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	<title>寄り添うこと | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>寄り添うこと | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>リクエスト企画「大人のいじめ」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 30 Dec 2023 02:51:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト企画]]></category>
		<category><![CDATA[大人のいじめ]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
		<category><![CDATA[自分を愛して]]></category>
		<category><![CDATA[辛さを受け止める]]></category>
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					<description><![CDATA[今回もたくさんの題材を提供していただき、とても嬉しく思います。 少しずつ皆さんに、ワタシの文章を読んでいただけていることに感謝の気持ちでいっぱいです。 皆さんからいただいた言葉を、ワタシなりに丁寧に咀嚼しながら書いていこ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回もたくさんの題材を提供していただき、とても嬉しく思います。</p>
<p>少しずつ皆さんに、ワタシの文章を読んでいただけていることに感謝の気持ちでいっぱいです。</p>
<p>皆さんからいただいた言葉を、ワタシなりに丁寧に咀嚼しながら書いていこうと思います。</p>
<p>今回のテーマは<span style="color: #ff0000"><strong>「大人のいじめ」</strong></span>です。</p>
<p>それではスタートです。</p>
<h4><span id="toc1">どうして無視をするの・・・</span></h4>
<p>子どもの頃に味わったいじめは、とても悲しく辛いものでした。アトピーだったワタシは、見た目で差別をされて、触れてすらもらえませんでした。</p>
<p>それがとても悲しくて、子どもながらに<span style="color: #ff00ff">（どうして触ってくれないの？どうして、ワタシを避けるの？）</span>そう思いました。</p>
<p>だからずっと<span style="color: #ff00ff">（大人になればきっといじめなんてものも無くなるんだ）</span>そう思って、耐えてきました。</p>
<p>けれども大人になれば露骨に態度に出さなくても、じわりじわりと傷つけるようなことをする人たちが大勢いることを学んだのです。</p>
<p>気に入らなければ無視をする人がいました。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「あなたのためだから」</strong></span>と言って、意見を押し付けてくる人がいました。</p>
<p>無意識なのか、負の感情で結成された仲間を引き連れて、言葉の刃物を突きつけてくることがありました。</p>
<p>弱いワタシは、その言葉を飲み込むことしかできず、さらには<span style="color: #ff00ff"><strong>「自分が悪いんだ」</strong></span>と責めることで、何とかその環境に慣れようとしていたんです。</p>
<h4><span id="toc2">あなたのエゴに気づいてよ</span></h4>
<p>保育士を約8年続けてきたけれど、常に相手のエゴの中で振り回されていたような気がします。</p>
<p>誰だって意見はあるし、想いはある。だからこそ耳を傾けて、寄り添えればいいのにと何度も思いました。</p>
<p>けれども彼女たちは違っていたんです。</p>
<p>自分の意見が正しくて、自分と違う人は悪だと考えていました。そこに想像力を働かせることも、相手がどんな思いになっているかを考えることもなく、ひたすら言葉の刃物を突きつけて、心を満たしているようでした。</p>
<p>それなのに、自分が少しでも気に入らないことがあると、まるで被害者のように騒ぎ出すんです。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「かわいそうな私を見て。こんなに悩んでいる私を見て。ほら、涙だって溢れてきているでしょ？」</strong></span>そうやってアピールをするんです。</p>
<h4><span id="toc3">孤独の成れの果て</span></h4>
<p>今のワタシならきっと、こう言うと思います。<span style="color: #ff00ff"><strong>「あなたはとてもかわいそうな人です。誰にも相手にされず、信頼できる相手も見つからず、薄っぺらい負の感情を持っている人しか集まらないのだから」</strong></span>と。</p>
<p>仕事を辞めてから、色々なことを考え、想像しました。</p>
<p>そして気がついたんです。<br />
<strong>いじめをする人の多くは、本当の意味で寂しい人なんだと。</strong></p>
