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	<title>エッセイ | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>エッセイ | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>感謝を伝え、今日も書くことをやめないで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Feb 2024 08:49:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[夢をもつ]]></category>
		<category><![CDATA[悲劇]]></category>
		<category><![CDATA[文章を書く]]></category>
		<category><![CDATA[物書き]]></category>
		<category><![CDATA[過去のトラウマ]]></category>
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					<description><![CDATA[エッセイを書き始めた頃のワタシは、とても不純な動機で言葉を綴っていました。 保育士に疲れ、夢もなければ希望も見えない。 一体なんのために生きているのか、そんな漠然とした恐怖と闘うことにも疲れた時、初めてエッセイを書くこと [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>エッセイを書き始めた頃のワタシは、とても不純な動機で言葉を綴っていました。</p>
<p>保育士に疲れ、夢もなければ希望も見えない。</p>
<p>一体なんのために生きているのか、そんな漠然とした恐怖と闘うことにも疲れた時、初めてエッセイを書くことに出会いました。</p>
<p>彼が小説や詩を書いていたから、すごく単純に思えてしまったんです。</p>
<p><strong>「ワタシにも、文章は書けるのだろうか」</strong>そんなことを聞いたことがありました。</p>
<p>すると、<span style="color: #3366ff"><strong>「君はなんだってできるし、きっと面白い作品を作ると思うよ。いつか書いた文章を読ませて欲しい」</strong></span>と言われたことが最初のきっかけでした。</p>
<h4><span id="toc1">復讐心が溢れて</span></h4>
<p>一番初めに書いた作品は<strong>「どうしてこんなにクズなんだ」</strong>という元彼への罵詈雑言を綴った文章でした。</p>
<p>書いている自分でさえも、<span style="color: #ff00ff"><strong>「よくもこんなに恨みつらみをよく書けるなぁ」</strong></span>と感心したほど、心に負った傷は大きかったです。</p>
<p>書いた文章を初めて見せた時には、<span style="color: #3366ff"><strong>「納言ちゃん。本当に大変だったんだね」</strong></span>と心配されるほどでした。笑</p>
<p>毎日机に向かって、今までの感情を吐き出すようにあらゆる角度から言葉を綴っていました。本が苦手なワタシは、技術を使って文章を書くことも、上手い言い回しをすることもできず、本当に心の中にある感情を吐き出す作業をひたすら続けていきました。</p>
<p>それがいつしか、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もっと色々なことを書きたい。元彼以外にも、言えなかった想いを書いてみたい」</strong></span>という気持ちに変わっていったのです。</p>
<h4><span id="toc2">すでに始まりを迎えて</span></h4>
<p>大人になってから文章を書く楽しさを知りました。けれども実は中学生の頃にも、何本かエッセイを書いていたんです。</p>
<p>ある時、大好きだった祖母の家に彼と一緒に行くと、昔からあったパソコンが当時のまま置いてありました。</p>
<p>興味本位で起動させてみると、当時中学一年生だったワタシが書いたであろう文章が何個も出てきたのです。</p>
<p>内容は全てフィクションだったのですが、冒頭から衝撃的なものでした。</p>
<p><strong>「あるところに、とても不細工な女がおった」</strong>から始まる文章は、当時のワタシが言われていた言葉も含めて、４枚にわたって綴られていました。</p>
<p>文章のイロハを一つも知らなかった割に、エピローグまで付けられた文章の最後には、<strong>「同じ気持ちを味わった人に、勇気が与えられますように」</strong>と添えられていたんです。</p>
<p>その時は二人で目を合わせて、<span style="color: #3366ff"><strong>「昔からやってることは、一緒だったんだね」</strong></span>と彼は嬉しそうに言いました。</p>
<h4><span id="toc3">コンプレックスは、最大の武器へ</span></h4>
<p>昔から劣等感しか抱いておらず、常に容姿のことや自分の要領の悪さにも自信を失いながら生きていました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうして人生は、こうもうまくいかないんだ」</strong></span>と嘆き、悲しみ、絶望したことも数知れません。</p>
<p>だからこそ、今では<strong>「悲劇の物書き」</strong>と名乗り、そして文章を書く作業を続けています。</p>
<p>当時のワタシが言って欲しかった言葉を、大人になったワタシが改めて文章という形で残していることは、とても考え深く、そして妙な気持ちにもなっているのです。</p>
<p>ただ、どこかで<span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ苦しみを味わっている人が、きっとどこかにはいるはずだ」</strong></span>と思っていたのでしょう。</p>
<p>久しぶりに読んだ処女作は恥ずかしすぎる文章でしたが、まっすぐな気持ちが綴られており、当時も今も、気持ちは変わっていないことを改めて気づかせてくれました。</p>
<h4><span id="toc4">あらゆる人に支えられて</span></h4>
<p>何事もすぐに飽きてしまう性格なのですが、文章を書くことは今のところほぼ毎日続けています。</p>
<p>それはたった一人の力ではなく、あらゆる人の支えがあるからだと思うんです。</p>
<p>文章を楽しみにしてくださる方や、コメントや感想をくださる方が。</p>
<p>そして友人でさえも<span style="color: #cc99ff"><strong>「仕事終わりに読んでるよ」</strong></span>と言ってくれたり、送った文章を<span style="color: #ff6600"><strong>「面白くてあっという間に読んじゃった」</strong></span>と連絡をくれたりもしています。</p>
<p>彼に至っては、どれだけ挫折をしても<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い時も苦しい時もある。けどね、書き続けたらきっと面白いことになる。君にはその力があるんだ」</strong></span>と言い続けてくれています。</p>
<p>ワタシはやっぱり、一人では何もできないんです。</p>
<p>あらゆる人たちの支えによって、そしてかけてくださる多くの言葉によって、時には励まされ、時には勇気をもらい、書くことができているのです。</p>
<p>悲劇の物書きは、いつしか多くの勇気により、少しずつ悲劇から脱却しようとしているのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。</p>
<p>皆様の言葉一つひとつが、ワタシに大きな希望を与えてくれました。何より、こうして文章を書き続けられるのも、たくさんの方々の支えがあるからだと思っています。</p>
<p>これと言って技術もなければ、うまいことが言えるわけでもありません。</p>
<p>ただ、自分の言えなかったことを、言えなかった思いを文章にすることしかできませんが、それでも読んでいただけること、心から感謝しています。</p>
<p>これからもワタシにしかできない形で、いただいた勇気を文字に変えて、たった一人でも寄り添えるような文章を書き続けていきたいと思います。</p>
<p>関わってくださる全ての人たちに感謝を。</p>
<p>そして支えてくれる友人や家族に敬意を。</p>
<p>皆様に出会えて、そしてこうして文章を残すことができているワタシは、きっと幸せ者なのでしょう。</p>
<p>本当に感謝の言葉を尽くしても足りないほどですが、どうぞこれからもオリエンタル納言をよろしくお願いします。</p>
<p>そして、心から<span style="font-size: 20px; color: #ff0000"><strong>「ありがとう」</strong></span>と伝え、エッセイを終わりたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>１７万字との戦い</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Dec 2023 16:36:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[元保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢を追いかける]]></category>
