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	<title>うつ病 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>5月の憂鬱を</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 07 May 2024 02:38:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[五月病]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[働くこと]]></category>
		<category><![CDATA[無職]]></category>
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					<description><![CDATA[ニュースを見ると「五月病」なんて言葉が躍り出て、その次に見る言葉は「うつ病」だったり、「精神異常」だったり。それらをまとめて「五月病」と報道される。 新社会人たちは初めて大人として社会に出て、不安の中で働くことと向き合っ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ニュースを見ると<strong>「五月病」</strong>なんて言葉が躍り出て、その次に見る言葉は<strong>「うつ病」</strong>だったり、<strong>「精神異常」</strong>だったり。それらをまとめて<strong>「五月病」</strong>と報道される。</p>
<p>新社会人たちは初めて大人として社会に出て、不安の中で働くことと向き合ってきた1ヶ月ではないでしょうか。</p>
<p>その1ヶ月を経て、ご褒美のように与えられているのがGWのような気がします。</p>
<p>まとまった休みが取れない社会人には、このGWの持つ力は相当だと思います。</p>
<p>田舎から出てきた人は、家族に会いに飛行機や新幹線に乗って会いに行った人もいるかもしれません。</p>
<p>はたまた、初めてもらった給料で好きな物を買ったり、大切な人に恩返しをしたり。</p>
<p>それぞれ想いがあって、初めての長期休暇を満喫したことでしょう。</p>
<p>しかし、この休みが終わると同時に、ある人は心を病み、時には仕事を辞めて、社会から離れようとする人がいるのも事実なのです。</p>
<h4><span id="toc1">社会の荒波を</span></h4>
<p>そんなワタシもかつては一年目と呼ばれる立場にいたし、初めてのGWを体験した一人でもあります。</p>
<p>でもどうしてだか一年目よりも、年数を重ねるごとに<span style="color: #ff00ff;"><strong>「仕事に行きたくない。社会の中で働くことが辛い」</strong></span>そう感じる場面が増えていきました。</p>
<p>やれることは増えているはずなのに、保育士としての在り方もわかってきているはずなのに、どうしてだか心が重たく感じてしまう瞬間が、年々増えていくような気がしました。</p>
<p>それでも心を奮い立たせて、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「五月病に負けてられない。もっと頑張らないと。もっと働かないと」</strong></span>なんて自分の心を無意識に追い込んでいたんです。</p>
<p>学生の頃には全くわからなかった社会の荒さが、時に残酷にワタシを追い詰めていくこともありました。</p>
<h4><span id="toc2">辛いに年数は関係ない</span></h4>
<p>この時期のニュースで取り上げられるのは、たいてい新社会人のことばかりです。</p>
<p>ワタシはふと思いました。辛いのは、何も新社会人だけじゃないんだということを。それは年数を重ねていけば行くほど、あらゆるしがらみに縛られていく状況を味わってきたからでしょう。</p>
<p><strong>「五月病」</strong>は、何も新社会人だけに起こりうることではないと思うんです。</p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>“</strong><strong>石の上にも三年</strong></span><strong>”</strong>と言われ、三年間がむしゃらに社会の中で働いてきた人が、プツンと糸が切れるように、心を閉ざしてしまうことがあるかもしれません。</p>
<p>中間管理職となり、時代的にも色々なハラスメントに気を遣いながら若い世代と関わりを持ち、上の世代は昔ながらのやり方で言葉の刃を向けてきても、<span style="color: #008080;"><strong>「中堅だから。それも勉強だよ」</strong></span>と有耶無耶にされて、我慢しているのかもしれません。</p>
<p>管理職はあらゆる重圧に耐えながら、慣れない時代の流れになんとかついていこうと必死なのかもしれません。</p>
