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	<title>子どもたち | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>子どもたち | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>頬を伝う涙と本音</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Oct 2024 11:00:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[本音を話せずに]]></category>
		<category><![CDATA[自分の心と向き合って]]></category>
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					<description><![CDATA[「もう、叶うことはないんだよ。昔みたいに、子どもたちと一緒に成長することも、一年を共にしながら色んな感情を味わうことも。何より、そばで子どもたちを抱きしめることも、もうワタシにはできないんだよ・・・」 そう涙ながらに話し [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「もう、叶うことはないんだよ。昔みたいに、子どもたちと一緒に成長することも、一年を共にしながら色んな感情を味わうことも。何より、そばで子どもたちを抱きしめることも、もうワタシにはできないんだよ・・・」</strong></p>
<p>そう涙ながらに話したワタシは、久しぶりに感情を表にだして彼に想いを伝えました。</p>
<p>その言葉を聞きながら、彼もまた同じように涙を流し言葉に耳を傾けていたのです。</p>
<p>一つひとつの想いをこぼさないように…。</p>
<p>映画を観たり、悲しいお話を聞いたりするとすぐに泣いてしまうワタシは、自分のことになると急に泣くことを我慢してしまいます。</p>
<p>目に力を入れて、涙がこぼれ落ちないように真っ直ぐ前を向いて、ひたすら耐えてしまうのです。</p>
<p>それは昔からの癖なのか、泣くことを怖がっているのか、自分では分からないくらい泣くことを極端に避けていたのです。</p>
<h4><span id="toc1">乱れるココロ</span></h4>
<p>最近のワタシは、少しだけ心が乱れてしまうことが増えていました。</p>
<p>天気のせいなのか、それとも仕事に行かなくなった不安なのか、ありとあらゆる角度から気持ちが上がったり下がったりすることがありました。</p>
<p>けれども今の気持ちを言葉で伝えようとすると、喉の奥で言葉が詰まってしまうような、吐き出したくても吐き出せない魔法にかかったような、そんな気持ちになることが多くありました。</p>
<p>そして何度も自分に言い聞かせていたのです。</p>
<p><strong>「大丈夫。今は辛い期間が長いだけ。それもいつか笑い話になる日が来るから。大丈夫、今だけだよ。今だけ耐えればきっと、きっとね」</strong>と。</p>
<p>けれどもその言葉を言い聞かせるたびに、自分を励ますたびに、心が少しだけ重たく、そして感情が鈍くなるような気がしていました。</p>
<p>本当の気持ちに気づかないフリをして、本音を隠すようにして。</p>
<h4><span id="toc2">風が記憶を運んで</span></h4>
<p>ある時ワタシはいつものように、彼と一緒に出かけていました。</p>
<p>病院に行った帰りに少しの時間、外の空気を吸うために車に乗り込み、助手席のドアガラスを開けて風に当たっていました。</p>
<p>秋の香りが車の中まで通り抜けていくように、髪の毛も、肌も、そして車内も、全てが秋色に染められていくような、そんな感覚になりながら顔を少しだけ出して外を眺めていました。</p>
<p>どこかで嗅いだことのある懐かしい匂いに、胸がキュッとなる感じがして、どこかで感じた感覚に目頭が熱くなる感じがしました。</p>
<p>（これはきっと、保育園で働いていた時に感じたやつだ・・・）そう思うと、今にも涙が溢れてきそうになってしまい、どうにかして気持ちを変えるためにドアガラスを閉めて、音楽をかけて、いつもよりもボリュームを上げて何も考えないようにすることだけをまた考えていました。</p>
<h4><span id="toc3">疲れた体と無口な時間</span></h4>
<p>家に帰ると何もしていないのにどっと疲れたような感じがして、ワタシはいつもの定位置に座り、何もせずにぼーっとしていました。</p>
<p>彼が話しかけても、ワタシの耳には届くことはありませんでした。</p>
<p>顔を覗き込まれたり、手に触れて何かを訴えられても、感情が動くことはありませんでした。</p>
<p><strong>「ねえ、納言ちゃん。どうしたの？」</strong></p>
<p><strong>「・・・」</strong></p>
<p><strong>「話したくない・・・？疲れちゃった？」</strong></p>
<p><strong>「・・・」</strong></p>
<p><strong>「何か辛いことでもあった？何か嫌なことでもあった？」</strong></p>
<p><strong>「わからないよ。もう何が辛くて、自分がどうしたいのかがわからないよ」</strong></p>
<p><strong>「そっか。気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃったんだね」</strong></p>
<p><strong>「ワタシは、ただ好きな仕事をして、子どもたちに囲まれていたかっただけなのに。どうしてそれすら、叶うことができないんだろう。すごく、すごく簡単なことなはずなのに、とても難しくて、すごく苦しいことみたいに感じる」</strong></p>
<p><strong>「うんうん」</strong></p>
<p><strong>「でも、自分でもわかってるんだ。もう、保育園とか幼稚園とか、そういうところで保育の仕事ができないことは」</strong></p>
<h4><span id="toc4">君の姿を重ねると</span></h4>
<p>そうぽつりぽつりと話していくうちに、ワタシは長らく流していなかった涙を流しながら、彼の顔を真っ直ぐ見つめて、思った言葉をそのまま伝えていました。</p>
<p>その姿を見ながら、彼もまた涙を流し、時折頬に流れる涙を拭いてくれていたのです。</p>
<p><strong>「僕はね、子どもたちの話をしている納言ちゃんが大好きなんだ。仕事をしている時に、保育園の近くを通ると、歌声が聞こえてくることがあるんだよ。その時に・・・その時にいつも泣きそうな気持ちになる。『あぁ、納言ちゃんはこうやって先生をしていたかったんだな』って。それができないから、辛いんだろうなって」</strong></p>