		<category><![CDATA[応募]]></category>
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					<description><![CDATA[「今日から長編の応募に挑戦するために、ブログを当分おやすみします！」そう言ってから、1ヶ月くらいが経ったでしょうか・・・。 お久しぶりです。オリエンタル納言です。 ブログに再登場しました。本当にここ最近は、机に体がめり込 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「今日から長編の応募に挑戦するために、ブログを当分おやすみします！」</strong></span>そう言ってから、1ヶ月くらいが経ったでしょうか・・・。</p>
<p>お久しぶりです。オリエンタル納言です。</p>
<p>ブログに再登場しました。本当にここ最近は、机に体がめり込むんじゃないかというくらいの勢いで文章を書いていました。笑</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（そろそろブログを更新したいな〜）</span>そんな風に思っていても、目の前にある大きなチャンスが大きすぎるだけに、なかなかここで発信することができませんでした。</p>
<p>いつも読んでくださる皆さま、本当にお待たせしました！納言復活です！！！！</p>
<p>久しぶりということで、この1ヶ月ほどの納言の生活ぶりをテーマに、今回は書いていこうと思います。</p>
<p>最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。</p>
<h4><span id="toc1">10時からそれは始まる</span></h4>
<p>ある募集をたまたま見つけた瞬間、<span style="color: #ff00ff">（もうこれは、私のためにあるようなものじゃないか！）</span>そう確信めいたものがありました。</p>
<p>そこからましゅぴに<span style="color: #ff00ff"><strong>「これやってみたいんだけど！」</strong></span>というところから、このお話はスタートします。</p>
<p>初期段階からタイトルをどうするのか、どんなテーマで、何を書いていこうかなどを何度も話し合いました。</p>
<p>時には友人たちにアイディアをもらいながら、一心不乱にメモをとり、何度も書いては消してを繰り返していました。</p>
<p>そこからはもう、起きたらすぐに顔を洗って、歯を磨いて、ひたすら書く作業を行なっていました。</p>
<p>ループで流れるジブリの名曲たち。</p>
<p>慣れないメガネをかけながら、目を細めて画面を睨めっこする生活。</p>
<p>キーボードの文字変換がうまくいかずに、イラっとする工程。</p>
<p>そのどれもが新鮮ではあるけれど、まさに<span style="color: #ff0000; font-size: 18px"><strong>孤独との戦い</strong></span>だったんですよね。</p>
<h4><span id="toc2">「です」「ます」の罠</span></h4>
<p>なんせ締め切りも結構迫っていたので、１日に約20000文字程度の文章を書いていかないと間に合わなかったんです。</p>
<p>けれども書いているうちに、<span style="color: #ff00ff"><strong>「これって『です』だっけ？」「あれ？『ます』だっけ？」「いや、『だったのです』だっけ？」</strong></span><span style="color: #ff00ff"><span style="color: #000000">と</span></span><span style="color: #000000">い</span>う負の無限ループに入りました。</p>
<p>書いていても、<strong>この語尾が気に入らない</strong>とか、<strong>これは上から目線すぎるかな？</strong>なんてこともやたら気にして書いていたもんだから、文章を読むことが苦手な私にとって、書いて読む作業が地獄の時間だったんですよね。笑</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「もういっそのこと、朝起きたら完成してないかな」</strong></span>なんて他力本願なことをブツブツ言いながらやっていたのも、今となってはいい思い出です。</p>
<h4><span id="toc3">夢を叶えるために</span></h4>
<p>今まで数々の公募に出してきましたが、２０作品以上の応募のうち受かったのはたったの２つです。</p>
<p>作家になりたい人はこの世の中に大勢いて、とても狭き門だということを落ちるたびに味わってきました。</p>
<p>だからこそ、今までにないくらい死ぬ気で取り組めたのかもしれません。</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（次こそは、チャンスを掴めるかもしれない）</span>と・・・。</p>
<p>だから文字通り、死ぬ気で書いていたおかげで、もれなく血祭りは2ヶ月ほど止まり、下痢は毎日止まらなくなりました。笑</p>
<p>だいぶ痛手を負ってのチャレンジとなりました。</p>
<h4><span id="toc4">支えがあってのオリナゴだから</span></h4>
<p>全てが書き終わった時、私は思いました。</p>
<p>この道のりは本当に大変で、たった一人で向き合っていたら確実に諦めていたことを。</p>
<p>支えてくれるましゅぴをはじめ、アイディアを出してくれた友人たちにも感謝の気持ちでいっぱいです。</p>
<p>そして<span style="color: #ff00ff"><strong>「勇気をください！応援してください」</strong></span>とお願いした時には、多くの方に励ましの言葉をいただきました。いろいろな形で、優しく温かい言葉をかけてもらったことで、最後まで踏ん張ることができたんだと思っています。</p>
<p>だから再開のブログは、感謝の言葉を綴ろうと決めていました。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>多くの励ましの言葉を本当に、ありがとうございました。</p>
<p>一人の挑戦だと思っていたものが、いつしか支えてくださる多くの人たちと一緒に戦っている気持ちになっていました。</p>
<p>書き上げた時には、なんとも言えない気持ちで心が満たされたんです。</p>
<p>書いている内容は決して幸せな話ではありません。けれども、夢を追いかけている私に贈られた言葉たちは、思いやりと優しさで溢れていました。</p>
<p>だからこそ、最後まで駆け抜けられたんだと思います。</p>
<p>オリエンタル納言は、たった一人で作品を作ってはいません。</p>
<p>いつもどこかで支えてくれる人がいて、寄り添ってくれる人がいて、応援してくれる人がいるからこそ、書き続けられるのだと改めて思いました。</p>
<p>本当にありがとございました。</p>
<p>そしてこれからも、オリエンタル納言をよろしくお願いいたします。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>変わりゆく偏見</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Oct 2023 05:46:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[繋がり]]></category>
		<category><![CDATA[関わり]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシがまだ20代前半の頃、少しずつSNSは発達し、周りの人のほとんどがSNSをやっていました。 ランチに行けば写真を撮って、何かをすれば写真を撮る。 今目の前にある時間を大切にせずに、写真に気を取られている人たちが異様 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシがまだ20代前半の頃、少しずつSNSは発達し、周りの人のほとんどがSNSをやっていました。</p>
<p>ランチに行けば写真を撮って、何かをすれば写真を撮る。</p>
<p>今目の前にある時間を大切にせずに、写真に気を取られている人たちが異様に見えていたんです。</p>
<p>さらには、そこで知り合った人たちとトラブルになったり、リアルの友だちの愚痴をSNSで匂わせて書いている人もいました。</p>
<p>そんな姿を見て<span style="color: #ff00ff;"><strong>「</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>SNS</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>だけは、絶対にやらないようにしよう」</strong></span>と密かに誓った覚えがあります。</p>
<p>あまり印象の良くなかったSNSを、30手前でやるとはこの時は微塵も思っていなかったんです。</p>
<h4><span id="toc1">SNSを初めたきっかけ</span></h4>
<p>ちょうど29歳を目前に、ワタシは本格的にSNSを始めるようになりました。</p>
<p>その時は仕事も辞めていたし、やっていることと言えば、どこかのサイトにエッセイを投稿して、数人の人たちに読んでもららう日々。</p>
<p>どこかで欲が出ていたのかもしれません。</p>