<p>そうやって新しく迎えた四月をあらゆる感情と向き合って、ようやく大型連休へと突入するのです。</p>
<h4><span id="toc3">生きづらくなっていく社会の中で</span></h4>
<p>ワタシは最近のニュースを見ると、随分と生きづらくなってきたと感じることが増えています。</p>
<p>ほんの少しでも相手のことを考え、そして想像すれば歩み寄れるはずのことでさえも、ハラスメントに置き換えられてしまう現状に生きづらさを感じてしまいます。</p>
<p>かつて直接言葉を交わしコミニュケーションをとっていた時代から、スマホやアプリを通して関わりを持つことが増えていきました。</p>
<p><strong>余計な</strong>言葉は交わさない。</p>
<p><strong>余計な</strong>配慮はしない。</p>
<p><strong>余計な</strong>寄り添いも必要ない。</p>
<p>けれどもそれは本当に<strong>「余計」</strong>なことなのか、疑問に思ってしまうことも多いような気がします。</p>
<p>誰もが傷つかないようにと考えた結果、色々なことがおかしくなり始め、ルールだけがどんどん溢れかえってしまい、生きていくことさえ難しく感じる社会になり始めているようにも思うのです。</p>
<h4><span id="toc4">自分のことのように想像して</span></h4>
<p>ワタシは社会人を数年やってきましたが、あらゆる場面で<strong>「その言葉は本当に必要なの？」</strong>と思うこともありました。</p>
<p>感情的に言葉を吐き捨てること、これは全く必要のないことです。</p>
<p><strong>「あなたのためだよ」</strong>そう言いながら嫌味を言ってくること、これも全く必要のないことだと思います。</p>
<p>そしてワタシの職場だけかもしれませんが、<span style="color: #008000;"><strong>「早く結婚した方がいいよ。子どもは早い方がいい」</strong></span>と言われることも余計なお世話だと思いながら聞き流していました。</p>
<p>そんな時、<strong>「そうですね」</strong>と言えば余計なアドバイスをされ、<strong>「考えていないんです」</strong>と答えれば、時代のせいにされる。</p>
<p>それは時代のせいなんかではなく、ただ言葉を発する人たちがデリカシーのない言葉で、相手がどのような気持ちになっているかを想像できていないからなんです。そして言葉で傷つかないように、余計なことを言わないようにルールが次から次へと出来上がり、次第にあらゆる方向へと飛び火してしまったのかもしれません。</p>
<p>大切なことはただ一つ、相手の立場になって考え、そして想像すること、ただそれだけのような気がします。</p>
<h4><span id="toc5">働くことも手段の一つとして</span></h4>
<p><strong>「辛かったら働かなくていいんだよ」</strong>そう言ってもらえるのなら、ワタシはもう一度無職になっているかもしれません。</p>
<p>けれども無職になっていた時はそれはそれで、辛いことがたくさんありました。どんどん減っていく貯金残高を見ながら頭を抱え、年金の督促状にも涙を流したこともありました。</p>
<p>生きているだけでお金がかかり、何をするにもお金が必要になる。</p>
<p>ワタシにビジネスの才能でもあれば、別の形でお金を稼げたのかもしれません。けれども、一般人のワタシには、そんな方法は雲を掴むような話であって、どこかで働かなければ生きてはいけない。</p>
<p>そんなあらゆる気持ちを体験したからこそ、言えることもあるんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「辛かったら、その場所に留まり続けなくていいんだよ。</strong><strong>心が苦しくて、無意識に涙がこぼれてしまいそうになるのなら、その場所から離れる勇気を持って」</strong></span>そう伝えたいです。</p>
<p>いつかは働かなければなりません。けれども、同じ場所で長く苦しみの中にいるよりも、一度休憩を挟み、また心が前を向き始めた時に生きる手段として、働くことは悪いことではないと思います。</p>
<p>それは新社会人だろうが、中堅だろうが、管理職だろうが、どの人も同じです。</p>
<p>我慢して、文句を言って、時には自分以外の誰かに気持ちぶつけてしまうのなら、辞める方がマシだから。</p>
<p>かつて仕事のために生きていたワタシは、今では自分の夢のために、そして生活をする手段のために働いています。</p>
<p>働き方は人それぞれだけれど、たった一度きりの人生です。</p>
<p>五月の憂鬱に飲み込まれる前に、皆さんが心から笑って楽しく過ごせることに全力を尽くしてほしいと願います。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>鎮痛剤依存症</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Jun 2023 10:00:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[依存症]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[摂食障害]]></category>
