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	<title>友人 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>友人 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>リクエスト企画「名前の由来」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Mar 2024 11:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト企画]]></category>
		<category><![CDATA[ワタシの名前]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[名前の由来]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
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					<description><![CDATA[今回のリクエストは「名前の由来」についてです。 誰しも名前には由来があって、両親が想いを乗せてつけられたと思います。 そしてワタシの名前もまた、同じように想いが込められていたらいいのですが・・・。 ということで、スタート [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回のリクエストは<strong>「名前の由来」</strong>についてです。</p>
<p>誰しも名前には由来があって、両親が想いを乗せてつけられたと思います。</p>
<p>そしてワタシの名前もまた、同じように想いが込められていたらいいのですが・・・。</p>
<p>ということで、スタートです！</p>
<h4><span id="toc1">ある日のLINEで</span></h4>
<p>ワタシがこの<strong>「オリエンタル納言」</strong>という名前に出会ったのは、今からもう8年ほど前のことになります。</p>
<p>当時のワタシは幼稚園を辞めたばかりで、毎日暗いトンネルの中にいるような日々を過ごしていました。</p>
<p>きっとその姿を見た人たちは、<strong>「生きているように見えて、心は死んでいるのだろう」</strong>と思うほどに、精神が崩壊していました。</p>
<p>誰かと会うことが怖くてたまりませんでした。</p>
<p>外に出る勇気もありませんでした。</p>
<p>そんな時に、ある友人から連絡が来たんです。</p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「久しぶりにさ、外に出てみない？カフェでお茶でもしながら気分転換しようよ」</strong></span>と。</p>
<p>その文章を読んだ時、行きたい気持ちと行けない気持ちの両方で揺れ動いていたと思います。</p>
<h4><span id="toc2">久しぶりの外を感じて</span></h4>
<p>しかし、いつまでも家に閉じこもっているのも良くないと思い、友人には<span style="color: #ff00ff"><strong>「行きたい」</strong></span>と伝えることにしました。</p>
<p>場所は、何度か訪れたことのある山の中にあるカフェにして、集合時間を決めて、一緒に目的地まで向かうことにしました。</p>
<p>向かっている道中はいつも通り話をしたり、たわいもない会話に花を咲かせることができました。一人でいる時には考えてしまうよからぬことも、彼女と一緒にいると少しだけ消えてくれたような気がします。</p>
<p>目的地に着いて車から降りると、自然の香りが鼻を通り抜けて、新鮮な空気がしっかりと入ってくるような感覚になりました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（息苦しさから解放されてるみたい・・・。久しぶりに空気をちゃんと吸ってる気がする）</span>そう思ったんです。</p>
<h4><span id="toc3">窓際の席で</span></h4>
<p>案内された場所は、大きな窓に二人掛けのソファがある席でした。</p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「保育士をまだ続けたいって思う？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「・・・どうだろう。自分でもわからない」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「そっか。私はね、ずっと言ってると思うけど、あんたはきっとこの先とんでもないことをやると思うんだよ。広い世界に出てさ、私が経験しないようなことも経験するくらい、魅力的な人だよ。保育士も確かに大切な夢だったと思う。でもね、きっとこの先、あんたは面白いことになるよ。絶対にね」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「面白いことって？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「それは私にもわからないけど、こうやってウジウジ考えて閉じこもった生活じゃなくなるってことだけは確かだね。今は家の中での狭い世界しか見えていないでしょ？違うんだよ。もっと世界は広いし、もっと楽しいこともたくさんある。そしていつかあんたは、その広い世界に自分から足を踏み込んでいく力があるってことだよ」</strong></span></p>
<p>そう言われたところで頼んだご飯が運ばれて来ました。</p>
<h4><span id="toc4">新たなワタシが生まれた時</span></h4>
<p>少しだけ言われたことについて考えていたら、<span style="color: #ff6600"><strong>「早く食べないと冷めちゃうよ」</strong></span>と言われ、考えることをやめました。</p>
<p>するとまた突然、<span style="color: #ff6600"><strong>「あんたは服が好きで、お洒落で自分の世界観を持ってるよね。それでもって、顔は平安ぽいよね。なんか納言って感じする」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「平安ぽいって何？笑」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「なんだろうなぁ。こう、平安時代の美人というか、でも完全な平安じゃなくて、ほら、あの・・・あっ、そう！オリエンタル！オリエンタルな雰囲気があるよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「オリエンタル？なんじゃそりゃ。そしたらワタシはオリエンタルな納言ってこと？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「あっ！いいじゃんそれ。オリエンタル納言って芸名みたいだし。もしも何か始める時は、その名前で活動したらいいじゃん！」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「待って待って。ワタシがオリエンタル納言だとしたら、あんたは何になるの？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「そうだなぁ。納言に合わせたら・・・やっぱり殿か」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「じゃあ、今日から名前は殿だね」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「オリエンタル納言と殿。まさに平安じゃん」</strong></span></p>
<p>そんな適当な感じで、ワタシは彼女のことを<strong>「殿」</strong>と呼ぶようになったのですが、彼女は特に<strong>「オリエンタル納言」</strong>と呼ぶことはありませんでした。</p>
<h4><span id="toc5">エッセイを書き始めて</span></h4>
<p>それから数年が経ったある日、ワタシはましゅぴと出会い、彼がきっかけでエッセイというものと出会うことになります。</p>
<p>ふと昔の会話を思い出し、ペンネームを一から考えるのも面倒だったワタシは、<span style="color: #ff00ff"><strong>「いっそ、オリエンタル納言がペンネームでいいか」</strong></span>というなんとも安易な考えでつけてしまったのです。</p>
<p>エッセイを書き始めた頃はまだ、読者と呼べる人もおらず、友人や彼にエッセイを読んでもらうことで文章に慣れていく作業をしていました。</p>
<p>その姿を近くで見ていた殿は、ワタシがエッセイを始めたことを心から喜んでくれたんです。</p>
