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	<title>ニュース | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>ニュース | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>ワタシは不適切保育をやりかけた</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Jun 2024 13:06:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[不適切保育]]></category>
		<category><![CDATA[健常児]]></category>
		<category><![CDATA[担任の苦悩]]></category>
		<category><![CDATA[虐待]]></category>
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					<description><![CDATA[保育士が悪い意味で注目され始め、虐待や不適切保育で逮捕されるニュースを見ることが増えたような気がします。 それ以外にも保育の環境に限界を感じた保育士たちが、一斉退職することを選ぶこともありました。 今までは「優しくて、ど [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>保育士が悪い意味で注目され始め、虐待や不適切保育で逮捕されるニュースを見ることが増えたような気がします。</p>
<p>それ以外にも保育の環境に限界を感じた保育士たちが、一斉退職することを選ぶこともありました。</p>
<p>今までは<strong>「優しくて、どんな子どもにも愛を持って接している」</strong>それが世間での保育士像だったかもしれません。</p>
<p>少し前だったら、こんな風にニュースに取り上げられることもなければ、逮捕者が出ることもありませんでした。</p>
<p>だからと言って、不適切保育がなかったわけではないし、もしかすると虐待スレスレのことをやっていてもバレなかっただけの話かもしれません。</p>
<p>きっと疲弊した現場で働いている保育士さんたちは、目を覆いたくなる状況を一度は目の当たりにしているような気がするから。</p>
<p>そして、ワタシ自身もたった一度だけ虐待の一歩手前まで行きかけたことがありました。</p>
<h4><span id="toc1">集団生活の中で</span></h4>
<p>保育園には、あらゆるお子さんが通っています。中には発達障害と診断されたお子さんもいれば、知的障害を抱えながら保育園に通っているお子さんもいました。</p>
<p>中には、グレーと呼ばれる（発達障害の疑いがあるけれど、診断がされていないお子さん）も数名クラスの中にいることもあります。</p>
<p>乳児クラスのように複数担任ではなく、幼児は1人でクラスを受け持つことになり、あらゆることを考え、全ての子どもたちが楽しく安心して過ごせる環境を作りながら保育をしていく必要がありました。</p>
<p>ただハンデを持っているお子さんには、<strong>「みんなができること」</strong>ができないこともあります。</p>
<p>言葉がうまく出ず、発達もゆっくり進んでいる子は、視覚的に伝えるために簡単な単語と絵カード（伝えたい動作が描かれているカード）を使いながら、伝えることもあります。</p>
<p>また音に敏感だったり癇癪を起こしてしまったりする子には、1人になれる場所をクラスの一箇所に作り、心を落ち着かせられるような配慮をすることもあります。</p>
<p>一対一の関わりであれば癇癪を起こすことがあっても、ゆったり関わることができますが、集団生活の中で25人程の子どもたちと過ごす中では、手厚く関わりを深めていくことに限界を感じる瞬間もありました。</p>
<h4><span id="toc2">関わり方がわからなくて</span></h4>
<p>幼児クラスになり、1人のハンデがある子がいました。些細な物音や声で一気に癇癪を起こし、突然部屋から飛び出してしまうことがありました。</p>
<p>さらに、パニックになったと同時に全ての服を脱ぎ出そうとしてしまうことがあり、一度クラスの活動や話を止めて、その子を追いかけていかなければなりませんでした。</p>
<p>人手が足りる時であれば、パートの先生やフリーの先生に声をかけることもできましたが、いつも手が空いてるわけではありませんでした。</p>
<p>行事前の練習の時に癇癪を起こすこともあり、練習を全てストップさせてしまうこともあります。</p>
<p>あまりにも癇癪がひどく、1人での対処に限界を感じたワタシは、当時の園長に相談することにしました。</p>
<p>クラスの状況と、お子さんとの関わり方、あらゆる場面での不安なども話した気がします。</p>
<p>しかし、返ってきた言葉は<span style="color: #808000;"><strong>「担任なんだから、それを全て対処するのがあなたの役目でしょ？他の先輩たちは当たり前のようにやってるのよ。それは少し、甘えなんじゃないの？」</strong></span>と。</p>
<p>その瞬間、ワタシの中で何かがポキンと折れた音がしたのです。</p>
<h4><span id="toc3">癇癪を起こすのは、いつも突然</span></h4>
<p>まるで何もやっていないかのように言われたことが悔しくて、そして悲しくもありました。</p>
<p>どうしたらクラスの子たちが楽しく過ごせるか、ワタシなりに毎日考えていました。ハンデのある子のことをもっと知ろうと、書店に行って障害児についての本もたくさん読んでいました。</p>
<p>できる限りの環境設定を整えて、できる限り楽しめる遊びや玩具も手作りして色々な方法を試してもみました。</p>
<p>けれども、努力でどうにかなるものではなく、それは一つの個性であり特性でもあるから、努力で「治る」ものではないんです。</p>
<p>癇癪がいつ起こるかなんてわかりません。給食の時に誰かがお皿を落とした音で始まることもあれば、楽しげな声が大きかったことで始まることもあります。</p>
<p>いつもと雰囲気が違えば癇癪が起き、馴染みのない先生が部屋に入ってきたら癇癪を起こす。</p>
<p>さらには、給食の時に嫌いな野菜が出たらひっくり返って怒ってどこかで行ってしまいそうになることもありました。</p>