		<category><![CDATA[栄養失調]]></category>
		<category><![CDATA[頭痛]]></category>
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					<description><![CDATA[私は約4年ほど、鎮痛剤依存と向き合っています。 それは過去の付き合っていた元彼と、結婚を考えていた頃に別れてしまい、仕事も上手くいかなくなった頃から、手放せなくなり始めたのがきっかけでした。 決して依存したかったわけでは [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私は約4年ほど、鎮痛剤依存と向き合っています。</p>
<p>それは過去の付き合っていた元彼と、結婚を考えていた頃に別れてしまい、仕事も上手くいかなくなった頃から、手放せなくなり始めたのがきっかけでした。</p>
<p>決して依存したかったわけではありません。</p>
<p>ただ少しでも、痛みが緩和されることを望み、よくなるために飲んでいたはずでした。</p>
<p>しかし、今では鎮痛剤を飲まない日はほとんどありません。</p>
<p>そして薬を飲まないと、生活に支障が起きてしまうほど痛みが強く、依存度も高くなってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">少しずつむしばまれていく体</span></h4>
<p>私の母は、片頭痛持ちでした。</p>
<p>幼い頃に<span style="color: #ff9900"><strong>「頭がいたい・・・」</strong></span>と言って、ベッドに横になって苦しんでいる姿を何度も見ていました。子どもながらに<span style="color: #ff00ff"><strong>「頭が痛いんだ・・・。そんなに辛いんだ。母ちゃんが死んじゃったらどうしよう」</strong></span>と考えてしまうほど、時には悶絶するほどの痛みに襲われて苦しむ母の姿を見ていました。</p>
<p>そして大人になり、仕事を始めるようになってから、私も度々片頭痛になることがありましたが、滅多に薬を飲むことはなく、もちろん肌身離さず薬を持っているということもありませんでした。</p>
<p>しかし、幼稚園を辞めて新しく保育園に就職してから3年ほどが経った頃、少しずつ激しい痛みを感じることが増えていきました。</p>
<p>頭が割れそうな時もあれば、目の奥から鈍く重たい痛みを感じることもありました。</p>
<p>そこで頭痛外来を受診して、血液検査やMRIなども試しましたが、遺伝性の片頭痛と診断され、<span style="color: #008000"><strong>「上手く付き合っていくしかないね」</strong></span>という答えとともに、薬を処方されました。</p>
<p>頭痛に襲われると、全てのことが止まってしまいます。</p>
<p>日常生活に支障をきたし、寝ることが1番の対策だと言われても、痛すぎて眠ることもできない。</p>
<p>頭の中で誰かが、目の奥を踏みつけているのか、それとも両側からこめかみをギューッと押そうとしているのかも分からなくなるほど、痛みは継続的に続いていきました。</p>
<p>けれども1度病院を受診して以降、数年間、頭痛外来に行くことをやめてしまったのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうせ行っても無駄だし」</strong></span>という気持ちが勝ってしまい、そこから私の市販薬に依存する日々が始まりました。</p>
<h4><span id="toc2">市販薬に依存して</span></h4>
<p>仕事が忙しくなり始めてから、ストレスと不眠は続き、痛みで起きて、ぼーっとしながら仕事をすることもありました。</p>
<p>カバンの中には常に市販薬が何十錠も常備してあり、<strong>家に出る前に2錠、仕事中に2錠、給食を食べた後に2錠、夕方に2錠、そして家に帰り2錠飲む</strong>という狂った生活を頻繁に送るようになりました。</p>
<p>少ない時で<strong>4錠</strong>で収まる時もあれば、ひどい時だと<strong>12錠</strong>も薬を飲むこともありました。</p>
<p>いつしか私は薬がないことに不安を感じ、薬を飲んで安心するという、<strong>まさに依存的な体になってしまったのです。</strong></p>
<p>そして薬を多用するようになってから、食欲は落ち、みるみる痩せていきました。</p>
<p>口にしているのは大量の水と薬、そして少量の食事だけ。そんな不健康な生活は約4年にわたって続きました。</p>
<p>そして数年ぶりに訪れた頭痛外来で、再度血液検査をしてみると、私は<strong>栄養失調</strong>だということが判明したのです。</p>