<p>そして少しずつ読者が増えるたびに、新しく何かを始めるたびに、いつも同じ言葉をかけてくれます。</p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「納言は小さな世界にとどまってる人じゃない。この先の人生はきっと面白いことになるんだから、自信を持ってやり続けな」</strong></span>と。</p>
<p>そして弱気になっている時には、<span style="color: #ff6600"><strong>「へこたれるな！やり続けてもないのに、まだ何にもなってないのに簡単に諦めるな！読んでくれる人が一人でもいるなら、書き続けるのが納言のできることでしょ！負けるな！」</strong></span>と怒られるんです。笑</p>
<h4><span id="toc6">名前に想いを込めて</span></h4>
<p>このペンネームは、本当に偶然できたものでした。むしろ遊びの延長線上で勝手に出来上がったものだったので、それこそ由来と呼べるような立派なものはほとんどありませんでした。</p>
<p>しかし、少しずつ文章を書くようになり、色々な方に<strong><span style="color: #33cccc">「納言ちゃん」</span><span style="color: #339966">「納言さん」</span><span style="color: #3366ff">「オリナゴ」</span></strong>そう呼ばれるたびに、少しずつこの名前に意味が与えられていくような感覚になっています。</p>
<p>そしてつい最近、また新たな意味を発見することになったのです。</p>
<p>オリエンタルOrientalは、「東洋、東洋的」という意味合いがあります。その反対の意味がオクシデンタルOccidental「西洋、西洋的」です。</p>
<p>このオクシデントには、もともとラテン語で<span style="color: #3366ff"><strong>『太陽が落ちる所』</strong></span>という意味もあるそうです。</p>
<p>オリエンタル（オリエント）にはその逆で<span style="color: #ff0000"><strong>『日が昇るところ』</strong></span>という意味があるそうです。</p>
<p>かつて暗いトンネルの中を何度も彷徨い、もがき続けてきたワタシですが、ワタシと同じように辛い気持ちを味わって人たちに、そして暗いトンネルの抜け道がわからなくなってしまった人たちの道標になるように、これからも文章で寄り添っていきたいと思うのです。</p>
<p>太陽が昇るように、暗く見えなくなってしまった道を照らしていきたいから。</p>
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		<title>リクエスト企画「フィリピン旅行」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 14 Mar 2024 10:20:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[フィリピン旅行]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[新たな出会い]]></category>
		<category><![CDATA[祖母との再会]]></category>
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					<description><![CDATA[今回のリクエストは「フィリピン旅行」です。 2023年の11月に新婚旅行で初めて、フィリピンに行ってきました。 ましゅぴが日本とフィリピンのハーフということもあり、大好きな祖母に会いたいという願いを一緒に叶えられたらと思 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回のリクエストは<strong>「フィリピン旅行」</strong>です。</p>
<p>2023年の11月に新婚旅行で初めて、フィリピンに行ってきました。</p>
<p>ましゅぴが日本とフィリピンのハーフということもあり、大好きな祖母に会いたいという願いを一緒に叶えられたらと思ったことが、フィリピンを旅行先に選んだ理由の一つでもあります。</p>
<p>今回はそんなフィリピンでの話を書いて行こうと思います。</p>
<h4><span id="toc1">いざ！フィリピンへ</span></h4>
<p>ワタシはあまり旅行が得意ではなく、環境が変わると体調を崩したり、初めての場所だと緊張して体調不良になることがあります。</p>
<p>海外旅行に至っては、全く知らない土地での数日間は中々ハードルが高いということで、ほとんど行ったことがありませんでした。</p>
<p>新婚旅行に行く時には日本にするか、海外にするかもかなり迷った部分ではありました。</p>
<p>しかし、あることがきっかけで勇気を出してフィリピンに行くことが決まったのです。</p>
<p>それが彼のおばあちゃんでした。</p>
<p>彼にとっておばあちゃんはかけがえのない存在であり、昔からずっと仲が良く、元気な頃はよく日本に来てくれたり、フィリピンに行って一緒に過ごす機会も多くあったそうです。しかし、旦那さんを亡くして以降、少しずつ記憶が薄らいでいき、認知症になってしまったと結婚する前から聞いていました。</p>
<p>彼の名前を覚えている時もあれば、誰だかわからない時もある。そしてコロナが流行ってから随分会えていないこともあり、余計に会いたいと思う気持ちが増していったのだと思います。</p>
<h4><span id="toc2">驚きの光景が広がる</span></h4>
<p>フィリピン旅行での最初の驚きは、車の量と運転の荒さでした。日本では絶対にあり得ない渋滞と、さらに白線を無視してどんどん前へ前へ行こうとする強引な運転で、道は全く動けないほどの渋滞になっていました。</p>
<p>どこに行くにも周りは車だらけで、さらにクラクションが常に鳴らされている状態だったのです。</p>
<p>少しでも発進が遅ければクラクションが鳴らされ、邪魔になりそうだと思われればクラクションを鳴らされ、そこらじゅうであらゆる音が鳴り続けていました。</p>
<p>さらに少しでも車が止まれば、ドアガラスを叩いてお金をもらおうとする人や、ホームレスの方も大勢いました。</p>
<p>大人から子どもまで年齢層もバラバラで、常に何かを持ってこちらにやってきたり、お金をせがむ姿もありました。</p>
<p>日本ではあり得ない光景に、なんとも言えない気持ちになっていました。</p>
<h4><span id="toc3">温度調節が・・・</span></h4>
<p>もう一つフィリピンで困ったことといえば、室内と屋外の温度調節の難しさでした。</p>
<p>屋外はさらっとした暑さで、汗が少し出そうかなという具合だったのですが、室内はエアコンが効きすぎて、まるで極寒そのものでした。</p>
<p>半袖なんかとてもじゃないけれど、寒すぎて震えが止まりませんでした。笑</p>
<p>カーディガンでも凌ぐのが難しすぎる寒さに、だいぶ苦戦したのは今となってはいい思い出です。</p>
<h4><span id="toc4">新しい友人と</span></h4>
<p>フィリピン旅行の中では、新たな出会いもありました。</p>
<p>一週間のうちの二泊三日を彼の幼なじみ男の子とそのガールフレンドの四人で行動していました。フィリピンで出来た新たな友人たちは本当に気さくで、おおらかで、初めてのワタシを歓迎してくれました。</p>
<p>一緒にご飯を食べに行ったり、アクセサリーを選んだり、夜遅くまで飲みに行ったりもしました。</p>
<p>まるで昔から仲が良かったくらい意気投合して、本当に幸せな時間を過ごしました。</p>
<p>見ず知らずの場所でさえも終始楽しかったのは、彼らのおかげでもあったのです。</p>
<h4><span id="toc5">おばあちゃんとの再会</span></h4>
<p>このフィリピン旅行の中での一大イベント、それが彼のおばあちゃんに会うことでした。</p>
<p>久しぶりに再会した彼の目には、大粒の涙がこぼれ落ち、そして何度も名前を呼びながら抱きしめたり、ひたいにキスをしたりしながら再会を喜んでいました。</p>
<p>おばあちゃんは繰り返し、<span style="color: #339966;"><strong>「ましゅう、ましゅう」</strong></span>と名前を呼び、ワタシから見ても喜んでいるように見えていました。</p>
<p>数年間会えていなかったからこそ喜びも、今まで蓄積された想いも溢れ出したのでしょう。</p>
<p>あの瞬間を見ることができ、本当に良かったと心から思っています。</p>
<h4><span id="toc6">旅行を終えて</span></h4>
<p>フィリピン旅行を終えて日本に帰ってきた時には、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「やっぱり日本っていい国だな」</strong></span>とトイレに入りながら感動しました。笑</p>
<p>日本にしかない清潔感や、トイレの充実感、そして行き届いた接客には本当に頭が上がりません。</p>