<p><strong>「ワタシにはもう、頑張る力が残ってないと思う。もう一度、どこかで保育士として働く勇気も気力も残ってないと思う。それくらい、過去に受けた傷が深すぎて、それに気づくのが遅すぎたんだと思う。どうしようもないことなのに、悲しくて、悔しくて・・・辛いんだと思う」</strong></p>
<p>二人で話していた時間は、とても長く、そしてゆったりとした時間が流れていたような気がします。</p>
<p>そして自分の本音を話しながら、改めて再確認をすることとなったのです。</p>
<p>もう、あの場所には戻れないことを。</p>
<p>「先生」として子どもたちの成長を喜びながら、あらゆる感情を体験することも。</p>
<p>それができないとわかっているからこそ、余計に気持ちに整理がつかずに足踏みをし続けていたのかもしれないことも。</p>
<h4><span id="toc5">新たな形を探すために</span></h4>
<p>けれども悲しいことばかりではありません。</p>
<p>こうしてエッセイを書いているのは、いつの日か、「保育士になりたい」そう言ってくれた子どもたちが大人になるまでに、心の底からこの仕事を好きでいられるようにするために、今ワタシは別の形で先生として奮闘していることを知ることができたのです。</p>
<p>それがどのような形でこれからの未来につながるか、それは今のワタシでは想像することさえ難しいこともあります。</p>
<p>けれども、今でも子どもたちはワタシの思い出の中にあり続け、そしてたくさんのことを伝え続けてくれているような気もするのです。</p>
<p>あの子たちの笑顔を忘れないために。</p>
<p>そしてどこかのタイミングでもう一度会えた時に、また「先生」として昔と変わらないままで会えるように。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>リクエスト企画「思い出の給食」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Mar 2024 13:02:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト企画]]></category>
		<category><![CDATA[一緒に食べることで]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[給食の思い出]]></category>
		<category><![CDATA[苦手なもの]]></category>
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					<description><![CDATA[給食は、好きでしたか？ 苦手な食べ物に苦戦した経験はありますか？ 今回のリクエストは、「思い出の給食」についてです。 もう食べることができなくなったあの味、この味、そんな味。 思い出しただけでちょっとヨダレが垂れてきそう [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>給食は、好きでしたか？</p>
<p>苦手な食べ物に苦戦した経験はありますか？</p>
<p>今回のリクエストは、<strong>「思い出の給食」</strong>についてです。</p>
<p>もう食べることができなくなったあの味、この味、そんな味。</p>
<p>思い出しただけでちょっとヨダレが垂れてきそうなので、急いで書いていこうと思います。</p>
<p>それでは、スタートです！</p>
<h4><span id="toc1">ソフト麺が大好きなんだ！</span></h4>
<p>小学生の頃、あるメニューを見るたびにワクワクしていたものがあります。</p>
<p>それが、I &nbsp;love sofutomen! そう、ソフト麺です。</p>
<p>ワタシは無類のソフト麺好きでした。うどんでもなければ、ラーメンでもないし、パスタでもない。</p>
<p>あの絶妙に固く、ペトペトしているような食感がたまらなく大好きだったのです。</p>
<p>そしてソフト麺についてくるスープも絶妙に美味しくて、何度もつけて食べてを繰り返していました。</p>
<p>もしも、<strong>「最後に食べたい給食はなんですか？」</strong>と聞かれたら、間違いなく<span style="color: #ff00ff"><strong>「ワタシはソフト麺が食べたいです！」</strong></span>と答えると思います。</p>
<h4><span id="toc2">石狩ご飯ってどうしてあんなに美味しいの</span></h4>
<p>実はワタシは、大人になってからも給食を食べる機会がありました。</p>
<p>元々保育士をしていたので、お昼ご飯は子どもたちと同じ給食を食べていたんです。</p>
<p>そこに出ていたのが、この<strong>「石狩ご飯」</strong>でした。</p>
<p>シャケとほうれん草のようなものとキノコが入ったご飯で、子どもも大人も大好きなメニューだったんです！これが出ると少しだけみんなの雰囲気が浮き足立っていました。</p>
<p>特に子どもたちは、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今日は石狩ご飯だよ」</strong></span>と伝えると、<strong><span style="color: #008080">「いっぱいたべるんだ！」</span><span style="color: #ff9900">「おかわりあるかな？」</span></strong>とさらにウキウキしていました。</p>
<p>心の中で、<span style="color: #ff00ff">（気持ちすごくわかるよ。だって先生も大好きだもん。楽しみだよね、シャケいっぱい入れてあげるからね）</span>なんて気持ちでニヤニヤしながら会話をしていたのは、今となってはいい思い出です。</p>
<h4><span id="toc3">苦手な食材と向き合う日々</span></h4>
<p>実はワタシには苦手な食材がいくつかあります。</p>
<p>特に牛乳と玉ねぎと魚が苦手で、子どもの頃の給食では相当苦労しました。</p>
<p>牛乳に関しては飲むのがとにかく遅くて、いつまで経っても減らない牛乳パックと睨めっこをしながら、給食の時間が過ぎることを祈ったこともありました。</p>
<p>子どもの頃は、あまり給食の時間が好きではありませんでした。</p>
<p>必ず牛乳は出てくるし、ワタシの時代は残すことに厳しかったので、いつまでも減らない給食を泣きながら食べることもありました。</p>
<p>どれだけ好きなメニューでも牛乳は必ずいたので、結局食べるのが遅くなっていたんです。</p>
<p>だから子どもの頃の給食の思い出は、あまりいいものではありませんでした。</p>
<h4><span id="toc4">好き嫌いがあったからこそ</span></h4>