<p>食事もろくに取らずに、薬ばかりに頼り続けていた体は、もうとっくに限界に達していたことに、ようやく気づいたのです。</p>
<h4><span id="toc3">いまだに治らない依存症</span></h4>
<p>仕事から離れてもう直ぐ1年が経とうとしています。</p>
<p>昔のように薬を多用することは無くなりましたが、今でも市販薬、もしくは病院でもらった薬を飲まなければ、1日を過ごすことはできません。</p>
<p>そして何より、頭痛が起きてしまった時の痛みに恐怖感があることも、薬を断つことができない理由なのかもしれません。</p>
<p>痛みを緩和する代わりに、私は大きな代償を背負いました。</p>
<p>痩せすぎた体と過度なストレス、そして鎮痛剤に依存したことにより、健康だった頃を取り戻すことは、いまだに出来ていません。</p>
<p>そして今も闘い続けている最中です。</p>
<p>もう何年も一人前のご飯を完食することが出来ていません。</p>
<p>鎮痛剤は常にカバンに常備されていて、飲まない日がないほど私は依存してしまっているのです。</p>
<h4><span id="toc4">痛みと向き合って</span></h4>
<p>仕事をしていた頃、まともに眠ることが出来ずにいました。</p>
<p>常に痛みと共に起きて、痛みの中で仕事をしていました。ご飯を食べる元気もなく、気力だけで毎日を乗り切っていました。</p>
<p>何より心の安定剤として、頭痛薬を持ち歩いていたのです。</p>
<p>それほどまでに追い詰められていた頃と今では、大きく変わったことがあります。</p>
<p>睡眠時間を作ることが出来ているし、ご飯も完食はできないけれど、少しずつ量を食べられるようになってきました。</p>
<p>誰が見ても栄養失調そのものだった体も、少しずつふっくらして<span style="color: #ff6600"><strong>「元気になってきたね」</strong></span>と言ってもらえるようになってきました。</p>
<p>それでも治ったわけではなく、ゆっくり時間をかけて自分の体と、そして痛みと向き合っている途中なんだと思います。</p>
<p>自分の体と向き合って、周りの人に助けられて・・・。</p>
<h4><span id="toc5">伝えたいこと</span></h4>
<p>今でこそSNSで、沢山の方々が<span style="color: #ff6600"><strong>「納言さん！」</strong></span>と声をかけてくれたり、時には私の投稿を見て褒めてくれたり、ブログを読んで感想をくれることも増えてきました。</p>
<p>しかし、数ヶ月前までの私は、皆さんが思っている私ではありませんでした。</p>
<p>そして、無意識の中でベルトを持って脱衣所に向かい、慌てて追いかけてきた夫に<span style="color: #3366ff"><strong>「お願いだから、もう仕事を辞めて・・・。お願いだから」</strong></span>と泣かせてしまったこともありました。</p>
<p>生きていることが本当に苦しかったんです。</p>
<p>自分が自分でなくなることも、大好きだった仕事が続けられなくなっていることに気づいたことも、本当に苦しかったです。</p>
<p>夫は私が元気だった頃を知りません。</p>
<p>出会った時はガリガリに痩せて、ご飯を食べてもトイレに駆け込む姿しか見たことがありませんでした。</p>
<p>突然大きな声で泣き叫び、ひたすら謝り続ける姿を何度も見ています。</p>
<p>一緒に暮らし始めてすぐに、私は仕事を休職しました。それからの数ヶ月間、私たちにとっては本当に地獄のような日々を過ごしていました。</p>
<p>何をするか分からない人間と一緒に暮らすことは、彼にとっても大きなストレスを与えていたと思います。</p>
<p>そして結婚式をする一カ月前に、私は仕事を辞めて、式当日はうつ病の真っ最中でした。</p>
<p>人生の中で主人公になれる特別の日に、私は心の病と闘っていたのです。</p>
<p>それでも今こうして、生きています。</p>
<p>そして新しいことを始めて、沢山の方に支えられていることも日々痛感しています。</p>
<p><strong>夫の支えがなければ、友人が寄り添ってくれなければ、家族が手を差し伸べてくれなければ、今の私は存在していません。</strong></p>
<p>そして何より、皆さんと出会い、声をかけてくれたり、関わってくれることは、今まで失い続けていた自信を取り戻すきっかけとなりました。</p>
<p>世の中には私と同じように、うつ病で苦しんでいる人がいると思います。</p>
<p>鎮痛剤が手放せなくて依存症になったり、摂食障害に悩んでいる人もいるかもしれません。</p>
<p>ただ一つだけ、言わせてください。</p>
<p>どうか自分を責めないであげてください。</p>
<p>人と比べたり、出来ないことばかりを見ようとしないでください。</p>
<p>誰にだって得意不得意はある。</p>
<p>けれどもそれ以上に心の中にある、<strong>あなただけの才能</strong>の芽を持っていると思うのです。それはきっと、あなたしか出せない魅力として、綺麗な花を咲かせる日がくると私は思います。</p>
