜しむことしかできないと思っていました。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" fetchpriority="high" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?resize=300%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-3258" width="300" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?resize=300%2C300&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?resize=1024%2C1024&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?resize=150%2C150&amp;ssl=1 150w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?resize=768%2C768&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design.jpg?w=1080&amp;ssl=1 1080w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4>眠れない前夜</h4>
<p>そんな気持ちを知っていた彼は、どこかで思っていたのかもしれません。</p>
<p><strong>「閉まる前に春日部に行ける方法はないか」</strong>ということを。</p>
<p>そしてワタシ自身も何度も<strong>「行きたかったな・・・最後にもう一度だけ聖地巡礼をしたかった」</strong>そう無意識に口にしていたような気がします。</p>
<p>そんなある日、たまたま友人たちと旅行に行く予定がなくなり、その日をどのように過ごそうかと彼と話していた時に、冒頭の言葉を言われたのです。</p>
<p><strong>「それって本気で言ってる！？」</strong></p>
<p><strong>「もちろん本気だよ。行くしかないでしょ。最後だよ」</strong></p>
<p><strong>「そうだけどさぁ・・・」</strong></p>
<p><strong>「これはもうどれだけお願いしても、もう二度と行くことができないんだよ。明日しか時間がないなら、これはもう行くしかないよ！ファンなら行くべきだよ」</strong>その言葉に胸を打たれ、私たち夫婦は急遽春日部に行くことを決めました。</p>
<p>その夜は、興奮と嬉しさと、寂しさであまり眠ることができなかったのです。</p>
<h4>思い出を塗り替えて</h4>
<p>いつもなら早起きが苦手なワタシも、この日ばかりは一番にベッドから出て、身支度を始めました。</p>
<p>しんちゃんグッズに身を包み、聖地巡礼する気持ちを高めて車に乗り込んだのです。</p>
<p>春日部に向かうまでの道中では、ひたすらクレヨンしんちゃんの音楽をかけてテンションを上げていきました。</p>
<p>嬉しさと無くなってしまう悲しさで、その時の感情はとても複雑でした。</p>
<p>けれども最後の最後になってしまうこの日を、全力で楽しもうと思ったのです。</p>
<p>かつて元彼と一度だけ訪れた春日部を、今度は生涯を共にすると決めた彼との思い出に塗り替えるためにも。</p>
<h4>大勢の人たちが惜しむ中</h4>
<p>春日部に到着して、一番初めに訪れた場所がイトーヨーカドーでした。</p>
<p>たくさんある駐車場はほとんど埋まっており、店内も多くの人でごった返していました。</p>
<p>誰もが入り口でスマホ片手に写真を撮り、思い出を残そうと、この景色を忘れないようにしようと、一生懸命なように見えたのです。</p>
<p>そんなワタシもしっかりとスマホの中に、そして頭の中にも記憶として、記録として残し、3階にあるしんちゃんのブースへと向かいました。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?resize=300%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-3259" width="300" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?resize=300%2C300&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?resize=1024%2C1024&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?resize=150%2C150&amp;ssl=1 150w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?resize=768%2C768&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-1.jpg?w=1080&amp;ssl=1 1080w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4>聖地を巡り</h4>