<p>大人になって子どもたちと給食を一緒に食べる中で、ワタシと同じように苦手な食べ物と戦っている子を何度も見たことがあります。</p>
<p>そんな時は痛いほど気持ちがわかってしまうんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff">（苦手なものって、どれだけ頑張っても苦手だよね・・・）</span>って。</p>
<p>無理やりにでも食べて完食を目指すことは、給食のあるべき姿ではないと思っていました。けれども、一口も食べずに好きなものだけ食べるというのも違う気がしていたんです。</p>
<p>だからワタシは、同じように嫌いな食べ物が出た時には、<span style="color: #ff00ff"><strong>「先生もこのお野菜が嫌いなんだけど、一緒に一口だけ頑張ってみない？そしたら、先生も頑張れるから！」</strong></span>と言って、一口がんばる作戦を決行していました。</p>
<p>すると苦手だった食べ物でも、一口食べれた時の喜びは格別なんです。</p>
<p>そして食べられた時には、クラスみんなが自分のことのように喜んでいました。</p>
<p>中には<span style="color: #008080"><strong>「すごいよ！にがてだったのに」</strong></span>とお友だちのこと褒めている子もいれば、<strong>「せんせいもよくがんばりました」</strong>と褒めてもらえることもありました。笑</p>
<p>大人でも子どもでも、褒められた時ってなんだか嬉しい気持ちになって、その時に初めて達成感のようなものが湧いてくるんですよね。</p>
<h4><span id="toc5">みんなで食べるから美味しいんだ</span></h4>
<p>ワタシの給食の思い出は、やっぱり子どもたちと一緒に食べていた時間です。</p>
<p>苦手な物が食べられた時には、自分のことのように喜べた時間。</p>
<p>好きなものが出た時には、一緒になってお代わりした時間。</p>
<p>たわいもない会話だけど、まるで友だちとご飯を食べるように、あらゆる話に花を咲かせた時間が大好きだったから。</p>
<p>どれだけ美味しい食べ物でも、どれだけ好物だったとしても、やっぱり一人だと味気なく感じてしまう瞬間がある。</p>
<p>一番美味しい食べ方は、大切な人と、大好きな人たちと食卓を囲むことだと思います。ワタシにとって、大好きな子どもたちと一緒に給食を食べたあの時間が1番の思い出かもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>「せんせい」と呼ばれて</title>
		<link>https://orientalnagon.com/teacher/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Feb 2024 02:19:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[潜在保育士]]></category>
		<category><![CDATA[誕生日]]></category>
		<category><![CDATA[贈り物]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシが保育士を辞めて、もうすぐ2年が経とうとしています。 とても長く辛い環境の中にいたせいで、心身ともに疲れてしまったあの頃、仕事を辞めた罪悪感よりも、ようやく悪夢が終わることへの安心感の方が強く感じていました。 けれ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシが保育士を辞めて、もうすぐ2年が経とうとしています。</p>
<p>とても長く辛い環境の中にいたせいで、心身ともに疲れてしまったあの頃、仕事を辞めた罪悪感よりも、ようやく悪夢が終わることへの安心感の方が強く感じていました。</p>
<p>けれども<strong>「子どもたちに会いたい。もう一度関わりたい」</strong>と願う気持ちが、日増しに強くなっていきました。</p>
<p>そのせいで彼とは何度も喧嘩をしたり、時にはどうしようもない感情をぶつけて傷つけてしまうこともありました。</p>
<p>社会の中で生きている人たちに置き去りにされているように感じて、いつまで経っても仕事の一つもできない自分をたくさん責めました。</p>
<p>そうすることでしか、自分を保つ方法がわからなかったのです。</p>
<h4><span id="toc1">久しぶりの再会は</span></h4>
<p>あるとき、ワタシは昔から行き慣れたスーパーに別れを告げるために、用事もないのに向かっていました。</p>
<p>小学生の頃から行き慣れたスーパーが、全く新しいもの変わることを知ったからです。</p>
<p>無くなる1ヶ月前からほぼ毎週のように足を運び、思い出を忘れないように記憶にも、そして写真にも残すようにしていました。</p>
<p>閉店する当日、ワタシは最後の別れをするためにもう一度スーパーに足を運びました。</p>
<p>するとそこで、かつての教え子である男の子が<span style="color: #008000"><strong>「なごんせいせい！」</strong></span>と声をかけてきたのです。</p>
<p>驚いて<span style="color: #ff00ff"><strong>「えっ！？ちーくん？まさか会えるなんて思わなかったよ」</strong></span>と嬉しくなって、すぐに近寄りました。</p>
<p>ちーくんは照れくさそうに、そして嬉しさを爆発させてくれたかのように学校での話をたくさんしてくれました。</p>
<h4><span id="toc2">誕生日の約束を</span></h4>
<p>ひとしきり話を聞いた後、ワタシはあることを彼に話しました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「ちーくん覚えてる？保育園にいた頃、『納言先生の誕生日を毎年お祝いするね』って言ってくれたこと」</strong></span></p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「うん。おぼえてるよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「もうすぐ先生、誕生日なんだよ。今年はお祝いしてくれる？」</strong></span></p>
<p>そう冗談混じりに言ってみたのです。</p>
<p>するとちーくんは少しだけ考えて、<span style="color: #008000"><strong>「なにがほしいの？」</strong></span>と聞いてくれたり、<span style="color: #008000"><strong>「これをあげようかな」</strong></span>とも言ってくれました。</p>