<p>その度にワタシは食事を止めて、落ち着かせるために手の空いている先生を大声で呼びながら一対一の関わりを取らなければなりませんでした。</p>
<p>それは園長から、<span style="color: #808000;"><strong>「あなたのクラスの子なんだから、癇癪を起こしたらクラスは他の先生に任せて、あなたが一対一で対応をしなさい」</strong></span>と言われていたから。</p>
<h4><span id="toc4">限界を迎えた、あの日</span></h4>
<p>それからと言うもの、給食で苦手なものが出るたびにワタシは一対一の関わりを取っていました。行事前でも癇癪を起こせば落ち着くまで対応に追われていました。</p>
<p>まだ泣けてしまうだけならよかったのですが、一度パニックを起こしてしまうと、服を全て脱ぎ出してしまい、ひっくり返って暴れてしまうこともありました。</p>
<p>他の子に当たるのを防ぐため、そして脱走を防ぐために抱っこの形をとり、落ち着かせるようにしていました。</p>
<p>しかし、それはそれで今度は矛先がワタシに向いてしまい、制止をしている間にあらゆるところを蹴られて、殴られることもありました。</p>
<p>痛みに耐えながら、そして無理に制止をするような形に罪悪感を感じながら心の中では（ごめんね、ごめんね）と謝っていました。</p>
<p>それがほぼ毎日続くようになってからは、ワタシも給食を食べることもなく1時間以上も抱っこの状態で耐える日々が続いたのです。</p>
<p>そしてある日、パニックになりながら振り上げた足がワタシの顔を目掛けて飛んできたのです。鋭い痛みとドーンと重くのしかかった痛みで、一瞬目の前が真っ暗になってしまいました。</p>
<p>その瞬間に、我を忘れて<span style="color: #ff0000;"><strong>「もうッ！痛い！」</strong></span>と怒鳴ってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc5">理性の先に</span></h4>
<p>その声に余計に癇癪はひどくなり、ワタシも限界を感じて理性が一瞬飛んでしまいそうになりました。</p>
<p>あのまま理性を失っていたら、手が出ていたかもしれません。</p>
<p>あの瞬間、ワタシはぎゅっと自分の手の平に爪の跡が残るほど拳を握り、下唇を噛みながら涙を流しながら耐えていました。</p>
<p>そしてゆっくり深呼吸をしながらもう一度、その子を優しく抱きしめて<span style="color: #ff00ff;"><strong>「大丈夫。大丈夫だから」</strong></span>と声をかけ続けました。</p>
<p>時間はかかりましたが少しずつ落ち着きを取り戻し、部屋に戻ることができたあと、その子は給食を食べ終わることができたのです。</p>
<h4><span id="toc6">限界と常に隣り合わせ</span></h4>
<p>ニュースを見るたびに、ワタシも片足を突っ込んでいたと思うことが多々あります。</p>
<p>現場の状況や疲弊した環境、そして自分自身のメンタルと照らし合わせても、あのまま続けていたら、いつかニュースに出ていたのはワタシだったかもしれません。</p>
<p>全ての虐待や不適切保育が許されるわけではありません。</p>
<p>配置基準の話とか仕事量の多さとか、色々なことが原因として言われていますが、当時のワタシに欲しかったものは、寄り添いの言葉でした。</p>
<p>突き放す言葉ではなく、先輩たちは当たり前にやっていると比較する言葉でもなく、<span style="color: #808000;"><strong>「そんな状況だったんだね。障害を持っているお子さんのアプローチは難しいよね。でも、きっと先生の想いは伝わってると思うから、一緒にいい方法を探してみようか」</strong></span>そう言って欲しかった。</p>
<p>そして、クラスの子たちにもしっかりと関われる時間も確保させて欲しかった。</p>
<p>それが何より欲しかった言葉であり、行動でもありました。</p>
<p>まだまだ保育の現場では、書ききれないほどの苦悩や苦労がたくさんあります。大前提に子どもに手を上げることは間違いだけど、スレスレの状態がある事実もワタシは伝えていかなければならないと思うんです。</p>
<p>健常児だろうと障害児だろうと、みんな可愛い子どもたちには変わりがありません。その子たちの笑顔を守り続けるためにも、保育士たちの心の声に耳を傾ける時が来たのだと、ワタシは思うから。</p>
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		<title>保育士の勇気を・・・</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 17 Mar 2024 08:37:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[パワハラ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[保育士の声を]]></category>
		<category><![CDATA[集団退職]]></category>
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					<description><![CDATA[最近あるニュースを見ました。 そのニュースは大々的に取り上げられて、連日放送されていたんです。 『保育士が集団退職！原因は会長のパワハラか』という見出しで、ニュースキャスターたちがこぞって問題について話をしていました。  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>最近あるニュースを見ました。</p>
<p>そのニュースは大々的に取り上げられて、連日放送されていたんです。</p>
<p><strong>『保育士が集団退職！原因は会長のパワハラか』</strong>という見出しで、ニュースキャスターたちがこぞって問題について話をしていました。</p>
<p>以前保育士をしていたワタシは、そのニュースにあまり驚きはしませんでした。</p>
<p>そしてネットに載っているコメント欄を少しだけ見ると、同じような保育士たちがワタシと似た意見を持っていました。</p>
