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	<title>心 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>心 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>パニック障害を知る</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 27 Apr 2024 05:00:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[不安]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添い]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[恐怖]]></category>
		<category><![CDATA[慢性上咽頭炎]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシのパートナーであるましゅぴは、コロナの後遺症で慢性上咽頭炎というあまり聞き馴染みのない病気と闘っています。 そして、その病気の二次障害の一つとしてパニック障害も発症してしまいました。 付き合っている頃は健康そのもの [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシのパートナーであるましゅぴは、コロナの後遺症で慢性上咽頭炎というあまり聞き馴染みのない病気と闘っています。</p>
<p>そして、その病気の二次障害の一つとしてパニック障害も発症してしまいました。</p>
<p>付き合っている頃は健康そのものであり、むしろワタシの方が病気がちでいつも薬が手放せない状況でした。</p>
<p>しかし二人ともが同時期にコロナに感染し、彼自身が後遺症に悩まされるようになってから、お互いに薬が手放せない生活へと変化していきました。</p>
<p>常に朝、昼、晩の漢方薬を常備し、食事の前にワタシは頭痛を和らげる薬を、彼は慢性錠咽頭炎とパニック障害を和らげる薬を飲む生活をしているのです。</p>
<h4><span id="toc1">辛さがわからなくて</span></h4>
<p>頭痛がほとんどない人に、片頭痛の辛さを話しても心配はしてくれるけれど、本当の辛さまでは理解されることはきっと難しいとも思います。</p>
<p>一番わかりやすい例で言うと、血祭り（生理）が典型的な例かもしれません。</p>
<p>女性特有のあの痛みと辛さは、男性にいくら説明しても全てを理解してもらうことはとても難しいと思います。</p>
<p>それは経験したことがなく、本当の辛さを体験することもできないからなのです。</p>
<p>どれだけ理解しようとしても、完璧には理解をし寄り添うことはどれだけ素晴らしい人でも難しいことだと思います。</p>
<p>そしてワタシにとって、パニック障害は<span style=""><strong>「理解してあげたいけど、完璧に理解できな病気」</strong></span>の一つだったのです。</p>
<h4><span id="toc2">乗り物酔いから始まって</span></h4>
<p>初めて彼がパニック障害を発症した時は、車の中でした。</p>
<p>友人たちと4人で乗り慣れていない車に乗った時、彼は不安そうな表情を浮かべていました。すると顔色はどんどん青ざめていき、今にも嘔吐しそうなくらい限界を迎えている様子だったのです。</p>
<p>ただその時は、乗り慣れていない車であり、さらに山道を走っていたことから<span style="">（きっと酔ってしまったのだろう）</span>くらいにしか考えていませんでした。</p>
<p>しかし、それ以降ワタシの車に乗るときにも不安な表情を浮かべ、ときには顔色までもが悪くなっていきました。</p>
<p>少しだけ震える手に、滲み出る汗、いつもと様子がおかしいことは明らかだったのです。</p>
<p>ただその原因が何かは全くわかりませんでした。<span style=""><strong>「もしかすると、乗り物に酔いやすくなったのかな？」</strong></span>程度にしか、ワタシも彼も思いませんでした。</p>
<h4><span id="toc3">続く症状に</span></h4>
<p>ただそれ以降、ことあるごとに息苦しさを訴え、ときには不安な表情を浮かべる彼の姿は、今までとはまるで違っていたんです。</p>
<p>あるとき、ワタシが精神を安定させる漢方を飲んでいることを知った彼は、同じ病院の先生のところで受診をしてみたいと言いました。</p>
<p>そこで病院に行ってみると、<span style=""><strong>「コロナの後遺症で慢性上咽頭炎になってるね。脳に近いところだから、パニック障害も引き起こしやすいんだよ」</strong></span>と言われたのです。</p>
<p>ここで初めて、彼は乗り物酔いになっているのではなく、パニック障害になってしまったことを知りました。</p>
<p>パニック障害という名前は知っていたけれど、実際はどのように苦しくて、どのような状態になってしまうのかが、私たちはまだ理解できていなかったのです。</p>
<p>ただ突然現れる恐怖心が密閉された空間で<span style=""><strong>「死」</strong></span>さえもよぎらせてくること。そしてどんどん呼吸は浅くなり、窒息してしまうのではないかという不安に駆られることを後に知ることになります。</p>
<h4><span id="toc4">擬似体験を経て</span></h4>
<p>慢性上咽頭炎と言われてから、彼は毎週Bスポット治療という痛みを伴う治療を続けています。</p>
<p>一方ワタシは、彼の病気のことを知っても全てを理解することはできずに、あまり寄り添うことができませんでした。</p>
<p>ときには、ワタシ自身も頭痛がひどい時があると、彼がパニックを起こしそうになったときに対応できず、蔑ろにしてしまうこともあったんです。</p>
<p>名前は知っていても相手がどんな思いで、どのように辛いかを理解することができなかったと思います。</p>
<p>しかし、つい最近ワタシは、夢でパニック障害を擬似体験したことがありました。</p>
<p>とても不思議な夢ではあったけれど、地上にいるのにどんどん息は上がり、苦しくなっていく不安。陸の上で溺れそうになる感覚と恐怖心が一気に押し寄せて、今にも「死」を覚悟しそうになる程の緊張感に、冷や汗が出てしまうほどのリアルな夢でした。</p>
<p>近くに人がいるはずなのに助けを求められず、少しずつ周りも歪んで見えて来るような感覚すらしたんです。</p>
<p>その時の孤独感と言ったら、言葉で表せないほどでした。</p>
<p>夢から覚めた時、初めて気づいたんです。<span style=""><strong>「ましゅぴは、これをリアルな世界で体験していたのか」</strong></span>ということを。</p>
<h4><span id="toc5">初めて辛さを知れた時</span></h4>
<p>夢を見終わった後、ワタシはすぐさま彼に連絡を入れました。</p>
<p>自分が夢で体験したことを、鮮明な記憶のうちに話しておきたかったんです。</p>
<p>どれだけ辛い状況で、どれだけ不安で孤独感に押しつぶされそうになっている状態かを伝えました。</p>
<p>今までのワタシの行動は、あまり褒められたものではありません。<strong>「知らないから。わからないから」</strong>そう言って、理解する気持ちがなかったのかもしれません。</p>
<p>夢ではあるけれど実際に体験した今、これからの彼への関わり方を大きく変えていこうと改めて考え直したんです。</p>
<p>そしてどうすればいいのかも彼と話しながら、これからは彼がパニックを起こしたときには、実践していこう思います。</p>
<p>自分が体験したことのないものや、知らないことについて理解を深めることは、決して簡単ではないと思います。</p>
<p>ただ、寄り添おうとする姿勢を見せて、相手がどのような状況で何に苦しんでいるかを聞くことはできる。だからこそ話し合いを重ね、少しでも不安を取り除くことが大切だと思うのです。</p>
<p>目には見えない病気と一人で闘うよりも、<span style=""><strong>「あなたのそばには、理解しようとしている人がいるんだよ」</strong></span>そう言ってくれる人が隣にいることは、どんな薬よりも安心材料となることがあるのだと知れた今だからこそ。</p>
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		<title>心の余白</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Apr 2024 13:23:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[余白]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[忙しさ]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[言葉]]></category>
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					<description><![CDATA[最近ワタシはふと、心の余白が足りなくなっていることに気づき始めています。 忙しく流れていく社会の波に揉まれていると、気がつかないうちに余裕がなくなってしまうのです。 心に余裕があった頃は、小さなことでも笑えていたし、些細 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>最近ワタシはふと、心の余白が足りなくなっていることに気づき始めています。</p>
<p>忙しく流れていく社会の波に揉まれていると、気がつかないうちに余裕がなくなってしまうのです。</p>
<p>心に余裕があった頃は、小さなことでも笑えていたし、些細な出来事にも喜びを見出せていました。</p>
<p>ちょっとしたことに<strong>「ありがとう」</strong>と言葉で伝え、そして感謝の気持ちを持てた自分を褒めることができました。</p>
<p>けれども忙しすぎると、目の前に転がっている当たり前で簡単なことにさえ、気づけなくなってしまうんです。</p>
<h4><span id="toc1">口から吐かれる言葉たち</span></h4>