<p><strong>もっと読んでもらいたい。</strong></p>
<p><strong>もっと知ってもらいたい。</strong></p>
<p>そんな風に思うようになった時、ふとSNSをやってみようか迷いました。</p>
<p>色々思うことはあったけれど、やってみないと分からないこともある。</p>
<p>そう思い、勇気を出してSNSを始めることにしました。</p>
<h4><span id="toc2">迷走期</span></h4>
<p>いざ始めてみると、フォロワー数も少ないし、知り合いだけで構成されたものは、結局やっていてもあまり意がありませんでした。</p>
<p>周りを見てもフォロワー数が多い人は当たり前のようにいて、自分よりもお洒落で素敵な人も山ほどいます。</p>
<p>そんな人たちにワタシはどうやって対抗していけばいいのか、むしろどうやって知って貰えばいいのかさえも分かりませんでした。</p>
<p>ただただ時間の流れと共に待っているだけで、行動の起こし方も、知ってもらう術も分からないまま、意味のない投稿を繰り返していたような気がします。</p>
<h4><span id="toc3">自分から行くことで</span></h4>
<p>ある時、知り合いの人にこんなことを言われました。</p>
<p><strong><span style="color: #cc99ff;">「どんなこともそうだけど、知ってもらいたいなら自分から相手を知らないとね。じゃないと、向こう</span><span style="color: #ff0000;"><span style="color: #cc99ff;">も</span>『知りたい』</span><span style="color: #cc99ff;">とはならないでしょ」</span></strong>と。</p>
<p>その言葉にハッとしたワタシは、少しずつ色々な人の投稿を見るようになり、そして<strong>いいな</strong>と思った人には自分から関わるようにしていきました。</p>
<p>すると一人、またひとりと繋がりが増えていき、少しずつ見てくれる人も多くなっていきました。</p>
<p>今までは<span style="color: #ff00ff;"><strong>「どうせワタシなんて」</strong></span>が口癖だったけれど、自分から行動していくことが楽しいと思い始めたのは、この時からだったと思います。</p>
<h4><span id="toc4">やり続けた先に</span></h4>
<p>SNSを本格的に始めて、もうすぐ一年が経とうとしています。</p>
<p>その間には、今まで知り合うことのなかった人たちと会ったり、関わったり、実際に直接お会いしたりすることもありました。</p>
<p>普通に保育士として働いていたら、出会えなかった人ばかりです。</p>
<p>その中にはエッセイを読んでくださり、毎回のようにコメントを送ってくださる方もいます。</p>
<p>辛い経験を勇気を出して話してくださった方もいました。</p>
<p>中には、同じ保育士や元保育士として、言葉をかけてくれた人もいました。</p>
<p>ワタシがかつてやろうとしていたことが少しずつではあるけれど形になっていく、そんな気がしているんです。</p>
<h4><span id="toc5">繋がりを大切に</span></h4>
<p>今の時代は、簡単にSNSで人と出会い、交流を深めることも、時には友人が出来たりすることもある時代です。</p>
<p>かつてのワタシだったら、捻くれていたから<strong>「こんなことをやっていても意味がない」</strong>と、やりもしないで文句ばかり言っていたと思います。</p>
<p>けれども今は、SNSをやっていて本当に良かったなと感じられることばかりです。</p>
<p>ただ使い方や、やり方を間違えてしまえば、どれだけ便利なものでも凶器に変わってしまうこともある。</p>
<p>だからこそ、使い方は慎重にならなければいけないと思います。</p>
<p>けれども、SNSをやっていたからこそ、7年ぶりの再会を果たした友人もいます。</p>
<p>心の中の話を信頼して話してくれた人もいます。</p>
<p>コメントを通して、想いを伝えてくださる方もいます。</p>
<p>何より、ワタシ自身が繋がりの中で多くの勇気をいただいているんです。</p>
<p>きっとこれからも新しく出会い、また繋がりを増やして関わることがあると思います。</p>
<p>そうやって、色々な人の手を借りながら、ワタシはこれからの人生を歩んでいくのでしょう。</p>
<p>沢山の人のエネルギーが刺激となって、いつかそれが勇気に変わることを知れたから。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>記憶はいつか美化される</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Aug 2023 10:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[前を向く]]></category>
		<category><![CDATA[物書き]]></category>
		<category><![CDATA[美化]]></category>
		<category><![CDATA[記憶]]></category>
		<category><![CDATA[辛い気持ち]]></category>
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					<description><![CDATA[最近ワタシの周りで少し嬉しいことが起きています。 元々保育士だった頃、子どもたちに会える事が1番の楽しみであり、生き甲斐でした。 そしてどれだけ辛い現実が目の前にあっても、体を壊していたとしても、子どもたちの笑顔の前では [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>最近ワタシの周りで少し嬉しいことが起きています。</p>
<p>元々保育士だった頃、子どもたちに会える事が1番の楽しみであり、生き甲斐でした。</p>
<p>そしてどれだけ辛い現実が目の前にあっても、体を壊していたとしても、子どもたちの笑顔の前では、全てを忘れてしまうほどの力がありました。</p>
<p>もう残されているはずもないエネルギーは、どこからか湧いて出てきて、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今日も頑張ろう」</strong></span>と原動力へと変化する。</p>
<p>だからこそ、体が悲鳴を上げていようとも無視をして、職場に通い続けていました。</p>
<p>もう少し、もう少しと言い聞かせるようにしていたんです。</p>
<p>そんな生活はある日突然終止符を打ち、今現在は仕事もせずに夢を追いかける夢追い人として生きる道を選んでいます。</p>
<p>でも、子どもたちのことを忘れたことはありません。ふとした瞬間に楽しかった日々が映画のワンシーンのように思い出されるんです。</p>
<p>そして<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう一度だけ、会いたいな」</strong></span>そう思い、少し寂しさを覚える時もあります。</p>
<p>しかし最近、ばったり子どもたちに会う事が増え、今でも<span style="color: #ffcc00"><strong>「なごん先生！！！」</strong></span>と名前を覚えてくれていたり、学校の話、保育園での話を聞かせてくれたりが何度かありました。</p>
<p>その度に、ワタシは保育士になって本当に良かったと噛み締めています。</p>
<p>仕事に行かなくなってから、彼はワタシに言い続けたことがありました。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「思い続けていればきっと、子どもたちに会えるから」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉通り、神様が見てくれているのか、何かの偶然で会えているのか、そんな嬉しい事が続いているんです。</p>
<h4><span id="toc1">繰り返される記憶</span></h4>
<p>しかし、楽しかった記憶ばかりではありません。</p>
<p>思い出されるのは、幸せだった頃よりも、やっぱり辛いことの方が多くありました。</p>
<p>誰かの言葉に怯えて、視線に震えて、そして気を遣いながら、様子を探りながら働いていたあの頃は、今でも鮮明に映像として残り続けているのです。</p>
<p>それはきっと、辞めてからまだ時間が浅いからなんだと思います。</p>
<p>それでも不思議なことに、<strong>記憶</strong>はいつか<strong>美化</strong>されていくものなんです。</p>
<p>小学生の頃は、ひどいいじめに遭っていました。けれどもその記憶も今では薄らいでしまっています。思い出されるのは、大好きだった校長先生と唯一優しかった2年生の頃の担任の先生のこと。</p>
<p>過去にどんなことを言われて、どんな思いをしたのか、想像するには随分と時間がかかってしまうようになったのです。</p>
<p>時の流れは恐ろしく、どんなことでも忘れてしまいそうになるんです。</p>
<p>それが嫌なことならいいのですが、良いことも同じように忘れてしまいそうになる。</p>
<p>大好きだった祖母の声を正確に覚えているかと聞かれれば、もはや思い出すことは難しくなってきています。</p>
<p>二人で歌った思い出の曲に、一緒に行った場所、かけてもらった言葉はいつまでも残り続けているけれど、大好きだった笑い声や歌声、そして香りはいつしか記憶と共に薄らいでしまいました。</p>