<p>しかし、フィリピンでの数日間も今まで経験したことのない驚きと、そしておおらかさ、誰もが自信に満ち溢れ、エネルギッシュな雰囲気も本当に楽しかったです。</p>
<p>あの旅行から月日は経ちましたが、もうすでにフィリピンに行きたいという気持ちが高まりつつあります。</p>
<p>またお金を貯めて大好きな友人たちに会いに、そして彼のおばあちゃんに会うためにも、またフィリピンに行きたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>変わりゆく偏見</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Oct 2023 05:46:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[繋がり]]></category>
		<category><![CDATA[関わり]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシがまだ20代前半の頃、少しずつSNSは発達し、周りの人のほとんどがSNSをやっていました。 ランチに行けば写真を撮って、何かをすれば写真を撮る。 今目の前にある時間を大切にせずに、写真に気を取られている人たちが異様 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシがまだ20代前半の頃、少しずつSNSは発達し、周りの人のほとんどがSNSをやっていました。</p>
<p>ランチに行けば写真を撮って、何かをすれば写真を撮る。</p>
<p>今目の前にある時間を大切にせずに、写真に気を取られている人たちが異様に見えていたんです。</p>
<p>さらには、そこで知り合った人たちとトラブルになったり、リアルの友だちの愚痴をSNSで匂わせて書いている人もいました。</p>
<p>そんな姿を見て<span style="color: #ff00ff;"><strong>「</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>SNS</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>だけは、絶対にやらないようにしよう」</strong></span>と密かに誓った覚えがあります。</p>
<p>あまり印象の良くなかったSNSを、30手前でやるとはこの時は微塵も思っていなかったんです。</p>
<h4><span id="toc1">SNSを初めたきっかけ</span></h4>
<p>ちょうど29歳を目前に、ワタシは本格的にSNSを始めるようになりました。</p>
<p>その時は仕事も辞めていたし、やっていることと言えば、どこかのサイトにエッセイを投稿して、数人の人たちに読んでもららう日々。</p>
<p>どこかで欲が出ていたのかもしれません。</p>
<p><strong>もっと読んでもらいたい。</strong></p>
<p><strong>もっと知ってもらいたい。</strong></p>
<p>そんな風に思うようになった時、ふとSNSをやってみようか迷いました。</p>
<p>色々思うことはあったけれど、やってみないと分からないこともある。</p>
<p>そう思い、勇気を出してSNSを始めることにしました。</p>
<h4><span id="toc2">迷走期</span></h4>
<p>いざ始めてみると、フォロワー数も少ないし、知り合いだけで構成されたものは、結局やっていてもあまり意がありませんでした。</p>
<p>周りを見てもフォロワー数が多い人は当たり前のようにいて、自分よりもお洒落で素敵な人も山ほどいます。</p>
<p>そんな人たちにワタシはどうやって対抗していけばいいのか、むしろどうやって知って貰えばいいのかさえも分かりませんでした。</p>
<p>ただただ時間の流れと共に待っているだけで、行動の起こし方も、知ってもらう術も分からないまま、意味のない投稿を繰り返していたような気がします。</p>
<h4><span id="toc3">自分から行くことで</span></h4>
<p>ある時、知り合いの人にこんなことを言われました。</p>
<p><strong><span style="color: #cc99ff;">「どんなこともそうだけど、知ってもらいたいなら自分から相手を知らないとね。じゃないと、向こう</span><span style="color: #ff0000;"><span style="color: #cc99ff;">も</span>『知りたい』</span><span style="color: #cc99ff;">とはならないでしょ」</span></strong>と。</p>
<p>その言葉にハッとしたワタシは、少しずつ色々な人の投稿を見るようになり、そして<strong>いいな</strong>と思った人には自分から関わるようにしていきました。</p>
<p>すると一人、またひとりと繋がりが増えていき、少しずつ見てくれる人も多くなっていきました。</p>
<p>今までは<span style="color: #ff00ff;"><strong>「どうせワタシなんて」</strong></span>が口癖だったけれど、自分から行動していくことが楽しいと思い始めたのは、この時からだったと思います。</p>
<h4><span id="toc4">やり続けた先に</span></h4>
<p>SNSを本格的に始めて、もうすぐ一年が経とうとしています。</p>
<p>その間には、今まで知り合うことのなかった人たちと会ったり、関わったり、実際に直接お会いしたりすることもありました。</p>
<p>普通に保育士として働いていたら、出会えなかった人ばかりです。</p>
<p>その中にはエッセイを読んでくださり、毎回のようにコメントを送ってくださる方もいます。</p>
<p>辛い経験を勇気を出して話してくださった方もいました。</p>
<p>中には、同じ保育士や元保育士として、言葉をかけてくれた人もいました。</p>
<p>ワタシがかつてやろうとしていたことが少しずつではあるけれど形になっていく、そんな気がしているんです。</p>
<h4><span id="toc5">繋がりを大切に</span></h4>
<p>今の時代は、簡単にSNSで人と出会い、交流を深めることも、時には友人が出来たりすることもある時代です。</p>
<p>かつてのワタシだったら、捻くれていたから<strong>「こんなことをやっていても意味がない」</strong>と、やりもしないで文句ばかり言っていたと思います。</p>
<p>けれども今は、SNSをやっていて本当に良かったなと感じられることばかりです。</p>
<p>ただ使い方や、やり方を間違えてしまえば、どれだけ便利なものでも凶器に変わってしまうこともある。</p>
<p>だからこそ、使い方は慎重にならなければいけないと思います。</p>
<p>けれども、SNSをやっていたからこそ、7年ぶりの再会を果たした友人もいます。</p>
<p>心の中の話を信頼して話してくれた人もいます。</p>
<p>コメントを通して、想いを伝えてくださる方もいます。</p>
<p>何より、ワタシ自身が繋がりの中で多くの勇気をいただいているんです。</p>
<p>きっとこれからも新しく出会い、また繋がりを増やして関わることがあると思います。</p>
<p>そうやって、色々な人の手を借りながら、ワタシはこれからの人生を歩んでいくのでしょう。</p>
<p>沢山の人のエネルギーが刺激となって、いつかそれが勇気に変わることを知れたから。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>二つの縁の中にいる</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 30 Sep 2023 12:00:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[出会い]]></category>
		<category><![CDATA[別れ]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[大切な人たち]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[縁]]></category>
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					<description><![CDATA[皆さんは「縁」という言葉を信じますか？ という書き出しになると、なんか勧誘みたいですが…。笑 ちなみにワタシは、今までの人生では信じていませんでした。 というよりも、正確には信じようとしていたけれど、信じた先に何もなく、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>皆さんは<span style="font-size: 28px"><span style="color: #ff0000"><strong>「縁」</strong></span></span>という言葉を信じますか？</p>