<p>心の余白が足りなくなると、言葉として現れてしまうことがありました。</p>
<p>嬉しい気持ちを伝えられていた時は、声に出し、そのまま耳の中まで入り込んでくれました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「あぁ、今ワタシには余裕があるんだなぁ。誰かのことを思い浮かべて、時には感謝をして、そして心が温かくなっていくことを感じられているんだ」</strong></span>そう思えました。</p>
<p>けれども、余白が埋まっていくにつれて吐かれた言葉はどんどん暗くなっていきました。</p>
<p>愚痴をこぼし、できないことに苛立ちを感じて、何かにつけて<strong>「でも」「だって」</strong>と言い訳がましくなっていきました。</p>
<p>言っている時は、一時的ではあるけれど感情が満たされてスッキリするんです。</p>
<p>でも時間が経つにつれて少しずつ心が重く、そして余白が足りなくなっていく感覚に襲われました。</p>
<p>そして反省をするんです。</p>
<p><strong>「どうしてあんなことを、言ってしまったんだろう」</strong>って。</p>
<h4><span id="toc2">悪いところが目について</span></h4>
<p>負の感情が強く出てしまうと、すぐに心は持っていかれるんです。</p>
<p>だから余計に、言葉として出てくるものは決して褒められるものばかりではありませんでした。</p>
<p>自分自身の嫌な部分から目を逸らし、できないことを嘆いて、その矛先が周りに向いてしまう時さえもあったのです。</p>
<p>どうにかして止めたい気持ちと、どうしようもできない気持ちとの間で葛藤して、どんどん心も、視野も狭くなっていきました。</p>
<p>自分の心と向き合おうとせずに、誰かの悪いところに目を向けて、その場限りの安心感に逃げていたのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc3">環境に左右されて</span></h4>
<p>心ではどうしようもできなかった時、ワタシが唯一できたことは環境を変えることでした。</p>
<p>前向きな言葉を自然と言える人たちと会い、忙しく回り続ける場所から離れる決断をしました。</p>
<p>ただ離れたからと言って、そう簡単に今までのクセが抜けることはなく、数年の時間をかけて自分の心の叫びを受け止め、負の感情と向き合うことを選びました。</p>
<p>自分ではどうしようもできない時には、心の余白を確保できている人に話を聞いてもらい、そして寄り添ってもらった時もあります。</p>
<p>今一番かけて欲しい言葉を必死で伝え、そして何度も何度も声に出して伝えてもらいました。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「大丈夫だよ。あなたは一人じゃないから。抱え込まず、一人で悩まず、甘えることも大切なんだよ」</strong></span>と言い続けてもらいました。</p>
<h4><span id="toc4">五感で感じて</span></h4>
<p>数年の時間をかけて、少しずつワタシの心には余白ができているような気がします。けれども、染み付いてしまった負の言葉を吐くクセは、そう簡単に直ることはありませんでした。</p>
<p>一杯一杯になりそうになった時には、大きく深呼吸をしました。</p>
<p>他人を羨ましく思ってしまった時には、ほんの少しの間、関わりを持つことをやめて、自分だけの時間を作りました。</p>
<p>美味しいものを食べたり、友人と会ったり、時には少しだけ買い物に出かけることもありました。</p>
<p>嬉しかった時には<span style="color: #ff00ff"><strong>「嬉しい」</strong></span>と言葉にするようにしました。</p>
<p>楽しかった時には、<span style="color: #ff00ff"><strong>「ありがとう、あなたのおかげで楽しい気持ちになったよ</strong></span>」と言葉で伝えるようにしました。</p>
<p>悲しい感情が芽生えてしまった時には、気が済むまで泣きました。</p>
<p>怒りが沸々と湧き上がってきた時には、原因を探ってみることにしました。</p>
<h4><span id="toc5">言葉に責任を持ちながら</span></h4>
<p><span style="color: #ff0000"><strong>「責任」</strong></span>という言葉は、色々な場面で使われているけれど、いざ自分にその言葉がかけられると、<strong>「頑張らないと！しっかりしないと！」</strong>なんて肩に力が入ってしまう気がしていました。</p>
<p>ただ自分の今まで吐いてきた言葉たちは、巡り巡って自分の元へ返ってくることを知りました。</p>
<p>それはどんな言葉でもです。</p>
<p>嬉しい言葉も悲しい言葉も、時には乱暴な言葉でさえも自分に返ってきました。</p>
<p>そして呪文のように繰り返された言葉たちは鼓膜を通り、しっかりと心に刻まれていくのです。</p>
<p>だからこそ、言葉にだけはせめて責任を持たなければいけないと思うようになりました。</p>
<h4><span id="toc6">余白を作って</span></h4>
<p>文章と違って一度吐かれた言葉は、取り返すことも時間を巻き戻して無かったことにすることも不可能です。</p>
<p>そして、その言葉を一番近くで聞いているのは自分自身なのです。</p>
<p>心に余白がある時に誰かに優しくできるのは、簡単なことかもしれません。</p>
<p>けれども心に余白がなくなった途端に、優しさを持つことが難しくなってしまいます。</p>
<p>そんな時だからこそ大きく息を吸い込んで、自分の言葉に耳を傾けながら正しい言葉を贈ることが余白を作るコツなのかもしれません。</p>
<p>ほんの少しの想像力を働かせて、そこにちょっとだけ思いやりをのせるだけでいい。</p>
<p>ただ忘れないで欲しいんです。</p>
<p>大変な時こそ、かけてもらった言葉はどれだけ時間をかけても忘れることはありません。</p>
<p>忙しく回り続ける社会にいるからこそ、心の余白を持ちながら生きていきたいと思うんです。</p>
<p>いつか同じように悩んでいる人に出会った時、ワタシの余白をお裾分けしたいから。</p>
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		<title>非常にワタシは、後ろむき</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 06:20:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うことで]]></category>
		<category><![CDATA[後ろ向き]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[負の感情]]></category>
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					<description><![CDATA[幼い頃は、「ワタシはなんだってできるんだ！」そう自信に満ち溢れていました。 どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。 頭の中では前向きな言葉が溢れ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left">幼い頃は、<strong>「ワタシはなんだってできるんだ！」</strong>そう自信に満ち溢れていました。</p>
<p>どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。</p>
<p>頭の中では前向きな言葉が溢れるように浮かんで、<span style="color: #ff00ff"><strong>「人生は常に楽しいことの連続なんだ」</strong></span>と確信していました。</p>
<p>けれども、今のワタシはかつてのワタシと比べると非常に後ろむきです。</p>
<p>前向きになる言葉を探してもうまく見つからず、心の中の本棚にはあらゆる後ろむきな言葉ばかりが載っている本しか見つからないのです。</p>
<p>いつから、そんなふうに臆病になってしまったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc1">繰り返す挫折は</span></h4>
<p>大人になる過程で、色々な挫折を経験しました。</p>
<p>勉強や運動から始まって、恋に仕事に、そして人間関係まで。</p>
<p>あらゆる分野で小さいものから大きいものまで、<span style="color: #0000ff; font-size: 24px"><strong>挫折</strong></span>をしました。</p>
<p>その度に、呪文みたいに言い続けてしまったのです。<strong>「ワタシは、何もできないダメなやつなんだ」</strong>と。</p>
<p>それがいつしか体にまとわりついて離れなくなり、前向きな言葉よりも先に後ろむきな言葉を並べるようになりました。</p>
<p>そしてどこかで失敗してしまった自分を、選択を間違ってしまった自分を、守るための言葉としても吐くようになったのです。</p>
<h4><span id="toc2">憧れのポジティブは</span></h4>
<p>それでも何度も練習を試みました。</p>
<p>前向きになる言葉を本やネット、時には映画から探したこともありました。<span style="color: #ff00ff">（どこかに、今の状況にあった言葉があるのかもしれない）</span>そう血眼になって探してみたんです。</p>
<p>けれども、心に響く言葉はどこにもありませんでした。</p>
<p>前向きな言葉を発している人が、とてもキラキラと光って見えました。</p>
<p>すごく楽しそうで、幸せそうで、何より人生を謳歌しているように見えました。けれども、そんな人たちになれないことを知った時、またひどく落ち込んでしまうんです。</p>
<p><strong>「どこでワタシは、間違ってしまったのだろう」</strong>そう思うしかありませんでした。</p>
<h4><span id="toc3">負の感情は悪なのか・・・</span></h4>