<p>そこで、<span style="color: #ff00ff"><strong>「納言先生は水色が好きだから、夢が叶うお守りを水色で作って欲しいな」</strong></span>と図々しくお願いをしてみることにしました。</p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「みずいろかぁ。じゃあママといっしょにつくってみる」</strong></span>と張り切って答えてくれたのです。</p>
<p>そういえば昔一緒にクラスで過ごしていた頃は、毎日のように<span style="color: #008000"><strong>「もうすぐなごんせんせいのたんじょうびだね」</strong></span>とカウントダウンしてくれたことを思い出しました。</p>
<h4><span id="toc3">約束を果たして</span></h4>
<p>それから程なくして、お母さんから<span style="color: #ff6600"><strong>「納言先生、誕生日プレゼントが完成したので、また時間がある時にもらってあげてください」</strong></span>と連絡がありました。</p>
<p>そして日にちを決めて、会うことになったのです。</p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「せんせい、はい。おたんじょうびおめでとう」</strong></span>そう言って渡された茶色の封筒には、ワタシの好きな色で作られたお守りが二つ入っていました。</p>
<p>キラキラ光って見えるビーズたちは、どんなお守りよりも美しく輝いて見えました。</p>
<p>一生懸命作ったであろう痕跡が所々見えているところも、昔を思い出し、そして感動で涙が溢れてしまいそうでした。</p>
<p>ちーくん自身はさっぱりとした性格なので、渡した後は別の話に夢中になり、自分の宝ものである本をいっぱい見せてくれました。</p>
<h4><span id="toc4">肌身離さず持ち歩いて</span></h4>
<p>久しぶりに会話をしたことも、いろいろな話を聞けたことも、昔一緒に過ごした記憶を思い出させてくれて、すごく幸せな時間となりました。</p>
<p>ちーくんからもらった二つのお守りの一つはミサンガとして足につけ、もう一つのお守りは携帯につけました。</p>
<p>キラキラ光るビーズで作られたお守りは、まるでワタシの夢を応援してくれるように、今でも輝いてくれています。</p>
<p>そしてお別れの時に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「また来年も作ってくれる？」</strong></span>と聞いてみると、<span style="color: #008000"><strong>「うん！いいよ」</strong></span>と返事をしてくれました。</p>
<p>さっぱりしているけれど、約束を守り続けてくれた彼はきっと、来年も誕生日を祝ってくれるでしょう。</p>
<h4><span id="toc5">「せんせい」と呼ばれて</span></h4>
<p>保育士を辞めてからも色々なところで子どもたちと再会したり、こうして関わる機会が何度かあります。</p>
<p>その度に<span style="color: #33cccc"><strong>「なごんせんせい」</strong></span>と呼ばれ、かつての保育士時代を思い出させてくれるんです。</p>
<p>ワタシは人間関係に苦しみ、心を壊し、そして仕事を辞めました。</p>
<p>けれども、子どもたちのことを忘れたことは一度もありません。</p>
<p>それは子どもたちだけではなく、保護者の方にも沢山支えてもらいました。今もこうして、時折<strong>「せんせい」</strong>になれるのは、その人たちの支えがあるからだと思っています。</p>
<p>きっとこの先は、担任としてクラスを持ったり、保育園や幼稚園で働く機会はないと思います。</p>
<p>けれども彼らがくれたたくさんの幸せをまた別の形で発信し続けることで、保育士としての日々を忘れないようにしていきたいと思っています。</p>
<h4><span id="toc6">最後に</span></h4>
<p>ワタシにとって保育士は、全ての人生を捧げてもいいと思うほど、大切なものでした。</p>
<p>大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどまでに誇りを持って、そして子どもたちには全ての愛情を注いで仕事と向き合ってきました。</p>
<p>きっとワタシと同じような気持ちで今でも子どもたちと向き合い仕事をされている方も、多くいると思います。</p>
<p>ワタシは最後まで保育士として過ごすことは、できませんでした。</p>
<p>けれども、今でも気持ちは変わっていません。</p>
<p>大好きなあの子たちの先生でいることも、変わっていません。</p>
<p>いつかまた違う形で子どもたちに、そして保護者の方々に恩返しができる日々を願っています。</p>
<p>最後に、保育士という仕事は本当に素晴らしい仕事だと思います。</p>
<p>けれどもいまだに改善されない環境だったり、当たり前のことが当たり前にならない労働環境も多く存在します。</p>
<p>子どもたちの未来のために必死で働かれている保育士さんが、心から笑顔で、子どもたちのことだけを考えて保育ができる環境になることを、心から願っています。</p>
<p>子どもたちの笑顔と同じくらい、保育士が笑って過ごせる環境が当たり前になりますように。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>もう一度会いたくて</title>
		<link>https://orientalnagon.com/kodomotati/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Jun 2023 10:00:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[再会]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[結婚式]]></category>
		<category><![CDATA[繋がり]]></category>
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					<description><![CDATA[リクエスト企画を初めて行った時、「きっと誰も来ないかぁ・・・。身内だけが投票してくれるかな」なんて、思っていました。 しかし、想像していたよりも多くの方が読みたいエッセイを教えてくださり、もうこれは作家冥利に尽きるという [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>リクエスト企画を初めて行った時、<span style="color: #ff00ff"><strong>「きっと誰も来ないかぁ・・・。身内だけが投票してくれるかな」</strong></span>なんて、思っていました。</p>