<p>家庭でうまくいっていないとか、信頼できる友人がいないとか、自分の存在価値を認めて欲しくて、<span style="color: #ff0000"><strong>「わたしはここにいるんだ！もっと見てよ。もっと構ってよ」</strong></span>そうやって、叫んでいる人たちなんだと思うようになりました。</p>
<p>だから群れを作り、同じように悪口を言ったり、無視をしたり、わざと心をざわつかせるようなことをするのだと気づいたのです。</p>
<h4><span id="toc4">孤独に気がついて</span></h4>
<p>それは職場に限らず、ネットの中でも同じことだと思います。日々の生活がうまくいっていなくて、誰かに相手にして欲しくて、心の優しい人たちに擦り寄って暴言という形でしか、表現できない人たちなんだと思います。</p>
<p>もしもどこかで、<span style="color: #008080"><strong>「他人になんて構っていないで、あなた自身を見てあげなよ」</strong></span>と寄り添ってくれる人がいたら、きっと関わり方は変わっていたでしょう。</p>
<p><span style="color: #808000"><strong>「相手を傷つけている瞬間は優越感に浸れるかもしれない。でもね、その言葉は自分にも向かっていて、自分の心さえも傷つけていることにどうして気が付かないの？もういい加減、自分を大切にしなよ。あなたの人生なんだから」</strong></span>そう言って、無理矢理にでも抱きしめてくれる人がいたら、心の氷も少しずつ溶けていくのかもしれません。</p>
<p>誰かに攻撃的な人も、感情に任せて態度に示す人も、きっと寂しいんだと思います。</p>
<p>本当の意味で、孤独なんだと思います。</p>
<p>だって自分自身を愛してくれて、ちゃんと見てくれる人が目の前にいたら、きっと思いやりの心が芽生えるはずだから。</p>
<h4><span id="toc5">過去を振り返り</span></h4>
<p>心が壊されかけていたあの頃を振り返ると、大人のいじめに加担している人たちは、どこかで孤独を感じ、誰かに劣等感を抱いている人ばかりでした。</p>
<p>表面ではなく、その人自身のことを心から理解して、寄り添ってくれる人がいなかったから、心の叫びを別の形で出すしかなくなってしまったのかもしれません。</p>
<p>だからきっと彼女たちも寂しくて、かわいそうな人なんだとワタシは思います。</p>
<p>けれどもその環境の中にいると、たった1人の言葉が、たった数人の態度が巨大なものに見えて、途端に怯えて、何も言えなくなってしまいました。</p>
<p>小さな言葉に大きく傷ついて、心を壊してしまったのです。</p>
<p>ただ大人になっても、相手の気持ちに寄り添うこともできず、相手を傷つける方法しかわからない人の心には、きっとこちらの声は届くことは難しいとも思うんです。</p>
<p>何層にも重なり合った角質みたいなものが、どんどん固く大きくなって、心を塞いでしまっているから。</p>
<h4><span id="toc6">最後に</span></h4>
<p>人は変わることはありません。</p>
<p>どれだけ歩み寄ろうとしても、どれだけ優しい言葉をかけても、きっと届くことはないでしょう。</p>
<p>それは彼女たちが本当に向き合って欲しい人に振り向いてもらえなかったり、叶えたい願いを担うことが、ワタシにはできないからです。</p>
<p>自己啓発本を読もうとも、いい映画に巡り合おうとも、素晴らしい音楽を聴こうとも、きっと<span style="color: #ff0000"><strong>「大人のいじめ」</strong></span><span style="color: #ff0000"><span style="color: #000000">を</span></span>無自覚にしている人たちの心には、届くことはありません。</p>
<p>声をかけてほしい相手が、寄り添って欲しい相手が、他にいるのだから。</p>
<p>私たちができることは、孤独に喘ぎ、傍若無人な振る舞いをする人たちから離れることです。</p>
<p>あなたの大切な感情を振り回されないように、大きな傷をつけられて、ワタシのように大切なものを失わないようにするためにも。</p>
<p>ただもしも、どこかで相手が心の隙を見せた時、そっとそばに寄り添って、辛さを聞くことはできるかもしれません。</p>
<p>悪口に加担するのではなく、無視をする行為を一緒にするのではなく、<span style="color: #ff00ff"><strong>「自分の心を傷つけるようなことは、やめていいんだよ・・・。あなた自身を愛してあげて」</strong></span>そう言って言葉で抱きしめてあげられたなら、きっと関係は少しずつ変わり始めると思うから。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>悲しみの裏側に</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Jul 2023 10:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[命]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