<p>という書き出しになると、なんか勧誘みたいですが…。笑</p>
<p>ちなみにワタシは、今までの人生では信じていませんでした。</p>
<p>というよりも、正確には信じようとしていたけれど、信じた先に何もなく、いつも悲しい思い出だけが残ることが多かった、というのが正しいかもしれません。</p>
<p>いつしか、<span style="color: #ff00ff"><strong>「世の中に縁というものなんてない。それはただ、都合のいいように解釈しているだけなんだ」</strong></span>と思うようになりました。</p>
<p>当たりっこないと思いながら向かった神社での参拝、縁を求めて占いに頼ったこともありました。</p>
<p>けれども、本当に合っているのかどうかさえも分からず、嫌なことは当たっているような気がするけれど、いいことはまるで当たらない気がしてならない。</p>
<p>人の繋がりも、物や出来事の繋がりも、どれもが胡散臭く感じるようになってしまったのです。</p>
<p>いつしか、縁という言葉を避けるようになり、そして信じることもやめてしまいました。</p>
<h4><span id="toc1">少しずつ動き出した歯車は</span></h4>
<p>しかし、去年の１０月に仕事を退職してから、縁というものを強く感じる出来事がありました。</p>
<p>そしてそれは今でも続いているようなんです。</p>
<p>かつて仲の良かった先輩は、仕事を辞める直前まで遊んだり、時には相談に乗ってくれることもありました。</p>
<p>けれども、辞める前に仕事を休職した途端、連絡はパタリと途絶え、そして辞めるまで一切の連絡を取ることはありませんでした。</p>
<p>その兆候に、まだ仕事を辞める気配が全くなかった頃、ある日を境に、理由はないのに話が合わなくなってしまったのです。</p>
<p>とても仲が良く、職場の中でも色んな相談ができるほど信頼関係はできていたはずなのに。</p>
<p>その関係はいとも簡単に、プツリと切れてしまいました。</p>
<p>そして友人関係もそうです。</p>
<p>彼と結婚する前までは頻繁に会っていたり、遊んでいた友人が何人もいました。</p>
<p>心の底から信頼していたはずなのに、その友人たちともパタリと連絡は途絶えてしまい、今では何をしているのかも分からない状態になっています。</p>
<p>どうして立て続けに関係が切れてしまったのか、それはワタシにも理解できず、そして頭の整理も追いつかないまま、時間だけが過ぎてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">出ていく人と入ってくる人</span></h4>
<p>先ほど話した出ていく人の反対もあり、数年間連絡を取らなかった友人と再会し、昔以上に仲を深めている人もいます。</p>
<p>また出会ったこともなかった人と会ってみたり、知らない場所を訪れてみたりと、新しいことに挑戦する機会が増えていきました。</p>
<p>まさに入れ替わりのようにして、仲の良かった人たちは去り、新たな人との出会いがやってきた。</p>
<p>それはもしかしたら、<span style="color: #ff0000"><span style="font-size: 28px"><strong>「縁」</strong></span></span><span style="color: #ff0000"><span style="color: #000000">が</span></span>運んできてくれた何かなのかもしれない、そう思うようになったのです。</p>
<h4><span id="toc3">直感で感じる縁たちは</span></h4>
<p>最近では、本当に色々な人や物との出会いや別れを経験しています。</p>
<p>大切だと思っていた人と離れることもあれば、新しい人がやってきて人間関係を構築することもある。</p>
<p>昔のワタシであれば、過去の人たちにすがっていたし、離れてしまうことに恐怖心すら抱いていたかもしれません。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうして行ってしまうの・・・。一人にしないでよ」</strong></span>そう言いながら。</p>
<p>けれども今は、また別の感情が生まれ始めているのです。</p>
<p><strong>｢きっとこれは、もともと決まっていた運命であり、どんなことにも理由があって、縁というものが存在するんだ｣</strong>そうやって、引き止めることをやめました。</p>
<p>確かに昔からある縁が切れてしまうことは、とても悲しいことです。</p>
<p>気持ちが吹っ切れるまでには、随分と時間と、気持ちの整理が必要でした。</p>
<p>けれども今は自然の流れに逆らわずに、目の前に訪れた現実を受け止めるようにしたんです。</p>
<p>離れてしまうことには理由があるし、どうしようもないこともある。</p>
<p>それを一つひとつ悲しんで後悔していたら、ワタシの心も保てないでしょう。</p>
<p>だから、考えることをやめました。</p>
<p>きっとこれも運命であり、全ての縁に意味があるのだと思うようにしたから。</p>
<h4><span id="toc4">夢が運んでくれた、最大の縁</span></h4>
<p>こうして前向きに考えられるようになったのは、ワタシ自身が夢を持ち、活動をしているからだと思います。</p>
<p>そしてその中には応援してくれる人、支えてくれる人、そしてエッセイを読んでくれている人がいることが、何より心を安定させてくれているのでしょう。</p>
<p>もしも昔みたいに、目の前にあることばかりを見つめて、前を向くことをしなければ、きっといつまで経ってもその場で足踏みをしているような状態だったかもしれません。</p>
<p>人が離れていくことは、<strong>新しい縁と出会わせてくれるチャンス</strong>だと、今のワタシなら思えるんです。</p>
<p>そして一番大切なことは、どんな状態であっても離れずにそばに居続けてくれる人たちの存在ではないでしょうか。</p>
<p>去ってしまった人たちのことを考えて時間を潰すよりも、目の前にいる大切な人たちのことを考えて、毎日を生きていきたい。</p>
<p>そう思えるようになったのも、きっと夢が運んでくれた縁だと思うのです。</p>
<p>この先の未来では、人も、物も、運命さえも変わっているかもしれない。</p>
<p>けれども一つだけ、自信を持って言えることがあるんです。</p>
<p>それは、辛い時も嬉しい時も変わらずにそばに居続けてくれた人たちだけは、きっとどんなことがあっても離れることはないということ。</p>
<p>そしてその人たちをこれからも大切にしていくことが、人生を切り開くための縁を結んでくれる唯一の方法だと思うから。</p>
<p>今まで信じてこなかった縁というものを、これからは少しだけ、信じてみようと思いいます。</p>
<p>たった一人ではなく、大切な人たちと一緒に・・・。</p>
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		<title>気遣いと心遣い</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 12:00:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[気遣い]]></category>
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					<description><![CDATA[「気を遣ってくれて、ありがとう」そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。 何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。 そして夫にも、「いつも [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #008000;"><strong>「気を遣ってくれて、ありがとう」</strong></span>そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。</p>
<p>何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。</p>
<p>そして夫にも、<span style="color: #3366ff;"><strong>「いつも気を遣ってくれて、ありがとうね」</strong></span>と言われたので、ワタシは初めてこう答えたんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣ったわけじゃないよ。これはワタシなりの心遣いなんだ」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉だけを聞いた時には、夫は不思議そうな顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そっか、心遣いか」</strong></span>と、ワタシの言葉の意味を探そうとしていました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣っていることは、必要以上に顔色をうかがって、相手に忖度をしながらすることだと思うんだ。でもね、大切な人に喜んでもらいたい、こうしてあげたいなって心から思えて自然に行動することは、気を遣うことじゃないんだよ」</strong></span>そう伝えた時、夫は驚いた顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そうだったんだ。とても素敵な言葉だね」</strong></span>と言ってくれました。</p>
