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	<title>思いやり | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>思いやり | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>プチハッピー</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jan 2025 11:00:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エコバッグ]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[温かい飲み物を]]></category>
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					<description><![CDATA[つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。 とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。 些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このこ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>つい最近、心も体もポカポカになるような出来事が起こりました。</p>
<p>とても小さなことだけれど胸がいっぱいになって、横断歩道を渡る時も気持ちスキップ気味で渡りました。</p>
<p>些細なことだけれど、嬉しさのあまり日記にも、手帳にも、このことを書くほどとても嬉しい出来事となりました。</p>
<h4><span id="toc1">出会いのコンビニ</span></h4>
<p>その日ワタシは、コンビニにある喫煙所でタバコを吸おうとしていました。</p>
<p>友だちと会うまでに少し時間もあったので、一服しながら時間を潰そうと思っていました。</p>
<p>この日はいつも以上に寒く、凍える手でライターに火をつけて、空に舞い上がる煙を眺めながら、忙しなく行き交う車たちを見ていました。</p>
<p>いつも以上にゆったりとした時間が流れているような気持ちになっていると、一台の車が駐車場に入ってきました。</p>
<p>すると一人の男性が慌ただしく車から降りてきた時、足には黒いエコバッグがまとわりついていたのです。</p>
<p>その姿を呆然と（エコバッグどうなるんだろう）なんて考えながらその行く末を見ていると、男性は気づかずにそのままエコバッグを引きずってコンビニに入ろうとしていました。</p>
<h4><span id="toc2">無意識に声をかけ</span></h4>
<p>男性の足からスルリと落ちたエコバッグを拾い、勢いで男性に声をかけていました。</p>
<p><strong>「すみません。エコバッグ落としましたよ！」</strong></p>
<p>そう声をかけると、男性は一瞬驚いた顔をして<strong>「あっ。ありがとうね」</strong>と片手ではなく両方の手を添えてエコバッグを受け取ってくれました。</p>
<p>その対応になんだかワタシも嬉しくなって、男性に対してニコッと会釈を返しました。</p>
<p>そのやり取りが嬉しくて、なんだか心がほっこりした気分になりながら、再びタバコを吸い始めたのです。</p>
<h4><span id="toc3">心遣いは突然に</span></h4>
<p>タバコも吸い終わろうとしている時、さっきの男性がコンビニから出てきてワタシの方へと向かって歩いてきました。</p>
<p>（なんだろう？）と思っていると、持っていたレジ袋からおもむろに飲み物を取り出して<strong>「ありがとうね。これ」</strong>と渡してくれたのです。</p>
<p>咄嗟のことでワタシは驚いて<strong>「そんな！！いいのに！！」</strong>と焦ったような嬉しいような気持ちになりながら断ろうとすると、男性は<strong>「いいから！ありがとう。助かったよ」</strong>と言って、そのまま車に乗り込んで去っていきました。</p>
<p>渡された飲み物は温かく、一瞬の光景だったけれど嬉しい気持ちになって、もらったペットボトルをキュッと抱き抱えながら横断歩道を気持ちスキップめで渡りました。</p>
<h4><span id="toc4">心遣いに・・・</span></h4>
<p>生きていると、こういった出来事にはたまに出会ったりしますが、そんな時に<strong>「見返りをもらうぞ！」</strong>なんて気持ちを抱いたこともなければ、相手から<strong>「ありがとう」</strong>と言われるだけでも純粋に<strong>「無事に渡せてよかったな」</strong>と思うのですが、それでもこうして予期せぬ心遣いをいただいた時、心がこそばゆいような、嬉しいような、照れくさいような、じんわりと心がポカポカ温かくなるような気持ちになるんだなと感じました。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、人の温かさを感じるきっかけになるとは正直思ってもいませんでした。</p>
<p>本当に純粋にその気持ちが、その心遣いが嬉しくもありました。</p>
<p>そして横断歩道を渡りながら<strong>「寂しい時代になったとは言われるけど、そんなこともないんだな。日本も捨てたもんじゃないんだな」</strong>なんて思いながら、ルンルンで渡ったのです。</p>
<h4><span id="toc5">大切な気持ちは忘れずに</span></h4>
<p>幼い頃から両親から、<strong>「目の前に困った人がいたら、助けられる人でいなさい。その行いは、人生貯金となって、自分自身に返ってくるから」</strong>と教えられてきました。</p>