<p>イトーヨーカドーで売られている関連グッズを買い、しんちゃんのブースでたくさんの写真を撮りました。</p>
<p>多くの人たちがいることも忘れて、その時間を彼と共に堪能しました。</p>
<p>それから少し場所を移動して、聖地巡礼をすることにしました。</p>
<p>春日部駅の近くは、どこか私たちが住む場所と似ているような空気感があり、<strong>「なんだか懐かしいね」</strong>なんて映画に出てくるような言葉を言いながら、その景色を何度も何度も目に焼き付けていたのです。</p>
<p>至る所にしんちゃんに関する看板やオブジェ、それに建物もありました。</p>
<p>ファンからしたらこれほど幸せで、満たされた時間はありませんでした。</p>
<p>物心ついた頃からずっと変わらず好きでい続けたアニメ。そのアニメが舞台となった場所にいること自体、ワタシにとっては奇跡的な時間に思えたのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?resize=300%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-3260" width="300" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?resize=300%2C300&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?resize=1024%2C1024&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?resize=150%2C150&amp;ssl=1 150w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?resize=768%2C768&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-2.jpg?w=1080&amp;ssl=1 1080w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4>別れを惜しむように</h4>
<p>全てを回り終えた後、もう一度イトーヨーカドーの中へと入りました。</p>
<p>朝来た時よりも人は増え、それぞれがそれぞれの思い出を、懐かしさと共に噛み締めているように見えました。</p>
<p>春日部に住んでいるわけでもないワタシでさえ、<strong>「懐かしい」</strong>という感情と<strong>「無くなってしまう」</strong>悲しさで胸がいっぱいになっていたのです。</p>
<p>時代の流れとともに最先端で便利な商業施設は次々と建てられていき、それに伴い昔からあった場所はだんだんと無くなっていく。</p>
<p>その現実が余計に虚しく、そしてワタシも含めて多くの人が失って初めて気づくことになるのです。</p>
<p>当たり前にあった場所が、無くなるはずがないと思っていた場所が、時代と共になくなってしまうことがあるのだと。</p>
<p>そしてそれはこれから先、もっと増えてしまうことも・・・。</p>
<h4>ありがとう、そしてさようなら</h4>
<p>幻の春日部弾丸旅行は、あらゆる感情を思い出させてくれました。</p>
<p>たった2回しか行ったことのないあの場所は、ワタシの心に<strong>「懐かしい」</strong>という感情を抱かせてくれました。</p>
<p>便利になった世の中に感謝することもあれば、思い出の場所が消えていくことに悲しみを抱くこともある。</p>
<p>それを今回、強く、深く感じることとなったのです。</p>
<p>もしもイトーヨーカドーが無くならなければ、聖地巡礼をすることもなかったかもしれません。</p>
<p>ここまでの行動力を起こすこともなかったかもしれません。</p>
<p>そしてワタシは、今回の旅行を経て改めて<strong>「しんちゃんを好きになってよかった」</strong>そう思えることができました。</p>
<p>この気持ちはずっと変わらず持ち続けていくでしょう。</p>