<p><strong>「これはどこの園でもありうること」「むしろ今でも同じような環境にいる」「保育士さんたちが勇気を出して辞められることが、どれほどすごいことか</strong>」そのような言葉が並んでいました。</p>
<p>ワタシもその文章を読みながら、ぼそっと言葉に出てしまったんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「こんなの氷山の一角だよ・・・。そしてほとんどの保育士は、誰にも助けを求められずにひっそり辞めていくしかないんだ」</strong></span>と。</p>
<p>かつてのワタシもそうだったから。</p>
<h4><span id="toc1">いつから主従関係に？</span></h4>
<p>ワタシは数々のエッセイでも書いていますが、働いていた頃からふとした瞬間に思うことがあるんです。</p>
<p><strong>「いつから保育の現場は主従関係が当たり前に存在していて、仕事以外の身の回りの世話までしなければいけないようになっているのか」</strong>ということを。</p>
<p>ワタシが働いていたところもそうでした。</p>
<p>縦社会だなんて可愛いものではなく、召使のようにこき使われることもあれば、感情のままに叱責されたり、理不尽な要求をされることもありました。</p>
<p>園の環境整備や子どもたちのことなら、雑用は仕事の一環だと思います。</p>
<p>けれども園長の私物である荷物を運ぶことや、園長の庭の手入れは保育士がする仕事なんだろうか。</p>
<p>園長が持って帰りたいものが大きいものだったら、保育士はもちろん保育を離れて手伝いに行かなければなりませんでした。</p>
<p>誰もがきっと疑問に感じていたのではないかと思います。</p>
<p><strong>「それは本当に、私たちの仕事ですか？子どもから離れて、やる必要のあることですか？」</strong>と。</p>
<h4><span id="toc2">無責任と言わないで</span></h4>
<p>このニュースを見ていてもう一つ、思ったことがありました。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「集団で退職したら、残っている子どもが可哀想だと思わないの？保護者の仕事はどうなるの？」</strong></span>そんな言葉を目にしたんです。</p>
<p>ならば言わせてほしい。</p>
<p><strong>「保育士の心はどうなるの？」</strong>と。</p>
<p>そしてこのニュースでは、3月一杯でほとんどの保育士が辞めることが決まっていたそうです。なぜこの時期なのか・・・。</p>
<p>3月は卒園式が控えています。</p>
<p>もしも中途半端な時期に集団で辞めてしまったら、卒園する子どもたちは全く違うところで、慣れない環境の中で、思い出がない場所で卒園式を迎えなければなりません。</p>
<p>それを防ぐために、せめて卒園する子どもたちのために、3月までは残るという決断をしたのではないかと思うんです。</p>
<h4><span id="toc3">賛否両論あるけれど</span></h4>
<p>確かに、事前に集団退職について周知した上で3月まで残る、という選択肢を取ることもできたかもしれません。</p>
<p>けれども、園の内側で起こっていることは当事者にしかわからないんです。</p>
<p>もしかしたらなんとか続けられる方法を探し続けていたかもしれません。</p>
<p>子どもたちにとっても、保護者の方にとっても最善の方法を探し続けていたかもしれません。</p>
<p>けれどもその気持ちすら、きっと踏みにじられてしまったのでしょう。</p>
<p>ワタシはこのニュースを見て、たった一人ではなく、多くの保育士が勇気を出して辞める選択をしたことに意味があると思うんです。</p>
<p>同じ境遇に立たされている保育士は、多くの勇気をもらったことでしょう。やりがい搾取の中で働く選択肢だけではなく、一人の人間として、辞める決断をすることを肯定してもらったと感じる人もきっといると思うんです。</p>
<p>責める相手は、保育士じゃない。</p>
<p>保育士の心を傷つけて、結果的に子どもたちを、保護者の方を、巻き込む原因を作ったのは園のトップなのだから。</p>
<h4><span id="toc4">最後に</span></h4>
<p>どんな仕事にも責任があって、多少なりともうまく行かないことや不満が溜まることは誰だってあるでしょう。</p>
<p>だからと言って、その矛先を関係のない人たちにぶつけることは絶対にしてはいけないと思うんです。</p>
<p>今の時代は色々なことが重なりすぎていて、負担も不安も多くのしかかりながらそれぞれが仕事と向き合っているかもしれません。</p>
<p>ただあくまで仕事は仕事です。</p>
<p>仕事が好きで、仕事のために生きている人はそう多くはありません。一番は自分の生活を豊かにするために、自分の人生を充実させるために仕事をしてお金を得ていると思うんです。</p>
<p>それなのにいつしか仕事が生きる目的になって、心を壊してまでしなければいけないことのようになっている環境が存在しています。</p>
<p>だからこそ、このニュースには賛否両論がありましたが、保育士さんたちの選択は何一つ間違っていないと思うんです。</p>
<p>他人のために人生を生きているのではなく、自分の人生のために生きているのだから。</p>
<p>保育士は子どもたちの人生を全て背負うことはできません。</p>
<p>それでも必死に子どもたちのことを思い、そして寄り添っています。</p>
<p>どうか忘れないでほしんです。</p>
<p>保育士は、なんでもやってくれる便利屋でもなければ、何を言われても平気なロボットでもありません。</p>
<p>保育士である前に、同じ人であるということを忘れないでほしいのです・・・。</p>
<p>そして今もなおやりがい搾取の中で働いているのなら、どうか自分の人生のために辞める勇気を持ってほしいと思います。</p>
<p>あなたの価値を、あなたの才能をきちんと評価してくれる場所は、絶対にあるはずだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>報道のあり方に、疑問を感じて</title>
		<link>https://orientalnagon.com/hoikusi-6/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 21 Oct 2023 08:39:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[報道]]></category>