<p>色々考えすぎた結果、もう随分と月日は流れ、立派とは言えないけれど大人になってしまいました。</p>
<p>しかし、ふと思ったんです。</p>
<p>どうして負の感情を抱くことが、全て悪だと感じているのだろうか。</p>
<p>前向きな言葉を吐いている人の全てが、本当に幸せなんだろうか。</p>
<p>そんなことを考えるようになりました。</p>
<p>その答えは、いまだにわかりません。</p>
<p>ただ、ある時から負の感情に蓋を閉めることをやめました。これはきっと、自分の気持ちを守るために、そして、自分自身を肯定するためにも大切な感情なんだということに気づいたからです。</p>
<h4><span id="toc4">悲しみの上に優しさが芽生える</span></h4>
<p>ワタシは今まであらゆる感情を経験しました。その多くが負の感情です。</p>
<p>ただその感情を体験したからこそ、そしてどん底まで悲しさを味わってきたからこそ、同じような気持ちの人に出会えば、ほんの少しでも痛みを分かち合うことができます。</p>
<p>それは心の痛みを知っているからなんです。</p>
<p>目には見えない傷の深さも知っているからです。</p>
<p>もしも挫折や悲しみ、そして怒りさえも感じずに生きていたら、自分のことしか見えていない人間になっていたかもしれません。</p>
<p>多くのことを学ぶ中には、必ず負の感情も学ぶ機会がある。それは決して悪いことではなく、誰かに寄り添う大切さを学ぶチャンスであり、心の傷口に絆創膏を貼る方法を学ぶ機会でもあると思うんです。</p>
<p>だから今では、負の感情は決して悪いものではないと思っています。</p>
<h4><span id="toc5">誰かになろうとしないで</span></h4>
<p>過去を振り返ると、常に心の中には<strong>「羨ましい」</strong>という感情があったかもしれません。自分にないものを持っている人を羨んで、その度に<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてワタシは・・・</strong></span>」と見えない刃物を自分自身に突きつけ、時には自らを傷つけることもありました。</p>
<p>ふとした瞬間に芽生える感情に抗うことはできませんが、それでも考えて考えた先に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「ワタシにしかできないことは、なんだろう。彼らにはなくて、自分だけにあるものはなんだろう」</strong></span>そう考えられるようになりました。</p>
<p>それはきっと、負の感情と長い間向き合ってきたからだと思うんです。</p>
<p>誰だって悲観的になることもあれば、誰かと比べて自暴自棄になることだってある。時には、漠然とした不安に押しつぶされそうになることもあるかもしれません。</p>
<p>そんな時、ワタシはあえてその気持ちを口に出して、向き合うことにしました。</p>
<p>誰かになろうとしている自分と向き合い、本当の自分を見つけ出せるまで。</p>
<h4><span id="toc6">弱音を吐いたって</span></h4>
<p>ワタシはどんな弱音も吐いていいと思っています。無理やりポジティブにならなくてもいいとも思っています。</p>
<p>ただ、その感情を誰かにぶつけ、負の感情に巻き込むことだけは、やってはいけないと思ってるんです。</p>
<p><strong>「ワタシはこんなに辛いから、あなたもこの気持ちをわかってよ！」</strong>そう思いだしたら、負の感情はあっという間にエゴへと変化してしまうから。</p>
<p>負の感情を出す時には、本当に信頼している人に弱音を吐き出してみることで新たな風が入り、凝り固まった考えが少しずつほぐされていくような気がするんです。</p>
<p><strong>「自分は今こんな気持ちなんだ」</strong>とか<strong>「どうしていいかが、わからないんだ」</strong>そうやって素直な感情を出してみると、きっと色々な答えが返ってくるはずだから。</p>
<p>その答えを聞き、もう一度自分に問いかけたとき、本当の意味で心の中を知ることができるかもしれません。</p>
<p>そしてワタシ自身無理に自分を偽らず、ありのままの弱さごと愛してあげられる人になりたいと、ようやく思えるようになったのです。</p>
<p>負の感情は、心の叫びを知らせるサインだと思って。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>自信の花が咲くように、水をあげて</title>
		<link>https://orientalnagon.com/kokoronohana/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Feb 2024 15:55:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[感]]></category>
		<category><![CDATA[自信を持つ]]></category>
		<category><![CDATA[色んな人に支えられて]]></category>
		<category><![CDATA[認めること]]></category>
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					<description><![CDATA[少し前までのワタシには、自信がありませんでした。 初めてのことに妙に緊張したり、合っているはずの行動でさえも間違っている気がしてならなかったり。 自信を持ってやればいいことを過度に不安になって、考えすぎて、時に自分自身を [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>少し前までのワタシには、自信がありませんでした。</p>
<p>初めてのことに妙に緊張したり、合っているはずの行動でさえも間違っている気がしてならなかったり。</p>
<p>自信を持ってやればいいことを過度に不安になって、考えすぎて、時に自分自身を追い込むような形で<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてこんなこともできないんだろう。やっぱりワタシはダメなんだ」</strong></span>と否定的な言葉ばかりを浴びせていたような気がします。</p>
<p>たまに誰かから<span style="color: #339966"><strong>「すごいよね」</strong></span>とか<span style="color: #ff6600"><strong>「あなたは間違っていないよ」</strong></span>そう言ってもらえたとしても、どこかで<span style="color: #ff00ff"><strong>（気を遣わせちゃってるのかな）</strong></span>とか<span style="color: #ff00ff"><strong>（褒められても、きっと心の奥では・・・）</strong></span>と思うことがほとんどでした。</p>
<p>今思うと、とても生きづらい考え方のまま大人になってしまったような気がするのです。</p>
<p>自分自身を追い込み、常に緊張の糸を切らさないようにと。</p>
<h4><span id="toc1">より強めていく考えは</span></h4>
<p>保育士をしていた頃は、特にそんな気持ちが溢れ続けていたような気がします。保護者の方や、子どもたちに嬉しい言葉をもらっても、職場の人たちには別の視点で見られることが多かったんです。</p>
<p>どれだけ頑張っていても認められなかったり、さらに上のことを求められて出来ないと責められることもありました。</p>
<p>頑張ったことは認めてもらえず、出来ないことはとことん追及される。</p>
<p>すると自然とある感情が芽生えてしまうんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「やっぱり、ワタシは何も出来ない。こんなこともできないなんて、ダメなヤツなんだ」</strong></span>と。</p>
<p>そう思い始めると、仕事以外のことに対しても不安が募るようになっていきました。誰かと比較することが当たり前になり、ないものねだりばかりをして、常に卑下するようになってしまったのです。</p>
<p>もしも、自分が誇りを持ってやっていることで認めてもらっていたら、考え方も出てくる言葉も違っていたかもしれません。</p>
<p>そうやって徐々に自信という名の蕾を摘んでしまい、心の中は緑が全くない更地のような場所へと大きく変わっていきました。</p>
<h4><span id="toc2">心にタネを蒔きながら</span></h4>
<p>しかし、仕事を辞めてからワタシは保育士以外で夢を持つようになりました。</p>
<p>たまに出てくるネガティブさんとも相談しながら、時には不安に襲われ、悩み続ける日もあるのですが、それでもエッセイを書くようになってからは少しずつ別の角度から自分を見つめるようになったんです。</p>
<p>今までは言うことさえも恥ずかしいと思っていた気持ちを、素直に出すようになりました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「ワタシはこんなことを思っていたんだよ。こんな風に考えて、本当はこうやって寄り添って欲しかったし、言葉をかけてもらいたかったんだ」</strong></span>って。</p>
<p>その思いをエッセイに書くようになってから、少しずつ心に変化が出るようになりました。</p>
<h4><span id="toc3">あらゆる人と関わって</span></h4>
<p>自分の殻に閉じこもっていた時、ワタシ自身は人見知りで、あまり人と積極的に話すことが本当は得意じゃないと思っていました。</p>
<p>しかし、今では新しい人ともたくさん話したいと思うようになったし、新たな出会いにワクワクしながら、自分から関わることが増えてきたような気がします。</p>
<p>エッセイを書くようになってからだったんです。こんな風に思えるようになったのは。</p>
<p>ありがたいことに文章を書くようになってから、あらゆる人に声をかけてもらったり、感想やコメントをいただくようになって、全く別の風が入るようになった感覚がしています。</p>
<p>風通しの悪い場所から空気が循環して、太陽が差し込むような場所に移動した、そんな気分になったんです。</p>
<p>そこからでしょうか。</p>