<p>イトーヨーカドーがなくなってしまっても、あの日の思い出も、記憶も、心の中に大切にしまいながら。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?resize=300%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-3261" width="300" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?resize=300%2C300&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?resize=1024%2C1024&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?resize=150%2C150&amp;ssl=1 150w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?resize=768%2C768&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/11/Untitled-design-3.jpg?w=1080&amp;ssl=1 1080w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
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		<title>ワタシも愛してくれますか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 19 Nov 2024 10:31:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[いつかワタシに]]></category>
		<category><![CDATA[むけてくれるなら]]></category>
		<category><![CDATA[全て]]></category>
		<category><![CDATA[好意も]]></category>
		<category><![CDATA[愛情も]]></category>
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					<description><![CDATA[何度も声に出して伝えたかったことがあります。 心の奥底では叫んでいたのに、言葉にしようとするとどうしても勇気が出ずに諦めてしまっていたのです。 「ねえ、ワタシのことも見てよ。ワタシのことも同じように愛してよ。どうして、愛 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>何度も声に出して伝えたかったことがあります。</p>
<p>心の奥底では叫んでいたのに、言葉にしようとするとどうしても勇気が出ずに諦めてしまっていたのです。</p>
<p><strong>「ねえ、ワタシのことも見てよ。ワタシのことも同じように愛してよ。どうして、愛情をもっと向けてくれないの・・・。ずっと、ずっと待っているのに」</strong>そう叫んでしまいそうになるたびに、大きく息を吸い込んで、感情を押し殺して、そして何も感じていないフリをしました。</p>
<p>だから大人になったワタシは、自分の感情を表に出すことがほんの少しだけ苦手になっているのかもしれません。</p>
<p>悲しい感情は、笑うことで表に出さないようにしました。</p>
<p>言葉に詰まってどうすれば良いかわからない時は、ただただ相手を見つめることしかできませんでした。</p>
<p>それがワタシなりの、感情の表現の仕方だったのかもしれません。</p>
<p>そして今でも、その癖は抜けずに時折ふとしたところで出てしまうことがあるのです。</p>
<h4>羨ましくなんて・・・ない</h4>
<p>幼い頃から一番嫌いな感情は、<strong>「羨ましがる」</strong>ことでした。</p>
<p>わがままを言える人が、羨ましいと思えました。</p>
<p>自分の気持ちを子どもらしく出せる人が、羨ましいと思えました。</p>
<p>悲しい時は素直に悲しい気持ちを涙で表現できる人が、羨ましいと思えました。</p>
<p>ありとあらゆる<strong>「羨ましい」</strong>の感情は、ワタシの人生の中で、ものすごく邪魔で、心を苦しくさせる以外の何者でもありませんでした。</p>
<p>だからずっと、（ワタシには、羨ましいなんて感情はないんだ。それは、いけないことだから）と思うようにしていたんだと思います。</p>
<p>けれども、その感情に気づかないフリをすればするほど、自分に嘘をついているみたいに何故か胸が苦しくなってしまうことがあったのです。</p>
<h4>傷ついた心を隠すように</h4>
<p>子どもながらに、あらゆる<strong>「羨ましい」</strong>を経験しました。</p>
<p>そしてその度に、一つひとつ心に傷をつけながらワタシはワタシを見ようとしなくなったのです。</p>
<p>その代わりに、ワタシはワタシを嫌いになる方法はいくらでも見つけられたのです。</p>
<p>でもどこかで、思っていたのかもしれません。</p>
<p>みんなと同じようにワタシも見てほしいって。</p>
<p>みんなと同じようにワタシの存在にも気づいてほしいって。</p>
<h4>歪んだ大人になっていく</h4>
<p>子どもながらに何度も、叫びたいと思っていても、見てほしいと願っても、叶うことはありませんでした。</p>