<p>しかし、想像していたよりも多くの方が読みたいエッセイを教えてくださり、もうこれは作家冥利に尽きるということで、本当に嬉しくてすぐさま作業に取り掛かったくらいです。</p>
<p>投稿を見てくださり応援してもらっているという感覚はもちろんあったのですが、エッセイの分野でもまさかの手助けをしてもらえるなんて、本当に嬉しく思います。</p>
<p>今回のテーマは、フォロワーさんの<strong>TK1979</strong>さんから<strong>『再会』</strong>というテーマでいただきました。</p>
<p>TK1979さんの投稿は、古着やアメカジを中心に投稿されているのですが、カラフルで見ている私もワクワクするような服がアップされています。元々アメカジにチャレンジしたことはないのですが、投稿を拝見していくうちに<span style="color: #ff00ff"><strong>「ちょっとアメカジにもチャレンジしてみようかな」</strong></span>と思いました。</p>
<p>そして今回のテーマは、私自身も過去の記憶を呼び起こして、1番いいものが何かを考えながら書きました。</p>
<p>投稿してくださったTK1979さんや読んでくださる方の中で、再会を望んでいる相手がいたり、再会するために勇気を出そうとしている人の心に残れば嬉しいと思います。</p>
<p>それでは、スタートです！！</p>
<h4><span id="toc1">後悔をし続けた日々</span></h4>
<p>2022年の10月末に退職するまで、常に頭の中では<span style="font-size: 18px"><strong>退職</strong></span>の2文字が浮かんでは消えてを繰り返していました。</p>
<p>仕事環境は最悪だし、いるだけでも息が詰まってしまいそうなくらい苦しい日々を送っていました。心の中では<span style="color: #ff00ff"><strong>（辞めてやる、辞めてやる！こんなところは絶対辞めてやるんだ）</strong></span>と思っていたけれど、朝起きるとエプロンに着替えて、無意識のうちに支度をして、職場に向かう日々を繰り返していました。</p>
<p>もちろん仕事をしている時も体はだるく、思ったように動いてもくれません。</p>
<p>耳の奥でキーンと音がしたと思ったら、電気が消えたみたいに視界が真っ暗になってその場で立ち尽くすことしかできなかったほど、体も限界だったんです。</p>
<p>それでも、どうして仕事を辞めなかったのか。</p>
<p>それは、子どもたちが大好きだったから。</p>
<p>ただそれだけでした。</p>
<h4><span id="toc2">辞められなかったわけ</span></h4>
<p>幼稚園を辞めて、この新しい保育園に就職をしました。数年間の保育士人生の中では、常に子どもたちが私の1番の理解者であり、互いに大切な存在だったと思います。</p>
<p>子どもたちの笑顔を見るだけで、頑張れました。</p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「せんせい」</strong></span>と呼んで、ぎゅーっと抱きしめてくれるだけで、疲れもどこかへ吹き飛んでしまいました。</p>
<p>私にとって、あの子たちが全てだったのです。</p>
<p>しかし、保育士たちの人間関係はどんどん悪くなり、いじめがあったり、嫌がらせがあったりして、時にはひいきをしたり、好き嫌いをあからさまに出す人もいました。</p>
<p>そんな環境の中で、もしも私が辞めてしまったら子どもたちはどうなってしまうんだろう。</p>
<p>心に大きな傷を残さないだろうか、平等に接してもらえるだろうか、そんなことばかりを考えていました。</p>
<p>それ以上に、あの場所には卒園した子たちも含めて、沢山の思い出がありました。何より<span style="color: #ff6600"><strong>「せんせい、しょうがっこうにいってもわすれないでね。また、あいにいくからね」</strong></span>と言われていたから、辞めてしまったらもう会えなくなってしまうことも、私は怖かったのかもしれません。</p>
<p>1番大切なものを奪われてしまうような気がして・・・。</p>
<h4><span id="toc3">限界が訪れて</span></h4>
<p>そうは言っても、私の心も体も限界はずいぶん前に訪れていました。立っていることがやっとの状態だったので、ある時から子どもたちの声があまり聞こえなくなってしまったのです。</p>
<p>水中にいるみたいに、こもったように聞こえる声は、どんどん遠ざかっていくような感覚を耳の中に残していきました。</p>
<p><strong>私の声は、届いているのだろうか。</strong></p>
<p><strong>子どもたちには、どう見えているのだろうか。</strong></p>
<p><strong>ある日突然倒れてしまったら、どうしたらいいんだろうか。</strong></p>
<p>それでも<span style="color: #ff00ff"><strong>「あと少し、あと少しだけ。もう少し頑張ってみよう。ここまで頑張ったじゃないか。もっとやれるはずだよ。だって、他の先生たちも同じように頑張っているんだから」</strong></span>と言い聞かせていました。</p>
<p>そんな極限状態の中で、当時付き合っていた夫との入籍が決まり、結婚式の日取りも11月に決まりました。</p>
<p>まだその時は、仕事もかろうじて行けていたので、かつての教え子の保護者の方たちに声をかけて、結婚式のお披露目会に招待しました。</p>
<p><span style="color: #33cccc"><strong>「先生結婚するんだね！おめでとう！！幸せになってね」</strong></span>と声をかけてくださる方や、<span style="color: #339966"><strong>「結婚式までに体調が良くなるといいね」</strong></span>なんて、言ってくださる方もいました。</p>
<p>その優しさに何度も<span style="color: #ff00ff"><strong>「ありがとうございます、ありがとうございます」</strong></span>と頭を下げ、泣くのを堪えるのに必死でした。</p>
<p>しかし私は、11月まで耐えることができず、6月末で休職をしました。</p>
<p>沢山優しい言葉をかけてくれた人たちや子どもたちに、一言も挨拶もできないまま、仕事に行けなくなってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc4">休職期間に流した涙</span></h4>
<p>休職期間に入ってすぐに、夫との同棲生活が始まりました。</p>