<p>ポケットの奥底にとっておいた新たなタネを取り出して、更地に蒔くようになったのは。</p>
<h4><span id="toc4">やがて自信は蕾になって</span></h4>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「自信はね、自分で作るものなんだよ。でもね、</strong></span><span style="color: #3366ff"><strong>1</strong></span><span style="color: #3366ff"><strong>人では無理なんだ。花を咲かせる努力をするのは自分だけれど、太陽、水、肥料、あらゆる役割をあらゆる人にしてもらいながらようやく綺麗な花を咲かすことができるんだ。そうやって自信は少しずつ色々な人に助けてもらいながら育てていくものなんだよ」</strong></span>そう言われたことがありました。</p>
<p><strong>「自信を持って」</strong>と言われることはたくさんあるけれど、その持ち方を、育て方を教えてくれた人はいませんでした。</p>
<p>それがワタシにとってのエッセイであり、関わってくれる人たちなんだとようやく気づけたんです。</p>
<p>まだまだ花を咲かせるには時間がかかるでしょう。これからもあらゆる人に助けてもらいながらでないと、花どころか蕾すらつかないかもしれない。</p>
<p>結局は、どんなことも1人では何もできないんです。誰かの言葉があって、支えがあって、時には寄り添ってもらって、気持ちを一緒に分かち合う人たちがいて初めて、自信が芽生えるのかもしれません。</p>
<p>そしてワタシ自身も、<strong>「どうせダメなんだ」</strong>と枯らすような言葉をかけるのではなく、ほんの小さな言葉でも、<span style="color: #ff00ff"><strong>「あなたにもあるんだよ、綺麗な花を咲かせる力がね」</strong></span>そう言いながら自分のペースで水をあげていこうと思います。</p>
<p>本当の意味で自信という名の花が開く、その時まで。</p>
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		<title>人生貯金を貯める日々</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Sep 2023 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[人生貯金]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[父]]></category>
		<category><![CDATA[貯める]]></category>
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					<description><![CDATA[皆さんは、人生貯金という言葉をご存知ですか？ これはワタシの父が作った言葉なのか、それともどこからか聞いて使った言葉を教えてくれたのか、それはいまだに分かりません。 しかし父は、ワタシが幼い頃からよく「人生貯金はとても大 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>皆さんは、人生貯金という言葉をご存知ですか？</p>
<p>これはワタシの父が作った言葉なのか、それともどこからか聞いて使った言葉を教えてくれたのか、それはいまだに分かりません。</p>
<p>しかし父は、ワタシが幼い頃からよく<span style="color: #333399"><strong>「人生貯金はとても大切だから、ちゃんと貯めておくんだよ」</strong></span>と言っていました。</p>
<p>さて、人生貯金がなんなのか。</p>
<p>それを今日は書いていこうと思います。</p>
<h4><span id="toc1">心遣いの貯金箱</span></h4>
<p>人生貯金とは損得勘定を考えず、困っている人や助けを求めている人に手を差し伸べることだと、ワタシの父は言いました。</p>
<p>それは身近な人ならもちろん、見ず知らずの人でも分け隔てなく行うことだとも言われていました。</p>
<p>だから幼い頃は、駅や街で困っている人を見かけると、<span style="color: #ff00ff"><strong>「大丈夫ですか？」</strong></span>と声をかけ、手伝えることがあれば力を尽くす努力をしていました。</p>
<p>それを父に話すと<span style="color: #333399"><strong>「そうか！偉かったな。これでまた貯金が貯まったぞ」</strong></span>と言いました。</p>
<p>人生貯金が貯まると一体どんなことが起きるのか。</p>
<p>ある時<span style="color: #ff00ff"><strong>「人生貯金を貯めたら、どうなるの？」</strong></span>と聞くと、<span style="color: #333399"><strong>「納言が困っている時、今度は誰かが手を差し伸べてくれるんだよ。銀行は自分でお金を引き出すことができるけど、人生貯金は、自分では引き出せないんだ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうして？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #333399"><strong>「それは、貯金屋さんが毎日『あの人はちゃんと貯めているかな』って見ていて、いいことをすると、代わりに徳を貯めておいてくれるシステムなんだよ。それで納言が困った時には『困っているから助けてあげよう』って少しずつ引き出してくれているんだ。だから、良いことをしていても、悪いことをしていても見られているんだぞ」</strong></span><span style="color: #333399"><span style="color: #000000">と言っていました。</span></span></p>
<p>ただ当時はまだ小さかったこともあり、言っていることはなんとなく理解はできるけれど、不十分で、あんまり信用もしていませんでした。</p>
<p>むしろ行動を見られていること自体が、少しだけ怖くも感じていたんです。</p>
<h4><span id="toc2">大人になると忘れてしまう、あの気持ち</span></h4>
<p>それから少しずつ成長するにつれて、人生貯金のことは頭から抜け落ちていくようになりました。</p>
<p>知らない人に声をかけたりすることもなくなり、困っている人と出会う機会も少なくなってしまったのかもしれません。</p>
<p>だから、幼い頃に言われ続けていた人生貯金は貯まるどころか、どんどん減っていってしまいました。</p>
<p>それはきっと、純粋な心を忘れて、自分だけのことに必死になり過ぎていたことも原因の一つでした。</p>
<p>昔は心が柔軟で、どれだけ嫌なことがあったとしても、誰かに対して思いやりの心や、優しさを持つことを忘れませんでした。</p>
<p>困っている人がいれば、もちろん全力を尽くしたし、少しでも変化があれば駆け寄って助けようとしたこともありました。</p>
<p>でもそんなこともせずに、自分ことばかりを考えているせいで、いつの間にか視野が狭くなり、周りを見渡すことも、誰かに優しく接する気持ちも、忘れていくようになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc3">仕事を辞めて、思い出したのは</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、ふと人生貯金の話を思い出しました。</p>
<p>そしてなんとなく頭に浮かんだのは子どもたちのことだったんです。</p>
<p>純粋で優しく、損得勘定も考えないまま、困っている子がいたらサッと駆け寄っていたあの子たちのことを。</p>
<p>とても優しく広い心を持っていた子どもたちのことを、なぜだか思い出していたんです。</p>
<p>子どもたちは無意識に周りを見ながら、正しいと思ったことをまっすぐやり通していました。</p>
<p>その姿は、大人のワタシからしたら到底真似できるものではなかったんです。</p>
<p>そしてその時に初めて、父の言っていた意味が分かったのかもしれません。</p>
<p>人生貯金という言葉を借りて、<span style="color: #333399"><strong>「損得勘定は抜きにして、困っている人がいたら力になることが大切であり、その行為はいつか自分にも返ってくる」</strong></span>ということを。</p>
<p>自分自身の人生を生きていく中で、とても大切なことだと父は伝えたかったのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc4">人生貯金を再開して</span></h4>
<p>もうすぐ30歳になろうとしていますが、ようやく本当の意味を理解し、また新たに人生貯金を貯めることにしました。</p>
<p>そしてまずできることは、身近にいる人たちから大切にしていくことだと決めたのです。</p>
<p>当たり前のことかもしれないけれど、それを直視して、実行して、続けることはとても難しいことだと思うから。</p>
<p>目の前にいる人に心を遣い、そして少しずつ視野は広がってゆく。</p>
<p>それをようやく今になって、学び始めているのかもしれません。</p>
<p>きっとワタシの人生貯金残高は、ゼロに等しいと思います。</p>
<p>少しずつコツコツと貯めながら、徳を積んでいこうと思うのです。</p>
<p>大切な人たちを想って、そして視野を広げて、周りを見つめて、生きていくと決めたから。</p>
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		<title>空を見上げ、今を見つめず</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Sep 2023 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[お金]]></category>
		<category><![CDATA[コロナ]]></category>
		<category><![CDATA[不安]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[支え合う]]></category>