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					<description><![CDATA[2023年7月12日（水） 夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。 道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたので [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2023年7月12日（水）</p>
<p>夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。</p>
<p>道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたのです。</p>
<p>暑さの中で沢山歩いたせいもあり、汗をかいた私たちは早々にお風呂に入りました。その日の出来事を振り返りながら、思い出に浸る。</p>
<p>その時間がとても幸せでした。</p>
<p>しかし、そんな幸せはあるニュースをきっかけにまた一つ、考えさせられる出来事へと変わってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">若きタレントの訃報</span></h4>
<p>お風呂を出てから携帯をいじっていると、LINEには衝撃的な連絡が入りました。</p>
<p>「ねえ、りゅうちぇるが亡くなったんだって」その文字を見た時、会ったこともなければ話したこともない人なのに、悲しみでも悔しさでもなく、虚無感だけが体全身を駆け巡っていました。</p>
<p>まだしばらくお風呂に浸かっていた夫に、訃報を告げると、口を開き言葉にならないような顔をしながら、一言だけ<span style="color: #3366ff"><strong>「なんでなんやろ・・・」</strong></span>そう呟いていました。</p>
<p>少し調べてみると、いろいろな憶測が書かれており、真相はいまだに誰にもわからないけれど、誰もが居ても立っても居られない、そんな感覚に襲われたのかもしれません。</p>
<p>つい最近まで、笑顔の姿を見ていたからなのか。</p>
<p>それとも、心の影をどこかで感じ取っていたのか。</p>
<p>どちらにしても、誰もが<strong><span style="color: #33cccc">「どうして？」</span><span style="color: #99cc00">「なんでなの？」</span></strong>と疑問と虚無感の両方に挟まれたまま、悲しみに暮れることしか出来ない様子でした。</p>
<p>こうしてまた、若い命が絶たれてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">葛藤の奥深く</span></h4>
<p>このニュースを見た時、かつての自分と重なる部分がありました。</p>
<p>感情の糸が絡まり合い、やがて解けなくなるまでこんがらがってしまう。その辛さは、私にも経験がありました。</p>
<p>どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「助けて」</strong></span>と叫びたくても、どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「限界なんです」</strong></span>と言いたくても、まるで水中にいるかのように相手に声が届くことがなかった頃。いつしか、自分の存在が誰にも見えなくなってしまうのではないかという恐怖と常に闘っていたあの頃を。</p>
<p>自分自身の存在が分からなくなった時、ふと肩の力がふぅ〜と抜けた感覚に襲われ、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう、どうでもいいや・・・」</strong></span><span style="color: #ff00ff"><span style="color: #000000">と</span></span>人生に終わりを告げようとした頃のことを、今でも鮮明に覚えています。</p>
<p>一言声をかけてくれればと言われたこともあったけれど、その一言が余計にプレッシャーに感じることがある。そして、また喉の奥につっかえた言葉をゴクリと飲み込んで、何もなかったかのように振る舞う、そんな生活がありました。</p>
<p>彼女の中で何があったのか、そして、心の影はいつから姿を表し、どのようにして全身を覆い被さるようにしてしまったのか・・・。</p>
<p>それも、今では本人にしか分からないことなのです・・・。</p>
<h4><span id="toc3">ニュースを見るたびに</span></h4>
<p>コロナ禍になってからというもの、私自身が人の生死に過敏に反応するようになっていきました。</p>
<p>本当だったら、楽しく思い出を作り過ごしていたのかもしれない。</p>
<p>誰かと笑い合ったり、時には感情に任せ涙を流していたのかもしれない。</p>
<p>そんなことを思うたびに、心がギューっと締め付けられるような感覚に襲われるのです。</p>
<p>自死を選ぶことは、決して褒められた選択ではありません。</p>
<p>けれども、全てを否定して「自ら命を断つことは、決してあってはならない」と言い切ってしまうことも、私は少し違うような気もしてしまうのです。</p>
<p>それは私自身も、同じように自死を選択しようとしていたからこそ、そのような考え方が生まれてしまうのかもしれません。</p>
<p>辛かったあの時、目の前が全て暗闇に包まれているように感じていた日々は、生き地獄そのものでした。相談すればするほど、自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれて、目の前に起きる全てのことに絶望感を覚えました。</p>