<p>けれどもその言葉を導き出すには、随分と時間と心を使ってきたんです。</p>
<p>自分の気持ちを隠して、相手のことだけを考えるように生きてきたワタシの生き方は、まさに気を遣う人生でした。</p>
<h4><span id="toc1">喜んでくれるなら</span></h4>
<p>幼少期から相手が喜ぶことが一体なんなのかを、自然と身につけていました。</p>
<p>それは言葉を重ねた時の表情だったり、態度だったり、何を言えば機嫌が良くなって、何をすると不機嫌になるのかを肌で感じ過ぎていたからだと思います。</p>
<p>同級生の友人はいないけれど、それでも小さな社会の中で生活するには、ある程度の忖度も覚えなければいけません。</p>
<p>カーストというものがあるせいで、その人たちには言いたいことも言えないし、言ったら最後いじめの標的になってしまう。</p>
<p>きっと生きていくために身につけた技のように、顔色をうかがい、気を遣うことを覚えていきました。</p>
<p>気を遣えばつかうほど、相手はワタシに危害を加えなくなり、時には優しくしてくれることもありました。</p>
<p>そうやって一つひとつ、試しながら気を遣うことが癖のようになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">忖度へと移り変わり</span></h4>
<p>大人になれば社会に出て、色々な人たちと関わらなくてはいけなくなりました。</p>
<p>もちろん、ほとんどの人は優しい顔をして自分のことしか考えていない人ばかりでした。</p>
<p>そして当たり前のように空気を読んで、当たり前のように感情を読み取らなければいけませんでした。</p>
<p>朝から機嫌が悪い人がいれば気を遣い、思い通りに行かずにイライラしている人にも気を遣い、常に周りを見て、感情と表情を読み取って仕事をしなければいけませんでした。</p>
<p>心の底から<span style="color: #ff00ff;"><strong>「喜んでくれたら嬉しいな」なんて思うことはなく、「今日もどうか、怒られませんように」</strong></span>そんなくだらないことのために、自分自身の気持ちを犠牲にしながら忖度をし続けていました。</p>
<p>けれども結局は、全て無駄だったんです。</p>
<p>自分の機嫌を自分で取らない人たちは、全ての責任を相手に押し付けることで、優越感を感じ、自分の存在価値を確認する。その作業がしたくて、無意味に負の感情をむき出しにすることを、年齢を重ねるにつれて理解していきました。</p>
<p>そしてその行動に対して、誰かが<span style="color: #ff00ff;"><strong><span style="color: #ff0000;">「間違っている」</span></strong></span>と声を上げることは決してありません。</p>
<p>誰もが気を遣う場にいたら、考え方も思考回路も麻痺してしまっていたのです。</p>
<p>そうやってワタシは、いつまでも気を遣うことをし続けていました。</p>
<h4><span id="toc3">仕事を辞めて、得たものは</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、忖度をする相手もいなければ、気を遣う人間もいなくなりました。</p>
<p>今までは常に肩に力が入り、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「何かしら行動しなくては」</strong></span>と身構えていたけれど、そんな敵も、もういません。</p>
<p>すると少しずつ穏やかになっていく心にも変化があり、今目の前にいる人の力になれることがあるかを探すようになっていきました。</p>
<p>とは言ってもお金もない、体力もない状態でできることは限られています。</p>
<p>だから目の前にいる人が喜ぶことを想像して、小さなことでもやってみようと考えるようになりました。</p>
<p>一番身近にいる人といえば、夫だったり、友人だったり、私たちの家族だったり。</p>
<p>そんな人たちの顔を浮かべながら、喜ぶ表情を思い描いて、自分にできることを少しずつやってみることにしました。</p>
<p>すると今まで感じていた気持ちとはまるで違う感情が、芽生え始めていきました。</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>「ありがとう」</strong></span>その言葉を聞けるだけで気持ちは軽やかになり、表情も穏やかになっていく。</p>
<p>他の人からしたら当たり前にできていることでも、ワタシにとってはかなり労力を要するものもありました。</p>
<p>それでも嬉しそうな顔をしてくれたら、心の底から涙が溢れてしまうくらい、ワタシ自身も幸せな気持ちに満ち溢れていくようになったのです。</p>
<p>その時に初めて思いました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「そうか、今までは気を遣っていたけれど、これはきっと、気ではなく、心を遣っているんだな」</strong></span>と。</p>
<h4><span id="toc4">心遣いを日頃から</span></h4>
<p>とても簡単なことでも、相手のことを思い、そして喜ぶ顔を浮かべるだけで気持ちは随分と変わります。</p>
<p>それでも長年染み付いてしまった気を遣う性格は、中々変わるものではなく、いまだに抜けないことの方が多いです。</p>
<p>それでも、たまにふとした瞬間に心遣いをすることで、大切な笑顔を見ることができることに、ようやく幸せを見出せるようになってきました。</p>
<p>単なる言葉かもしれないけれど、ワタシは随分とこの言葉に救われたような気がします。</p>
<p>これからの人生を、気を遣って過ごすのではなく、心を遣い過ごしていきたいから。</p>
<p>きっと皆さんならもう、すでに気づいているかもしれません。</p>
<p>気遣いではなく、心遣いの本質を。</p>
<p>そしてその効果を・・・。</p>
<p>大切な人の顔を浮かべながら、今日もワタシはほんの少しだけ心遣いをしていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>繊細な線画を描くアーティスト</title>
		<link>https://orientalnagon.com/maychan/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Jun 2023 10:00:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[出会い]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[夢に向かって]]></category>
		<category><![CDATA[繋がり]]></category>
		<category><![CDATA[語り合う]]></category>
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					<description><![CDATA[このシリーズを始めるきっかけになったのは、夫との会話の中でした。 「この世の中、芸能人や有名人にスポットライトが当たる。けれども、今もどこかで素晴らしい才能を持っている人たちがいて、面白いことをしている人が沢山いる。そん [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>このシリーズを始めるきっかけになったのは、夫との会話の中でした。</p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>「この世の中、芸能人や有名人にスポットライトが当たる。けれども、今もどこかで素晴らしい才能を持っている人たちがいて、面白いことをしている人が沢山いる。そんな人に納言が光を当てる形でエッセイを書いたら、面白いことになるかもしれない」</strong></span>そんな夫の思いつきと、私の大賛成の中で始まったのが、このスポットライト企画でした。</p>
<p>少しずつではあるけれど、フォロワーさんも増えてきて、見てくれる人が現れて、時には感想をくれたりもする。</p>
<p>そんなありがたい環境を、もっと面白いことに活かすことができるのではないかと思い始めたのが、1番のきっかけだったかもしれません。</p>