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					<description><![CDATA[空を見つめると、「あぁ、もうすぐ秋がやってくる」と思わせるような、青空が広がっていました。 生活音を聞きながら誰かの声に耳を傾けて、朝が始まろうとしている。 少し前までは、一歩外に出た瞬間にうだるような暑さがやってきて、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>空を見つめると、<span style="color: #ff00ff"><strong>「あぁ、もうすぐ秋がやってくる」</strong></span>と思わせるような、青空が広がっていました。</p>
<p>生活音を聞きながら誰かの声に耳を傾けて、朝が始まろうとしている。</p>
<p>少し前までは、一歩外に出た瞬間にうだるような暑さがやってきて、そしてカラッと乾いていた体は、ジトッとした汗をかく。</p>
<p>日差しの強さに負けそうになりながら、たまに外に出て空気を吸ってみるんです。</p>
<p>セミの声が少しだけ小さくなったように思うけれど、それでも暑さは変わりません。</p>
<p>ワタシはいつまで、今の状況と見つめ合わなければならないのか・・・。そう考えると、少しだけ体が冷えてしまうような気がしました。</p>
<h4><span id="toc1">現実の厳しさの前では</span></h4>
<p>私たち夫婦は、世の中でいう貧困とまではいかないかもしれません。</p>
<p>市役所にお金の相談に行った時にも、<span style="color: #99cc00"><strong>「まだ大丈夫ですよ」</strong></span>と言われてしまうくらい、世間では貧困層には入らないらしい。</p>
<p>けれども裕福ってわけでもなく、お金のことになるとやたらシビアになることも、昔より増えたような気がするのです。</p>
<p>どれだけ頑張って節制しても、どうしようもない現実がそこにはありました。</p>
<h4><span id="toc2">あの日狂わされた、運命を</span></h4>
<p>去年の１１月末に、夫婦揃ってコロナに感染してしまったのです。</p>
<p>それ以降、夫はずっと咳をし続けています。</p>
<p>時には胸を押さえながら、<span style="color: #3366ff"><strong>「苦しいんだ」</strong></span>と酸素が薄くなっていくことに、まるで恐怖を感じているようでした。</p>
<p>病院を転々として、採血をして、後遺症外来にも行ったけれど、原因は一つも分からず、合っているかどうかも分からない薬を飲み続ける日々。</p>
<p>そしてワタシはワタシで、慢性的な頭痛のせいで動けないことが増え、とうとう月に一度の注射をすることが決まりました。</p>
<p>どれだけ頑張って抑えようとしても、私たちの元からお金は逃げていってしまうのです。</p>
<p>治療費という、目には見えない負担たちが、心も体も少しずつ壊していきました。</p>
<h4><span id="toc3">笑顔が薄らいでいく</span></h4>
<p>夫はある日を境に、笑うことが少なくなってしまったような気がします。</p>
<p>それは、原因が分からない咳と治療費、そして体に大きな負担がかかっているからでしょう。</p>
<p>不安定になった心を、ワタシが支えてあげることができないんです。</p>
<p>だって、ワタシ自身も不安定の中に生きているから。</p>
<h4><span id="toc4">見つめないことで</span></h4>
<p>あまりにも辛い時期が続きすぎて、喧嘩をすることも増えていきました。</p>
<p>そんな時、二人で手を繋ぎながら夜の道を散歩してみたんです。</p>
<p>たわいもない会話をしながら、ゆっくり、歩幅を合わせて。</p>
<p>その時に思ったんです。</p>
<p>今まで現実を見つめて、病気の原因も見つめて、それでも見つからない辛さが、もどかしさが、本当に苦しかったことに。</p>
<p>そして二人共がようやく気づいたんです。</p>
<p>全てを直視しようとするのではなく、少しだけ見つめないことも必要だって。</p>
<p>そして見つめたくない時には、全く違う景色を見てみようって。</p>
<p>それを教えてくれたのは、夜の散歩道でした。</p>
<p>体を秋風が通り過ぎていく心地よさ。</p>
<p>半袖だと少しだけ肌寒いけれど、それもまた心地よく感じる。</p>
<p>空が少しだけ高く感じ、星がキラキラと光る美しさに見惚れている時間。</p>
<p>それは心が一杯になっていた私たちには、決して見えなかったものでした。</p>
<p>深呼吸をしながら、二人で夜空を見つめた時、ようやく忙しさと、窮屈さから解放された気がしたのです。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「もう少し、ゆっくり進もうか」</strong></span>そう言ってくれた言葉を最後に、私たちはゆっくりとまた、歩き出しました。</p>
<h4><span id="toc5">ないものねだりは、隅っこに</span></h4>
<p>ここ最近は、ないものねだりをしていることが本当に多かったです。</p>
<p><strong>もっと元気だったら。</strong></p>
<p><strong>ちゃんと働ける体だったら。</strong></p>
<p><strong>もっとお金に余裕があったら。</strong></p>
<p>そんなないものねだりをして、どうしようもできないことばかりを見つめて、心を追い詰めていたんです。</p>
<p>そしてその気持ちが伝染していくように、彼の心を疲れさせてしまったのかもしれません。</p>
<p>あらゆる景色を見ていたら、上ばかりがが目に入ってしまう。</p>
<p>欲しいものを買って、お金を気にせずに遊んで、好きなことを仕事にだってできる。</p>
<p>そうやって上を見続けたらキリがないんです。</p>
<p>そして、羨ましいという感情が芽生えてしまったら、人は負の感情に思い切り引っ張られてしまうと、改めて感じました。</p>
<p>今は辛い日々が続いているけれど、きっといつか、笑い話になると信じています。</p>
<p>だから私たちは、ないものねだりの心を、隅っこに置くことにしたんです。</p>
<p>やりたいことのために、今を見つめないように・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>ワタシを隠した心の殻</title>
		<link>https://orientalnagon.com/kimochi-2/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 Sep 2023 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[信じる]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[気持ち]]></category>
		<category><![CDATA[葛藤]]></category>
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					<description><![CDATA[随分昔からワタシにはとても分厚く、そして脱ぐことの出来なかった殻がまとわりついていました。 信じていた人たちに裏切られて、また信じてみようと一歩を踏み出し、また裏切られる。 そのたびに一層、二層と殻に閉じこもるようになっ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>随分昔からワタシにはとても分厚く、そして脱ぐことの出来なかった殻がまとわりついていました。</p>
<p>信じていた人たちに裏切られて、また信じてみようと一歩を踏み出し、また裏切られる。</p>
<p>そのたびに一層、二層と殻に閉じこもるようになっていきました。</p>
<p>人間不信という言葉では片付けてはいけないような気がするほど、どんどん分厚くなっていく殻の中に入るようになっていったのです。</p>
<h4><span id="toc1">信じる気持ちを捨てて</span></h4>
<p>子どものころから人は簡単に嘘をつき、自分に利益があるものになびくことを学びました。</p>
<p>昨日までの友人は、明日になれば赤の他人になっていることがある。</p>
<p>言葉の行き違いで誤解が生じていても、そのことには触れずに、嘘が真実となって一人歩きしてしまうこともある。</p>
<p>だから言葉を重ねれば重ねるほど、誤解が生まれることは増えていくし、どれだけ相手を思い、態度に示したとしても、相手の気分一つで心の中に大きな傷を残してしまうことだってある。</p>
<p>そんなことを繰り返していくうちに、ワタシは少しずつ心を開くという作業をやめました。</p>
<p>自分を守るために、傷付かないようにするために。</p>
<p>そうでなければ、いつか自分が壊れてしまうから。</p>
<p>そうして歪んだ心は、少しずつ信じる気持ちを忘れて、疑う気持ちも捨てて、何も考えずにその日を生きることだけに一生懸命になっていったのです。</p>
<h4><span id="toc2">裏切りの連鎖は</span></h4>
<p>大人になれば少しは状況が変わっていくと、微かな希望を抱いたこともありました。</p>
<p>色々なことを経験した人たちがいて、気持ちを分かり合える仲間がいて、そして自分自身の心もさらけ出せることができるのだと。</p>
<p>しかし、子どもの世界よりも大人の世界の方が、窮屈だったんです。</p>
<p>きっと、みんなが生きることに必死だったのかもしれません。</p>
<p>生きるために、誰かを生かしていくために、社会の波の中へ放り込まれて、その日を一生懸命くらいついて生きていく。</p>
<p>表向きでは優しいふりをして、心の底では正反対のことを思い、じわじわと姿を表していく。その姿を目の当たりにするたびに、また一つ殻を作って閉じこもるようになりました。</p>
<p>社会人になってからは、大人の汚さを嫌というほど味わってきたんです。</p>
<p>綺麗事なんかで済ませたくはないけれど、「どうしてもっと、優しい心を持てないのだろう」とか「どうしてもっと、相手の気持ちを考えずに話を進めてしまうんだろう」そんなことを日々考えて、頭を悩ませることも多くありました。</p>