<p>そして徐々に心を閉ざして、関わり方もわからなくなって、自分自身を見失っていきました。そして大人になった時に気づいたんです。</p>
<p>ワタシは一体、誰に何を求めていたんだろうって。</p>
<p>これだけ<strong>「愛してほしい」「見てほしい」「気づいてほしい」</strong>そう願っていたのは、誰にして欲しかったことなんだろうって。</p>
<p>その答えを知っていても、決して口にすることはできなかったのです。</p>
<p>それは大人になった今でも変わりません。</p>
<p>ワタシはワタシの気持ちを本当に伝えたい人たちに、伝えることができていないのです。</p>
<h4>愛情の形を探して</h4>
<p>だからワタシは大人になってから、手っ取り早く愛情を注いでくれそうな人たちに逃げるようになりました。</p>
<p>目に見えて愛してくれそうな人たちのところへ行って、その人たちにあらゆるものを補ってもらおうとしたのです。</p>
<p>体も、心も、そして過去も全て・・・。</p>
<p>けれども幼い頃から目を逸らし続けた現実は、大きなスキマとなってワタシの心の中へと刻まれていたのです。</p>
<p>だからどれだけ愛情をほしいと願っていても、彼らでは補うことができませんでした。</p>
<p>それどころか、結局は心と裏腹に相手に気を遣って、心に嘘をついて、見てもらえるように必死になり続けていたんだと思います。</p>
<p>だから今までの恋愛でも、心から愛情を感じられることはなかったのかもしれません。</p>
<h4>満たされない「何か」</h4>
<p>好きな時には彼らも、ワタシの体に触れて、言葉をかけてくれました。けれども体が重なり合って、体温を感じられるはずの時でも、何故か冷たさを、孤独を感じていました。、</p>
<p>そしてどこかで、<strong>「きっとあなたたちも、ワタシのことは見てくれていないよね。目の前にある今だけをきっと見ていて、いつか同じように去っていくんだよね」</strong>と思っていたくらいだから。</p>
<p>そしてその予想はいつも当たってしまうことも、恋愛をすればするほど分かったのです。</p>
<p>だからいつしか叫ぶことをやめて、<strong>「本当の愛情」</strong>を求めることを諦めてしまいました。</p>
<p>もう、過去のワタシが探し求めているものを、大人になったワタシが探すのに疲れてしまったから。</p>
<h4>愛情を探して・・・</h4>
<p>そして今も、ワタシは欲しかった<strong>「何か」</strong>を無意識に探してしまう瞬間があります。</p>
<p>今のパートナーでも満たすことのできない、幼い日のワタシが求め続けていた<strong>「何か」</strong>を。</p>
<p>本当は自分でも答えはわかっているんです。</p>
<p>けれどもその答えを言葉に出して認めてしまったら、きっと壊れてしまいそうだから。</p>
<p>だからいつまでも、探したフリをしてどこか心を守っているのかもしれません。</p>
<p>誰かのついでに見られるのではなく、大切な一人として、ワタシそのものを見てもらえる日まで・・・そっと心の奥底に隠しながら、時折叫んで、また探し求めてしまうのかもしれません<strong>。</strong></p>
<p><strong>「ワタシが欲しかったものを、あの時かけて欲しかった言葉を、大人になった今ならかけてくれますか？もしもこの関係が変わってしまったら、またワタシの気持ちから離れて、ワタシは誰かのついでになってしまいますか？もしも、わがままを言って良いのなら、もしも、自分の気持ちを伝えて良いのなら・・・ワタシのことを、ワタシだけのことを見て、そして同じように愛してほしいと言いたいです。それが叶わないのなら、ほんの少しだけでも心の片隅に入れてほしいと思います。ワタシはあなたたちのことを、心から同じだけの愛情を持って愛していることを・・・。その気持ちに嘘偽りはないことだけは、覚えておいてほしいのです」</strong></p>
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		<title>メタモルフォーゼ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Nov 2024 11:00:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[それぞれの価値観で]]></category>
		<category><![CDATA[なりたい自分]]></category>
		<category><![CDATA[時代]]></category>
		<category><![CDATA[流行]]></category>