<p>そして<strong>オオハラさん</strong>や、<strong>のぶやんさん</strong>、<strong>モトさん</strong>に私の<strong>リアルな友人</strong>までもが参加してくれて、私の言葉に身を委ねてくれました。</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>「ぜひ書いてください」</strong></span>と言ってくれた言葉の中には、見えない信頼関係や、互いにもっと面白いことをしていきたいという想いもあったのではないでしょうか。</p>
<p>エッセイを始めてから、いや、今までの人生の中で、これほどワクワクするような気持ちになったことはないかもしれません。</p>
<p>自分のことだけではなく、周りの人のことを考えて、視野を広げていこうとする行動力は、今までの私には1番足りない物だったと思います。</p>
<p>SNSを始める前、ブログを始める前、私はこんな風に前向きに考えることはありませんでした。</p>
<p>全ての人が敵に見えていたし、きっと社会の中でいらない存在となっているという考えは、深海よりも深く沈み続けていました。その頃の私が今の姿を見たら、きっと泣いてこう言うでしょう。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「今のあなたのようになれるのなら、勇気の一歩を踏み出してみようかな」</strong></span>と・・・。</p>
<p>そして今回は、まだInstagramを始めたばかりに出会ったmayちゃんとの話を、もう一度書きたいと思います。</p>
<h4><span id="toc1">繋がりを深めて</span></h4>
<p>mayちゃんとは、逆オファー企画から繋がり始めた関係です。</p>
<p>初めましての時は<span style="color: #ff6600;"><strong>「ぜひ、納言さんの写真をイラストとして描かせてください」</strong></span>と、お互いに距離をとりながら会話をするところから始まっています。</p>
<p>もちろん、今まで描いてもらう機会もなければ、逆にオファーをしてもらうことなんて全くありませんでした。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「私なんかでいいのだろうか、作品を汚してしまったら申し訳ない」</strong></span>と、いつものマイナス思考スイッチ全開になりながらも、やっぱり嬉しかったので、<strong><span style="color: #ff00ff;">「ぜひお願いします」</span></strong>と両手を広げて喜んでいました。</p>
<p>きっとmayちゃんは、私が<span style="color: #ff00ff;">「こんな風に思っていたよ」</span>と話すと、<span style="color: #ff6600;"><strong>「えぇ！！！こんなに素敵なのに！？」</strong></span>と驚いてくれるような気がします（笑）。</p>
<p>それでもやっぱり、描いてもらうことに緊張しなかったわけではないし、そう言ってもらえることも、心の底から嬉しい気持ちになっていました。</p>
<p>初めて描いてもらった作品を見た時、<span style="color: #ff00ff;">（こんなに素晴らしい才能を持っている人が、まだ世の中にはゴロゴロいるんだ）</span>と思うと、そんな人と出会えたことに喜びつつも、世界はなんて宝の宝庫なんだと、内心ビビりまくっていました。</p>
<p>それから少しずつ、私とmayちゃんは、絵やエッセイ以外にやり取りをするようになりました。</p>
<p>お互いの話をしたり、好きなことを語り合ったり。</p>
<p>色々な側面から彼女という存在を知ることも、嬉しかったことの一つです。</p>
<h4><span id="toc2">mayちゃんは褒め上手</span></h4>
<p>私がmayちゃんと話している中で、絵の才能はもちろんのこと、もう一つ驚きの才能を見つけてしまった時がありました。</p>
<p>きっと彼女の中では、思ったことを口に出しているだけだと思うのですが、それがまた尊敬してしまう一つでもありました。</p>
<p>それが彼女の褒めるスキルの高さでした。</p>
<p>いやこれはもう、ナチュラルに言葉で伝えられるからすごいんです。</p>
<p>mayちゃんは、自分の苦手なことも私に伝えてくれることがあります。けれども、そこに悲観することもなく、そして相手のことを一生懸命見ようとして、良さを引き出してくれるのです。</p>
<p>目に見えるところを褒めることは、お世辞だとしても多くの人ができると思います。けれども、やり取りを重ねていくうちに<span style="color: #00ccff;"><strong>「この子はきっと、こういう人なのかな？」</strong></span>とか<span style="color: #00ccff;"><strong>「</strong></span><span style="color: #00ccff;"><strong>こんなところも素敵なところだな」</strong></span>と見つけてくれるのです。</p>
<p>その良さを、魅力を最大限に引き出してくれるのが、彼女の絵でした。</p>
<h4><span id="toc3">絵の中に込められた想い</span></h4>
<p>私は過去にmayちゃんから、絵を描いてもらったことがあります。</p>
<p>その度に、表情の一つひとつを丁寧にとらえ、私が今までコンプレックスだと思っていた部分も、魅力の一つだと思わせてくれる表現の仕方をしてくれました。</p>
<p>ある日、私が一重であることがずっとコンプレックスだったと話すと、<span style="color: #00ccff;"><strong>「納言の目は、涼しげでとっても素敵だよ。綺麗な目をしていて、描いていて『もっと描きたい！こんな風にしたい。また別の表現もしたい』ってワクワクさせてくれるの」</strong></span>と、真っ直ぐとした言葉で伝えてくれました。</p>
<p>その言葉は、私に大きな勇気を与えてくれたんです。</p>
<p>心の中ではもう吹っ切れていたけれど、どこかで過去の記憶が思い出される瞬間がありました。</p>
<p>小さくて細い目は、私にとって最大のコンプレックスであり、長年の呪縛的要素も兼ね備えていました。けれども、<span style="color: #00ccff;"><strong>「とっても素敵だよ」</strong></span>という言葉に、私は随分と気持ちが救われたのです。</p>
<p>もしも、学生時代に彼女のような言葉をかけてくれる人がいたら、私の生き方はまた別の形に変わっていたのかも知れません。</p>
<p>そして、描かれた作品を見たときに<span style="color: #ff00ff;"><strong>「あぁ、私ってこんな目をしていたんだ。褒めてもらえたことで、描いてもらえた事で、確実に自信にも繋がっている」</strong></span>そう思えました。</p>
<h4><span id="toc4">私たちの関係は</span></h4>
<p>SNSを始めてから、早い段階でmayちゃんと知り合い、今も交流を深めています。ただ残念ながら、まだ会ったことは一度もありません。</p>
<p>けれども文章でのやり取りを交わしながら、いつか彼女と直接話をする機会が来ることを楽しみにしています。</p>
<p>SNSの繋がりが少しずつ広がっていくことを感じていますが、ただ広がっていけばいい物ではないと思っているんです。</p>
<p>互いに素敵だなと思える存在の人と出会い、その人たちを大切にしていくことが私の1番のポリシーでもあります。</p>
<p>エッセイを書いている今、決して知名度は高くありません。</p>
<p>けれども、今まさに私という存在を見つけて、関わってくれる人がいます。</p>
<p>投稿を見てくれる人や、コメントを残してくれる人もいます。</p>
<p>けれども、それだけでは意味がないのです。</p>
<p><strong>意味のない大量のフォロワー数よりも、互いに素敵だなと思い合える、本当のフォロワーさんを、私はこの先も大切にしていきたいと思います。</strong></p>
<p>mayちゃんは私にとって大切なフォロワーさんであり戦友のような存在です。</p>
<p>そして私は、彼女のファンの1人でもあり、これからもそうやってお互いに良さを認め合い、一緒に支え合える人がいることで、人との繋がりは、自然と広がっていくものだと、私は思うから。</p>
<p>この先もずっと独りよがりではなく、<span style="color: #ff00ff;"><strong>周りの支えがあっての私であること</strong></span>を胸に刻みながら、未来ある活動を続けていきたいと思います。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>mayちゃんが言ってくれた言葉を綴り、終わりたいと思います。</p>