		<category><![CDATA[潜在保育士]]></category>
		<category><![CDATA[虐待]]></category>
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					<description><![CDATA[つい最近まで靭帯を怪我していたワタシは、整形外科に来ていました。 片方だけイヤフォンをさし、お気に入りのYouTubeを聴いていると、ふと病院の大きなテレビには衝撃的な内容が流れてきたのです。 それが潜在保育士に関しての [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>つい最近まで靭帯を怪我していたワタシは、整形外科に来ていました。</p>
<p>片方だけイヤフォンをさし、お気に入りのYouTubeを聴いていると、ふと病院の大きなテレビには衝撃的な内容が流れてきたのです。</p>
<p>それが潜在保育士に関してのニュースでした。</p>
<p>潜在保育士とは、免許を持っていても保育士として働いていない人のことを指します。</p>
<p>ワタシも潜在保育士の一人であり、この国では潜在保育士の割合が6割にも達しているそうです。</p>
<p>とても興味がある内容だったので、急いでイヤフォンを取り、ニュースを見ることにしました。</p>
<h4><span id="toc1">平均月収の大きな違い</span></h4>
<p>そもそも保育士は低賃金、重労働で有名な職業でもあります。</p>
<p>賃金が安い割に責任は重く、そして自己負担も多いことで知られています。</p>
<p>実費で購入した材料を使って玩具を作る事もあるし、残業代が出たとしても当番に入っている間の時間のみで、当番以外の仕事に関しては、出ないことがほとんどでした。</p>
<p><span style="color: #808000"><strong>「早く家に帰りなさい」</strong></span>と言われても仕事が終わらないから、こっそり家に持ち帰ってやるしかない。</p>
<p>それが現状です。</p>
<p>そんな安月給の中で働いている保育士の月収の平均が、３０万を超えていると伝えられたことに、ワタシは絶句しました。</p>
<h4><span id="toc2">低賃金の現実</span></h4>
<p>ワタシがもらっていた給料は、当たり前に２０万を切っていました。もっと低いところであれば、１５万いくか、いかないかのところもあります。</p>
<p>２０万円以上ももらっているところなんて、本当にごくわずかなんです。</p>
<p>それなのに、ニュースでは３０万を超えていた。</p>
<p>それは一体どこの保育園で、どれだけの割合が超えているのか、むしろそんなところがあるのか、正直信じられない気持ちでいっぱいでした。</p>
<h4><span id="toc3">働き方改革の真相</span></h4>
<p>その後、働き方改革をしている園が紹介されていました。</p>
<p>病院にいるのに胸が苦しくなり、怒りと同時に悲しみの感情が湧いてきて、涙がこぼれ落ちそうな気持ちをグッと堪えました。</p>
<p>当たり前に1時間の休憩があって、事務作業の時間も取ってもらえる。給食は子どもたちと離れてゆったり食べられるし、もちろん残業もありません。</p>
<p>そんな言葉を見ながら、<span style="color: #ff00ff">（こんなごくわずかな部分だけを切り取って、保育士の理想と現実についていけない人たちが、どれだけ増えてしまうんだろう）</span>とも感じたのです。</p>
<h4><span id="toc4">保育士の虐待から</span></h4>
<p>このニュースは、そもそも保育士の虐待から派生した話でした。</p>
<p>しかし、綺麗なところだけを報道して、本当の保育士の現場や過酷さを映さなければ、根本的な解決にはならないと改めて感じました。</p>
<p>もしも給料もそれなりにもらえて、休憩も当たり前のように1時間あって、残業もなくて、保育士同士がゆとりを持って話し合えていたら、虐待なんて起こることはないはずなんです。</p>
<p>なぜ、子どもと関わる保育という職業を選んだ人が、虐待に走ると思いますか？</p>
<p>それは紛れもなく、心の余裕もゆとりもないほど疲弊しているから。</p>
<p>そしてそれ以外なら、そもそも性格自体に何か問題を抱えているかの違いでしょう。そんな人は、本当にごく稀にしかいないと思います。</p>
<p>ほとんどの人は、ゆとりのない日々の中で、心が壊れ、自分を見失ってしまうからだとワタシは思うのです。</p>
<h4><span id="toc5">不適切保育を今、考える</span></h4>
<p>きっと世の中には、保育士の環境をなんとかしたいと奮闘している人たちがいると思います。</p>
<p>試行錯誤しながら働き方を考えて、ゆとりを持てるように取組んでいる園も少しずつ増えてきていると思います。</p>
<p>けれども、それはまだごくわずかなんです。</p>
<p>今もどこかで悩みながら、時間も心も削って働いている保育士さんが山ほどいます。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「どうか現場の生の声を聞いてください」</strong></span>と訴えている人が大勢いるんです。</p>
<p>報道は時に大きな誤解を生み、間違った情報も本当のように流れてしまう事もある。</p>
<p>だからこそ、ワタシは伝え続けていきたいと思います。</p>
<p>保育士の声を、本当の現場の環境を。</p>
<h4><span id="toc6">最後に</span></h4>
<p>ワタシは潜在保育士になった今でも、子どもたちのことが大好きです。</p>
<p>そして子どもたちと過ごした日々は、ワタシに生きる勇気と希望を与えてくれました。</p>
<p>しかし、これも保育士の現状と過酷さが、ワタシから大切なものを奪う結果になってしまったのも、事実です。</p>
<p>これから先、何が大切なのか。</p>
<p>それは表面上だけの改善ではなく、保育士の心の声を拾い上げ、本当の意味でゆとりを持って子どもたちと関われる環境を作ることが、一番なのではないでしょうか。</p>
<p>心にゆとりが持てるように。</p>