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					<description><![CDATA[自分らしく、そして人生の中で輝けるように好きな服を着て、メイクを施して「なりたい自分になりきる」それがワタシの永遠のテーマです。 過去のワタシはその気持ちを捨てて、目の前にいる人たちに合わせて、そして言われた通りの格好に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>自分らしく、そして人生の中で輝けるように好きな服を着て、メイクを施して<strong>「なりたい自分になりきる」</strong>それがワタシの永遠のテーマです。</p>
<p>過去のワタシはその気持ちを捨てて、目の前にいる人たちに合わせて、そして言われた通りの格好になることだけを考えて生きる道を自ら辿っていました。</p>
<p>好きでもない服を着て、彼氏が喜んでくれるなら。</p>
<p>ナチュラルで似合わないリップをつけて、時代に取り残されずに済むのなら。</p>
<p>そうやって<strong>「なりたい自分」</strong>を脱ぎ捨てて、<strong>「同じように合わせる自分」</strong>を纏って生きていく道を選んでいたのです。</p>
<p>いつしか<strong>「変わる」</strong>こと自体を恐れてしまったから。</p>
<h4>真っ赤なリップ</h4>
<p>まだ祖母が生きていた頃、祖母がつけている真っ赤な口紅が大好きでした。</p>
<p>化粧品の独特な香りが好きで、祖母の唇を一気に華やかにしてくれる赤が大好きでした。</p>
<p>だから祖母にも<strong>「いつかおばあちゃんみたいに、赤いリップを大人になったらつけるからね」</strong>と約束したくらいです。</p>
<p>その言葉に祖母も嬉しそうに<strong>「納言ちゃんならきっと似合うよ。口紅は化粧の中でも一番大切なんだよ」</strong>と優しく話してくれたのです。</p>
<p>だから大人になって、自分で化粧品を買えるようになってからは真っ赤な口紅ばかりを選んでつけるようになりました。</p>
<p>どこか祖母の姿を追うように、祖母と同じリップを身につけることによって、あの頃の記憶が思い出されるように、周りがナチュラル系になっていく中で一人赤いリップをつけ続けました。</p>
<p>そんな姿を見た友人がワタシに<strong>「ねえ、いつまで赤リップをつけるの？もしかして30歳になった時とかもそんな色を使ってるわけじゃないよね？さすがに時代に取り残されると思うよ」</strong>と言ったのです。</p>
<p>その言葉を聞き流せばいいものの、ワタシは聞き流すことができずに、家に帰ってからも頭から離れずにリップのことばかりを考えてしまいました。</p>
<h4>引き出しにしまってナチュラルに</h4>
<p>その言葉を聞いて以降、どうしても真っ赤な口紅をつける勇気が持てなくなって、近くのドラッグストアでなるべく薄めの淡い色のリップを一つだけ買いました。</p>
<p>唇が変わるだけでかなり印象も変わって、気持ちもどこか満たされない気持ちになりながらも（ずっと赤いリップはつけられないよね・・・）と思うことで自分の気持ちに折り合いをつけるしかありませんでした。</p>
<p>祖母の言葉を大切にするよりも、時代に取り残される方がどこかで怖いと思ってしまう自分がいたから。</p>
<p>そしてリップを変えたからといって、人生に何か大きな変化があったわけでも、その友人から<strong>「そっちの方がいいよ」</strong>なんて言われることもなく、ただ一言<strong>「赤じゃないと地味だね」</strong>と言われてしまったのです。</p>
<h4>スカートを履きなよ</h4>
<p>そしてまた別の時には、当時付き合っている彼氏から<strong>「どうしていつもズボンを履いているの？もっと女の子らしい服装でもしたらいいのに」</strong>と言われてしまいました。</p>
<p>「ズボンが好きだから」と答えると、<strong>「ふーん。まぁ、俺はスカートのほうがいいと思うけどね」</strong>と返されてしまい、なんだか妙な空気になったことを今でも思い出します。</p>
<p>そんな彼が唯一誉めてくれたことは、唇がナチュラルになった時でした。</p>
<p><b>「そっちの唇のほうがいいよ。赤よりも」</b>と。</p>
<p>それが余計にワタシらしくいられない現状に拍車をかけたような気がします。</p>
<h4>ワタシのままで</h4>
<p>あらゆる人と付き合って、歳を重ねるごとに友だちも変わっていった今、ワタシもほんの少しではあるけれど、<b>「自分らしく」</b>いられるようになった気がします。</p>
<p>あれだけ否定されていた赤いリップは、時代とともにまた流行し始めた頃もありました。ただワタシも、あの言葉を言われて少し時間が空いたすぐに、自分の好きだった色に戻して、今では赤いリップは納言のトレードマークとして知ってもらえるようにもなりました。</p>
<p>そして服装も多様性の時代のおかげもあって、自分の好きな服を着るようになりました。もちろん、彼氏が変わるたびにその人が好んでいるファッションを取り入れるようにはしていましたが、その必要も今はありません。</p>
<p>少しずつ自分の中で、<b>「ワタシはワタシのままでいいんだ」</b>と言えるようになりました。それまでにはあらゆる葛藤があって、見失った時期があって、人の言葉に翻弄されたこともありました。</p>