<p><span style="font-size: 18px;"><strong><span style="color: #00ccff;">沢山の悩みを抱えてきた納言と、その中で明るい気持ちになろうと、一歩を踏み出した納言の変化が写真にも現れているんだろうね。絵を描く中で、心の揺れ動きが見えてきて、余計にありのままの納言を描くことができたんだと思う。<br />
あなたは、とても素敵だから。</span></strong></span></p>
<h4 style="text-align: center;"><span id="toc6">〜宣伝〜</span></h4>
<p>mayちゃんのInstagramです！もし良ければ覗いてみてください。</p>
<p>逆オファー企画という、斬新でとても面白い企画もしています。<br />
繊細で丁寧に描かれた線画は、私自身も今まで知らなかった新しい自分を発見することができました。</p>
<p>とても素敵なアーティストが、これから先もっと多くの方に知ってもらえますように・・・。</p>
<div class="blank-box bb-blue" style="text-align: center;"><a href="https://instagram.com/may.meiko_illustration?igshid=MzRlODBiNWFlZA==">mayちゃん　Instagram</a></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>7年越しの珍友</title>
		<link>https://orientalnagon.com/friend-2/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Jun 2023 14:45:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
		<category><![CDATA[支え合う]]></category>
		<category><![CDATA[職場]]></category>
		<category><![CDATA[親友]]></category>
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					<description><![CDATA[私には、性格がとても明るくひょうきんな友人がいます。 例えるなら、暑さが本格的になり始めた夏の太陽みたいな人です。彼女の周りはいつも自然と笑い声で溢れる、そんな人なんです。 たびたびエッセイの中でも、ちょい役として登場し [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私には、性格がとても明るくひょうきんな友人がいます。</p>
<p>例えるなら、暑さが本格的になり始めた夏の太陽みたいな人です。彼女の周りはいつも自然と笑い声で溢れる、そんな人なんです。</p>
<p>たびたびエッセイの中でも、ちょい役として登場していたのですが、今回は、そんな彼女改め、<strong>なーさん</strong>にスポットライトを当てて書いていこうと思います。<br />
私が20歳の時に就職した幼稚園で、なーさんと出会いました。静寂した雰囲気の園舎と、殺気立つ大人たちの一人としていたのです。</p>
<p>第一印象はとても悪く、初めてみた時には高圧的で、気だるそうで、この世の中全てが敵みたいなオーラを出していました。</p>
<p>きっとなーさんも私に対しての第一印象は悪く、絶対に嫌いだったと思います（笑）。というよりも仲良くなってから<span style="color: #cc99ff"><strong>「苦手だった」</strong></span>と本人にも言われていたので、間違いなくお互いに印象は最悪でした。</p>
<p>働き始めてからも、仲良くなるまでには少しだけ時間がかかり、私は私で<span style="color: #ff00ff"><strong>「怖い人だなぁ。何考えているんだろう」</strong></span>と探りを入れていたから、余計に距離を縮めるのに時間がかかったのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc1">同僚を超えて友人へ</span></h4>
<p>しかし、少しずつ話すようになっていくと、第一印象で抱いていた感情は自然となくなり、気さくでさっぱりした性格だということに気づいていきました。</p>
<p>面倒なことは嫌いだし、ネチネチしている人も嫌いだし、間違っていることやおかしいと思ったことは陰ではなく、直接言ってしまうところは私には真似できないけれど想像通りでした。</p>
<p>仕事を始めて辛いことも覚えることも多かったけれど、彼女を含めて、他にも仲良くなった先輩と同期の４人でご飯を食べに行ったり、遠出をしたりすることも増え、彼女たちの存在は、とても大きなものへと変化していきました。</p>
<p>しかし、仲も深まりこれからもずっと一緒にいられると思った矢先に、先輩2人は退職することになったのです。</p>
<p>一緒に仕事をしていたから、頑張れていたのに。</p>
<p>話をしたり、くだらなないことで笑い合ったりしていたから踏ん張れたのに。</p>
<p>2人がいなくなった後は、幼稚園自体の雰囲気もガラッと変ってしまい、人間関係もどんどん悪くなっていきました。</p>
<p>そして、1人の過度なパワハラやモラハラのせいで私自身も体調を崩し、仕事を途中退職することになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">鬱になり手放したもの</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、うつ状態になっていた私を気にかけて、頻繁に遊びに誘ってくれました。</p>
<p>病気のことを深くは聞かずに、ただその時を楽しく過ごしてくれました。変な気を遣うこともなく、その時だけは嫌なことも全て忘れられました。</p>
<p>しかし、あるきっかけで私は一度なーさんから距離をとってしまったのです。</p>
<p>ある日SNSを見ていると、そこには仲が良かった4人のうち、私を除いた3人が楽しそうにしている写真がアップされていました。それを見た時、「私も誘って欲しかったな」と思ってしまったのです。</p>
<p>今思うとそんな小さなことを気にする必要なんてないのですが、気持ちが不安定だった時の私には、心のゆとりを持つことが出来ませんでした。</p>
<p>こんなことを言っている自分が恥ずかしいくらい小さなことなのですが、当時の私には、ショックが大きかったのかもしれません。</p>
<p>気持ちは沈み、涙がポロポロ溢れて止まらない状況に、気がつけば仲の良かった人たちのLINEを消して、連絡を二度と取れないようにしてしまっていたのです。そのくらい、あの頃の私の精神状態は不安定だったのでしょう。</p>
<p>LINEを消して、SNSもやめて、全ての情報を遮断しました。</p>
<p>それから半年経ったくらいに、新しく就職先が決まり、私は過去のことを全て記憶から消して、新しい道を歩くことに決めたのです。</p>
<h4><span id="toc3">Instagramでもう一度</span></h4>
<p>それから数年が経った頃、Instagramを始めたばかりだった私に、友だち申請が来ました。そこには記憶から消したはずの先輩となーさんもいました。</p>
<p>私はもう昔のことだし、インスタぐらいならと再び繋がることを選びました。</p>
<p>しかし、数年経っても彼女たちは変わらず私を友人として接してくれたのです。</p>
<p>つい最近遊んでいたかのように「今度遊ぼうよ」と言ってくれたり、近況を聞いてくれたりしました。その優しさは、私の中にあった小さな罪悪感をどんどん大きなものにしていったのです。</p>
<p><strong>どんな顔をして会えばいいんだろう。</strong></p>
<p><strong>もう昔みたいに会って話をしたりなんて出来ない。</strong></p>
<p>そうやって自ら壁を作り、遊ぶことも避けていたような気がします。</p>
<p>しかし運命の歯車は突然動き出し、なーさん<span style="color: #cc99ff">から</span><span style="color: #cc99ff"><strong>「今度遊ぼうよ」</strong></span>とDMを通じて誘ってくれました。もうすでに結婚していたし、仕事も辞めていた私は夫に相談することにしました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「昔仲が良かった幼稚園の頃の先輩から、久しぶりに連絡が来たんだよね」</strong></span></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「えっ！？そうなの？なんてきたの？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「『今度遊ぼうよ』って。でも、もう</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>7</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>年くらい会ってなし、一体どんな顔して会えばいいんだろう」</strong></span></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「でも仲が良かったんだよね？きっと納言ちゃんと昔みたいに友だちとして会いたいって思ってくれたんじゃないかな？いい機会だし行っておいでよ！もしかしたら、昔みたいな関係に戻れるかもしれないよ？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そっか・・・。じゃあ、会ってみるよ」</strong></span></p>
