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	<title>アラサー | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>戦慄！！！駆け降りる正座</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Oct 2023 09:32:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[アラサー]]></category>
		<category><![CDATA[怪我]]></category>
		<category><![CDATA[老いを感じる]]></category>
		<category><![CDATA[階段]]></category>
		<category><![CDATA[靭帯損傷]]></category>
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					<description><![CDATA[2023年10月11日、ワタシは人生2度目、いや3度目くらいになるであろう出来事が、自分自身に降りかかってきました。 これを打っているワタシは、膝にはキズパワーパッド、足首にはサポーターを巻いて、壁側に異彩を放っている松 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2023年10月11日、ワタシは人生2度目、いや3度目くらいになるであろう出来事が、自分自身に降りかかってきました。</p>
<p>これを打っているワタシは、膝にはキズパワーパッド、足首にはサポーターを巻いて、壁側に異彩を放っている松葉杖を横目に文章を書いています。</p>
<p><strong>まさか、30歳を目前に松葉杖をつくことになるとは。</strong></p>
<p><strong>まさか、駅の階段で盛大に転けるとは。</strong></p>
<p><strong>まさか、それをネタに一つ文章を書こうと画策しているとは。</strong></p>
<p>ということで、これが誰かの教訓におそらくならないとは思いますが…、なってほしいと願いを込めて書いていこうと思います。</p>
<h4><span id="toc1">綺麗に磨かれた階段で</span></h4>
<p>それは、フォロワーさんのたけぼぅさんと一緒に撮影を始める前に起こりました。</p>
<p>ワタシは髪の毛をシルバーと黒に染めており、ヴィランズ風の格好で撮影をしたかったので、衣装を早々に変えることにしました。</p>
<p>服を着替えて、慣れない黒いヒールを履きながら、もう気持ちは悪役ですよ。</p>
<p>その辺にいる学生たちに<span style="color: #ff00ff"><strong>「食べてやろうかぁ！！」</strong></span>なんて言ってやりたい気持ちをググッと押し込んで、前を向きながら凛と歩いていました。</p>
<p>しかし、この後に悲劇は起こるのです。</p>
<p>荷物は夫が持ち、ワタシはたけぼぅさんと夫と3人で話しながら、視界に見えた階段を捉えました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（そろそろ階段だから、気をつけないと）</span>そう一度は思ったんです。</p>
<p>だからそーっと降りたつもりでした。</p>
<p>すると、一瞬体が急降下した感覚に襲われました。</p>
<p>次の瞬間、思い切り膝を打ちつけてへたりこんでいたのです。</p>
<h4><span id="toc2">打ちつけた膝と視線</span></h4>
<p>一瞬何が起きたのかが分からず、下を見ると正座の状態に足が折れ曲がったまま、座り込んでいるワタシ。</p>
<p>転んでいる姿を捉えたのか、慌ててワタシの右の脇を抱えている夫。</p>
<p>そして心配するたけぼぅさん。</p>
<p>最後に呆気に取られた表情の学生たち。</p>
<p>という何とも恐ろしい光景が目の前に広がっていました。</p>
<p>しかしワタシは、恥ずかしいやら焦っているやらで、慌てて立ち上がり<span style="color: #ff00ff"><strong>「イタタタタタ。すみません。大丈夫です」</strong></span>と立ち上がりました。</p>
<p>すると夫は<span style="color: #3366ff"><strong>「ちょっと納言ちゃん！！！大丈夫！？もう、心配したよ。怪我は？すごく鈍い音がしたよ・・・」</strong></span>と言いました。</p>
<p>それでも<span style="color: #ff00ff"><strong>「こんなの転んだだけだから」</strong></span>と言い、そのまま撮影に入るようにお願いをしました。</p>
<h4><span id="toc3">神秘のアドレナリン</span></h4>
<p>撮影に入る前に、夫が絆創膏とティッシュを買ってきてくれて、応急処置をしたまま撮影はスタートしました。</p>
<p>この時はびっくりするくらい痛みはなく、むしろヒールのまま歩いたり、小走りしたりするくらい元気だったんです。</p>