<p>それと同時に私は朝起きて、仕事に行く準備をして、夫から<span style="color: #3366ff"><strong>「納言ちゃん！？どこに行くの？休んでいいんだよ。仕事には行かなくていいんだよ」</strong></span>と止められる日々が始まりました。</p>
<p>夫が仕事から帰ってくるまでの時間は、実家に行き、自分の部屋にこもって壁を見つめていました。</p>
<p>近所に住む子どもたちの声を聞き、流れる涙を抑えることはどうしてもできませんでした。</p>
<p>そして壁に向かって何度も<span style="color: #ff00ff"><strong>「ごめんなさい、ごめんなさい」</strong></span>と言い続けていました。</p>
<p>母から渡された夫の分の夕食を持って、駅まで迎えに行き、2人の家に帰るというサイクルが出来上がりました。そしてふとした瞬間に、私は声を上げて泣きながら<span style="color: #ff00ff"><strong>「子どもたちに会いたい・・・。保育士を続けたかったよ。もう、もう二度と会えないんだ！！！」</strong></span>と怒りと悔しさを夫にぶつけていました。</p>
<p>疲れて帰ってきた夫に向かって、優しさを持ち接することは当時の私にはできませんでした。</p>
<p>それでも、<span style="color: #3366ff"><strong>「大丈夫だよ。会いたいよね。子どもたちだって納言ちゃんのことが大好きだと思うよ」</strong></span>なんて言いながら、励ましてくれました。</p>
<p>どれだけ励まされたところで子どもたちには会えません。</p>
<p>どれだけ涙を拭いてもらっても、私の心の傷が癒えることもありませんでした。</p>
<p>そして数ヶ月の間、私はほとんど笑うこともなく、心も沈み、結婚式どころではなくなっていました。</p>
<p>誘っていた子たちを呼ぶ手段もないし、直接会って話をすることもできない。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「結婚式に子どもたちもきて欲しかった。けど、もう無理かもしれない。もう、このまま会えずに、ずっと後悔して生きていくんだ・・・。もう一度でいいから、会いたかった。もう一度でいいから、抱きしめたかった。ただそれだけなのに。ただ、それだけなのに・・・」</strong></span></p>
<p>こうして私は、結婚式に子どもたちを呼ぶことを諦めたのです。</p>
<h4><span id="toc5">舞い込んだ奇跡</span></h4>
<p>どん底にいた私にも希望の光が見えたのは、11月に入る直前でした。</p>
<p>休職状態だった私を遊びに誘ってくれたり、声をかけてくれたりする先生たちもいました。</p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「結婚式は、子どもたちを呼ぶの？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「いや、詳細が分かる手紙を渡すこともできないし、直接会って話もできないから・・・。もう、諦めてるかな」</strong></span></p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「それなら、こっそり渡してあげるよ。バレないようにすればいいんだよね？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えっ！？いいの？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「だって、結婚式なんて一生に一度だよ。子どもたちに会える最後のチャンスかもしれないから」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「ありがとう・・・」</strong></span></p>
<p>何人かの先生が手を貸してくれて、以前話をしていた保護者の方に手紙を渡してくれました。</p>
<p>微かな希望を、友人たちに託す形で。</p>
<h4><span id="toc6">結婚式当日</span></h4>
<p>結婚式当日は、心の底から喜べていたわけではありません。</p>
<p>本当なら、心も体も健康な状態で人生の大切な日を飾りたかった。ガリガリに痩せて、血色の悪い状態ではなく、本来の姿で祝福してほしかった。</p>
<p>常に頭の中には、食べたら出てしまう恐怖と、突然起きるかもしれない頭痛に怯えていました。</p>
<p>家族や親戚、そして友人たちの声が遠くで聞こえてくることに、嬉しさと不安を抱えながらも、式は滞りなく進んで行きました。</p>
<p>披露宴も終わりに近づいた頃、私の頭の中では<span style="color: #ff00ff">（子どもたちは、どれくらい来てくれるのかな。途中で辞めた私のことなんて、忘れてしまってるかもしれない。どんな顔をして会おうかな）</span>と、頭の中が考え事で埋め尽くされている中、私たちの退場と共に幕を閉じました。</p>
<h4><span id="toc7">沢山の声に囲まれて</span></h4>
<p>退場したところで、視界の先にあったのは、見覚えのある顔でした。それも1人や2人なんかじゃなく、何十人もの子どもたちが<span style="color: #ff6600"><strong>「せんせ〜い！！！」</strong></span>と大きく手を振って呼んでくれました。</p>
<p>小さかったあの子たちは、少しだけ大人びた顔をしていましたが、笑顔は当時のままでした。手を振る姿に泣くのを必死にこらえ、<span style="color: #ff00ff">（まだ泣かない。泣いちゃだめだ）</span>と言い聞かせていましたが、どうしたって我慢ができませんでした。</p>
<p>その姿に夫は<span style="color: #3366ff"><strong>「よかったね、納言ちゃん。子どもたちにはずっと大好きな先生のままなんだ。自分に自信を持って。誰がなんと言っても君は素敵な先生だから」</strong></span>そう言って、涙を優しく拭いてくれました。</p>
<p>会場にいた人たちを見送り、少ししたところで子どもたちは駆け足で私の方へ向かってきました。</p>
<p>照れている子、嬉しそうに笑っている子、話をしたくてうずうずしている子、何一つ変わらないあの頃の姿を、今目の前で見ていること、そして、協力してくれた友人たちには、感謝以外の言葉が見つかりませんでした。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「みんな・・・、久しぶりだね。元気してたかな？今日は会えてとっても嬉しいです。少しの間だけど、一緒に楽しく過ごそうね」</strong></span>そう語りかける私は、幸せだった頃の先生の姿をしていたと思います。</p>