<p>仕事のために生きるのではなく、自分の人生のために生きられる環境になるように。</p>
<p><strong>保育士は保育士という種族ではなく、一人の人間だということを、どうか忘れないで・・・。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>悲しみの裏側に</title>
		<link>https://orientalnagon.com/news/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Jul 2023 10:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[命]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
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					<description><![CDATA[2023年7月12日（水） 夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。 道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたので [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2023年7月12日（水）</p>
<p>夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。</p>
<p>道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたのです。</p>
<p>暑さの中で沢山歩いたせいもあり、汗をかいた私たちは早々にお風呂に入りました。その日の出来事を振り返りながら、思い出に浸る。</p>
<p>その時間がとても幸せでした。</p>
<p>しかし、そんな幸せはあるニュースをきっかけにまた一つ、考えさせられる出来事へと変わってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">若きタレントの訃報</span></h4>
<p>お風呂を出てから携帯をいじっていると、LINEには衝撃的な連絡が入りました。</p>
<p>「ねえ、りゅうちぇるが亡くなったんだって」その文字を見た時、会ったこともなければ話したこともない人なのに、悲しみでも悔しさでもなく、虚無感だけが体全身を駆け巡っていました。</p>
<p>まだしばらくお風呂に浸かっていた夫に、訃報を告げると、口を開き言葉にならないような顔をしながら、一言だけ<span style="color: #3366ff"><strong>「なんでなんやろ・・・」</strong></span>そう呟いていました。</p>
<p>少し調べてみると、いろいろな憶測が書かれており、真相はいまだに誰にもわからないけれど、誰もが居ても立っても居られない、そんな感覚に襲われたのかもしれません。</p>
<p>つい最近まで、笑顔の姿を見ていたからなのか。</p>
<p>それとも、心の影をどこかで感じ取っていたのか。</p>
<p>どちらにしても、誰もが<strong><span style="color: #33cccc">「どうして？」</span><span style="color: #99cc00">「なんでなの？」</span></strong>と疑問と虚無感の両方に挟まれたまま、悲しみに暮れることしか出来ない様子でした。</p>
<p>こうしてまた、若い命が絶たれてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">葛藤の奥深く</span></h4>
<p>このニュースを見た時、かつての自分と重なる部分がありました。</p>
<p>感情の糸が絡まり合い、やがて解けなくなるまでこんがらがってしまう。その辛さは、私にも経験がありました。</p>
<p>どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「助けて」</strong></span>と叫びたくても、どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「限界なんです」</strong></span>と言いたくても、まるで水中にいるかのように相手に声が届くことがなかった頃。いつしか、自分の存在が誰にも見えなくなってしまうのではないかという恐怖と常に闘っていたあの頃を。</p>
<p>自分自身の存在が分からなくなった時、ふと肩の力がふぅ〜と抜けた感覚に襲われ、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう、どうでもいいや・・・」</strong></span><span style="color: #ff00ff"><span style="color: #000000">と</span></span>人生に終わりを告げようとした頃のことを、今でも鮮明に覚えています。</p>
<p>一言声をかけてくれればと言われたこともあったけれど、その一言が余計にプレッシャーに感じることがある。そして、また喉の奥につっかえた言葉をゴクリと飲み込んで、何もなかったかのように振る舞う、そんな生活がありました。</p>
<p>彼女の中で何があったのか、そして、心の影はいつから姿を表し、どのようにして全身を覆い被さるようにしてしまったのか・・・。</p>
<p>それも、今では本人にしか分からないことなのです・・・。</p>
<h4><span id="toc3">ニュースを見るたびに</span></h4>
<p>コロナ禍になってからというもの、私自身が人の生死に過敏に反応するようになっていきました。</p>
<p>本当だったら、楽しく思い出を作り過ごしていたのかもしれない。</p>
<p>誰かと笑い合ったり、時には感情に任せ涙を流していたのかもしれない。</p>
<p>そんなことを思うたびに、心がギューっと締め付けられるような感覚に襲われるのです。</p>
<p>自死を選ぶことは、決して褒められた選択ではありません。</p>
<p>けれども、全てを否定して「自ら命を断つことは、決してあってはならない」と言い切ってしまうことも、私は少し違うような気もしてしまうのです。</p>
<p>それは私自身も、同じように自死を選択しようとしていたからこそ、そのような考え方が生まれてしまうのかもしれません。</p>