<p>いつしか信じる心なんて捨てて、顔につけられたお面のようなものと向き合う生活をしていくようになったんです。</p>
<p>誰かに心の内を話すことは、できませんでした。</p>
<p>何層にも重なり合った殻を破ってまで、話をしたいと思う人も現れませんでした。</p>
<p>いつも何処かでもう一人のワタシが言うんです。</p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「こんな世界に期待したって何になるんだ」</strong></span>って。</p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「もう諦めなよ。みんな自分のことで必死なんだ。だからもう希望を持つことも、信じようとすることもやめた方がいい。それは自分にとって、何一つプラスなんかにはならないよ」</strong></span>と。</p>
<p>そしてワタシは、その言葉にこう答えます。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「わかったよ。もう、殻から飛び出そうとなんてしないから」</strong></span>と。</p>
<h4><span id="toc3">痛みを抱えた人と出会い</span></h4>
<p>夫と出会った時、彼は自分のことを一度も話したことはありませんでした。</p>
<p>けれどもどこか、似たような心を持っているような気がしていたんです。</p>
<p>同じように分厚い殻に閉じこもっている、そんな気がしたんです。</p>
<p>付き合い初めの頃、大きな喧嘩をしたことがありました。</p>
<p>そしてその喧嘩がきっかけで、彼の心の中を覗くことができたんです。</p>
<p>小さいころから、ひとりぼっちだった事。</p>
<p>子どもではなく、小さな大人として生きてきたこと。</p>
<p>心の中はずっと<span style="color: #3366ff"><strong>「寂しい、ひとりにしないで」</strong></span>と助けを求めていたこと。</p>
<p>全てを聞いた時、ワタシは自分の殻が一枚ずつ剥がれていくことに気づいたんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「この人なら、気持ちを理解し合えるかもしれない」</strong></span>と。</p>
<p>しかし彼は、今でも自分のことをあまり話しません。ただ、それは話し方がわからないだけなんだと思います。</p>
<p>ずっと隠し続けてきた心を、出す方法がいまだに分からないのかもしれません。</p>
<p>だからこそ私たちは、一緒に殻から抜け出す方法を探り合い、そして、時には涙を流しながら、言葉に出してこう言うのだと思います。</p>
<p><strong>「ずっと寂しかったんだ」</strong>って。</p>
<h4><span id="toc4">心の殻を脱ぎ捨てて</span></h4>
<p>全ての殻を脱ぎ捨てることは、今でも出来ていません。</p>
<p>ただ昔よりも、お互いに自分の心の中の話をするようになりました。</p>
<p>ずっと見つけて欲しかった気持ちや、感情、そして孤独を。</p>
<p>それを一つひとつ丁寧に剥がしながら、伝えようとしています。</p>
<p>そして彼と出会い、ワタシは一つ知りました。</p>
<p>人は何かしらの孤独を抱えていて、それを分からないようにするために、何層もの殻を作り上げているということに。</p>
<p>今まで見てきた人たちも、もしかしたら何かしらの孤独や、寂しさを抱えて必死に隠してきたのかもしれない。</p>
<p>そしてその出し方を間違っていたのかもしれないと。</p>
<p>だから私たちは、今でもぶつかりながら、孤独を埋める作業をしています。</p>
<p>一番寂しい人は、孤独を分かち合うことも、誰かに聞いてもらうこともできずに、自分を見失い、ただただ感情のままに誰かを傷つけて自尊心を保っている人だと思うのです。</p>
<p>人は完璧ではないから、あらゆる方法で自分を守ろうとするのでしょう。</p>
<p>ただワタシは思うのです。</p>
<p>誰にだって不器用さがあって不完全だからこそ、たった一人でも信頼できる人に心を委ねることが、何より大切なことなんだと。</p>
<p>そして委ねるためには、殻を脱ぎ捨てて外に出る勇気と、気持ちを分かち合える<strong>‘’誰か”</strong>が必要だと思うから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>嫉妬の心が芽生えても</title>
		<link>https://orientalnagon.com/kimochi/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 Sep 2023 10:05:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[受け入れること]]></category>
		<category><![CDATA[同級生]]></category>
		<category><![CDATA[嫉妬心]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[思い出]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
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					<description><![CDATA[ずっと隠してきた気持ちがありました。 誰にも言えずに、沸々と湧き出てくる想いをグッと堪えていた時期が。 誰かを見ては、何かと比べて自分自身を哀れに思っていたんです。 運動できる子が羨ましかった。 勉強ができる子が羨ましか [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ずっと隠してきた気持ちがありました。</p>
<p>誰にも言えずに、沸々と湧き出てくる想いをグッと堪えていた時期が。</p>
<p>誰かを見ては、何かと比べて自分自身を哀れに思っていたんです。</p>
<p>運動できる子が羨ましかった。</p>
<p>勉強ができる子が羨ましかった。</p>
<p>端正な顔立ちの子が羨ましかった。</p>
<p>常に誰かの会話の中に存在している人たちが、とてつもなく羨ましくて仕方がなかった。</p>
<p>そんな気持ちに気づかないように、ただ同じ空間の中で1日を過ごすようにしていたんです。</p>
<p>バレてしまったら、自分がとても小さい人間ということが知られてしまう。</p>
<p>他の人は、そんなことも気にせずに毎日をのびのびと暮らしているはずなのにと・・・。</p>
<p>今の今まで、どこかしらにあった嫉妬の心は、いつまでも消えることなく、まとわりついていたのです。</p>
<h4><span id="toc1">同級生のあの子</span></h4>
<p>小学生の頃、漢字が全く同じで読み方が違う同級生の子がいました。</p>
<p>とても明るくて、可愛くて、クラスの人気者だったあの子。</p>
<p>反対にワタシは、漢字が同じというだけで、彼女が持っているものを何一つ持っていませんでした。</p>
<p>スポーツが出来るわけでもないし、容姿が端麗だったわけでもなく、クラスの端っこにいて、同級したちを羨ましく眺めているだけの人でした。</p>
<p>同じ人であり、名前の漢字が同じだったのにどうしてこうも違うんだろうと、疑問と同時に小さな嫉妬心が芽生えたのを覚えています。</p>
<p>どうしようも出来ないことなのに、それがとても悲しく思えていました。</p>
<p>その時初めて抱いたのかもしれません。</p>
<p>人は、生まれた時から平等じゃないんだって。</p>
<p>それでも初めの頃は、みんなに振り向いてほしくて、話しかけてほしくて、試行錯誤しながら同級生の中輪の中へと入ろうとしていました。</p>
<p>しかし全て逆効果で終わり、どんどん孤立していったのです。</p>
<p>いつしか彼らの輪の中に入ることを諦めて、一人で生きていくという選択肢を選ぶようになりました。</p>
<p>小さな社会の中ほど、残酷なものはないのだと痛感した時期でもありました。</p>
<h4><span id="toc2">青くない春</span></h4>
<p>中学、高校ともなれば、少しずつ大人のように振る舞うことに憧れて、少し背伸びをするようになっていく同級生たちを見かけるようになりました。</p>
<p>青春を味わうかのように恋をしたり、ヤンチャをしたりしながら自分の存在価値を確かめていくような人たちも増えていきました。</p>
<p>学校帰りに彼氏と歩いて下校する姿を見て、羨ましいと思いました。</p>
<p>友人たちと恋バナをしたり、大人びたことをして優越感に浸るように、話に花を咲かせている人もいました。</p>
<p>ワタシはそのどれにも当てはまらなかったんです。</p>
<p>群からはぐれてしまったワタシは、好奇の目にさらされているようでした。</p>
<p>グループを作る時や、修学旅行でも<span style="color: #99cc00;"><strong>「あの子はかわいそうだから、入れてあげて」</strong></span>と担任がボソッと言って、渋々輪の中へ放り込まれたこともありました。</p>
<p>仲間に入れてもらった代償として、修学旅行中には楽しげな雰囲気に入ることもできずに、そっと遠くからその姿を眺めることしかできませんでした。</p>
<p>そしてまた、沸々と湧いて出てきてしまったのです。</p>
<p>どうしてワタシは今、こんなに惨めな想いをしているんだろうって。</p>
<p>修学旅行から帰ってきたワタシをさらに惨めにさせたのは、一枚に写真でした。</p>
<p>そこには、仲の良さそうな雰囲気をしながら笑顔で映る同級生と、その隅っこでピースをしながら作り笑顔で映るワタシ。</p>
<p>対照的な姿を見た時の気持ちは、心の傷として今でも残り続けています。</p>
<p>一つ、また一つと経験を重ねるたびに、嫉妬の心は芽生えていく。</p>
<p>そして同時に、哀れさと惨めさを体験していく。</p>
<p>その繰り返しだったんです。</p>
<p>思春期に青春を味わった記憶は、これっぽっちもありません。</p>
<p>恋をして、胸がときめいて、友人たちとの思い出が記憶を潤わせていく。そんな経験をしたことも、もちろんありません。</p>
<p>常にどこかで思っていたんです。</p>
<p>ワタシの人生は、どこで間違えてしまったんだろうって。</p>