<p>いっそのこと、全てを終わりにできたら、どれだけ楽なんだろうと本気で考えたことは、数えきれないほどありました。</p>
<p>けれども私は、生きる勇気も死ぬ勇気も中途半端に持ってしまっていたために、相談したところで、現状は変わらなかったのです。</p>
<p>一人で抱え込んでいれば、それはそれで、ただただ改善されない現状に疲弊しながら、追い詰められていくばかりでした。</p>
<p>何が正しくて、どうしたらいいのか分からなくなる、それが何より辛かったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc4">命の限りの中で</span></h4>
<p>命には限りがあります。</p>
<p>寿命を操作することも、何歳まで生きてどんな最期を迎えるかと決めたとしても、流れていく運命に逆らうことはできません。</p>
<p>唯一できるとしたら、自分自身で命を絶つ。つまり自死を選択することだけは、自分で決めることができる寿命の決め方なのかもしれません。</p>
<p>これはあくまでも私の個人的な意見ですが、自死を選ぶことは、決して間違った選択ではないような気がするのです。</p>
<p>残された家族や友人、そして関わりのある人たちが悲しい思いをすることは間違い無いでしょう。そしてきっと「どうして命を絶つようなことをしたんだ・・・。もっと早くに行ってくれたら」という後悔の念を抱かせてしまうことにもなるかもしれません。</p>
<p>しかし、どれだけ言葉を重ねられても、どうにもできない心の影があるのだとしたら。</p>
<p>頑張って頑張って、生きようと懸命に走り続けた結果、取り返しのつかないような感情が生まれてしまったら。</p>
<p>もしそうだとしたら、その人に向かって<span style="color: #ff00ff"><strong>「生きて」</strong></span>とは言えないかもしれないと思ったのです。</p>
<p>そして私自身も、同じように仕事で辛く、生きる希望を失ったあの時、頑張って頑張って、頑張り続けた先に<span style="color: #ff6600"><strong>「生きて」</strong></span>と言われていたら、きっと今とは別の選択をしていたでしょう。</p>
<p>とても悲しいことだけれど、一度心に宿してしまった闇は、どんな言葉をかけられても、どれだけ応援されたとしても、立ち直れないところまで引きずり込もうとするのです。</p>
<h4><span id="toc5">寄り添うことで</span></h4>
<p>しかし、今の私はこうして文章書き、かつてのうつ病や摂食障害、そして栄養失調などと向き合いながら、絡まった糸を解く作業をしています。</p>
<p>それは決して一人の力ではなく、色々な人があらゆる言葉で寄り添い、時には態度で示し続けてくれたおかげだと思っています。</p>
<p>あの時、誰一人として<span style="color: #ff6600"><strong>「頑張って」</strong></span>とは言いませんでした。</p>
<p><span style="color: #33cccc"><strong>「生きて」</strong></span>という直接的な言葉をかけられたこともありません。</p>
<p>ただ黙って寄り添ってくれた人や、<span style="color: #3366ff"><strong>「もう十分だよ。よくやった。いっぱい泣きなよ」</strong></span>と感情を表に出すことを許してくれる言葉をかけてくれたことで、大きな影が少しずつ小さくなっていくことを感じることが出来たんだと思います。</p>
<p>もしも、彼女にもそんな人がそばにいて、<span style="color: #ffcc00"><strong>「あなたはあなたのままでいいんだよ」</strong></span>と、そっと手を握りながら涙を流すことを許してくれたら、1番悲しい選択をしない未来もあったかもしれません。</p>
<p>しかしそれも、当事者とその周りにいる人にしか分からないことなのです。</p>
<p>最近特に、誰かが命を絶ったというニュースや物騒な事件を目にするたびに、心の影が大きく支配している人が増えたような気がするんです。</p>
<p>どこか孤独で、誰かに<span style="color: #ff0000"><strong>「私を見て！」</strong></span>と助けを求めている、そんな人たちで溢れたようにも感じるのです。</p>
<p>昔のように、不便さを愛する生活よりも、便利をより便利なものへと追求することが当たり前となってきました。</p>
<p>会ったこともない人だったとしても、SNSで発信しているところを目の当たりにしている分、とても身近な存在に感じてしまう。昔よりも人との距離感のバグが出来ていく、そんなことが当たり前になってきました。</p>
<p>その便利さには、時に恐怖を感じることさえあるのです。</p>
<h4><span id="toc6">今をどう生きるのか</span></h4>
<p>今回のニュースを知り、一人の若いタレントの死という言葉で片付けてはいけないような気がして、私は急遽エッセイを書くことに決めました。</p>
<p>どんなことでも、人の命が終わりを迎えることはとても悲しく虚しいことです。ましてや、それが自ら選んだ選択なのだとしたら、悲しみは計り知れません。</p>
<p>ただ一つだけ、もしも目の前にいる大切な人が、心の影に押しつぶされそうになり、感情の糸が絡まり合ってしまっているのなら、そっと抱きしめてあげてほしいのです。</p>