<p>だからワタシは定期的に、思い出すようにしているんです。</p>
<p>どんなことも美化されてしまわないように、記憶から抜け落ちてしまわないように。</p>
<h4><span id="toc2">両方の感情を</span></h4>
<p>幸せだったことだけを覚えていては、何かをする原動力は薄れてしまうような気がします。</p>
<p>だから嫌なことも定期的に思い出すようにしているんです。</p>
<p>あの時言われた言葉だったり、言動だったりが美化されないように、記憶が美しくなってしまわないように。</p>
<p>楽しいことだけが毎日起こり、幸せだけを感じて生きてしまったら、ワタシはエッセイを書くことを選ばなかったでしょう。</p>
<p><strong>今まで伝えられなかった思いは、一体どこにぶつければいいのだろう。</strong></p>
<p><strong>悔しかった感情を伝えるには、どうしたらいいのだろう。</strong></p>
<p><strong>同じ気持ちの人は一体、どれだけいるのだろう。</strong></p>
<p>そんなことを昔はよく考えていたんです。</p>
<p>話し相手がいなかったから、聞いて欲しい時に誰かに相談することも出来ませんでした。</p>
<p>言われたまま心の中に傷となって残され、そしていつの間にか自然と治癒していくのを待つことが、ワタシには出来なかったんです。</p>
<p>心の傷は何層ものかさぶたとなって、剥がれてはまた出来るのを繰り返しました。いつしかそれが原動力になり、伝えたいという気持ちへと変化していったんだと思います。</p>
<p>時折思うのです。</p>
<p>どんなことも記憶が曖昧になり、美化されていくことが怖いんだと。</p>
<p>喜怒哀楽があるのなら、その記憶のまま留めておくことも、時には必要なんだと。</p>
<h4><span id="toc3">忘れないように</span></h4>
<p>どれだけ悲しかった出来事も、忘れないようにしていたとしても、記憶はやっぱり美化されていくんです。</p>
<p>当時のままの怒りを留めておくことは出来ません。</p>
<p>だから美化される前に、ワタシは文章として書き残すことに決めたのかもしれません。</p>
<p>大切な人が亡くなった時、誰かとの別れを経験した時、直後の悲しみと数十年経った時の悲しみの度合いはきっと違うでしょう。</p>
<p>そうやって悲しみというものを、時間をかけて忘れようとしているのかもしれません。</p>
<p>どれだけ嫌な別れ方をしても、良いところばかりが浮かんできたり、嫌なところもあったけれど、楽しい記憶の方が思い出されるのも、きっと記憶が少しずつ美化されているような気がするのです。</p>
<p>とても良いことだけれど、少しだけその感覚に恐怖を覚える事もあるんです。</p>
<p>本当に忘れてはいけないことまでも、美化されてしまうんじゃないかって。</p>
<p>心に留めておかなければいけないことまで、記憶が曖昧になってしまうんじゃないかって。</p>
<p>一番怖い事は、良い事も悪いことも記憶の曖昧さに委ねて、美化されることに慣れてしまう事なんじゃないかと思う時があるのです。</p>
<h4><span id="toc4">悲劇の物書きとして</span></h4>
<p>今まで300本以上のエッセイを書き続けてきましたが、そのほとんどは悲しい出来事ばかりでした。</p>
<p>ある時には<span style="color: #ff9900"><strong>「そんなに悲しいことばかり書いて辛くならない？」</strong></span>と聞かれたことがありました。</p>
<p>けれどもワタシにとって書くことは、過去の気持ちや記憶を美化することなく向き合う手段だと思っています。</p>
<p>あの時の気持ちを忘れてしまったら、きっと書くこともやめてしまうでしょう。</p>
<p>今までの29年間、辛いことばかりを経験してきました。</p>
<p>その度に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてワタシばかり」</strong></span>という気持ちが芽生えなかったわけではありません。</p>
<p>けれどもきっと、文章を書き、美化することなく書き留めることがワタシに与えられた使命なのかもしれません。</p>
<p>辛さに大小もなければ、人と比べるものでもない。</p>
<p>けれどもワタシ自身が経験したことの中で、語れるネタがあるのなら、書き続けようと思うのです。</p>
<p>きっと美化されることなく届けた想いのいくつかには、寄り添おうとする気持ちが入っているような気がするから。</p>
<p>過去の自分に語りかけるように、そして、同じ苦しみを味わい、記憶が美化されることを待つことしかないと感じている誰かのために、書き続けていきたいと思います。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>今まで沢山のことを書いてきました。</p>
<p>決して楽しい人生ではなく、苦難が多い人生でした。</p>
<p>もしも相談相手がいたら、友人がいたら、助けてと言えたら、今とはまるで別の人生を歩んでいたでしょう。</p>
<p>世の中には、ワタシなんかよりもっと辛い経験をしている人がいるかもしれない。</p>
<p>今まさに苦しみの中で、もがき続けている人もいるかもしれない。</p>
<p>けれどもその気持ちはいつか、大きな糧になることを忘れないで欲しいのです。</p>
<p>苦しみの真っ只中にいる間は分からない感情だけれど、乗り越えた時、その現状と向き合った時、きっと別の見え方をすると思うから。</p>
<p>そしてその気持ちは、決して忘れないで欲しいのです。</p>
<p>痛みを味わった分だけ、人の痛みが分かるはずだから。</p>
<p>どんなことでも経験してみないことには、見えない景色がある。</p>
<p>それはきっと、感情だって同じことだと思うから。</p>
<p>苦しんでいる状況を代わる事はできないけれど、分かち合う事はできる。</p>
<p>人はそうやって寄り添いながら生きていくのだと、ワタシは思うんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>イベントがもたらした出会いの輪</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Jun 2023 11:57:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[LGBTQ]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[出会い]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋]]></category>
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					<description><![CDATA[SNSを活用するようになり、様々な繋がりが増えていくようになりました。 今までは絶対に関わらなかった人たちと会ってみたり、自分から行動を起こしてみたり、過去の姿からは想像もできないほど前向きになっていく、そんな気持ちを少 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>SNSを活用するようになり、様々な繋がりが増えていくようになりました。</p>
<p>今までは絶対に関わらなかった人たちと会ってみたり、自分から行動を起こしてみたり、過去の姿からは想像もできないほど前向きになっていく、そんな気持ちを少しずつ感じるようになっていました。</p>
<p>数ヶ月前までの私といえば、家に籠りきって一歩も外に出ず、一日中家の中をぼんやり見つめていたり、外を眺めてみたり、時には体が思うように動かずにベッドで横になることが精一杯だった日もありました。</p>
<p>社会のお荷物だと自分に言い聞かせて、<span style="color: #ff0000"><strong>「あなたは必要のない人間なんだよ」</strong></span>と言われているような気がして、生きていることが辛くて仕方がありませんでした。</p>
<p>明日のことも分からないのに、先行きの見えない未来なんてもっと分からない。</p>
<p>だから言い訳をするように<span style="color: #ff00ff"><strong>「私はもう何もする必要もないし、何をしたって意味がないんだ」</strong></span>と心の中にある殻に閉じこもり続けていたのです。</p>
<p>しかしブログを始めるようになってから、少しずつ読んでくれる人がいて、感想をもらえるようになりました。</p>
<p>存在価値を認めてもらうことが、あの時の私には必要だったのかもしれません。</p>
<p>いつからか<span style="color: #ff00ff"><strong>「少しずつでいいから、下ではなく目線を上げてみようかな。ちょっと遠くの景色を眺めてみようかな」</strong></span>と思えるようになっていきました。</p>
<p>それが私にとって大きな一歩となり、新たな人との繋がりを運んでくれたのでしょう。</p>
<h4><span id="toc1">同じエッセイを通じて</span></h4>
<p>いつものようにSNSを眺めながら、色々な人の投稿を見ていました。そこにいたのが、今回の主役の<strong>“のぶやん</strong>”でした。</p>
<p>のぶやんさんは、私と同じエッセイというジャンルを通して発信している方でした。私のエッセイと大きく違うところは、のぶやんさんは自分の体験をエッセイ漫画として表現されていたのです。</p>