<p>だから目の前でモノが落ちたり、道に迷っていたり、何かしら困っている人がいるとついつい声をかけて、口を出してしまうのがもう昔から染み付いているのかもしれません。</p>
<p><strong>「おせっかいなのかな」</strong>と疑問に思った時期もありましたが、今回の出来事をきっかけに<strong>「やっぱりやっていることは間違ってなかったんだな」</strong>と再確認できたのです。</p>
<p>たった一つのエコバッグが、ワタシの心に大きな幸福と学びを与えてくれるきっかけとなりました。</p>
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		<title>リクエスト企画「自己発信嫌悪からの逃げ方」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Mar 2024 11:38:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[無視をする勇気]]></category>
		<category><![CDATA[言葉を贈る]]></category>
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					<description><![CDATA[今回いただいたリクエストは、「自己発信嫌悪からの逃げ方」です。 今ではネットが使えるのが当たり前、そして会ったこともない人との関わりや繋がりも当たり前になっていると思います。 その中で時には悲しい言葉をかけられたり、見た [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回いただいたリクエストは、<strong>「自己発信嫌悪からの逃げ方」</strong>です。</p>
<p>今ではネットが使えるのが当たり前、そして会ったこともない人との関わりや繋がりも当たり前になっていると思います。</p>
<p>その中で時には悲しい言葉をかけられたり、見たくなかったものを見てしまうこともあるかもしれません。</p>
<p>そんな経験をワタシなりに文章で、書いていきたいと思います。</p>
<p>それでは、スタートです。</p>
<h4><span id="toc1">ネットの繋がり</span></h4>
<p>少し前までの時代はSNSの繋がりや出会いに対して、あまり良いイメージを持たれることはありませんでした。</p>
<p>人間関係を築いていく上で直接会って言葉を交わし、そして関わりを深めていくことが当たり前だったからです。</p>
<p>ただ今の時代では、会ったことのない人が友だちになったり、どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、本当の名前は何かを知らずに関わる人も増えてきました。</p>
<p>今こうして文章を打っているワタシも同じように、素性を知らない方々との関わりが当たり前になり、直接は会ったことがないけれど励まされたり、勇気をいただくことも確実に多くなっています。</p>
<p>今までは自信がなかったことでさえも、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「ワタシがやっていることは、間違っていないんだ」</strong></span>そう背中を押してもらえることさえあるのです。</p>
<h4><span id="toc2">どうして、悲しませるの？</span></h4>
<p>ありがたいことに、ワタシはSNSの世界で傷つけられるようなことを言われたことはほとんどありません。</p>
<p>しかし、たった一度だけ心無い一言を言われたことがありました。</p>
<p>数多くの嬉しい言葉の中に、たった一つだけ見たくなかった言葉があったのです。</p>
<p>それを見た瞬間に<span style="color: #800000;"><strong>ドキッ</strong></span>として、目が離せなくなってしまいました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「どうしてそんなことを書くんだろう。何も悪いことはしていないのに。会ったことがなければ何を言ってもいいの？一生会わなければ、何をしてもいいの？</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>SNS</strong></span><span style="color: #ff00ff;"><strong>の中だったらそれは本当に許されるの？」</strong></span>そう感じました。</p>
<p>嬉しい言葉よりも悲しい言葉は、心の中に深く残ってしまう。だから余計に、たった一つだったとしても目が離せなくなり、同時に不安に襲われてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc3">無視をする勇気</span></h4>
<p>そのメッセージが来た時、随分と悩みました。</p>
<p>どんな対応をすればいいのか、何をすれば正解なのかを本当に悩みました。</p>
<p>ただ同時に怒りも湧いてきたんです。相手にただ傷つけられるだけで、どうして言われた側が我慢しなければいけないのか。そしてきっと言った本人も思ったことでしょう。</p>
<p><span style="color: #ff6600;"><strong>「他の人が見ている場所だから、きっと嫌な事は言ってこないだろう」</strong></span>って。</p>
<p>その考えにもちょっと腹が立ってきたので、ワタシはあることをしました。</p>
<p>それが<span style="color: #ff0000; font-size: 24px;"><strong>ブロック削除</strong></span>です！</p>