<p>辛かったあの時、目の前が全て暗闇に包まれているように感じていた日々は、生き地獄そのものでした。相談すればするほど、自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれて、目の前に起きる全てのことに絶望感を覚えました。</p>
<p>いっそのこと、全てを終わりにできたら、どれだけ楽なんだろうと本気で考えたことは、数えきれないほどありました。</p>
<p>けれども私は、生きる勇気も死ぬ勇気も中途半端に持ってしまっていたために、相談したところで、現状は変わらなかったのです。</p>
<p>一人で抱え込んでいれば、それはそれで、ただただ改善されない現状に疲弊しながら、追い詰められていくばかりでした。</p>
<p>何が正しくて、どうしたらいいのか分からなくなる、それが何より辛かったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc4">命の限りの中で</span></h4>
<p>命には限りがあります。</p>
<p>寿命を操作することも、何歳まで生きてどんな最期を迎えるかと決めたとしても、流れていく運命に逆らうことはできません。</p>
<p>唯一できるとしたら、自分自身で命を絶つ。つまり自死を選択することだけは、自分で決めることができる寿命の決め方なのかもしれません。</p>
<p>これはあくまでも私の個人的な意見ですが、自死を選ぶことは、決して間違った選択ではないような気がするのです。</p>
<p>残された家族や友人、そして関わりのある人たちが悲しい思いをすることは間違い無いでしょう。そしてきっと「どうして命を絶つようなことをしたんだ・・・。もっと早くに行ってくれたら」という後悔の念を抱かせてしまうことにもなるかもしれません。</p>
<p>しかし、どれだけ言葉を重ねられても、どうにもできない心の影があるのだとしたら。</p>
<p>頑張って頑張って、生きようと懸命に走り続けた結果、取り返しのつかないような感情が生まれてしまったら。</p>
<p>もしそうだとしたら、その人に向かって<span style="color: #ff00ff"><strong>「生きて」</strong></span>とは言えないかもしれないと思ったのです。</p>
<p>そして私自身も、同じように仕事で辛く、生きる希望を失ったあの時、頑張って頑張って、頑張り続けた先に<span style="color: #ff6600"><strong>「生きて」</strong></span>と言われていたら、きっと今とは別の選択をしていたでしょう。</p>
<p>とても悲しいことだけれど、一度心に宿してしまった闇は、どんな言葉をかけられても、どれだけ応援されたとしても、立ち直れないところまで引きずり込もうとするのです。</p>
<h4><span id="toc5">寄り添うことで</span></h4>
<p>しかし、今の私はこうして文章書き、かつてのうつ病や摂食障害、そして栄養失調などと向き合いながら、絡まった糸を解く作業をしています。</p>
<p>それは決して一人の力ではなく、色々な人があらゆる言葉で寄り添い、時には態度で示し続けてくれたおかげだと思っています。</p>
<p>あの時、誰一人として<span style="color: #ff6600"><strong>「頑張って」</strong></span>とは言いませんでした。</p>
<p><span style="color: #33cccc"><strong>「生きて」</strong></span>という直接的な言葉をかけられたこともありません。</p>
<p>ただ黙って寄り添ってくれた人や、<span style="color: #3366ff"><strong>「もう十分だよ。よくやった。いっぱい泣きなよ」</strong></span>と感情を表に出すことを許してくれる言葉をかけてくれたことで、大きな影が少しずつ小さくなっていくことを感じることが出来たんだと思います。</p>
<p>もしも、彼女にもそんな人がそばにいて、<span style="color: #ffcc00"><strong>「あなたはあなたのままでいいんだよ」</strong></span>と、そっと手を握りながら涙を流すことを許してくれたら、1番悲しい選択をしない未来もあったかもしれません。</p>
<p>しかしそれも、当事者とその周りにいる人にしか分からないことなのです。</p>
<p>最近特に、誰かが命を絶ったというニュースや物騒な事件を目にするたびに、心の影が大きく支配している人が増えたような気がするんです。</p>
<p>どこか孤独で、誰かに<span style="color: #ff0000"><strong>「私を見て！」</strong></span>と助けを求めている、そんな人たちで溢れたようにも感じるのです。</p>
<p>昔のように、不便さを愛する生活よりも、便利をより便利なものへと追求することが当たり前となってきました。</p>
<p>会ったこともない人だったとしても、SNSで発信しているところを目の当たりにしている分、とても身近な存在に感じてしまう。昔よりも人との距離感のバグが出来ていく、そんなことが当たり前になってきました。</p>
<p>その便利さには、時に恐怖を感じることさえあるのです。</p>
<h4><span id="toc6">今をどう生きるのか</span></h4>
<p>今回のニュースを知り、一人の若いタレントの死という言葉で片付けてはいけないような気がして、私は急遽エッセイを書くことに決めました。</p>
<p>どんなことでも、人の命が終わりを迎えることはとても悲しく虚しいことです。ましてや、それが自ら選んだ選択なのだとしたら、悲しみは計り知れません。</p>
<p>ただ一つだけ、もしも目の前にいる大切な人が、心の影に押しつぶされそうになり、感情の糸が絡まり合ってしまっているのなら、そっと抱きしめてあげてほしいのです。</p>
<p>言葉を多く交わすことよりも<span style="color: #33cccc"><strong>「大丈夫。あなたの気持ちは十分伝わっているよ。だから、気持ちを半分こにして」</strong></span>と、抱きしめながらそっと温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして出来るのならば、痛みをほんの少しでもいいから貰ってあげてほしいのです。</p>