<p>だからワタシも<span style="color: #ff00ff">（なんだ。やっぱりあれは、転んだだけなんだ）</span>とたかを括っていました。</p>
<p>しかし、ワタシは無知だった。</p>
<p>アドレナリンというものが分泌されて、痛みというものを一時的に感じなくなることができる神秘的なものがあるということを・・・。</p>
<p>そんなことも気にせずに、ワタシは少しだけ擦りむいたであろう膝が痛み出したけれど、撮影を続行させて何とか数時間を無事に過ごしたのです。</p>
<h4><span id="toc4">帰宅時の違和感</span></h4>
<p>撮影場所が少しだけ遠いところということもあり、帰りは車を1時間半走らせて帰りました。</p>
<p>しかし途中から何だか寒いような、歯がカチカチと寒さに震えるような動きがするような気がし始めたのです。</p>
<p>何となく話しずらさを感じるけれど、まさか転んだことが関係しているとも思っていないし。</p>
<p>少し疲れただけかとも思っていたので、何とか運転をしてそのまま家に着いたのです。</p>
<p>家に帰ると、想像していたよりも足は腫れ上がり、膝も擦り傷ではなく、むしろ何傷なんだというくらい怪我を負っていることに気づきました。</p>
<h4><span id="toc5">悪夢の真夜中</span></h4>
<p>真夜中になるにつれて、痛みが少しずつドンドコドンドコと溢れ出してくる。</p>
<p>何とも言えない、祭囃子が足首と膝から聞こえてくる。</p>
<p>これはもしかするとまずいかもしれない、そう思ってはいましたが、それでも<span style="color: #ff00ff"><strong>「何とかなるだろう」</strong></span>と安易に考えていました。</p>
<p>まだまだアドレナリンが出ていたのか、ワタシは足の痛みに若干鈍くなっていたのです。</p>
<h4><span id="toc6">この足は誰の足？</span></h4>
<p>翌朝目が覚めると、そこにはとんでもなく腫れ上がった足と、全く力が入らずにダランとしているかつての足がいました。</p>
<p>幸い左足だったので、最後の力を振り絞り病院へと向かいました。</p>
<p>そして診断は<span style="color: #ff0000"><strong>『左足靱帯の損傷と捻挫』</strong></span>により、数日間の松葉杖生活が決定したのです。</p>
<p>昨日までルンルンに歩けていたワタシの足は腫れ上がり、全く力が入らなくなっていました。</p>
<h4><span id="toc7">老いを感じ</span></h4>
<p>この出来事を昔からの友人に話すと、<span style="color: #ff0000"><strong>「ねえ、またあんた駅の階段で正座で転んだの！？」</strong></span>と言われ、さらには<span style="color: #ff0000"><strong>「もうさ、私ら若くないんだから」</strong></span>と腰を痛めた友人と、靭帯を損傷したワタシとで笑い話にするしかない老いを感じました。</p>
<p>心はいつまでも22歳と思っていても、体はしっかり老いを歩んでいると体験した出来事でした。</p>
<p>足が完全体になったら、少しずつ運動をしていこうかなと思います。</p>
<p>皆さんもくれぐれも駅の階段と、高い靴には気をつけて・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>夢を追い続けていたいから</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Apr 2023 09:25:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[やりたいこと]]></category>
		<category><![CDATA[アラサー]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
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					<description><![CDATA[幼い頃からずっと持ち続けてきた夢、それが「保育士」でした。 集団生活の中で大切なことを教えてくれた先生は、とても優しく愛に溢れていました。先生の笑顔を見るだけで嬉しくなって、ついつい手紙や苦手な折り紙を持って、プレゼント [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>幼い頃からずっと持ち続けてきた夢、それが「保育士」でした。</p>
<p>集団生活の中で大切なことを教えてくれた先生は、とても優しく愛に溢れていました。先生の笑顔を見るだけで嬉しくなって、ついつい手紙や苦手な折り紙を持って、プレゼントとして渡していた気がします。</p>
<p>ある日、私は先生に言いました。</p>
<p><strong>「いつか、先生と同じ保育士になりたい。そしたらずっと先生と一緒にいれるもん」</strong>と。</p>
<p>それを聞いた先生は<strong>「納言ちゃんならきっとなれるよ！先生、楽しみだな」</strong>とぎゅっと抱きしめてくれました。</p>