<p>どうして、ただ平凡に楽しいを味わうことができないんだろうって。</p>
<p>青い春と呼ばれている青春は、あの頃のワタシと無縁の存在だったから。</p>
<h4><span id="toc3">大人になれば</span></h4>
<p>それでも微かな希望は抱いていたんです。</p>
<p>大人になれば、見た目とか能力とかで判断されることもなく、一人の人間としてみてもらえるはずだって。</p>
<p>きっと子どもの世界なんかよりも、優しくて穏やかな日々がやってくるはずだって。</p>
<p>そう信じていたから、希望を捨てずに大人になれる日を待ち焦がれていました。</p>
<p><strong>今までできなかったことを、思い切りやってみよう。</strong></p>
<p><strong>今まで味わえなかった経験を沢山味わってみよう。</strong></p>
<p>そして、普通というものを手に入れることができたなら、きっとこの気持ちも晴れていくはずだと・・・。</p>
<p>けれども大人の世界の方が、もっと嫉妬の心が芽生える機会が多いことに気づいたんです。</p>
<p>昔よりもSNSというものが発達してから、簡単に色々な人の生活が見られるようになっていきました。</p>
<p>自分とはまるで違う世界を生きているように、切り取られたら一枚に幸せが常に転がっていたんです。</p>
<p>恋人と幸せそうに映っているところも、仕事や趣味に没頭しているところも、人生そのものを楽しんでいる姿は、やっぱりワタシとは違って見えていました。</p>
<p>保育士をしている頃、仕事にやりがいを持っていたはずだった。</p>
<p>けれども、それは健康も心も壊しながらがむしゃらにやり続けていたからでした。</p>
<p>それでも子どもたちが可愛くて仕方がなかった。</p>
<p>曇りのない笑顔でワタシを見つめてくれる姿に、随分と助けられていました。</p>
<p>どれだけ私生活が荒れ果てていても、どれだけ心が疲れ始めていても、子どもたちといればどんな辛いことも耐えられる気がした。</p>
<p>けれどもやっぱり、色々と限界を迎えながら走り続けた先に何もないと知った時、歩むべき道を見失い、気力さえもなくしてしまいました。</p>
<p>SNSの中では、沢山の幸せが溢れている。</p>
<p>そんな幸せを手に出来ずに生きていることが、情けなくなってしまったんです。</p>
<p>ある時から、SNSを全く見なくなりました。</p>
<p>そして大切な友人たちの連絡先を消して、SNS自体も消しました。</p>
<p>これ以上嫉妬の海に溺れてしまわないように。</p>
<p>そして、誰に対しても快く思えない気持ちが芽生えていることが、何よりきつかったんだと思います。</p>
<p>小さい頃から抱え続けた嫉妬の心は、大人になっても付き纏い続けて、とうとう周りが見えなくなってしまうほどの影響力を持ち始めてしまったのです。</p>
<p>全ての縁を切るように、関わりを遮断してしまったのです。</p>
<h4><span id="toc4">変わりゆく心、そして嫉妬心</span></h4>
<p>あれから随分と月日は流れ、ワタシは今また、SNSを再開しました。</p>
<p>嫉妬心がなくなったかといえば、そうではありません。</p>
<p>塞ぎ込んでいた頃は、昔と同じ感情が芽生えて向き合うことに随分と苦労しました。</p>
<p>こんな自分が嫌だと言い続ければ続けるほど、心は傷つき続けるだけでした。</p>
<p>だから、受け止めることにしたんです。</p>
<p>嫉妬する気持ちも、とても大切な感情なんだって。</p>
<p>誰だって羨ましいと思う時もあるし、時には憧れて誰かになりたいと強く願う瞬間もある。けれども、憧れた姿になれないことに気づいた時には悲観的になり、落ち込むことだってあるんだと。</p>
<p>今までの人生を振り返ると、どれだけ辛くても優しい言葉をかけてくれたのは、他人ではなく自分自身でした。</p>
<p>色々な感情が芽生えたとしても、葛藤しながら最後には受け入れるのは、自分自身だったのです。</p>
<p>ある時からワタシは、言ってほしい言葉を自分に向けるようになりました。</p>
<p>だから嫉妬の心が芽生えた時には、こう言っているんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「あなたは気づいていないかもしれないけれど、あなたにしか出来ないことがあるんだよ。とことん比べて、悲観することだってあると思う。でもね、きっといつか気づくはずだから。あなたにしか出来ない『何か』があることを」</strong></span></p>
<p>そうやって時には受け入れて、励ましながら自分の心と向き合い続けているんだと思います。</p>
<p>嫉妬の心がなくなることは、この先もありません。</p>
<p>でもそれでもいいと思えるようになってきていることを、少しだけ誇りに思えるようになりました。</p>
<p>きっとワタシ以外に、同じ想いを感じている人がいっぱいるはずだから。</p>
<p>それを隠しているだけで、嫉妬の心は誰にでも芽生えるものだと思うのです。</p>
<p>ただその感情をどのように出すのかが大切なんだと思います。</p>
<p>ただ「悔しい」と言って、何もせずに文句だけを言い続けることだってできる。</p>
<p>けれども嫉妬の心が芽生えた先に、何ができるのかを考えられた時、人は新たな感情と出会えるような気がするんです。</p>
<p>学びと気づきという感情に。</p>
<p>ワタシは嫉妬をしてきた中で、多くのことを学びました。</p>
<p>どれだけ羨んでも、その人自身になろうとしても、その人の人生を歩むことはできないということを。</p>
<p>そして気づいていないだけで、ワタシにも彼らにできなかったことができる才能があることを知れたから。</p>
<p>ワタシはこの先も、嫉妬の心を抱くことがあるでしょう。</p>
<p>そして時には、落ち込んだり、悩んだりするかも知れない。</p>
<p>けれども、それでいいんだと受け入れることにしたんです。</p>
<p>嫉妬をすることで、相手を深く見ようとすることを学んだから。そしてその先には、きっと新たな『何か』が待っていることも、理解できるようになったから。</p>
<p>もしも、嫉妬の心が芽生えた時にはとことん向き合ってみてください。</p>
<p>決して、知らんぷりなんてしないでほしんです。</p>
<p>どんな感情も、全て意味があるものだから。</p>
<p>そして、これだけは忘れないでほしい。</p>
<p>嫉妬心を抱いた相手でも出来ない『何か』をあなたは、きっと持っているはずだということを。</p>
<p>その不透明なものが、くっきりと輪郭をとらえながら形になっていくきっかけが、もしかすると嫉妬の心から生まれるかも知れないということも。</p>
<p>あなたの嫉妬の心は、いつ、どんな時に芽生えますか？</p>
<p>そしてその気持ちを、大切にすることはできていますか？</p>
<p>あなたの心を、あなた自身で受け止めてながら・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>悲しみの裏側に</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Jul 2023 10:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[命]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
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					<description><![CDATA[2023年7月12日（水） 夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。 道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたので [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2023年7月12日（水）</p>
<p>夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。</p>
<p>道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたのです。</p>
<p>暑さの中で沢山歩いたせいもあり、汗をかいた私たちは早々にお風呂に入りました。その日の出来事を振り返りながら、思い出に浸る。</p>
<p>その時間がとても幸せでした。</p>
<p>しかし、そんな幸せはあるニュースをきっかけにまた一つ、考えさせられる出来事へと変わってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">若きタレントの訃報</span></h4>
<p>お風呂を出てから携帯をいじっていると、LINEには衝撃的な連絡が入りました。</p>
<p>「ねえ、りゅうちぇるが亡くなったんだって」その文字を見た時、会ったこともなければ話したこともない人なのに、悲しみでも悔しさでもなく、虚無感だけが体全身を駆け巡っていました。</p>
<p>まだしばらくお風呂に浸かっていた夫に、訃報を告げると、口を開き言葉にならないような顔をしながら、一言だけ<span style="color: #3366ff"><strong>「なんでなんやろ・・・」</strong></span>そう呟いていました。</p>
<p>少し調べてみると、いろいろな憶測が書かれており、真相はいまだに誰にもわからないけれど、誰もが居ても立っても居られない、そんな感覚に襲われたのかもしれません。</p>
<p>つい最近まで、笑顔の姿を見ていたからなのか。</p>
<p>それとも、心の影をどこかで感じ取っていたのか。</p>
<p>どちらにしても、誰もが<strong><span style="color: #33cccc">「どうして？」</span><span style="color: #99cc00">「なんでなの？」</span></strong>と疑問と虚無感の両方に挟まれたまま、悲しみに暮れることしか出来ない様子でした。</p>
<p>こうしてまた、若い命が絶たれてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">葛藤の奥深く</span></h4>
<p>このニュースを見た時、かつての自分と重なる部分がありました。</p>
<p>感情の糸が絡まり合い、やがて解けなくなるまでこんがらがってしまう。その辛さは、私にも経験がありました。</p>