<p>きっとその優しさは、相手にも伝わるはずだから。</p>
<p>全ての人に効果があるのかは分からないけれど、かつての私には、どんな薬よりも効果がありました。</p>
<p>痩せ細った体をそっと<span style="color: #ff9900"><strong>撫でながら、「大丈夫。あなたが頑張っていること、私はちゃんと分かっているから」</strong></span>と言ってくれた友人がいました。</p>
<p>一言も言葉を発しない私に、ギュッと抱きしめて<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い気持ちは、二人で半分こにすればいいんだよ。だから、泣いていいんだよ。大丈夫。ずっとそばにいるからね」</strong></span>そう言って、いつまでもそばにい続けてくれたのが夫でした。</p>
<p>否定をせずに受け止めてくれたこと、心に負った傷を一緒に味わおうとしてくれたことは、この先も一生忘れることはないでしょう。</p>
<p>尊い命が絶たれてしまった今、私たちに何が出来るのか・・・。</p>
<p>全ての人の命を救うこと、そして見ず知らずの人の自死を止めることは不可能です。しかし、目の前にいる大切な人が同じような境遇になろうとした時には、悲しみが繰り返されないように、そっと寄り添ってほしいのです。</p>
<p>一度絶たれてしまった命は、どれだけ後悔しても戻ることはないのだから・・・。</p>
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		<title>不適切な保育を、今考える</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 May 2023 10:00:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[未来を担う]]></category>
		<category><![CDATA[虐待]]></category>
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					<description><![CDATA[これはあくまで私の主観的な考えであり、世の中にはきっと色々な意見や想いが沢山あると思います。 ただ、数ヶ月前まで保育士として働いていたからこそ、最近のニュースを見るたびに胸が痛くなってしまう言葉が多く並ぶようになりました [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>これはあくまで私の主観的な考えであり、世の中にはきっと色々な意見や想いが沢山あると思います。</p>
<p>ただ、数ヶ月前まで保育士として働いていたからこそ、最近のニュースを見るたびに胸が痛くなってしまう言葉が多く並ぶようになりました。</p>
<p>もしも、今でも現場で働いていたら違う考えが浮かんでいたかもしれません。</p>
<p>離れた今だからこそ別の角度から考え、伝えられることがあるのではないかと思い、書くことを決意しました。</p>
<p>ただ一つだけ先に言わせてください。</p>
<p>保育士も、保護者の方も子どもたちを想う気持ちは同じだということ。</p>
<p>そして不適切だと言われる保育や、虐待行為をしている保育士が全てではなく、心から保育士という仕事に誇りを持ち、向き合おうとしている人たちがいることを知ってもらえたら嬉しいです。</p>
<h4><span id="toc1">ニュースの見出しにざわつく心</span></h4>
<p>ネットニュースの中に、目を伏せたくなる見出しがありました。</p>
<p><span style="color: #ff0000; font-size: 20px"><strong>「不適切な保育」</strong></span>というなんともセンセーショナルな言葉に、他人事だとは思えず、ニュースの内容を何度も確認しました。不適切な保育の調査をして、<strong>どれだけの園で、どれだけの不適切な行為</strong>が行われていたのかが書かれていました。</p>
<p>つい最近、配置基準について保育士たちが、SNSを通じて発信していたばかりなのに。</p>
<p>保育士たちの置かれている状況の悲惨さ、待遇の悪さ、そして心の余裕が持てない現状に、声をあげ始めていたところでした。</p>
<p>なのにも関わらず、配置基準や保育士環境の改善ではなく、<span style="color: #ff0000; font-size: 20px"><strong>「不適切な保育」</strong></span>にスポットライトが当てられていたのです。</p>
<p>まるで全ての保育士がそうであるかのように書かれた内容に、一体どれだけの保育士たちが憤りを感じたことでしょう。</p>
<p>そしてどれだけの保育士が、怒りを通り越して<span style="color: #0000ff"><strong>諦めと悲しみ</strong></span>を痛感させられたのでしょう。</p>
<h4><span id="toc2">保育士の声、届いていますか？</span></h4>
<p>不適切と挙げられている事例の中には、曖昧なものがあったり、配置基準によってやむを得えない場合もありました。</p>
<p><strong>70年前から変わらない配置基準。</strong></p>
<p><strong>低賃金の中で搾取される環境。</strong></p>
<p><strong>サービス残業と当たり前に取れない休憩。</strong></p>
<p><strong>自腹で購入する手作り玩具などの材料。</strong></p>
<p><strong>持ち帰りの仕事の多さなど。</strong></p>
<p>あげたらキリがないほど、保育士たちの不満はたまっていました。そして、私自身も現役で働いていた頃、同じような感情を抱くことが何度もありました。</p>
<p>低賃金の中で当たり前のようにサービス残業があって、持ち帰りの仕事も毎日のようにありました。</p>
<p>休憩制度はなく、コロナ禍の時はクラスの先生と交代で給食を食べなければいけなかったから、<span style="color: #ff0000"><strong>5</strong></span><span style="color: #ff0000"><strong>分</strong></span>くらいで食べられる量だけを食べていました。</p>