<p>エッセイを沢山書いている私ですが、実は本を読むことがあまり得意ではありません。しかし、ノンフィクション作品が大好きなので、漫画で描かれている人にはすごく興味があり、夢中で読み進めることができるのです。</p>
<p>早速のぶやんさんがどのような投稿をしているのかを、見てみることにしました。</p>
<p>1番印象的だったのは、息子さんとフィリピンのセブ島へ親子で留学に行った体験記の中で、洗面所に水が溜まり困ってしまったというお話です。</p>
<p>些細な日常の一コマを切り取りながら、日本ではまず経験することのない生活の中での困りごと、そして英語で伝えられない苦労なども描かれていました。</p>
<p>当事者であればきっと不安もあるし、海外という場所で多少のパニックも起こしそうなはずなのですが、のぶやんさんの絵には大人の余裕と堂々としている雰囲気、しかしそれと同時に内心の焦りも絶妙な具合で表現されていました。</p>
<p>「ねえ、この人のエッセイ漫画読んでみて！すごく素敵な絵なんだよね。しかも、トラブルにも動じない姿があるようで、内心パニックになっている感じも、また人間味が出ていて親近感が湧いてくるんだよ」と夫に話しました。</p>
<p>すると「これは、フィリピンあるあるだね（笑）。でもすごいよね！親子で留学なんて、中々体験できることじゃないしさ、その行動力って本当にすごい力だと思う！」</p>
<p>実は私の夫はフィリピンと日本のハーフで、小さい頃からフィリピンに帰国することも多くありました。だからこそ、より一層親近感が湧いたのかもしれません。</p>
<p>それからというもの、定期的にのぶやんさんのエッセイ漫画を拝読しながら密かに新しいものがアップされないかを、心待ちにしている自分がいました。</p>
<p>もう気持ちは、すっかり一人のファンとして、読者として待っていたのです（笑）。</p>
<h4><span id="toc2">初めてのイベントに参加して</span></h4>
<p>ただのぶやんさんがどこに住んでいるかも分からないし、SNSだけの繋がりだったので、この先もぶやんさんと実際に会うことは、きっとないだろうと思っていました。</p>
<p>私は画面越しにいる、エッセイ漫画のファンであり読者です。そして、のぶやんさんにとっては、数百人いるうちの一人のフォロワーでしかない、そう思っていました。</p>
<p>しかし、のちに私は運命の初対面をすることになります。</p>
<p>それが<strong>2023年6月3日に行われた名古屋<span style="color: #ff0000">レ</span><span style="color: #ff9900">イ</span><span style="color: #99cc00">ン</span><span style="color: #339966">ボ</span><span style="color: #33cccc">ー</span><span style="color: #3366ff">プ</span><span style="color: #800080">ラ</span><span style="color: #ff00ff">イ</span><span style="color: #ffcc00">ド</span><span style="color: #ffff00">2</span><span style="color: #00ff00">0</span><span style="color: #00ffff">2</span><span style="color: #00ccff">3</span></strong>に参加したことがきっかけでした。</p>
<p>ブログを始めるようになってから、自分の性について考えるようになり、私自身も女性らしさを求められることに、違和感を感じていたことを友人や夫にカミングアウトしたばかりでした。</p>
<p>性別にとらわれず、私は私の生きたいように生きることを決め、LGBTQ +についても、より多くの人に知ってもらうためにエッセイを通して表現するようになっていきました。</p>
<p>そんな時に友人から<span style="color: #cc99ff"><strong>「今度名古屋で、</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>LGBTQ</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>のイベントがやるんだって。一緒に行こうよ。いい機会だしさ！同じ境遇の人たちと出会えるチャンスかもしれないよ」</strong></span>と誘ってくれたことがきっかけとなり、行くことを決意したのです。</p>
<p>残念ながら友人は、仕事のためほとんど参加することはできませんでしたが、私は夫と二人で様々なブースにを見たり、知らない人たちと交流を深めることができました。</p>
<p>もしも友人が誘ってくれなければ、のぶやんさんと直接お会いすることも出来なかったと思います。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「今日は色々な人たちと関われてよかったね。納言ちゃんも良い刺激になったんじゃない？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そうだね。本当に楽しかった！そういえば、フォロワーさんの</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>”</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>のぶやんさん</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>“</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>から『納言ちゃん見たよ！！』って連絡が来てたんだよ！このイベントに参加してたみたい！」</strong></span></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「ええ！？そうなの！？フィリピンに留学に行ってた人だよね？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そうなんだよ。まさか名古屋にいるなんて思わなかった！会いたかったなぁ。なんかね、蛍光の黄色のティシャツ着てたみたいなんだけど、パレードが終わった後に出迎えてくれた人の中にいたみたい」</strong></span></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「そうなの！？まだいるのかな？いたら会ってみたいよね！」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「うーん・・・。でもどこにいるか分からないからなぁ」</strong></span></p>
<p>夫と話をしている間に、イベントも終盤に差しかかっていたので、のぶやんさんに会うことを断念して、帰ることにしました。</p>
<h4><span id="toc3">運命の初対面</span></h4>
<p>どうしても諦めきれなかった私は、会場をキョロキョロしながら歩いていました。</p>
<p>すると<span style="color: #3366ff"><strong>「ねえ！あの人たちじゃない？傾向の</strong></span><span style="color: #3366ff"><strong>T</strong></span><span style="color: #3366ff"><strong>シャツ着てる人って」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えっ！？そうかも。でものぶやんさんの顔わからないんだよな。何か分かるもの載せてたかな」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>・・・</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「あっ！ストーリーに顔が載ってる！！！！！」</strong></span></p>
<p>その瞬間の私たちの目の色は、1日のどの瞬間よりも光輝いていました。夫はこっそり顔を覗かせて、必死に探してくれました。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「ねえ！多分あの人がのぶやんさんだよ！絶対にそう！僕が声をかけてくるよ」</strong></span>そう言って声をかけてくれました。</p>
<p>このおかげで無事にのぶやんさんと運命の初対面を遂げ、感動的なハグへと繋がったのです。</p>
<h4><span id="toc4">のぶやんさんの姿とは</span></h4>
<p>SNS上でのやり取りの中では、やっぱり本当の姿というものを見ることは難しいこともありました。</p>
<p>冒頭でもお話しした通り、私はエッセイ漫画を楽しみにしている一人のファンでしかありませんでした。</p>
<p>しかし、初対面の時に話しながら涙を堪えている姿、そして溢れ出た感情を抑えきれずに流した純粋で真っ直ぐな涙をみた時、のぶやんさんの人柄に初めて触れられたような気がしました。</p>
<p>そして何より、一緒に参加されていた人たちも「のぶやん！本当によかったね」と、温かく優しい眼差しで見届けられている姿に、「この人は、色々な人に愛されている方なんだな」と感じました。</p>
<p>一度しか会ったことがなくても、滲み出る人柄と優しいオーラ、そして素晴らしい仲間に囲まれたのぶやんさんのことを、さらに大好きになりました。</p>
<p>もしも、友人がイベントに誘ってくれなかったら、私はこんな気持ちになることも、感動的な場面に遭遇することも出来なかったでしょう。</p>