<p>言葉を多く交わすことよりも<span style="color: #33cccc"><strong>「大丈夫。あなたの気持ちは十分伝わっているよ。だから、気持ちを半分こにして」</strong></span>と、抱きしめながらそっと温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして出来るのならば、痛みをほんの少しでもいいから貰ってあげてほしいのです。</p>
<p>きっとその優しさは、相手にも伝わるはずだから。</p>
<p>全ての人に効果があるのかは分からないけれど、かつての私には、どんな薬よりも効果がありました。</p>
<p>痩せ細った体をそっと<span style="color: #ff9900"><strong>撫でながら、「大丈夫。あなたが頑張っていること、私はちゃんと分かっているから」</strong></span>と言ってくれた友人がいました。</p>
<p>一言も言葉を発しない私に、ギュッと抱きしめて<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い気持ちは、二人で半分こにすればいいんだよ。だから、泣いていいんだよ。大丈夫。ずっとそばにいるからね」</strong></span>そう言って、いつまでもそばにい続けてくれたのが夫でした。</p>
<p>否定をせずに受け止めてくれたこと、心に負った傷を一緒に味わおうとしてくれたことは、この先も一生忘れることはないでしょう。</p>
<p>尊い命が絶たれてしまった今、私たちに何が出来るのか・・・。</p>
<p>全ての人の命を救うこと、そして見ず知らずの人の自死を止めることは不可能です。しかし、目の前にいる大切な人が同じような境遇になろうとした時には、悲しみが繰り返されないように、そっと寄り添ってほしいのです。</p>
<p>一度絶たれてしまった命は、どれだけ後悔しても戻ることはないのだから・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>うつ病と孤独、そして歩き出す</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 13 May 2023 09:00:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[夢]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
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					<description><![CDATA[4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。 過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。 私 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>4月からブログを始めて、もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。目まぐるしく流れていく中で、文章を毎日書くことは、容易ではありませんでした。</p>
<p>過去の記憶をたどりながら、時には負の感情に飲み込まれてしまうこともありました。</p>
<p><strong>私は一体、何を書きたかったのだろう。</strong></p>
<p><strong>どんなことを伝えようとしているのだろう。</strong></p>
<p><strong>そして、誰が読んでくれるのだろう。</strong></p>
<p>そんなことを考えながら過ごす日々は、楽しいというよりも<span style="color: #3366ff"><strong>不安</strong></span>の方が大きかったと思います。</p>
<p><span style="color: #000000">仕事を辞めてからというもの、疎外感を常に感じながら過ごしていました。忙しく回り続ける社会の波から外れ、永遠にも感じられる時間を潰す作業をしていく。</span></p>
<p>それが、私の生活でした。</p>
<h4><span id="toc1">うつ病と孤独</span></h4>
<p>まだ仕事を辞めたばかりの頃、文章を書くことさえもできずにうつ病という心の病と向き合っていました。</p>
<p>誰もいない部屋にただ一人きりでいる時間が、本当に怖かった。</p>
<p>無機質な空間にいるようで、狭いはずなのに果てしなく広く感じる部屋に一人きりでいることが、どうしようもなく辛かった。</p>
<p>いつか消えてなくなってしまいそうな心を、なんとか保つことで精一杯でした。</p>
<p>無駄に窓を開けて、車や飛行機が通り過ぎる音を聞きながら<strong>「社会の中に、私はいる」</strong>そう思うようにしていました。</p>
<p>風が運んでくれた季節の香りを確かめながら、自分の存在も確かめていました。</p>
<p>しかし、ふとした瞬間に孤独はやってきて、言葉で表すことが出来ないくらいの恐怖を感じる瞬間がありました。</p>
<p>誰かが私の耳元で、そっと呟くんです。</p>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「お前は、社会に属すことも出来ない無能だよ」</strong></span>と。</p>
