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	<title>後ろ向き | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>感情は、いつも半分ずつ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 12:32:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[前向き]]></category>
		<category><![CDATA[弱さを認めて]]></category>
		<category><![CDATA[後ろ向き]]></category>
		<category><![CDATA[自分と向き合う]]></category>
		<category><![CDATA[２つの感情]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシはとても弱い人間です。 心の中には、半分ずつの気持ちが常に出たり入ったりを繰り返しています。 温かい気持ちの時には、困ってる人や身近な人たちに優しい人間でありたいと思い、見返りなんて求めずに、自分の意思でそうしたい [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシはとても弱い人間です。</p>
<p>心の中には、半分ずつの気持ちが常に出たり入ったりを繰り返しています。</p>
<p>温かい気持ちの時には、困ってる人や身近な人たちに優しい人間でありたいと思い、見返りなんて求めずに、自分の意思でそうしたいと思っています。</p>
<p>もう半分は、些細なことでもイライラしたり、見返りを求めたり、時には卑屈になって嫌な部分を探してしまう気持ちです。</p>
<p>その2つが入り混じっているからこそ、時には悩んで、自分の心の弱さに嘆くこともあります。</p>
<p><strong>「優しくなりたい」</strong>と簡単に言っても、とても難しくてできないことの方が多いです。</p>
<p>その度に自暴自棄になり、悩み、また嘆いてしまうのです。</p>
<h4><span id="toc1">風のように軽く、鉛のように重く</span></h4>
<p>気分が晴れやかな時は、まるで風がワタシの体を包み込むように軽く、少しだけふわりと持ち上げてくれているような感覚になります。</p>
<p>全てを前向きに捉えられるわけではないけれど、些細なことに喜びを見つけられることも、自然と感謝の気持ちが芽生えることも、息を吸うのと同じように簡単にできることがあります。</p>
<p>けれどももう一方の感情がジワジワと体を覆い尽くし始めると、軽かった体はズシンと重く、鉛のように動くことも大変になってしまうこともあります。</p>
<p><span style=""><strong>「どうしてこんなに上手くいかないんだ」</strong></span>と嘆くことがあります。</p>
<p><span style=""><strong>「どうしてワタシばっかり」</strong></span>と他人と比べて、自分の状況に文句ばかりを並べてしまうことがあります。</p>
<p>そして結局は、<strong>「ワタシなんて・・・」</strong>と自分の弱さと醜さに悲しさを覚え、そしてどんどん体が重くなっていくんです。</p>
<h4><span id="toc2">小さなことに目を向ける難しさを</span></h4>
<p>大きく変化したことに気づき、声をかけることは難しいことではありません。</p>
<p>頭の中の辞書を引っ張り出して、言葉を探していく作業もそこまで難しくはありません。</p>
<p>けれども小さな変化に気づき、そして言葉にしていくことはとても難しいと感じてしまうことばかりです。</p>
<p>風のように軽く前向きだった時には、些細な変化さえも同じように喜び、そして言葉をかけていくことができる。</p>
<p>けれども鉛のような心では、大きな変化さえも見落としてしまうことがあります。</p>
<p>それはきっと体が重すぎるがゆえに、自分の足元ばかりを見て、顔を上げることを忘れてしまうからなのかもしれません。</p>
<p>いつしか足元ばかりを見ていたら呼吸まで浅くなり、息の吸い方まで忘れてしまいそうになることだってあるのだから。</p>
<h4><span id="toc3">2つの感情のスキマから</span></h4>
<p>ワタシはとても不器用な性格だから、人間関係もあまり上手くはありません。</p>
<p>それでも周りからの印象は少し違って、<span style=""><strong>「誰とでも仲良くできて、友だちも多い人」</strong></span>と言われることの方が多くありました。</p>
<p>それはきっと、半分ずつの感情のスキマあたりにある<strong>「本心を隠して、いい人を演じてしまう」</strong>そんな悪い癖のせいだと思っています。</p>
<p>ワタシだって色々な人たちと仲良くしたいし、混じり気のない気持ちで接したい。けれども、あらゆる経験を経て気づいたことがありました。</p>
<p>どれだけ本音で話そうとしても、自分の心を出そうとしても、上手くいかないことがあることを。そして、あれだけ仲が良かった人たちでも、時間の経過とともに簡単に離れ離れになってしまうことも。</p>
<p>だからいつしか、深く関わることが怖くなってしまったのかもしれません。</p>