<p>そして、もしも身近な人が苦しんでいるときは、言葉ではなく、寄り添ったり抱きしめたりしながら温もりを分けてあげてください。</p>
<p>その優しさに救われる瞬間があるはずだから・・・。</p>
<p>私は、全ての人の傷を癒すほど出来た人間ではありません。</p>
<p>特殊な能力や魔法も使えません。</p>
<p>ただ私にも才能の芽があるのだとしたら、エッセイを通して苦しみの中にいる人に寄り添うことは出来ると思うんです。</p>
<p>苦しい気持ちを沢山味わい、痛みを知っているからこそ、私には私のやり方で、そっと寄り添うことをさせてください。</p>
<p>そして最後に…</p>
<p><span style="color: #000000"><strong>「今は苦しくて、何も見えない暗闇の中にいると思うかもしれない。けれども、少しずつ雨が上がり、雲の隙間から光が差し込むように、前を向けるきっかけが現れるはずだから。それまでそっと寄り添わせてください。そしていつか、勇気の一歩を踏み出した時、きっと世界に色がついたように、今まで見えなかった景色を見ることができるはずだから・・・」</strong></span></p>
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		<title>うつ病と孤独、そして歩き出す</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 13 May 2023 09:00:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
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					<description><![CDATA[4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。 過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。 私 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。</p>
<p>過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。</p>
<p><strong>私は一体、何を書きたかったのだろう。</strong></p>
<p><strong>どんなことを伝えようとしているのだろう。</strong></p>
<p><strong>そして、誰が読んでくれるのだろう。</strong></p>
<p>そんなことを考えながら過ごす日々は、楽しいというよりも<span style="color: #3366ff"><strong>不安</strong></span>の方が大きかったと思います。</p>
<p><span style="color: #000000">仕事を辞めてからというもの、疎外感を常に感じながら過ごしていました。忙しく回り続ける社会の波から外れ、永遠にも感じられる時間を潰す作業をしていく。</span></p>
<p>それが、私の生活でした。</p>
<h4><span id="toc1">うつ病と孤独</span></h4>
<p>まだ仕事を辞めたばかりの頃、文章を書くことさえもできずにうつ病という心の病と向き合っていました。</p>
<p>誰もいない部屋にただ一人きりでいる時間が、本当に怖かった。</p>
<p>無機質な空間にいるようで、狭いはずなのに果てしなく広く感じる部屋に一人きりでいることが、どうしようもなく辛かった。</p>
<p>いつか消えてなくなってしまいそうな心を、なんとか保つことで精一杯でした。</p>
<p>無駄に窓を開けて、車や飛行機が通り過ぎる音を聞きながら<strong>「社会の中に、私はいる」</strong>そう思うようにしていました。</p>
<p>風が運んでくれた季節の香りを確かめながら、自分の存在も確かめていました。</p>
<p>しかし、ふとした瞬間に孤独はやってきて、言葉で表すことが出来ないくらいの恐怖を感じる瞬間がありました。</p>
<p>誰かが私の耳元で、そっと呟くんです。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「お前は、社会に属すことも出来ない無能だよ」</strong></span>と。</p>
<p>全身が震えてしまうから、両腕で体をギュッと握り、何度も感覚を確かめていました。</p>
<p>そして自問自答するのです。<span style="color: #000000"><strong>「私はやっぱり、社会に属せない人間ですか？」</strong></span>と。</p>
<p>誰かが答えてくれるわけでも、助けてくれるわけでもなく、私の言葉が頭の中で何度も再生されていく、まるで壊れた古いステレオみたいに、何度も何度も言葉は繰り返されていました。</p>
<p>たった一人の世界に取り残されているような状況は、まさに<strong>孤独</strong>そのものだったのです。</p>