<p>ということで、私はついになーさんと遊ぶことを決意し、会う日にちを決めてら、7年ぶりに再会を果たすことになりました。</p>
<h4><span id="toc4">7年越しの肋骨</span></h4>
<p>当日になり、待ち合わせ場所のカフェに到着すると、すでになーさんは待っていました。昔と何一つ変わらない姿を見た瞬間、心臓がバクバクと音を立てて<span style="color: #ff0000"><strong>「今まさに緊張しています！」</strong></span>とアピールされているほどうるさかったです。</p>
<p>俯きながらケータイを触る姿に、少しだけ「怒っているのか？それとも通常運転なのか？」と思いながらも、意を決してドアガラスをコンコンと叩きました。</p>
<p>すると<span style="color: #cc99ff"><strong>「遅いぞ！もう、待ってたんだよ」</strong></span>とニヤニヤしながら、文句を言われたのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（あぁ、この人こんな風にいつも笑いながら、文句言ってたな。何も変わらない。あの時のままだ）</span>と、嬉しいのか懐かしいのか感動しているのか分からない感情が湧き上がり、再開早々泣いてしまうところでした（笑）。</p>
<p>お店に入るや否や、2人とも7年ぶりに積もりに積もった話を堰を切ったように喋り続け、注文することも忘れてしまうほどでした。</p>
<p><span style="color: #cc99ff"><strong>「実はね、私喉がすごく弱いの。でね、</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>1</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>月くらいずっと咳をしていたんだけど、咳をしすぎたある日、激痛が走ったのね。『あっ、これはやちゃったな』と思って、病院に行ったわけ。そしたら、咳をし過ぎて肋にヒビが入ってたの」</strong></span>と肋を押さえながら、当時の臨場感を交えて言いました。</p>
<p class="p1">咳のしすぎで1月に肋にヒビが入った先輩は、続けて<span style="color: #cc99ff"><strong>「実はね、</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>2</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>ヶ月経った今でも治ってないの。サポーターみたいなのつけてもさ、手も伸ばせないし、笑ったら痛いし、もう散々だよ」</strong></span>と言いました。</p>
<p class="p1">私は驚いて色々なことを言うと、その都度笑いながら<span style="color: #cc99ff"><strong>「肋が、肋が痛い」</strong></span>と訴えていました。</p>
<p class="p1">しかし、なーさんの話は<span style="color: #cc99ff">「</span><span style="color: #cc99ff"><strong>咳を</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>し過ぎて肋にヒビが入った」</strong></span>ことが一番言いたかったことではなかったらしく、まるで怪談話をするかのように、前のめりになりながら話の続きを始めました。</p>
<p class="p1"><span style="color: #cc99ff"><strong>「私の家って、厄払いをちゃんとやるのね。前厄、本厄、後厄って。だからさ、前の時はちゃんとやってて何も起きなかったわけ。ただね、今の私の歳って実は後厄なんだって。それ知らなくて、全ての厄が私に降り注いでるの。やばくない？厄を抱えて肋押さえて生きてんの」</strong></span>と言いました。</p>
<p class="p1">こんなくだらないことを互いの肋を押さえながら、ひたすら笑って話していました。</p>
<p>するとなーさんは、私がエッセイを書いていることを知っていたので<span style="color: #cc99ff"><strong>「この話、エッセイになるんじゃない？『</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>7</strong></span><span style="color: #cc99ff"><strong>年越しの肋骨』的なタイトルつけて」</strong></span>と訳のわからないことを言いながら、最後はやっぱり、厄年は怖いからお祓いに行ったほうがいいという話で締めくくっていました。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>7年越しの肋骨以降、私たちは空白の7年を埋めるように頻繁に遊ぶようになりました。</p>
<p>そして今では、昔以上に関係は深まっているような気がします。</p>
<p>元々さっぱりしている性格だから、誤解されやすい部分もあります。しかし、見た目以上に情に熱く心の優しい人です。</p>
<p>私が今こうしてエッセイを書き、ブログやSNSでの活動も彼女は、心の底から応援してくれています。アップするたびに読んでくれたり、自分が登場していると<span style="color: #cc99ff"><strong>「ちょっと私、登場してたんだけど」</strong></span>と嬉しそうに報告してくれるのです。</p>
<p>まだ働き始めだった頃、なぜ彼女の周りにはいつも人が集まり、笑顔になるのかが分かりませんでした。ただ接してみると、カラッと晴れた夏の太陽みたいな人で、一緒にいる人も自然と笑顔になれる人でもあります。</p>
<p>彼女自身は、自分の辛かった体験を話すことは滅多にありません。けれども昔、海外に留学に行っていた頃、ストレスで今以上に痩せてしまった経験があったそうです。慣れない国での人間関係は、想像を絶するほどの苦労を味わったと思います。</p>
<p>だからこそ、自然と人の痛みがわかり、寄り添うことができるのだと私は思うのです。</p>
<p>大人になってから、新しく友だちができたり仲を深めることなんてないと思っていました。けれども、InstagramのDMから始まった7年越しの再会は、友だちに戻るきっかけを作ってくれました。</p>
<p>今では、どんな些細なことでも相談したり、話をしたりするほどの関係性を築くことが出来ています。</p>
<p>自分の性に悩んでいた時も、「なんとなくそう思っていたよ。でも別にいいじゃん。性別なんて関係ないし、どんな姿だろうと、誰を好きになろうと自由なんだから」と背中を押してくれました。</p>
<p>いつかエッセイで食べていけるようになりたいと夢を語る時には、絶対に否定なんかせずに「サイン考えないといけないよね。1番にちょうだいね。」と言いながら、2人でサインを考えていた時間は、本当に幸せ以外の何者でもありませんでした。</p>
<p>そうやって人の夢を自然と応援し、繊細な心の部分を理解しようとしてくれる。だからこそ、彼女の周りには自然と人が集まり、大好きになっていくのでしょう。</p>
<p>そして私自身もその1人であり、最高に素敵な友人を持てたことを心から誇りに思っています。</p>
<p>いつか夢が叶った時には、2人で炭酸ジュースを飲みながら祝杯をあげたいと思います。</p>
<p>最後になーさんが言ってくれた言葉を綴り、終わりたいと思います。</p>
<p><span style="color: #cc99ff"><strong>自分のやりたいことをやればいいんだよ。他人なんて関係なし、言わせとけばいい。絶対に売れるんでしょ？その時は絶対にサインちょうだいね（笑）。でも、いつか叶うといいね、応援してるからやり続けなよ。</strong></span></p>
<h4><span id="toc6">宣伝</span></h4>
<p>なーさんのInstagramです。もしよければ覗いてみてください&#x1f970;</p>
<p>とっても気まぐれな人だけれど、</p>
<p>&nbsp;</p>
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