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	<title>心遣い | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>プチハッピー</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jan 2025 11:00:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エコバッグ]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[温かい飲み物を]]></category>
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					<description><![CDATA[つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。 とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。 些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このこ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。</p>
<p>とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。</p>
<p>些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このことを書くほどとても嬉しい出来事となりました。</p>
<h4><span id="toc1">出会いのコンビニ</span></h4>
<p>その日ワタシは、コンビニにある喫煙所でタバコを吸おうとしていました。</p>
<p>友だちと会うまでに少し時間もあったので、一服しながら時間を潰そうと思っていました。</p>
<p>この日はいつも以上に寒く、凍える手でライターに火をつけて、空に舞い上がる煙を眺めながら、忙しなく行き交う車たちを見ていました。</p>
<p>いつも以上にゆったりとした時間が流れているような気持ちになっていると、一台の車が駐車場に入ってきました。</p>
<p>すると一人の男性が慌ただしく車から降りてきた時、足には黒いエコバッグがまとわりついていたのです。</p>
<p>その姿を呆然と（エコバッグどうなるんだろう）なんて考えながらその行く末を見ていると、男性は気づかずにそのままエコバッグを引きずってコンビニに入ろうとしていました。</p>
<h4><span id="toc2">無意識に声をかけ</span></h4>
<p>男性の足からスルリと落ちたエコバッグを拾い、勢いで男性に声をかけていました。</p>
<p><strong>「すみません。エコバッグ落としましたよ！」</strong></p>
<p>そう声をかけると、男性は一瞬驚いた顔をして<strong>「あっ。ありがとうね」</strong>と片手ではなく両方の手を添えてエコバッグを受け取ってくれました。</p>
<p>その対応になんだかワタシも嬉しくなって、男性に対してニコッと会釈を返しました。</p>
<p>そのやり取りが嬉しくて、なんだか心がほっこりした気分になりながら、再びタバコを吸い始めたのです。</p>
<h4><span id="toc3">心遣いは突然に</span></h4>
<p>タバコも吸い終わろうとしている時、さっきの男性がコンビニから出てきてワタシの方へと向かって歩いてきました。</p>
<p>（なんだろう？）と思っていると、持っていたレジ袋からおもむろに飲み物を取り出して<strong>「ありがとうね。これ」</strong>と渡してくれたのです。</p>
<p>咄嗟のことでワタシは驚いて<strong>「そんな！！いいのに！！」</strong>と焦ったような嬉しいような気持ちになりながら断ろうとすると、男性は<strong>「いいから！ありがとう。助かったよ」</strong>と言って、そのまま車に乗り込んで去っていきました。</p>
<p>渡された飲み物は温かく、一瞬の光景だったけれど嬉しい気持ちになって、もらったペットボトルをキュッと抱き抱えながら横断歩道を気持ちスキップめで渡りました。</p>
<h4><span id="toc4">心遣いに・・・</span></h4>
<p>生きていると、こういった出来事にはたまに出会ったりしますが、そんな時に<strong>「見返りをもらうぞ！」</strong>なんて気持ちを抱いたこともなければ、相手から<strong>「ありがとう」</strong>と言われるだけでも純粋に<strong>「無事に渡せてよかったな」</strong>と思うのですが、それでもこうして予期せぬ心遣いをいただいた時、心がこそばゆいような、嬉しいような、照れくさいような、じんわりと心がポカポカ温かくなるような気持ちになるんだなと感じました。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、人の温かさを感じるきっかけになるとは正直思ってもいませんでした。</p>
<p>本当に純粋にその気持ちが、その心遣いが嬉しくもありました。</p>
<p>そして横断歩道を渡りながら<strong>「寂しい時代になったとは言われるけど、そんなこともないんだな。日本も捨てたもんじゃないんだな」</strong>なんて思いながら、ルンルンで渡ったのです。</p>
<h4><span id="toc5">大切な気持ちは忘れずに</span></h4>
<p>幼い頃から両親から、<strong>「目の前に困った人がいたら、助けられる人でいなさい。その行いは、人生貯金となって、自分自身に返ってくるから」</strong>と教えられてきました。</p>
<p>だから目の前でモノが落ちたり、道に迷っていたり、何かしら困っている人がいるとついつい声をかけて、口を出してしまうのがもう昔から染み付いているのかもしれません。</p>
<p><strong>「おせっかいなのかな」</strong>と疑問に思った時期もありましたが、今回の出来事をきっかけに<strong>「やっぱりやっていることは間違ってなかったんだな」</strong>と再確認できたのです。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、ワタシの心に大きな幸福と学びを与えてくれるきっかけとなりました。</p>
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		<title>気遣いと心遣い</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 12:00:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[気遣い]]></category>
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					<description><![CDATA[「気を遣ってくれて、ありがとう」そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。 何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。 そして夫にも、「いつも [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #008000;"><strong>「気を遣ってくれて、ありがとう」</strong></span>そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。</p>
<p>何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。</p>