<p>そして、のぶやんさんがDMで連絡を送っていなければ、そもそも会うこともなく私たちは「楽しかったね」という気持ちだけを抱き、家に帰っていたと思います。</p>
<p>このイベントでは、沢山の人に出会い、様々な思いを持った人がいることを痛感することができました。</p>
<p>けれどもイベントを通して1番感じたことは、SNSを通して出会った人と直接関わることで、画面上でしか分からなかったことを知ることができたこと。そして、何より人の心の温かさに触れることができたことが、1番の収穫だったと思います。</p>
<p>あの涙を見た時、嬉しさと感動で思わずハグをした時、忘れていた感情を取り戻すような気持ちになれたのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>SNSでの出会いは、いいものばかりではありません。時には傷ついてしまうこともあれば、騙されてしまうことも時にはある。</p>
<p>それがSNSの怖さでもあります。</p>
<p>ただ、私とのぶやんさんのように、同じエッセイを書く同じ表現者として、互いをリスペクトし合い、そして認め合える関係になれることだってあるのです。</p>
<p>そしてのぶやんさんは、私を見た時「納言ちゃんは、写真で見た通り素敵な人だった」と言ってくれました。</p>
<p>きっと彼女の中では自然と出た言葉なにかもしれませんが、年齢が離れていても私という存在を受け入れ、一人の人間として尊重してくれた言葉に、彼女の心の広さを感じました。きっと、何事にも偏見を持たずに、手を取り合って生きていくことが、自然とできる方だからだと、私は思うのです。</p>
<p>彼女と出会い、話した数分間の出来事を、この先も忘れることはないでしょう。</p>
<p>最後に、のぶやんさんが言ってくれた言葉を綴り、終わりたいと思います。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>納言ちゃんと旦那さんに出会えて本当によかったよ。</strong></span><br />
<span style="color: #ff9900"><strong>こんなに嬉しいことはないよ。ごめんね、泣いて・・・。</strong></span><br />
<span style="color: #ff9900"><strong>でもねとっても嬉しいの。こうして</strong></span><span style="color: #ff9900"><strong>LGBTQ +</strong></span><span style="color: #ff9900"><strong>のイベントを通して会えることって、すごいことだよね。話しかけてくれて、見つけてくれて本当にありがとう。</strong></span><br />
<span style="color: #ff9900"><strong>とても素敵な思い出になりました。</strong></span></p>
<h4><span id="toc6">宣伝</span></h4>
<p>のぶやんさんのInstagramです！もしよければ覗いてみてください&#x1f970;</p>
<p>可愛らし絵と、日常の体験にクスッとしたり、ほっこりしたりできるような、読んでいると、つい顔が緩む素敵なエッセイ漫画です。</p>
<p>少しでも多くの人に知ってもらえますように。そして、新たな人との繋がりが増えることを心から願っています。</p>
<div class="blank-box bb-blue" style="text-align: center"><a href="https://instagram.com/nopuyoung?igshid=MzRlODBiNWFlZA==">のぶやんさん　Instagram</a></div>
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		<title>オリナゴ通信</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 May 2023 10:08:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[ノンフィクション]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ初心者]]></category>
		<category><![CDATA[元保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
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					<description><![CDATA[いつもオリエンタル納言の「社会の底辺からこんにちは」ブログを読んでくださり本当にありがとうございます。 少しずつ読んでくださる方が増え、感想をくれる方、ダメンズエピソードを教えてくださる方など、本当に多くの方に支えられて [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>いつもオリエンタル納言の<strong>「社会の底辺からこんにちは」</strong>ブログを読んでくださり本当にありがとうございます。</p>
<p>少しずつ読んでくださる方が増え、感想をくれる方、ダメンズエピソードを教えてくださる方など、本当に多くの方に支えられていることを実感しております。</p>
<p>読者の方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。</p>
<p><strong>いつも本当にありがとうございます！！！！！！！！！！！！！！！！</strong>&#x1f606;&#x2764;&#xfe0f;</p>
<p>ということで、今回のエッセイは・・・</p>
<p><span style="font-size: 20px; color: #ff00ff;"><strong>読んでくださる皆さんに、全力で感謝を伝えたい！</strong></span></p>
<p>そんなサブタイトルと共に、エッセイを書いていこうと思います。</p>
<h4><span id="toc1">ブログの由来</span></h4>
<p><strong><span style="color: #ff9900;"><span style="color: #000000;">「どうして</span></span><span style="color: #ff9900;">『社会の底辺からこんにちは』</span>なんですか？」</strong>という質問を受けることが何度かありました。</p>
<p>私自身も言われた時<strong>「確かに言ってなかったなぁ」</strong>と今更ながら気付いたので、ここで少し書いていこうと思います。</p>
<p>もうブログを読んでくださる方や、SNSを見てくださる方は知っていると思うのですが、前職では保育士をしていました。</p>
<p>汗と鼻水を垂らしながら働き、時にはよだれをつけられ鼻水を拭かれながら、仕事をしていました。保育士は私にとって生き甲斐であり、ずっと夢だった仕事です。</p>
<p>しかし職場環境に恵まれない私は、社会人一年目に幼稚園を経験し、二年後に保育園へと転職をしました。けれども、環境はどちらも良いとは言えない場所で、2022年の10月末に、約7年以上働いていた保育園を退職せざるを得なくなってしまったのです。</p>
<p>働いている間、ご飯が全く食べられず令和の飽食の時代に、栄養失調と診断されました。頭痛薬を大量に飲み続ける生活は、誰が見ても狂っていたと思います。</p>
<p>仕事を辞めてから生き甲斐をなくしてしまい、生きている価値も分からないまま、毎日「<span style="color: #ff0000;"><strong>子どもたちに会いたい。どうして、どうして、どうして・・・。ただ、保育士がしたかっただけなのに」</strong></span>と泣いていました。</p>
<p>減っていく貯金と、先行きの見えない不安が毎日のように押し寄せて、一日中眠れない日々を過ごすことも何度もありました。</p>
<p>SNSを見れば仕事を頑張っている人たちがいて、人生を謳歌している人がいて、楽しそうな笑顔が画面越しに映し出さられる。その状況を見ることもとても辛かったです。</p>
<p><strong>「私は社会から置いてきぼりにされた無能な人間なんだ」</strong>と、自分自身に負荷をかけ、そして他人を羨む生活ばかりをしていました。</p>
<p>行き場のない怒りを夫にぶつけ、<strong>「私は社会の底辺なんだ」</strong>とことあるごとに言っていました。</p>
<p><strong><span style="color: #3366ff;">「保育士をしていた時の納言ちゃんは、毎日が</span>辛そう<span style="color: #3366ff;">だった。でも、子どもたちの話をしている時だけは、すごく</span><span style="color: #ff9900;"><span style="color: #3366ff;">幸せそう</span></span><span style="color: #3366ff;">だったんだ。君にとって保育士は天職だと思う。保育士だけが子どもたちと関わる方法じゃないよ？いくらでも別の形で関われるはずだから」</span></strong></p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>「それにね、僕と出会ってエッセイを書き始めて、感想をもらえるようになって、評価されることも増えてきた。君と同じように苦しんでいる人は沢山いると思う。その想いを代弁することが君にはできるんだ。誰にもできないことを、君は今からしようとしてるんだよ。やり続けてごらん、きっと面白いことになるから」と何度も励ましてくれました。</strong></span></p>