<p>けれどもたった数人の人たちは、<b>「あなたのままでいたらいいじゃん」</b>と語りかけてくれたのです。</p>
<p><strong>「あなたがあなたでいる限り、そのままの自分を貫きなさい」</strong>その言葉に人生は大きく方向転換していったような気がします。</p>
<h4>変身し続ける人生を</h4>
<p>ワタシはこれからの人生で、好きなものを着て、好きな姿になれるようにメイクして、毎日をあらゆる姿になりながら変身することを楽しんでいきたいと思います。</p>
<p>どんな姿になろうとも、たとえそれが万人に受けなかったとしても、自分の中にある永遠のテーマだけは変える必要がないことを知ったから。</p>
<p>そしてそれはワタシ以外の人にも同じようなことが言えると思うんです。</p>
<p>この世の中にはあらゆる情報があって、どの時代にも流行があります。その流行は季節の移り変わりのように早く、そして<strong>「個性を大切にしよう」</strong>と言いながらもなぜだか<strong>「自分らしさ」</strong>を出そうとすると、芸能人以外は受け入れてもらえない部分もまだまだ存在するような気がするのです。</p>
<p>誰かと一緒の方が安心するし、流行を追いかけていた方がなんだか気持ちが楽になることもあると思います。</p>
<p>けれどもその中で、本当の自分と違う姿になっている人がいるのなら、流行という言葉を脱ぎ捨てて<strong>「自分を貫くこと」</strong>を纏ってほしいと思うのです。</p>
<p>誰かに反対されても、その誰かはあなたの人生を背負ってはくれません。そして彼らは意見を言ってくるけど、お金なんてもちろん出してはくれません。</p>
<p>そんな人のために自分を変える必要はないと思うんです。</p>
<p>あなたがしたいこと、着たい服、やりたいメイク、あらゆる部分であなたの魅力が散りばめられています。</p>
<p>そんな自分の声を、誰の声よりも一番に拾い上げてほしいと思います。</p>
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		<title>ノートに印をつけて</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 10 Nov 2024 09:27:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[ノートをつける]]></category>
		<category><![CDATA[痛みと向き合って]]></category>
		<category><![CDATA[薬]]></category>
		<category><![CDATA[薬物乱用頭痛]]></category>
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					<description><![CDATA[百均で買ったおにぎりのマークがついたノート。 そのノートにワタシは毎日印をつけています。 あまりいい印ではないけれど、数年前から頭痛と闘っているから、どれくらい薬を飲んでどれだけの量を摂取しているかを見るためにつけている [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>百均で買ったおにぎりのマークがついたノート。</p>
<p>そのノートにワタシは毎日印をつけています。</p>
<p>あまりいい印ではないけれど、数年前から頭痛と闘っているから、どれくらい薬を飲んでどれだけの量を摂取しているかを見るためにつけているのです。</p>
<p>それまでにワタシはノートなんてまったくつけたことはなかったし、どれだけ摂取しているかもあまり把握していませんでした。</p>
<p>だから、なんとなく<strong>「これくらい飲んでるだろう」</strong>そんな曖昧な感じで少しずつ少しずつ薬に頼る生活が当たり前になってしまったのです。</p>
<h4>面倒だけれど</h4>
<p>仕事を辞める少し前に、ワタシは鎮痛剤に詳しい先生がいる心療内科に通うことになりました。</p>
<p>頭痛外来に行っても、別の心療内科に行っても、この痛みが消えることはなく、ただただ薬を飲み続けて、痛みと闘って、そして何一つやる気が起きない状態で毎日を過ごすことに精一杯になっていた頃に出会った先生でした。</p>
<p>簡単なカルテを書いて、いつから症状が始まったのか、どれくらいの頻度で起きているのか、そんなようなことを書いた覚えがあります。</p>
<p>もう数年も前から痛みを感じていたけれど、何をしても意味がなかったから、どこかで諦めていたのかもしれません。</p>
<p><strong>「頭痛外来に行って薬をもらって、漢方も飲んだ。時には鍼治療に専念したり、心療内科にも通ったけど、何も成果もなかったし、痛みが消えることもなかった。だからきっと、今度も治ることはないだろうなぁ・・・」</strong>そう思いながら、カルテの質問に対して面倒だと思いつつ書き進めていたのです。</p>