<p>そして夫にも、<span style="color: #3366ff;"><strong>「いつも気を遣ってくれて、ありがとうね」</strong></span>と言われたので、ワタシは初めてこう答えたんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣ったわけじゃないよ。これはワタシなりの心遣いなんだ」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉だけを聞いた時には、夫は不思議そうな顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そっか、心遣いか」</strong></span>と、ワタシの言葉の意味を探そうとしていました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣っていることは、必要以上に顔色をうかがって、相手に忖度をしながらすることだと思うんだ。でもね、大切な人に喜んでもらいたい、こうしてあげたいなって心から思えて自然に行動することは、気を遣うことじゃないんだよ」</strong></span>そう伝えた時、夫は驚いた顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そうだったんだ。とても素敵な言葉だね」</strong></span>と言ってくれました。</p>
<p>けれどもその言葉を導き出すには、随分と時間と心を使ってきたんです。</p>
<p>自分の気持ちを隠して、相手のことだけを考えるように生きてきたワタシの生き方は、まさに気を遣う人生でした。</p>
<h4><span id="toc1">喜んでくれるなら</span></h4>
<p>幼少期から相手が喜ぶことが一体なんなのかを、自然と身につけていました。</p>
<p>それは言葉を重ねた時の表情だったり、態度だったり、何を言えば機嫌が良くなって、何をすると不機嫌になるのかを肌で感じ過ぎていたからだと思います。</p>
<p>同級生の友人はいないけれど、それでも小さな社会の中で生活するには、ある程度の忖度も覚えなければいけません。</p>
<p>カーストというものがあるせいで、その人たちには言いたいことも言えないし、言ったら最後いじめの標的になってしまう。</p>
<p>きっと生きていくために身につけた技のように、顔色をうかがい、気を遣うことを覚えていきました。</p>
<p>気を遣えばつかうほど、相手はワタシに危害を加えなくなり、時には優しくしてくれることもありました。</p>
<p>そうやって一つひとつ、試しながら気を遣うことが癖のようになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">忖度へと移り変わり</span></h4>
<p>大人になれば社会に出て、色々な人たちと関わらなくてはいけなくなりました。</p>
<p>もちろん、ほとんどの人は優しい顔をして自分のことしか考えていない人ばかりでした。</p>
<p>そして当たり前のように空気を読んで、当たり前のように感情を読み取らなければいけませんでした。</p>
<p>朝から機嫌が悪い人がいれば気を遣い、思い通りに行かずにイライラしている人にも気を遣い、常に周りを見て、感情と表情を読み取って仕事をしなければいけませんでした。</p>
<p>心の底から<span style="color: #ff00ff;"><strong>「喜んでくれたら嬉しいな」なんて思うことはなく、「今日もどうか、怒られませんように」</strong></span>そんなくだらないことのために、自分自身の気持ちを犠牲にしながら忖度をし続けていました。</p>
<p>けれども結局は、全て無駄だったんです。</p>
<p>自分の機嫌を自分で取らない人たちは、全ての責任を相手に押し付けることで、優越感を感じ、自分の存在価値を確認する。その作業がしたくて、無意味に負の感情をむき出しにすることを、年齢を重ねるにつれて理解していきました。</p>
<p>そしてその行動に対して、誰かが<span style="color: #ff00ff;"><strong><span style="color: #ff0000;">「間違っている」</span></strong></span>と声を上げることは決してありません。</p>
<p>誰もが気を遣う場にいたら、考え方も思考回路も麻痺してしまっていたのです。</p>
<p>そうやってワタシは、いつまでも気を遣うことをし続けていました。</p>
<h4><span id="toc3">仕事を辞めて、得たものは</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、忖度をする相手もいなければ、気を遣う人間もいなくなりました。</p>
<p>今までは常に肩に力が入り、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「何かしら行動しなくては」</strong></span>と身構えていたけれど、そんな敵も、もういません。</p>
<p>すると少しずつ穏やかになっていく心にも変化があり、今目の前にいる人の力になれることがあるかを探すようになっていきました。</p>
<p>とは言ってもお金もない、体力もない状態でできることは限られています。</p>
<p>だから目の前にいる人が喜ぶことを想像して、小さなことでもやってみようと考えるようになりました。</p>
<p>一番身近にいる人といえば、夫だったり、友人だったり、私たちの家族だったり。</p>
<p>そんな人たちの顔を浮かべながら、喜ぶ表情を思い描いて、自分にできることを少しずつやってみることにしました。</p>
<p>すると今まで感じていた気持ちとはまるで違う感情が、芽生え始めていきました。</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>「ありがとう」</strong></span>その言葉を聞けるだけで気持ちは軽やかになり、表情も穏やかになっていく。</p>
<p>他の人からしたら当たり前にできていることでも、ワタシにとってはかなり労力を要するものもありました。</p>
<p>それでも嬉しそうな顔をしてくれたら、心の底から涙が溢れてしまうくらい、ワタシ自身も幸せな気持ちに満ち溢れていくようになったのです。</p>
<p>その時に初めて思いました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「そうか、今までは気を遣っていたけれど、これはきっと、気ではなく、心を遣っているんだな」</strong></span>と。</p>
<h4><span id="toc4">心遣いを日頃から</span></h4>
<p>とても簡単なことでも、相手のことを思い、そして喜ぶ顔を浮かべるだけで気持ちは随分と変わります。</p>
<p>それでも長年染み付いてしまった気を遣う性格は、中々変わるものではなく、いまだに抜けないことの方が多いです。</p>
<p>それでも、たまにふとした瞬間に心遣いをすることで、大切な笑顔を見ることができることに、ようやく幸せを見出せるようになってきました。</p>
<p>単なる言葉かもしれないけれど、ワタシは随分とこの言葉に救われたような気がします。</p>
<p>これからの人生を、気を遣って過ごすのではなく、心を遣い過ごしていきたいから。</p>
<p>きっと皆さんならもう、すでに気づいているかもしれません。</p>
<p>気遣いではなく、心遣いの本質を。</p>
<p>そしてその効果を・・・。</p>
<p>大切な人の顔を浮かべながら、今日もワタシはほんの少しだけ心遣いをしていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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