<p>いつか切れてしまう縁ならば、ある程度切れる覚悟で本心はそっと2つの感情に隠しながら生きていく方が賢明だと・・・。</p>
<h4><span id="toc4">不器用だから</span></h4>
<p>それでもやっぱり不器用な性格のせいで、出会った縁を信じて関わろうとしてしまうんです。</p>
<p>たくさん裏切られることもありました。</p>
<p>時には仲が良かった人たちでさえ、時間の経過と共にいなくなってしまったこともありました。</p>
<p>みんなそれぞれ感情があって、2つどころかそれ以上の気持ちの中で生きている人もいるかもしれません。</p>
<p>もしかすると、笑顔の仮面をつけてまるで違うことを考えている人もいるかもしれない。</p>
<p>もしかすると、ぶっきらぼうでも愛情に溢れている人なのかもしれない。</p>
<p>もしかすると、ワタシと同じようにただただ不器用なだけなのかもしれない。</p>
<p>人生は、あらゆる<strong>「もしかすると」</strong>の連続だったりするのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc5">半分の感情の中で</span></h4>
<p>今まで半分の感情の中の特に<strong>「負の感情」</strong>の方に嫌悪感を抱き、自分自身に嫌気がさしてしまうこともありました。</p>
<p><strong>「優しくなろう、優しくなろう、優しくならなければいけない」</strong>そう考えてしまうことが多かったのかもしれません。</p>
<p>でも無理でした。</p>
<p>ワタシも人間だから、その時々で感情に変化があれば、気持ちの浮き沈みだってある。自分の気持ちを抑えてまで、優しくなる必要はないのかもしれません。</p>
<p>そして本心で語り、自分の強さも弱さも、そして優しい部分も卑屈の部分も全てひっくるめて仲良くしてくれる人たちもいる。</p>
<p>そんな人たちに心を向けていこう、そう思えるようになりたいと思います。</p>
<p>生きている限り、自分の感情とは切っても切り離せない関係です。そして人間関係の難しさも、これからもたくさん痛感しながら、時には落ち込んだり、喜んだりもするでしょう。</p>
<p>そんな時は、自分の弱さも含めて抱きしめてあげたいと思います。</p>
<p>それができるのは他人ではなく、自分自身だけだから。</p>
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		<title>非常にワタシは、後ろむき</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 06:20:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うことで]]></category>
		<category><![CDATA[後ろ向き]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[負の感情]]></category>
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					<description><![CDATA[幼い頃は、「ワタシはなんだってできるんだ！」そう自信に満ち溢れていました。 どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。 頭の中では前向きな言葉が溢れ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left">幼い頃は、<strong>「ワタシはなんだってできるんだ！」</strong>そう自信に満ち溢れていました。</p>
<p>どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。</p>
<p>頭の中では前向きな言葉が溢れるように浮かんで、<span style="color: #ff00ff"><strong>「人生は常に楽しいことの連続なんだ」</strong></span>と確信していました。</p>
<p>けれども、今のワタシはかつてのワタシと比べると非常に後ろむきです。</p>
<p>前向きになる言葉を探してもうまく見つからず、心の中の本棚にはあらゆる後ろむきな言葉ばかりが載っている本しか見つからないのです。</p>
<p>いつから、そんなふうに臆病になってしまったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc1">繰り返す挫折は</span></h4>
<p>大人になる過程で、色々な挫折を経験しました。</p>
<p>勉強や運動から始まって、恋に仕事に、そして人間関係まで。</p>
<p>あらゆる分野で小さいものから大きいものまで、<span style="color: #0000ff; font-size: 24px"><strong>挫折</strong></span>をしました。</p>
<p>その度に、呪文みたいに言い続けてしまったのです。<strong>「ワタシは、何もできないダメなやつなんだ」</strong>と。</p>
<p>それがいつしか体にまとわりついて離れなくなり、前向きな言葉よりも先に後ろむきな言葉を並べるようになりました。</p>
<p>そしてどこかで失敗してしまった自分を、選択を間違ってしまった自分を、守るための言葉としても吐くようになったのです。</p>
<h4><span id="toc2">憧れのポジティブは</span></h4>