<h4>飽き性な性格だから</h4>
<p>初めて会った先生はとても物腰が柔らかく、毎日の薬の量を聞いて、悲しんだり、時には共感してもくれました。</p>
<p>そしてワタシのカルテを見ながら、<strong>「こんなに薬を飲んでいたら、食欲も落ちるよなぁ・・・。辛いよなぁ。先生も薬に頼った時があるから、わかる。でもなぁ、辛いよな。でもなぁ、薬は減らしていきたいよなぁ」</strong>そんな独り言のような独特の寄り添い方をしながら、ワタシのカルテを何度も何度も見つめて、ある提案をしたのです。</p>
<p><strong>「薬に頼ってしまうのは、仕方がないと思うんや。でもなぁ、少しずつ減らしてはいこうなぁ。だから、ちょっと大変だけどノートをつけてくれるか？どれだけ飲んだかを知るためにも、自分でもわかるようにした方がいいと思うから」</strong>と。</p>
<p>その時の気持ち的には、（わぁ、ノートかぁ・・・飽き性だからな。続くかなぁ）そんなことを考えながら、ここで<strong>「嫌です！」</strong>とも言えずに、<strong>「わかりました」</strong>と返事をしてしまったのです。</p>
<p>そしてそこから、毎日どれだけ薬を飲んでいるのかを確認する作業が始まったのです。</p>
<h4>とりあえず、ノートでも買ってみるか</h4>
<p>ワタシは基本何をするにも形から入るタイプなので、家にある使い古された何を書いていたかも分からないノートに書くのは、どうしても気分が乗りませんでした。</p>
<p>かと言って高いノートを薬のために買う気にもなれず、ふらっと立ち寄った百均で目についたおにぎりのマークがついたノートを買うことにしました。</p>
<p>これならいつ飽きても、それほど心が苦しくなることもないだろう・・・そんな安易な考えを抱きながらレジへと向かったのです。</p>
<p>他の物と一緒にノートもひっそりと加えられて、ノート自身も<strong>「多分続くか分からないけど、とりあえず、僕で書いてみてよ」</strong>と控えめなコメントでもしそうな感じで、袋の中で待っているように見えたのです。</p>
<h4>毎日つけてみるけど</h4>
<p>ノートを買ったのは9月の終わりがけの時だったのですが、ノートの始まりは10月だったので、気持ち的にはやる気があまり起きませんでした。</p>
<p><strong>「つけてみてね」</strong>と言われたけれど、毎日飲んでいるから毎日つけなければいけないことも正直とても面倒だと思ってしまうくらい、この作業は全然前向きにはなれませんでした。</p>
<p>けれども先生に言われた手前、やらなかったらそれはそれで気が引けるので、仕方なく9月の間は今まで使っていたスケジュール帳に書くことにしました。</p>
<p>一日どれくらいの量を飲んで、どんな薬を飲んだのかを確認する作業がこの日からスタートしたのです。</p>
<h4>ようやく真のスタートだ！</h4>
<p>9月はほぼ気合いで毎日のように書き記していましたが、10月は新しいノートになり、気持ち的にも前向きな感じでページをめくって、その日の薬の量を書いていました。</p>
<p>百均とは思えないほど書きやすく、ペンの滑りも心地良かったこともあり、意外と書く作業に楽しさを感じていました。</p>
<p>そこからは、毎日、毎日、永遠にも感じられるような作業を繰り返し根気強くやるようになりました。</p>
<p>ノートをつけてみると、今まではなんとなく量を覚えていただけでしたが、毎日どのくらい飲んで、どのくらいの頻度で薬がなくなっているのかがわかるようになりました。</p>
<p>血祭りが近い時には量が増えたり、気持ちが不安定になりやすい時期にも薬の量が増えていました。</p>
<p>けれども楽しいことや嬉しいこと、いつもよりも食事の量が増えた時には薬は少しだけ減っているのも分かったのです。</p>
<p><strong>「もしかして、ノートをつけるってこう言うことだったのか！」</strong>と、まるで新たな発見をしたみたいに、なんだか嬉しい気持ちになったのです。</p>
<h4>これからもノートに印をつけて</h4>
<p>今もまだ、毎日ノートに印をつける作業は続いています。</p>
<p>そして少しずつではあるけど、昔みたいにかなりの量を服用することは減ってきているような気がします。</p>
<p>ただ毎日飲んでしまうのは、長年の癖みたいに不安を薬で抑えるみたいに痛みを感じそうになったら飲んでしまうのは変わってはいません。</p>
<p>いつの日か頭痛薬を手放して、一人前の食事を食べて、当たり前の健康と元気を取り戻したいと思っています。</p>
<p>きっとその道のりはかなり長く、そして何年もかけてやっていかなければならないことでしょう。</p>
<p>けれどもいつの日か、薬のことも気にせず生きることを目標に、今日もワタシはおにぎりのマークがついたノートに印をつけていくのです。</p>
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