<p>久しぶりに触れた子どもたちの温もりを感じ、学校での話や友だちの話などを短い時間の中で、できる限り聞きました。</p>
<p>顔立ちは保育園にいた頃よりも大人びていたけれど、笑顔を見せてくれた姿に、<span style="color: #ff00ff">（あの頃の、純粋で優しいみんなのままだ）</span>と、感じることができたのです。</p>
<p>約30分という短い時間の中で、私はできる限り子どもたちの話を聞き、触れ合うことをしました。</p>
<p>この先、もう2度と会うことがなくなってしまっても、忘れてないように。</p>
<p>そして、あの瞬間にもう一度先生になれたことも、心に刻み、思い出として残しておけるように。</p>
<h4><span id="toc8">最後に</span></h4>
<p>今回『<strong>再会』</strong>というテーマをいただき、書いている中で結婚式に来てくれた子どもたちのことが、1番初めに浮かびました。</p>
<p>私の人生で最も幸せで楽しかった出来事は、やっぱり子どもたちと笑い合い、時には真剣に向き合いながらも、思い出を一つひとつ重ねていったあの頃でした。</p>
<p>保育士の仕事を辞めた今、後悔の気持ちはありません。</p>
<p>結婚式での再会が、私に勇気の一歩を踏み出させてくれました。そして子どもたちがきっと背中を押してくれたんだと思います。</p>
<p><span style="color: #ff6600"><strong>「今でもなごん先生のことが大すきなんだ」</strong></span>と言ってくれた言葉が、前を向かせてくれたのでしょう。</p>
<p>そしてこの先も、あの日の思い出を胸に抱いて、私は新たな人生を歩いていこうと思います。離れていても、もう会うことはないとしても、私にとって子どもたちは永遠に大切な教え子なのだから。</p>
<p>この先の未来で辛いことや悲しいことが沢山あるかもしれません。</p>
<p>私のように心を壊すことになってしまうかもしれない。</p>
<p>けれども、いつかその悲しみが晴れる日はやってくるはずだから。</p>
<p>たとえ離れていても、私はいつまでも彼らの先生であることに変わりがない。その想いが、私自身に力を与えてくれるような気がするのです。</p>
<p>もしもたった一つだけ願いが叶うのならば、子どもたちが自由にのびのびとした環境の中で、笑顔あふれる毎日を送れることを、心から願っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>不適切な保育を、今考える</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 May 2023 10:00:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[子どもたち]]></category>
		<category><![CDATA[未来を担う]]></category>
		<category><![CDATA[虐待]]></category>
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					<description><![CDATA[これはあくまで私の主観的な考えであり、世の中にはきっと色々な意見や想いが沢山あると思います。 ただ、数ヶ月前まで保育士として働いていたからこそ、最近のニュースを見るたびに胸が痛くなってしまう言葉が多く並ぶようになりました [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>これはあくまで私の主観的な考えであり、世の中にはきっと色々な意見や想いが沢山あると思います。</p>
<p>ただ、数ヶ月前まで保育士として働いていたからこそ、最近のニュースを見るたびに胸が痛くなってしまう言葉が多く並ぶようになりました。</p>
<p>もしも、今でも現場で働いていたら違う考えが浮かんでいたかもしれません。</p>
<p>離れた今だからこそ別の角度から考え、伝えられることがあるのではないかと思い、書くことを決意しました。</p>
<p>ただ一つだけ先に言わせてください。</p>
<p>保育士も、保護者の方も子どもたちを想う気持ちは同じだということ。</p>
<p>そして不適切だと言われる保育や、虐待行為をしている保育士が全てではなく、心から保育士という仕事に誇りを持ち、向き合おうとしている人たちがいることを知ってもらえたら嬉しいです。</p>
<h4><span id="toc1">ニュースの見出しにざわつく心</span></h4>
<p>ネットニュースの中に、目を伏せたくなる見出しがありました。</p>
<p><span style="color: #ff0000; font-size: 20px"><strong>「不適切な保育」</strong></span>というなんともセンセーショナルな言葉に、他人事だとは思えず、ニュースの内容を何度も確認しました。不適切な保育の調査をして、<strong>どれだけの園で、どれだけの不適切な行為</strong>が行われていたのかが書かれていました。</p>
<p>つい最近、配置基準について保育士たちが、SNSを通じて発信していたばかりなのに。</p>
<p>保育士たちの置かれている状況の悲惨さ、待遇の悪さ、そして心の余裕が持てない現状に、声をあげ始めていたところでした。</p>
<p>なのにも関わらず、配置基準や保育士環境の改善ではなく、<span style="color: #ff0000; font-size: 20px"><strong>「不適切な保育」</strong></span>にスポットライトが当てられていたのです。</p>
<p>まるで全ての保育士がそうであるかのように書かれた内容に、一体どれだけの保育士たちが憤りを感じたことでしょう。</p>
<p>そしてどれだけの保育士が、怒りを通り越して<span style="color: #0000ff"><strong>諦めと悲しみ</strong></span>を痛感させられたのでしょう。</p>
<h4><span id="toc2">保育士の声、届いていますか？</span></h4>
<p>不適切と挙げられている事例の中には、曖昧なものがあったり、配置基準によってやむを得えない場合もありました。</p>
<p><strong>70年前から変わらない配置基準。</strong></p>
<p><strong>低賃金の中で搾取される環境。</strong></p>
<p><strong>サービス残業と当たり前に取れない休憩。</strong></p>
<p><strong>自腹で購入する手作り玩具などの材料。</strong></p>
<p><strong>持ち帰りの仕事の多さなど。</strong></p>
<p>あげたらキリがないほど、保育士たちの不満はたまっていました。そして、私自身も現役で働いていた頃、同じような感情を抱くことが何度もありました。</p>
<p>低賃金の中で当たり前のようにサービス残業があって、持ち帰りの仕事も毎日のようにありました。</p>