<p>それでも何度も練習を試みました。</p>
<p>前向きになる言葉を本やネット、時には映画から探したこともありました。<span style="color: #ff00ff">（どこかに、今の状況にあった言葉があるのかもしれない）</span>そう血眼になって探してみたんです。</p>
<p>けれども、心に響く言葉はどこにもありませんでした。</p>
<p>前向きな言葉を発している人が、とてもキラキラと光って見えました。</p>
<p>すごく楽しそうで、幸せそうで、何より人生を謳歌しているように見えました。けれども、そんな人たちになれないことを知った時、またひどく落ち込んでしまうんです。</p>
<p><strong>「どこでワタシは、間違ってしまったのだろう」</strong>そう思うしかありませんでした。</p>
<h4><span id="toc3">負の感情は悪なのか・・・</span></h4>
<p>色々考えすぎた結果、もう随分と月日は流れ、立派とは言えないけれど大人になってしまいました。</p>
<p>しかし、ふと思ったんです。</p>
<p>どうして負の感情を抱くことが、全て悪だと感じているのだろうか。</p>
<p>前向きな言葉を吐いている人の全てが、本当に幸せなんだろうか。</p>
<p>そんなことを考えるようになりました。</p>
<p>その答えは、いまだにわかりません。</p>
<p>ただ、ある時から負の感情に蓋を閉めることをやめました。これはきっと、自分の気持ちを守るために、そして、自分自身を肯定するためにも大切な感情なんだということに気づいたからです。</p>
<h4><span id="toc4">悲しみの上に優しさが芽生える</span></h4>
<p>ワタシは今まであらゆる感情を経験しました。その多くが負の感情です。</p>
<p>ただその感情を体験したからこそ、そしてどん底まで悲しさを味わってきたからこそ、同じような気持ちの人に出会えば、ほんの少しでも痛みを分かち合うことができます。</p>
<p>それは心の痛みを知っているからなんです。</p>
<p>目には見えない傷の深さも知っているからです。</p>
<p>もしも挫折や悲しみ、そして怒りさえも感じずに生きていたら、自分のことしか見えていない人間になっていたかもしれません。</p>
<p>多くのことを学ぶ中には、必ず負の感情も学ぶ機会がある。それは決して悪いことではなく、誰かに寄り添う大切さを学ぶチャンスであり、心の傷口に絆創膏を貼る方法を学ぶ機会でもあると思うんです。</p>
<p>だから今では、負の感情は決して悪いものではないと思っています。</p>
<h4><span id="toc5">誰かになろうとしないで</span></h4>
<p>過去を振り返ると、常に心の中には<strong>「羨ましい」</strong>という感情があったかもしれません。自分にないものを持っている人を羨んで、その度に<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてワタシは・・・</strong></span>」と見えない刃物を自分自身に突きつけ、時には自らを傷つけることもありました。</p>
<p>ふとした瞬間に芽生える感情に抗うことはできませんが、それでも考えて考えた先に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「ワタシにしかできないことは、なんだろう。彼らにはなくて、自分だけにあるものはなんだろう」</strong></span>そう考えられるようになりました。</p>
<p>それはきっと、負の感情と長い間向き合ってきたからだと思うんです。</p>
<p>誰だって悲観的になることもあれば、誰かと比べて自暴自棄になることだってある。時には、漠然とした不安に押しつぶされそうになることもあるかもしれません。</p>
<p>そんな時、ワタシはあえてその気持ちを口に出して、向き合うことにしました。</p>
<p>誰かになろうとしている自分と向き合い、本当の自分を見つけ出せるまで。</p>
<h4><span id="toc6">弱音を吐いたって</span></h4>
<p>ワタシはどんな弱音も吐いていいと思っています。無理やりポジティブにならなくてもいいとも思っています。</p>
<p>ただ、その感情を誰かにぶつけ、負の感情に巻き込むことだけは、やってはいけないと思ってるんです。</p>
<p><strong>「ワタシはこんなに辛いから、あなたもこの気持ちをわかってよ！」</strong>そう思いだしたら、負の感情はあっという間にエゴへと変化してしまうから。</p>
<p>負の感情を出す時には、本当に信頼している人に弱音を吐き出してみることで新たな風が入り、凝り固まった考えが少しずつほぐされていくような気がするんです。</p>
<p><strong>「自分は今こんな気持ちなんだ」</strong>とか<strong>「どうしていいかが、わからないんだ」</strong>そうやって素直な感情を出してみると、きっと色々な答えが返ってくるはずだから。</p>
<p>その答えを聞き、もう一度自分に問いかけたとき、本当の意味で心の中を知ることができるかもしれません。</p>
<p>そしてワタシ自身無理に自分を偽らず、ありのままの弱さごと愛してあげられる人になりたいと、ようやく思えるようになったのです。</p>
<p>負の感情は、心の叫びを知らせるサインだと思って。</p>
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