<p>この言葉のおかげで前に進もうと決意し、新たなチャレンジとしてブログという形を選びました。</p>
<p>もっと色々な人の声を聞きたい、もっと身近に寄り添えることをしたい、そう思った時に、かつて<span style="color: #ff0000;"><strong>「社会の底辺だ」</strong></span>と言い続けた私が、這い上がれるような思いも込めて、辛い時の気持ちを忘れないためにも<span style="color: #ff00ff;"><strong>「社会の底辺からこんにちは」</strong></span>という名前にしました。</p>
<h4><span id="toc2">不幸な人生は味となる</span></h4>
<p>私の人生は、悪い意味で濃い経験ばかりでした。常に劣等感を感じ、自分自身を下げ続けて生きてきたからこそ、自信を持つことがとても怖かったのです。</p>
<p>しかし大人になってようやく、自分にスポットライトが当たり始めているような気がしています。</p>
<p>ある友人は<span style="color: #ff9900;"><strong>「人生の主人公は自分自身なんだから、主人公らしく堂々と生きれば良いんだよ」</strong></span>と言ってくれたことがありました。</p>
<p>辛いことや悲しい体験も、文章にありのままで書くことが私なりの生き方なんだと思います。</p>
<p><strong>時には思い出すこともしんどくなるくらい、悲しかったこともありました。</strong></p>
<p><strong>存在価値を認めて欲しくて、もがいていた時期もありました。</strong></p>
<p><strong>それでも報われることは、ありませんでした。</strong></p>
<p><strong>だからこそ今までの経験を文章にすることで、過去の自分自身に寄り添っているのかもしれません。</strong></p>
<p>世の中には、私のように辛い経験をしている人がいるでしょう。</p>
<p>もしかすると想像を絶する体験をしてきた人もいるかもしれません。</p>
<p>私の経験や言葉で誰かを救うことは、出来ません。</p>
<p>けれども気持ちに寄り添い話すことはできるんです。</p>
<p>それは<span style="color: #3366ff;"><strong>、心が傷ついた時の痛み</strong></span>を知っているから。</p>
<p>とは言ってもいまだに仕事はしていないし、無職街道まっしぐらな状態で、新たな夢のために走り出した遅咲きの夢追い人でもあります。</p>
<p>有名人でもなければ、本を出版しているわけでもない。</p>
<p>けれどもこのブログがその一歩になることを、信じています。</p>
<p>それは家族や友人の支え、そして読んでくださる読者の皆さんがいてくれるからこそ、私は実現できると思うのです。</p>
<h4><span id="toc3">最後に</span></h4>
<p>これからどんどん面白くなっていくつもりのオリエンタル納言ではありますが、たった一人で成し遂げられるとは思っていません。</p>
<p>偉大な歌手も、有名な俳優も、アーティストも、全て誰かに支えられて助けられているはずだから。</p>
<p>これからもこの<span style="color: #ff00ff;"><strong>「社会の底辺からこんにちは」</strong></span>は、皆さんの大きな支えと共に一緒に作り上げていくものだと思っています。</p>
<p>伝えたいことがありすぎて上手くまとまらず、すみません&#x1f4a6;（笑）。</p>
<p>ですがこれからも、こんな不器用な私を応援してくださると嬉しいです。</p>
<p>改めていつも読んでくださる皆さん、本当にありがとうございます！</p>
<p>これからも色々な角度から泥臭くありのままの言葉で、書いていきたいと思います。</p>
<div class="p1 blank-box bb-blue" style="text-align: left;"><b>ぜひコメント欄に、読んだ感想をいただけると大変励みになります。皆さんのメッセージをお待ちしています！また、相談や困りごと、どんな些細なことでも構いません。ブログのトップに「あなたの悩み・相談」もありますので、皆さんの声をぜひお聞かせください</b><span class="s1">&#x1f60c;&#x1f9e1;</span><span class="s1"><br />
</span><span class="s1"><span style="color: #ff00ff;"><strong>全てのコメントに返信させていただきます！</strong></span></span></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>うつ病と孤独、そして歩き出す</title>
		<link>https://orientalnagon.com/%e3%81%86%e3%81%a4%e7%97%85%e3%81%a8%e5%ad%a4%e7%8b%ac%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%97%e3%81%a6%e6%ad%a9%e3%81%8d%e5%87%ba%e3%81%99/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 13 May 2023 09:00:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
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					<description><![CDATA[4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。 過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。 私 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。</p>
<p>過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。</p>
<p><strong>私は一体、何を書きたかったのだろう。</strong></p>
<p><strong>どんなことを伝えようとしているのだろう。</strong></p>
<p><strong>そして、誰が読んでくれるのだろう。</strong></p>
<p>そんなことを考えながら過ごす日々は、楽しいというよりも<span style="color: #3366ff"><strong>不安</strong></span>の方が大きかったと思います。</p>
<p><span style="color: #000000">仕事を辞めてからというもの、疎外感を常に感じながら過ごしていました。忙しく回り続ける社会の波から外れ、永遠にも感じられる時間を潰す作業をしていく。</span></p>
<p>それが、私の生活でした。</p>
<h4><span id="toc1">うつ病と孤独</span></h4>
<p>まだ仕事を辞めたばかりの頃、文章を書くことさえもできずにうつ病という心の病と向き合っていました。</p>
<p>誰もいない部屋にただ一人きりでいる時間が、本当に怖かった。</p>
<p>無機質な空間にいるようで、狭いはずなのに果てしなく広く感じる部屋に一人きりでいることが、どうしようもなく辛かった。</p>
<p>いつか消えてなくなってしまいそうな心を、なんとか保つことで精一杯でした。</p>
<p>無駄に窓を開けて、車や飛行機が通り過ぎる音を聞きながら<strong>「社会の中に、私はいる」</strong>そう思うようにしていました。</p>
<p>風が運んでくれた季節の香りを確かめながら、自分の存在も確かめていました。</p>
<p>しかし、ふとした瞬間に孤独はやってきて、言葉で表すことが出来ないくらいの恐怖を感じる瞬間がありました。</p>
<p>誰かが私の耳元で、そっと呟くんです。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「お前は、社会に属すことも出来ない無能だよ」</strong></span>と。</p>
<p>全身が震えてしまうから、両腕で体をギュッと握り、何度も感覚を確かめていました。</p>
<p>そして自問自答するのです。<span style="color: #000000"><strong>「私はやっぱり、社会に属せない人間ですか？」</strong></span>と。</p>
<p>誰かが答えてくれるわけでも、助けてくれるわけでもなく、私の言葉が頭の中で何度も再生されていく、まるで壊れた古いステレオみたいに、何度も何度も言葉は繰り返されていました。</p>
<p>たった一人の世界に取り残されているような状況は、まさに<strong>孤独</strong>そのものだったのです。</p>
<h4><span id="toc2">鎮痛剤依存</span></h4>
<p>今から4年前に、私の体はおかしくなり始めていました。朝起きると頭に激痛が走り、起き上がることさえ辛い日がありました。</p>
<p>それでも頻度は多くはなかったのですが、徐々に１週間に一度は激痛が走るようになり、３日に一度、２日に一度、そして最後は、ほぼ毎日謎の頭痛に悩まされていました。</p>
<p>朝起きて痛み止めを飲み、昼前、給食後、夕方、そして夜というペースで飲むようになっていました。</p>
<p>ひどい時には1日12錠も服用している時もありました。</p>