<p>休憩制度はなく、コロナ禍の時はクラスの先生と交代で給食を食べなければいけなかったから、<span style="color: #ff0000"><strong>5</strong></span><span style="color: #ff0000"><strong>分</strong></span>くらいで食べられる量だけを食べていました。</p>
<p>年休を取る時も、<strong>「仕事が優先だからね。何かあったら、出勤できるようにしといてね」</strong>と言われていました。</p>
<p>元同僚は仕事を辞めるために年休消化をしたいと申し出たら、<strong>「あなたは、仕事をなんだと思っているの？」</strong>と職員室で叱責されていました。</p>
<p>こんな環境が当たり前だったんです。</p>
<p><strong>人もいない、給料も少ない、でも仕事は山のようにある。</strong></p>
<p>常に搾取され続ける環境に限界を感じながら、保育をしていた人も多かったと思います。</p>
<p>不適切な保育の話が出る少し前、昔ながらの配置基準を見直そうとする動きが、ちらほらニュースで取り上げられていました。</p>
<p>しかし、その希望は一瞬にして奪われてしまったのです。</p>
<p>保育士たちは、何度も声を上げていました。少なくともSNSを見たり、周りの現役保育士から話を聞いても、共通の悩みと環境改善を望んでいるようでした。</p>
<p>その声には反応されることはなく、保育士の多くが<span style="color: #ff0000"><strong>不適切な保育</strong></span>をしているのかもしれないと不信感を与えることに、関心は高まり続けていきました。</p>
<p>一部の話を大多数がしているような内容は、私自身も見ていてとても悲しく、そしてSNSでの悲痛な叫びを読み、さらに心は沈んでいきました。</p>
<p><strong>もっと、余裕を持てるような環境だったら。</strong></p>
<p><strong>もっと、保育士の言葉も聞いてくれたら。</strong></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「どうして、保育士ばかりが悪者にされてしまうの？」</strong></span>と、声にならない悲痛の叫びだけが、ポツンと隅の方に取り残されているようでした。</p>
<h4><span id="toc3">保育士だって人間なんです</span></h4>
<p>どれだけ不満を持っていても、どれだけ世間の風当たりが強くなっても、朝がくれば<span style="color: #ff9900"><strong>「せんせい」</strong></span>と呼ばれ、子どもたちのために全力を注いでいます。</p>
<p>一部の保育士による虐待行為や、誰がみても不適切な保育と呼ばれることは、絶対に許してはなりません。</p>
<p>しかし、忘れないでほしいのです。</p>
<p>メディアが報道している内容は、氷山の一角と呼ばれていることもあるけれど、ごく一部の保育士たちの話だということを。</p>
<p>現役で働いている時、子どもたちと過ごすことだけが私の生き甲斐でした。</p>
<p>けれども私たちも人間です。</p>
<p>疲れている時には、笑顔で居続けることが難しいことだってあります。</p>
<p>出勤している全ての時間を完璧な状態でいることは、無理なんです。</p>
<p>私たち保育士は、特殊な能力を持っている人間でもなければ、スーパーヒーローでもない、皆さんと同じ人間です。悲しいことがあれば涙は流れるし、時には腹が立つことだって、へこむことだってあります。</p>
<p>保育士は人間であり、感情を表さないロボットではありません。</p>
<p>何よりほとんどの保育士は、子どものことを一番に考え、自分の時間を削ってでも向き合おうとしているのです。</p>
<h4><span id="toc4">最後に・・・</span></h4>
<p>これはあくまで、私個人の意見です。人それぞれに考え方や価値観があるのと同じで、私の思いを今回はこのような形で伝えさせていただきました。</p>
<p>ただもしも、今も現役の保育士として働いていたら、自分の想いを発信することは出来なかったでしょう。<strong>子どもたちに迷惑がかかるかもしれない、保護者の方に迷惑がかかるかもしれない、職場に何かが起きてしまうかもしれない。</strong>あらゆることを想定すると、たった一人の声ではどうすることも出来ないし、リスクも大きすぎるのです。</p>
<p>だからこそ、保育士を辞めた私にしか出来ないことがあるのではないかと思い、今回、勇気を出して文章で伝えることを決めました。</p>
<p>ただ、これだけは言わせてください。</p>
<p>大切な子どもの命を預かる場所で虐待が起きている事実は、どんな理由があっても許されることではありません。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>どんな理由があってでもです。</strong></span></p>
<p>配置基準や低賃金は、関係ありません。</p>
<p>どんな過酷な状況でも子どもたちに向き合っている保育士は、山ほどいます。</p>
<p>だからこそ、一生懸命頑張り続ける保育士さんが報われる環境になることを、心から願いたいのです。</p>
<p>かつて私の教え子はこう言ってくれました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「いつか、納言先生みたいな保育士さんになりたいな」</strong></span>と。</p>
<p>私の大切な教え子が大人になった時<span style="color: #ff9900"><strong>「保育士は、こんなに辛くてしんどいんだ」</strong></span>と悲しませたくないのです。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「保育士って楽しいね」</strong></span>と笑顔で報告してくれる未来を信じています。</p>
<p>そして何より、蔑ろにされ続けてきた保育士の環境や待遇が改善されることで、少なからず心に余裕が出るのではないでしょうか。</p>
<p><strong>安心してお子さんを預けられるように。</strong></p>
<p><strong>そして心にゆとりを持って保育ができるように。</strong></p>
<p><strong>何より、全ての子どもたちが笑顔で通える場所になるように。</strong></p>
<p>そんな未来を実現するためにも、これからも私は伝え続けていこうと思います。</p>
<p>辞めた人間にしか伝えられない真実を、かけがえのない存在を守るためにも・・・。</p>
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