<h4><span id="toc2">鎮痛剤依存</span></h4>
<p>今から4年前に、私の体はおかしくなり始めていました。朝起きると頭に激痛が走り、起き上がることさえ辛い日がありました。</p>
<p>それでも頻度は多くはなかったのですが、徐々に１週間に一度は激痛が走るようになり、３日に一度、２日に一度、そして最後は、ほぼ毎日謎の頭痛に悩まされていました。</p>
<p>朝起きて痛み止めを飲み、昼前、給食後、夕方、そして夜というペースで飲むようになっていました。</p>
<p>ひどい時には1日12錠も服用している時もありました。</p>
<p>どれだけ飲んでも治らない頭痛は、次第に体をむしばみ、食欲を失せさせていきました。食事の代わりに鎮痛剤を摂取して、ボロボロの体で仕事をしていました。</p>
<p>もう長い間、一人前のご飯さえ食べれていません。</p>
<p>そして今でも、鎮痛剤が手放せなくなっています。痛みを誤魔化すために、依存し続けた代償を背負いながら。</p>
<h4><span id="toc3">夫婦の夢を叶えるために</span></h4>
<p>うつ病の時に夫と出会っているから、夫は私の元気な姿を知りません。</p>
<p>気持ちが沈み、一言も発しない時がありました。</p>
<p>どこにもぶつけられない怒りを、夫にぶつけた時もありました。</p>
<p>体が不十分だから、まともに1日出かけられることも出来ませんでしたが、それでも<span style="color: #3366ff"><strong>「大丈夫、時間が解決してくれるから。焦らずに行こうよ！僕はこうしていられるだけで十分だから」</strong></span>と寄り添い続けてくれました。</p>
<p>夫には、想像している何十倍も辛い思いをさせてきたと思います。</p>
<p>それでも見捨てずに支え続けてくれたことに、感謝しかありません。</p>
<p>そして私がエッセイを書き続けられるのは、<span style="color: #3366ff"><strong>「君の言葉は、きっと多くの人に勇気を与えるよ」</strong></span>と言い続けてくれた夫のおかげです。</p>
<p>誰よりも近くで見てきたからこそ、夢を応援してくれているからこそ、彼の言葉が私の勇気になりました。</p>
<p><span style="color: #000000">そして私の夢は、いつしか夫婦の夢となりました。</span></p>
<p>どん底に落ちた時、文章を書くことで自分の心を整理することが出来ました。誰にも認めてもらえないと思っていたものが、文章を読んでもらい、感想を頂けたことで大きな勇気に繋がるようになっていきました。</p>
<p>社会から疎外されたと思っていた私にとって、どんなことよりも励みになったのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ気持ちの人がいるんだ、私は一人じゃないんだ」</strong></span>そう思えるきっかけでもありました。</p>
<p>エッセイを書き、ブログを始めるようになってから、今が一番、自分自身と向き合っているのかもしれません。</p>
<p>きっと私と同じように、うつ病で苦しんでいる人がいるのかもしれない。</p>
<p>もしかしたら孤独を味わい、真っ暗な場所から抜け出せなくなっている人がいるかもしれない。</p>
<p>そんな人たちに私は、伝え続けていきたいのです。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「あなたは一人じゃないよ。辛い気持ちも孤独も同じように分かるから。今は目の前にある景色が全てだと思うかもしれない。けれどいつか、霧が晴れて、明るい世界が少しずつ見えてくるようになるから。だからほんの少しだけ、私の手を握ってはもらえないだろうか。ほんの少しだけ、体に寄りかかってもらえないだろうか。そうすれば、辛い気持ちも半分になるはずだから」</strong></span>。</p>
<p>身近にいる人だけが、気持ちを分かるわけじゃないんです。</p>
<p>もしかしたら、全く別の人が理解してくれることだってあると思います。</p>
<p>同じ気持ちを味わい、苦しみを知っている人は、この世の中に沢山いるはずだから。そして、私もその一人として、同じように寄り添いたいんです。</p>
<p>苦しみも、悲しみも同じように味わってきたから。</p>
<p>そして今も、一歩を踏み出している最中なんです。</p>
<p>どれだけ時間がかかっても、どれだけ後ろを振り返っても…。</p>
<p>いつか本当の意味で、前を向いて歩ける日が来ると信じています。</p>
<p>私も、そして今このエッセイを読んでくれているあなた自身も。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>病気を乗り越えて</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 20 Apr 2023 13:43:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[摂食障害]]></category>