<p>どれだけ飲んでも治らない頭痛は、次第に体をむしばみ、食欲を失せさせていきました。食事の代わりに鎮痛剤を摂取して、ボロボロの体で仕事をしていました。</p>
<p>もう長い間、一人前のご飯さえ食べれていません。</p>
<p>そして今でも、鎮痛剤が手放せなくなっています。痛みを誤魔化すために、依存し続けた代償を背負いながら。</p>
<h4><span id="toc3">夫婦の夢を叶えるために</span></h4>
<p>うつ病の時に夫と出会っているから、夫は私の元気な姿を知りません。</p>
<p>気持ちが沈み、一言も発しない時がありました。</p>
<p>どこにもぶつけられない怒りを、夫にぶつけた時もありました。</p>
<p>体が不十分だから、まともに1日出かけられることも出来ませんでしたが、それでも<span style="color: #3366ff"><strong>「大丈夫、時間が解決してくれるから。焦らずに行こうよ！僕はこうしていられるだけで十分だから」</strong></span>と寄り添い続けてくれました。</p>
<p>夫には、想像している何十倍も辛い思いをさせてきたと思います。</p>
<p>それでも見捨てずに支え続けてくれたことに、感謝しかありません。</p>
<p>そして私がエッセイを書き続けられるのは、<span style="color: #3366ff"><strong>「君の言葉は、きっと多くの人に勇気を与えるよ」</strong></span>と言い続けてくれた夫のおかげです。</p>
<p>誰よりも近くで見てきたからこそ、夢を応援してくれているからこそ、彼の言葉が私の勇気になりました。</p>
<p><span style="color: #000000">そして私の夢は、いつしか夫婦の夢となりました。</span></p>
<p>どん底に落ちた時、文章を書くことで自分の心を整理することが出来ました。誰にも認めてもらえないと思っていたものが、文章を読んでもらい、感想を頂けたことで大きな勇気に繋がるようになっていきました。</p>
<p>社会から疎外されたと思っていた私にとって、どんなことよりも励みになったのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ気持ちの人がいるんだ、私は一人じゃないんだ」</strong></span>そう思えるきっかけでもありました。</p>
<p>エッセイを書き、ブログを始めるようになってから、今が一番、自分自身と向き合っているのかもしれません。</p>
<p>きっと私と同じように、うつ病で苦しんでいる人がいるのかもしれない。</p>
<p>もしかしたら孤独を味わい、真っ暗な場所から抜け出せなくなっている人がいるかもしれない。</p>
<p>そんな人たちに私は、伝え続けていきたいのです。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「あなたは一人じゃないよ。辛い気持ちも孤独も同じように分かるから。今は目の前にある景色が全てだと思うかもしれない。けれどいつか、霧が晴れて、明るい世界が少しずつ見えてくるようになるから。だからほんの少しだけ、私の手を握ってはもらえないだろうか。ほんの少しだけ、体に寄りかかってもらえないだろうか。そうすれば、辛い気持ちも半分になるはずだから」</strong></span>。</p>
<p>身近にいる人だけが、気持ちを分かるわけじゃないんです。</p>
<p>もしかしたら、全く別の人が理解してくれることだってあると思います。</p>
<p>同じ気持ちを味わい、苦しみを知っている人は、この世の中に沢山いるはずだから。そして、私もその一人として、同じように寄り添いたいんです。</p>
<p>苦しみも、悲しみも同じように味わってきたから。</p>
<p>そして今も、一歩を踏み出している最中なんです。</p>
<p>どれだけ時間がかかっても、どれだけ後ろを振り返っても…。</p>
<p>いつか本当の意味で、前を向いて歩ける日が来ると信じています。</p>
<p>私も、そして今このエッセイを読んでくれているあなた自身も。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>元保育士がブログを始めたきっかけ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 11 Apr 2023 13:55:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[自己紹介]]></category>
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					<description><![CDATA[初めまして、エッセイストのオリエンタル納言です。 私は約８年間、保育士として子どもたちの笑顔と平和を守る保育士兼友だちとして、仕事をしてきました。 幼い頃から、保育士に憧れて「いつか先生になるぞ！」と夢を持ち続けて20歳 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>初めまして、エッセイストのオリエンタル納言です。</p>
<p>私は約８年間、保育士として子どもたちの笑顔と平和を守る保育士兼友だちとして、仕事をしてきました。</p>
<p>幼い頃から、保育士に憧れて「いつか先生になるぞ！」と夢を持ち続けて20歳の春に、ようやく夢だった保育士を幼稚園ですることになりました。</p>
<p>しかし、保育の現場は笑って、遊んで、楽しんでなんて場所ではありませんでした。</p>
<p>パワハラやモラハラは当たり前でした。</p>
<p>自腹で保育用品を買うのも当たり前でした。</p>
<p>残業手当の代わりに美味しくもないケーキをもらって、狭い職員室の中で正座をしながら食べることもありました。</p>
<p>何より一人の保育士として、いや、人間として扱ってもらえないことがほとんどでした。</p>
<p>耐えられなくなった私は、21歳の秋に「夜逃げ」ならぬ「朝逃げ」を目論み、一週間の間に、コツコツと身の回りの私物を片付けることにしました。</p>
<p>しかし、「朝逃げ」をする前日に、同じ学年を受け持つ先輩保育士に過度な叱責を受けて、色々あってそのまま休職、そして子どもたちの顔も見ることなく、退職する形となったのです。</p>
<p>うつ状態で半年間はニートをしていましたが、どこかで「もう一度だけ、保育士をやりたい。子どもたちの笑顔を見たい」と思っていました。</p>
<p>それくらい保育士という仕事は、私の人生の中で見つけた大切な夢でした。</p>
<p>そして22歳の春、新たな保育園での就職が決まり、ニートからもう一度保育士になる機会が巡ってきました。</p>
<p>忙しい毎日だったけれど、それでも楽しかったです。子どもたちの笑顔を見れること、そして前職の幼稚園よりも保育士同士の関係も良く、保育について話し合えることも新鮮で嬉しかった。</p>
<h4><span id="toc1">しかし、幸せは突然終わってしまった・・・</span></h4>
<p>4年前の新型コロナウイルスの流行は、私たちの生活も仕事も人間関係も容赦なく壊していきました。</p>
<p>行動制限が始まり、園内の全ての消毒が当たり前になり、給料は少しずつ減っていきました。表情も分からないまま仕事をする不安もありました。保育士同士の会話も感染対策のために必要最低限にされてしまいました。</p>
<p>きっと誰もが、その日をやり過ごすことに精一杯になってしまったのでしょう。</p>
<p>そのうち、人目を盗んで愚痴や噂話でストレスを発散する人が増え、人の粗探しばかりをするようになり、機嫌が悪いと大声で怒鳴る人、責任を全て他人に押し付ける人ばかりになっていきました。</p>
<p>私たちの仕事は何？</p>
<p>誰のために仕事をしているの？</p>
<p>子どもたちの笑顔を守ることが仕事じゃないの？</p>
<p>そんなことを考えるうちに、私自身の心も病み、2022年6月末に休職する間際には、「栄養失調」「摂食障害」「うつ病」と診断されてしまいました。</p>
<p>何度も復帰を考えたけれど、戻る勇気も体力も残されていなかった私は、2022年10月に保育士を退職しました。</p>
<h4><span id="toc2">今私ができること</span></h4>
<p>実は休職する前から、“かがみよかがみ”というサイトにエッセイを応募して、掲載させていただいていました。</p>
<p>29年間生きてきた中で、辛かったこと、苦しかったことの方が多すぎて、それをネタとして隠すことなくエッセイとして書いていました。すると、少しずつ読者が増えていき、時には感想をいただくこともありました。</p>
<p>「あぁ、辛いのは私だけじゃなかったんだ。同じ気持ちの人が今もどこかにいるんだ。私にできることはなんだろう。どうしたら少しでも寄り添った文章を書けるんだろう」と考え、その気持ちはどんどん膨らんでいくようになりました。</p>
<p>ただ、私は有名人でもないし、エッセイストと名乗っているだけで売れてないから（自称）エッセイストです。</p>
<p>そして本当の正体は”心を病んだ無職”です。</p>
<p>だからこそ、私にしか伝えられないことがあるはずだと思っています。</p>
<p>同じ苦しみを味わった人たちに、私にしかできない言葉で寄り添えると思っています。</p>
<p>無職になったからこそ、様々な角度から読んでくださる皆様に、これからはブログを通して、そっと寄り添うエッセイを届けていきたいと思うのです。</p>
<p>私の文章が少しでも誰かの心に触れられますように。</p>
<p>そして、その時は辛い気持ちごと抱きしめさせてください。</p>
<p>それが私の書く勇気にも繋がるから・・・。</p>
<p>これからも、社会の底辺からどうぞよろしく。</p>
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