<p>全身が震えてしまうから、両腕で体をギュッと握り、何度も感覚を確かめていました。</p>
<p>そして自問自答するのです。<span style="color: #000000"><strong>「私はやっぱり、社会に属せない人間ですか？」</strong></span>と。</p>
<p>誰かが答えてくれるわけでも、助けてくれるわけでもなく、私の言葉が頭の中で何度も再生されていく、まるで壊れた古いステレオみたいに、何度も何度も言葉は繰り返されていました。</p>
<p>たった一人の世界に取り残されているような状況は、まさに<strong>孤独</strong>そのものだったのです。</p>
<h4><span id="toc2">鎮痛剤依存</span></h4>
<p>今から4年前に、私の体はおかしくなり始めていました。朝起きると頭に激痛が走り、起き上がることさえ辛い日がありました。</p>
<p>それでも頻度は多くはなかったのですが、徐々に１週間に一度は激痛が走るようになり、３日に一度、２日に一度、そして最後は、ほぼ毎日謎の頭痛に悩まされていました。</p>
<p>朝起きて痛み止めを飲み、昼前、給食後、夕方、そして夜というペースで飲むようになっていました。</p>
<p>ひどい時には1日12錠も服用している時もありました。</p>
<p>どれだけ飲んでも治らない頭痛は、次第に体をむしばみ、食欲を失せさせていきました。食事の代わりに鎮痛剤を摂取して、ボロボロの体で仕事をしていました。</p>
<p>もう長い間、一人前のご飯さえ食べれていません。</p>
<p>そして今でも、鎮痛剤が手放せなくなっています。痛みを誤魔化すために、依存し続けた代償を背負いながら。</p>
<h4><span id="toc3">夫婦の夢を叶えるために</span></h4>
<p>うつ病の時に夫と出会っているから、夫は私の元気な姿を知りません。</p>
<p>気持ちが沈み、一言も発しない時がありました。</p>
<p>どこにもぶつけられない怒りを、夫にぶつけた時もありました。</p>
<p>体が不十分だから、まともに1日出かけられることも出来ませんでしたが、それでも<span style="color: #3366ff"><strong>「大丈夫、時間が解決してくれるから。焦らずに行こうよ！僕はこうしていられるだけで十分だから」</strong></span>と寄り添い続けてくれました。</p>
<p>夫には、想像している何十倍も辛い思いをさせてきたと思います。</p>
<p>それでも見捨てずに支え続けてくれたことに、感謝しかありません。</p>
<p>そして私がエッセイを書き続けられるのは、<span style="color: #3366ff"><strong>「君の言葉は、きっと多くの人に勇気を与えるよ」</strong></span>と言い続けてくれた夫のおかげです。</p>
<p>誰よりも近くで見てきたからこそ、夢を応援してくれているからこそ、彼の言葉が私の勇気になりました。</p>
<p><span style="color: #000000">そして私の夢は、いつしか夫婦の夢となりました。</span></p>
<p>どん底に落ちた時、文章を書くことで自分の心を整理することが出来ました。誰にも認めてもらえないと思っていたものが、文章を読んでもらい、感想を頂けたことで大きな勇気に繋がるようになっていきました。</p>
<p>社会から疎外されたと思っていた私にとって、どんなことよりも励みになったのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ気持ちの人がいるんだ、私は一人じゃないんだ」</strong></span>そう思えるきっかけでもありました。</p>
<p>エッセイを書き、ブログを始めるようになってから、今が一番、自分自身と向き合っているのかもしれません。</p>
<p>きっと私と同じように、うつ病で苦しんでいる人がいるのかもしれない。</p>
<p>もしかしたら孤独を味わい、真っ暗な場所から抜け出せなくなっている人がいるかもしれない。</p>
<p>そんな人たちに私は、伝え続けていきたいのです。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「あなたは一人じゃないよ。辛い気持ちも孤独も同じように分かるから。今は目の前にある景色が全てだと思うかもしれない。けれどいつか、霧が晴れて、明るい世界が少しずつ見えてくるようになるから。だからほんの少しだけ、私の手を握ってはもらえないだろうか。ほんの少しだけ、体に寄りかかってもらえないだろうか。そうすれば、辛い気持ちも半分になるはずだから」</strong></span>。</p>
<p>身近にいる人だけが、気持ちを分かるわけじゃないんです。</p>
<p>もしかしたら、全く別の人が理解してくれることだってあると思います。</p>
<p>同じ気持ちを味わい、苦しみを知っている人は、この世の中に沢山いるはずだから。そして、私もその一人として、同じように寄り添いたいんです。</p>
<p>苦しみも、悲しみも同じように味わってきたから。</p>
<p>そして今も、一歩を踏み出している最中なんです。</p>
<p>どれだけ時間がかかっても、どれだけ後ろを振り返っても…。</p>
<p>いつか本当の意味で、前を向いて歩ける日が来ると信じています。</p>
<p>私も、そして今このエッセイを読んでくれているあなた自身も。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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