		<category><![CDATA[栄養失調]]></category>
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					<description><![CDATA[夫と出会った時の私は、人生で最も精神的にも肉体的にも限界を迎えていた時期でした。 仕事は全く上手くいっていませんでした。 恋愛も結婚を考えていた彼と別れて以降、マッチングアプリで出会った人たちと付き合いましたが、モラハラ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>夫と出会った時の私は、人生で最も精神的にも肉体的にも限界を迎えていた時期でした。</p>
<p>仕事は全く上手くいっていませんでした。</p>
<p>恋愛も結婚を考えていた彼と別れて以降、マッチングアプリで出会った人たちと付き合いましたが、モラハラ気質な人や、男尊女卑の考えが根強く残っている人、付き合うそぶりを見せて、マルチ商法に勧誘してきた人など、人生の中で一番上手くいっていない時期でした。</p>
<p>そんなどん底にいた時に出会ったのが、今の夫だったのです。</p>
<h4><span id="toc1">マッチングアプリで奇跡の出会い</span></h4>
<p>夫と出会う前に、私はある決意を固めていました。</p>
<p>「次に<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>が来た人がどんな人であってもやり取りをして、恋愛に繋がらなかったとしてもアプリはやめて、恋愛自体も諦めよう」と。</p>
<p><span style="color: #000000;">何もかもが上手くいかず自暴自棄になっていたからこそ、極端すぎる考えは後に功をそうすることになりました。</span></p>
<p>今まで載せていたプロフィール画像は、男性向けに撮った盛れている写真を使っていました。しかし、それでは意味がないことに気がついた私は、一番等身大に近い写真を選んだのです。</p>
<p>もちろん毎日来ていた<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>は、パタリと消えてしまいました。「やっぱりそうだよな・・・」と諦めかけた時、1人の人が<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>をくれたのです。</p>
<p>それが、夫でした。</p>
<p>「初めまして！すごく素敵なファッションで思わず連絡をしました」</p>
<p>「ありがとうございます。よろしくお願いします！」それが一番初めの挨拶でした。</p>
<p>当たり障りのない会話から、仕事の話、趣味の話をしていき、少しずつ交流を深めていきました。</p>
<p>夫も私も共通の音楽の趣味があり、その他にも色々なところに共通点がありました。意気投合した私たちはLINEを交換して、毎日のようにやり取りをするようになったのです。</p>
<h4><span id="toc2">隠していた本当の姿</span></h4>
<p>文章でのやり取りを重ねていくうちに、少しずつ電話をすることも増えていきました。</p>
<p>電話を何度かするうちに、一度会ってみたいと思うようになっていきました。</p>
<p>すると「納言ちゃん、もしよければ一度会うことって出来ないかな？」と提案をされたのです。</p>
<p>すかさず「私も会いたいと思ってたの！ぜひ会おうよ」と会う約束を決めました。</p>
<p>しかし、ここで私はある問題と直面することになりました。</p>
<p>実は夫と出会う前、仕事や過去の恋愛のストレスで、私はガリガリに痩せていたのです。</p>
<p>食事は全く喉を通らず、食べてもすぐにトイレに何度も駆け込む生活を約4年続けていました。そのせいであばらは浮き出て、顔も筋が出てしまい、誰が見ても病的に痩せ細っていたのです。</p>
<p>そんな姿を見られたら嫌われてしまうかもしれない、そんな不安はありましたが、それでも会いたかったので、もしも聞かれた時にはきちんと話をしようと決めていました。</p>
<h4><span id="toc3">運命を感じて</span></h4>
<p>中間地点の駅の改札に少し早く待っていた私の後に、手を振りながら近づいてくる夫の姿がありました。</p>
<p>以前にも夫との出会いは書いたことがあるのですが、変なマスクをつけて登場した彼に妙な安心感を抱き、直感で<span style="color: #ff0000;">「この人と結婚するんだ」</span>と根拠のない自信を感じたまま、デートを１日楽しんだのです。</p>
<p><span style="color: #000000;">それからすぐに私たちは交際をスタートさせ、スピード婚約、スピード結婚をしました。</span></p>
<p>とてもありきたりな言葉を使うのなら、私は夫との出会いを運命だと思っています。</p>
<h4><span id="toc4">うつ病と向き合って</span></h4>