<p>年休を取る時も、<strong>「仕事が優先だからね。何かあったら、出勤できるようにしといてね」</strong>と言われていました。</p>
<p>元同僚は仕事を辞めるために年休消化をしたいと申し出たら、<strong>「あなたは、仕事をなんだと思っているの？」</strong>と職員室で叱責されていました。</p>
<p>こんな環境が当たり前だったんです。</p>
<p><strong>人もいない、給料も少ない、でも仕事は山のようにある。</strong></p>
<p>常に搾取され続ける環境に限界を感じながら、保育をしていた人も多かったと思います。</p>
<p>不適切な保育の話が出る少し前、昔ながらの配置基準を見直そうとする動きが、ちらほらニュースで取り上げられていました。</p>
<p>しかし、その希望は一瞬にして奪われてしまったのです。</p>
<p>保育士たちは、何度も声を上げていました。少なくともSNSを見たり、周りの現役保育士から話を聞いても、共通の悩みと環境改善を望んでいるようでした。</p>
<p>その声には反応されることはなく、保育士の多くが<span style="color: #ff0000"><strong>不適切な保育</strong></span>をしているのかもしれないと不信感を与えることに、関心は高まり続けていきました。</p>
<p>一部の話を大多数がしているような内容は、私自身も見ていてとても悲しく、そしてSNSでの悲痛な叫びを読み、さらに心は沈んでいきました。</p>
<p><strong>もっと、余裕を持てるような環境だったら。</strong></p>
<p><strong>もっと、保育士の言葉も聞いてくれたら。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「どうして、保育士ばかりが悪者にされてしまうの？」</strong></span>と、声にならない悲痛の叫びだけが、ポツンと隅の方に取り残されているようでした。</p>
<h4><span id="toc3">保育士だって人間なんです</span></h4>
<p>どれだけ不満を持っていても、どれだけ世間の風当たりが強くなっても、朝がくれば<span style="color: #ff9900"><strong>「せんせい」</strong></span>と呼ばれ、子どもたちのために全力を注いでいます。</p>
<p>一部の保育士による虐待行為や、誰がみても不適切な保育と呼ばれることは、絶対に許してはなりません。</p>
<p>しかし、忘れないでほしいのです。</p>
<p>メディアが報道している内容は、氷山の一角と呼ばれていることもあるけれど、ごく一部の保育士たちの話だということを。</p>
<p>現役で働いている時、子どもたちと過ごすことだけが私の生き甲斐でした。</p>
<p>けれども私たちも人間です。</p>
<p>疲れている時には、笑顔で居続けることが難しいことだってあります。</p>
<p>出勤している全ての時間を完璧な状態でいることは、無理なんです。</p>
<p>私たち保育士は、特殊な能力を持っている人間でもなければ、スーパーヒーローでもない、皆さんと同じ人間です。悲しいことがあれば涙は流れるし、時には腹が立つことだって、へこむことだってあります。</p>
<p>保育士は人間であり、感情を表さないロボットではありません。</p>
<p>何よりほとんどの保育士は、子どものことを一番に考え、自分の時間を削ってでも向き合おうとしているのです。</p>
<h4><span id="toc4">最後に・・・</span></h4>
<p>これはあくまで、私個人の意見です。人それぞれに考え方や価値観があるのと同じで、私の思いを今回はこのような形で伝えさせていただきました。</p>
<p>ただもしも、今も現役の保育士として働いていたら、自分の想いを発信することは出来なかったでしょう。<strong>子どもたちに迷惑がかかるかもしれない、保護者の方に迷惑がかかるかもしれない、職場に何かが起きてしまうかもしれない。</strong>あらゆることを想定すると、たった一人の声ではどうすることも出来ないし、リスクも大きすぎるのです。</p>
<p>だからこそ、保育士を辞めた私にしか出来ないことがあるのではないかと思い、今回、勇気を出して文章で伝えることを決めました。</p>
<p>ただ、これだけは言わせてください。</p>
<p>大切な子どもの命を預かる場所で虐待が起きている事実は、どんな理由があっても許されることではありません。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>どんな理由があってでもです。</strong></span></p>
<p>配置基準や低賃金は、関係ありません。</p>
<p>どんな過酷な状況でも子どもたちに向き合っている保育士は、山ほどいます。</p>
<p>だからこそ、一生懸命頑張り続ける保育士さんが報われる環境になることを、心から願いたいのです。</p>
<p>かつて私の教え子はこう言ってくれました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「いつか、納言先生みたいな保育士さんになりたいな」</strong></span>と。</p>
<p>私の大切な教え子が大人になった時<span style="color: #ff9900"><strong>「保育士は、こんなに辛くてしんどいんだ」</strong></span>と悲しませたくないのです。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「保育士って楽しいね」</strong></span>と笑顔で報告してくれる未来を信じています。</p>
<p>そして何より、蔑ろにされ続けてきた保育士の環境や待遇が改善されることで、少なからず心に余裕が出るのではないでしょうか。</p>
<p><strong>安心してお子さんを預けられるように。</strong></p>
<p><strong>そして心にゆとりを持って保育ができるように。</strong></p>
<p><strong>何より、全ての子どもたちが笑顔で通える場所になるように。</strong></p>
<p>そんな未来を実現するためにも、これからも私は伝え続けていこうと思います。</p>
<p>辞めた人間にしか伝えられない真実を、かけがえのない存在を守るためにも・・・。</p>
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