<p>その気持ちをいつまでも忘れなかった私は、約束通り先生と同じ保育士の道に進みました。</p>
<h4><span id="toc1">夢はもろく崩れ去った</span></h4>
<p>保育士の世界は厳しく、毎日が自分のことで精一杯になっていました。</p>
<p>生まれて数年しか経っていない小さな命を見守る仕事は、並大抵のことではありません。けれども、ふとした瞬間の笑顔だったり、何気ない一言だったりが私に<strong>「やりがい」</strong>を与えてくれました。</p>
<p>しかし、保育士の仕事で何が一番しんどかったか、それは職場の人間関係でした。</p>
<p>女性ばかりの職場は、どこか殺伐としていました。</p>
<p>日によって機嫌が変わる先輩、理不尽に文句を言って召使のように扱ってくる上司、そんな人ばかりでした。</p>
<p>子どものことで悩んだり、考えたりすることよりも、先輩や上司の顔色をうかがいながら仕事をすることが当たり前でした。</p>
<p>私以外の職員たちも、そんな環境に疑問と不満を持っていたに違いありません。</p>
<h4><span id="toc2">どん底まで落ちて</span></h4>
<p>次第に精神はすり減っていき、仕事に行く前には動悸がしたりトイレに何度も籠る回数が増えていきました。</p>
<p>元々ふっくらしていた体は、あばら骨が浮き出て、手首は今にも折れそうなくらい細くなってしまいました。誰が見ても病的に痩せてしまっても、仕事を休むことはしませんでした。</p>
<p><strong>「子どもたちに会いたい」その一心で</strong>。</p>
<p>そんな生活が約4年間続いたある日、私の視界は突如真っ暗になって、その場から動けなくなってしまったのです。</p>
<p>浅い呼吸を繰り返し、何度も何度も自分に言い聞かせました。</p>
<p><strong>「大丈夫、何も心配いらない。少し疲れが溜まっているだけだから」</strong>と。</p>
<p>気がつけば、就職してから体重は15キロほど落ちてしまい、さらに4年間の間に約7キロほど落ちていたのです。</p>
<p>中には心配して声をかけてくれる先生もいました。こっそり食べられそうなお菓子をくれたり、痩せ細った体を撫でながら「もう、心配だよ」と気にかけてくれたりもしました。</p>
<p>けれど、もう限界だったのです。</p>
<p>仕事も、いや、生きること自体に疲れてしまったのでしょう。</p>
<p>あれだけ好きだった保育士の仕事にやりがいを感じる余裕は、もうありませんでした。</p>
<p>そして2022年の6月末に休職をしたのち、10月末で退職を決意しました。</p>
<h4><span id="toc3">生きる勇気をくれたもの</span></h4>
<p>休職していた頃は、情緒が不安定で何かあるたびに泣いたり、怒ったり、叫んだり、心の処理が追いつかないほどおかしくなっていました。</p>
<p>子どもたちに会いたいと願っても会うことも寄り添うこともできない自分が、何より情けなくて、苦しかったです。</p>
<p>そんな時に、心の支えになっていたものが文章でした。</p>
<p>保育士をしている時からコツコツと書いていましたが、心がポッキリと折れてしまってからは、書くことも止めていました。</p>
<p>ただ、私も一歩を踏み出したかったのでしょう。</p>
<p>現状を変えたかったのでしょう。</p>
<p>最後の力を振り絞り机に向かって、今までの感情を一心不乱に書いていました。</p>
<p>どれだけ拙い文章でも、書かずにはいられなかった。</p>
<p>もしも誰かが共感してくれたら、もしも誰かが読んで励ましてくれたら、そんなことを考えながら書いていた私は、文章を通して助けを求めていたのだと思います。</p>
<h4><span id="toc4">いつか夢が叶うその日まで</span></h4>
<p>休職して仕事に行かなくなった日から、もうすぐ一年が経とうとしています。</p>
<p>しかし、体と心の不調は未だに完治はしておらず、上手に向き合っていくことを常に考えながら、少しずつ前を向き始めています。</p>
<p>しかしそんな絶望の中でも、書くことだけは止めませんでした。</p>
<p>本音を言えばもう一度、保育士として働きたかったし、子どもたちの成長を近くで見ていたかったです。</p>
<p>それができなくなってしまった今、私は文章を通して子どもたちと過ごした日々や、辛い経験を包み隠さずエッセイとして書いています。</p>
<p>今もどこかで、同じ思いをしながら働いている人がいるかもしれないから。</p>
<p>そしてその人たちが、私と同じ運命を辿らないように少しでも力になりたいのです。</p>
<p>世の中には、私よりもはるかに素晴らしい作品を書いている人はいます。</p>
<p>賞を取ったり、本を出版している人だっています。</p>
<p>ただ、私が経験したものはその人たちには書けないはずだから、私はこれからもありのままの姿で、私にしかできない言葉を紡いでいこうと思います。</p>
<p>将来少しでも多くの保育士が、働きやすい環境になるように。</p>
<p>何より子どもたちが、笑顔で過ごせる環境が増えていくために。</p>
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