<p>どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「助けて」</strong></span>と叫びたくても、どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「限界なんです」</strong></span>と言いたくても、まるで水中にいるかのように相手に声が届くことがなかった頃。いつしか、自分の存在が誰にも見えなくなってしまうのではないかという恐怖と常に闘っていたあの頃を。</p>
<p>自分自身の存在が分からなくなった時、ふと肩の力がふぅ〜と抜けた感覚に襲われ、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう、どうでもいいや・・・」</strong></span><span style="color: #ff00ff"><span style="color: #000000">と</span></span>人生に終わりを告げようとした頃のことを、今でも鮮明に覚えています。</p>
<p>一言声をかけてくれればと言われたこともあったけれど、その一言が余計にプレッシャーに感じることがある。そして、また喉の奥につっかえた言葉をゴクリと飲み込んで、何もなかったかのように振る舞う、そんな生活がありました。</p>
<p>彼女の中で何があったのか、そして、心の影はいつから姿を表し、どのようにして全身を覆い被さるようにしてしまったのか・・・。</p>
<p>それも、今では本人にしか分からないことなのです・・・。</p>
<h4><span id="toc3">ニュースを見るたびに</span></h4>
<p>コロナ禍になってからというもの、私自身が人の生死に過敏に反応するようになっていきました。</p>
<p>本当だったら、楽しく思い出を作り過ごしていたのかもしれない。</p>
<p>誰かと笑い合ったり、時には感情に任せ涙を流していたのかもしれない。</p>
<p>そんなことを思うたびに、心がギューっと締め付けられるような感覚に襲われるのです。</p>
<p>自死を選ぶことは、決して褒められた選択ではありません。</p>
<p>けれども、全てを否定して「自ら命を断つことは、決してあってはならない」と言い切ってしまうことも、私は少し違うような気もしてしまうのです。</p>
<p>それは私自身も、同じように自死を選択しようとしていたからこそ、そのような考え方が生まれてしまうのかもしれません。</p>
<p>辛かったあの時、目の前が全て暗闇に包まれているように感じていた日々は、生き地獄そのものでした。相談すればするほど、自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれて、目の前に起きる全てのことに絶望感を覚えました。</p>
<p>いっそのこと、全てを終わりにできたら、どれだけ楽なんだろうと本気で考えたことは、数えきれないほどありました。</p>
<p>けれども私は、生きる勇気も死ぬ勇気も中途半端に持ってしまっていたために、相談したところで、現状は変わらなかったのです。</p>
<p>一人で抱え込んでいれば、それはそれで、ただただ改善されない現状に疲弊しながら、追い詰められていくばかりでした。</p>
<p>何が正しくて、どうしたらいいのか分からなくなる、それが何より辛かったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc4">命の限りの中で</span></h4>
<p>命には限りがあります。</p>
<p>寿命を操作することも、何歳まで生きてどんな最期を迎えるかと決めたとしても、流れていく運命に逆らうことはできません。</p>
<p>唯一できるとしたら、自分自身で命を絶つ。つまり自死を選択することだけは、自分で決めることができる寿命の決め方なのかもしれません。</p>
<p>これはあくまでも私の個人的な意見ですが、自死を選ぶことは、決して間違った選択ではないような気がするのです。</p>
<p>残された家族や友人、そして関わりのある人たちが悲しい思いをすることは間違い無いでしょう。そしてきっと「どうして命を絶つようなことをしたんだ・・・。もっと早くに行ってくれたら」という後悔の念を抱かせてしまうことにもなるかもしれません。</p>
<p>しかし、どれだけ言葉を重ねられても、どうにもできない心の影があるのだとしたら。</p>
<p>頑張って頑張って、生きようと懸命に走り続けた結果、取り返しのつかないような感情が生まれてしまったら。</p>
<p>もしそうだとしたら、その人に向かって<span style="color: #ff00ff"><strong>「生きて」</strong></span>とは言えないかもしれないと思ったのです。</p>
<p>そして私自身も、同じように仕事で辛く、生きる希望を失ったあの時、頑張って頑張って、頑張り続けた先に<span style="color: #ff6600"><strong>「生きて」</strong></span>と言われていたら、きっと今とは別の選択をしていたでしょう。</p>
<p>とても悲しいことだけれど、一度心に宿してしまった闇は、どんな言葉をかけられても、どれだけ応援されたとしても、立ち直れないところまで引きずり込もうとするのです。</p>
<h4><span id="toc5">寄り添うことで</span></h4>
<p>しかし、今の私はこうして文章書き、かつてのうつ病や摂食障害、そして栄養失調などと向き合いながら、絡まった糸を解く作業をしています。</p>
<p>それは決して一人の力ではなく、色々な人があらゆる言葉で寄り添い、時には態度で示し続けてくれたおかげだと思っています。</p>
<p>あの時、誰一人として<span style="color: #ff6600"><strong>「頑張って」</strong></span>とは言いませんでした。</p>
<p><span style="color: #33cccc"><strong>「生きて」</strong></span>という直接的な言葉をかけられたこともありません。</p>
<p>ただ黙って寄り添ってくれた人や、<span style="color: #3366ff"><strong>「もう十分だよ。よくやった。いっぱい泣きなよ」</strong></span>と感情を表に出すことを許してくれる言葉をかけてくれたことで、大きな影が少しずつ小さくなっていくことを感じることが出来たんだと思います。</p>
<p>もしも、彼女にもそんな人がそばにいて、<span style="color: #ffcc00"><strong>「あなたはあなたのままでいいんだよ」</strong></span>と、そっと手を握りながら涙を流すことを許してくれたら、1番悲しい選択をしない未来もあったかもしれません。</p>
<p>しかしそれも、当事者とその周りにいる人にしか分からないことなのです。</p>
<p>最近特に、誰かが命を絶ったというニュースや物騒な事件を目にするたびに、心の影が大きく支配している人が増えたような気がするんです。</p>
<p>どこか孤独で、誰かに<span style="color: #ff0000"><strong>「私を見て！」</strong></span>と助けを求めている、そんな人たちで溢れたようにも感じるのです。</p>
<p>昔のように、不便さを愛する生活よりも、便利をより便利なものへと追求することが当たり前となってきました。</p>
<p>会ったこともない人だったとしても、SNSで発信しているところを目の当たりにしている分、とても身近な存在に感じてしまう。昔よりも人との距離感のバグが出来ていく、そんなことが当たり前になってきました。</p>
<p>その便利さには、時に恐怖を感じることさえあるのです。</p>
<h4><span id="toc6">今をどう生きるのか</span></h4>
<p>今回のニュースを知り、一人の若いタレントの死という言葉で片付けてはいけないような気がして、私は急遽エッセイを書くことに決めました。</p>
<p>どんなことでも、人の命が終わりを迎えることはとても悲しく虚しいことです。ましてや、それが自ら選んだ選択なのだとしたら、悲しみは計り知れません。</p>
<p>ただ一つだけ、もしも目の前にいる大切な人が、心の影に押しつぶされそうになり、感情の糸が絡まり合ってしまっているのなら、そっと抱きしめてあげてほしいのです。</p>
<p>言葉を多く交わすことよりも<span style="color: #33cccc"><strong>「大丈夫。あなたの気持ちは十分伝わっているよ。だから、気持ちを半分こにして」</strong></span>と、抱きしめながらそっと温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして出来るのならば、痛みをほんの少しでもいいから貰ってあげてほしいのです。</p>
<p>きっとその優しさは、相手にも伝わるはずだから。</p>
<p>全ての人に効果があるのかは分からないけれど、かつての私には、どんな薬よりも効果がありました。</p>
<p>痩せ細った体をそっと<span style="color: #ff9900"><strong>撫でながら、「大丈夫。あなたが頑張っていること、私はちゃんと分かっているから」</strong></span>と言ってくれた友人がいました。</p>
<p>一言も言葉を発しない私に、ギュッと抱きしめて<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い気持ちは、二人で半分こにすればいいんだよ。だから、泣いていいんだよ。大丈夫。ずっとそばにいるからね」</strong></span>そう言って、いつまでもそばにい続けてくれたのが夫でした。</p>
<p>否定をせずに受け止めてくれたこと、心に負った傷を一緒に味わおうとしてくれたことは、この先も一生忘れることはないでしょう。</p>
<p>尊い命が絶たれてしまった今、私たちに何が出来るのか・・・。</p>
<p>全ての人の命を救うこと、そして見ず知らずの人の自死を止めることは不可能です。しかし、目の前にいる大切な人が同じような境遇になろうとした時には、悲しみが繰り返されないように、そっと寄り添ってほしいのです。</p>
<p>一度絶たれてしまった命は、どれだけ後悔しても戻ることはないのだから・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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