<p>初めにも書いた通り夫と出会った時にはすでに、ガリガリに痩せ細り、精神的にも肉体的にも限界を迎えていました。</p>
<p>籍を入れる2ヶ月前に同棲生活が始まったのですが、それと同時に仕事も休職しました。</p>
<p>原因は<strong>「うつ病」「栄養失調」「摂食障害」</strong>でした。その診断を受けたのも同棲生活が始まる少し前だったのです。</p>
<p>だから夫は、私が健康で元気だった頃を知りません。</p>
<p>同棲生活が始まってすぐに、新しい家で引きこもりのような生活を送り、毎日絶望を感じながら生きていました。</p>
<p>とても幸せなはずなのに、幸せを感じる余裕はありませんでした。行き場のない怒りや悲しみ、そして苦しみを夫にぶつけることが精一杯でした。</p>
<p>そして結婚式の1ヶ月間に夫と話し合い、仕事を辞めることにしました。何度も何度も話し合い決めたはずの答えでも、大好きだった保育士を辞める事実をすぐに受け止めることが出来なかったのです。</p>
<p>休職の期間中、毎日のように泣いて眠れない日々が続きました。</p>
<p>口癖のように「子どもたちに会いたい、保育士に戻りたい」そう言い続けていました。どれだけ当たり散らされても夫は見捨てることはせず、話を聞きながらそばにいてくれたのです。</p>
<h4><span id="toc5">長い道のりをゆっくりと&#8230;</span></h4>
<p>仕事に行かなくなってからもうすぐ、1年が経ちます。それでも、病気は完治することはなく、上手に向き合っていくことを夫婦で協力しながら行っています。</p>
<p>一緒にカウンセリングに行ってみたり、他の方法を試してみたり、前を向いて歩いていけるように支えてもらいながら生きています。</p>
<p>もしも夫と出会っていなかったら、私は職場で倒れるまで仕事を続けていたし、取り返しのつかないことになっていたかもしれません。</p>
<p>しかし今でも、保育士をしていた時の充実感や他では味わえなかった幸せの日々を思い出しては、涙が出てしまう日もあります。</p>
<p>だからこそ保育士ではなく、文章という形で子どもたちの思い出を忘れないように、たった1人でも誰かに知ってもらいたくて書き続けているのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc6">最後に</span></h4>
<p>私はうつ病でどん底にいる間、一度だけ夫の目の前で命を絶とうとしました。無意識に紐を持ち、脱衣所に向かっていく姿を追いかけてきた夫は、目に涙を浮かべて、何度も何度も頭を下げて止めてくれました。</p>
<p>その出来事がきっかけとなり、私は仕事を辞める決断ができたと思っています。</p>
<p>世の中には私と同じようにうつ病になり、実際に命を絶つ選択をされた方も多くいます。</p>
<p>死を選ぶことは間違った選択ではあるけれど、その人にしか分からない辛さは、誰が何を言ってもその人にしか分からないと思います。</p>
<p>それは私自身も過去に、同じ道を歩もうとしたからこそ気持ちが痛いほど分かるのです。</p>
<p>だからこそ「死ぬことは間違っている！」なんて否定はしないでほしいのです。</p>
<p>「生きていればいいことだってあるよ」と、今が辛いのに未来の話もしないでほしいのです。</p>
<p>ただそっと、<strong>「よく頑張ったね。もう目の前の現実から逃げていいんだよ。向き合うことが全てじゃない。辛いことから離れる選択をしたことも勇気があることだから」</strong>とそっと抱きしめてほしいのです。</p>
<p>逃げることは、悪いことじゃない。</p>
<p>それは、一歩を踏み出す勇気に繋がっているのだから。</p>
<p>心が壊れてしまいそうな時、一番ほしいのは言葉ではなく、寄り添ってくれている温もりを感じることだと私は思うから。</p>
<p><strong>「自分がいなくなったら誰かが悲しむ」</strong>のではなく、<strong>「あなたという存在を大切に想い続けてくれる人がいる」</strong>ということだけは、頭の片隅に置いてもらえないでしょうか。</p>
<p>どれだけ辛い時期があっても天気と同じで、雨や雷が一生続くわけじゃない。</p>
<p>雨の後には虹がかかり、太陽が明るく照らし作物を育ててくれる。</p>
<p>けれども雨がなければ、育つものも育たないのです。</p>
<p>辛い体験は心の中に残り続けてしまうけれど、傷つくたびに痛みを知り、自分以外の人に優しくする方法を知っていくことができる。そうやって人との繋がりは少しずつ広がっていくのだと思います。</p>
<p>もしもあなたの大切な人が苦しみの中にいるのなら、そっと抱きしめて温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして同じ苦しみを知っている私は、文章という言葉で抱きしめさせてください。</p>
<p>どれだけ時間はかかっても、きっと勇気の一歩を踏み出すきっかけになるはずだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
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