<p>言われて嫌なことをあえて文字にしてくる人に言葉を重ねる必要なんてない。そして、そんなことを言ってくる人のために、ワタシ自身が萎縮する必要もない、そう思ったんです。</p>
<h4><span id="toc4">SNSにも礼儀あり</span></h4>
<p>それ以降、嫌な言葉を目にすることもなければ、心がざわつく経験をすることもなくなりました。</p>
<p>人間関係を築いていく中でお互いを尊重し合い、そして礼儀を尽くすことは簡単に見えてとても難しいことだと思います。</p>
<p>ただほんの少し想像してみると、きっとわかると思うんです。</p>
<p>褒めてくれる人がいい人、嬉しいことを言ってくれる人がいい人というわけでもないと思うんです。</p>
<p>それぞれに価値観があって思いがあるから、自分と同じ考えを持っていて、全てを受け入れてくれる人と出会うことの方がよほど難しいと思います。</p>
<p>ただワタシはこのSNSを通して、あることも感じました。</p>
<p>見えない相手だからこそ、想像力を働かせながら言葉を選ぶ必要があることを。</p>
<p>自分が言われて嫌なことは相手にも決して言ってはいけない。たとえSNSだろうが礼儀を持って接することが何より大切なことだということも。</p>
<h4><span id="toc5">自由に表現し、そして認め合えれば</span></h4>
<p>生まれた瞬間からずっと卑屈な考えの人はいないし、暴言を吐きながら生まれてくる赤ちゃんももちろんいません。</p>
<p>きっとネット上で嫌な言葉を書いてきたり、心にぐさっとくる言葉を浴びせてくる人は、自分の人生の中にある負の感情と向き合いきれていない人かもしれません。</p>
<p>どこに出していいのかが分からずに、けれども自分の存在を見つけて欲しくて、悩んでいる人かもしれません。</p>
<p>ただ本当の気持ちはその人にしか分からないから、やっぱり言われた方は純粋に傷ついてしまうんです。</p>
<p>そんな時は、嫌な言葉から離れるということをワタシはこれからもしていきたいと思います。</p>
<p>そして現実世界だろうがSNSの世界だろうが、本当に素敵だと思うことには素直に言葉で伝えられる人でありたいとも思います。</p>
<p>一度向けた言葉の刃物は、言った瞬間は妙にスカッとするものです。でも、その後の後味は悪く、一瞬のストレスの捌け口に使うだけとなってしまうと思います。</p>
<p>そんな大人に、ワタシはなりたくないんです。</p>
<h4><span id="toc6">言葉を選ぶ大切さを</span></h4>
<p>私たちは見るものを選ぶことができます。そして、関わる人も自分で選択できると思うんです。</p>
<p>SNSで悲しい言葉を吐いてくる人からは、今すぐ逃げてほしいと思います。</p>
<p>その言葉のせいで、自分のやりたいことができなくなってしまうのなら、そんな言葉は聞かなくていい。</p>
<p>言葉の刃物を向けてくる人ではなく、たった一人でも言葉の花束を贈ってくれる人を大切にしてください。</p>
<p>今自分のやっていることに対して不満を言ってくる人、応援してくれる人。その二人がいるのなら、あなたはどちらの言葉を聞きたいと思いますか？</p>
<p>ワタシなら間違いなく、応援してくれる人の言葉を聞きたいです。</p>
<p>そして応援する側にもなりたいと思います。</p>
<p>ワタシはSNSで応援してくれる人とたくさん出会い、そしてあらゆる形で言葉の花束を贈ってもらいました。</p>
<p>だからこそワタシはワタシの表現を、続けることができているのだと思うんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>リクエスト企画「あうんの呼吸」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Nov 2023 09:06:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[あうんの呼吸]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト企画]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
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					<description><![CDATA[さて今回のリクエスト企画は、「あうんの呼吸」について書いていこうと思います。 さて、あうんと言えばこの人と言ってもいい存在が、我が家にはいます。笑 もはやこの人がいるから、全てが「あうんの呼吸」として成り立っているのでは [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>さて今回のリクエスト企画は、<strong>「あうんの呼吸」</strong>について書いていこうと思います。</p>
<p>さて、あうんと言えばこの人と言ってもいい存在が、我が家にはいます。笑</p>
<p>もはやこの人がいるから、全てが<strong>「あうんの呼吸」</strong>として成り立っているのではないかと思うくらい。</p>
<p>ということで、西川家のあうんの呼吸について書いていきたいと思います。</p>
<p>それでは、スタートです！</p>
<h4><span id="toc1">察する天才ここにあり！</span></h4>
<p>我が家のあうん大臣は、とにかく察することが大変得意なんです。</p>
<p>もうワタシの表情や言葉で何を考えているのか、何を思っているのかを察してくるんです。</p>
<p>たとえばこめかみを抑えていたら、薬を飲むために水を持ってきてくれる。</p>
<p>体がだるそうな時は、肩をもんでくれる。</p>
<p>気分が落ち込んだ時には、いつも以上に寄り添って話を聞いたり、いつもとは違う何かを提案してくれる。</p>
<p>本当に小さいことですが、色々な変化に合わせてその時に必要な物を持ってきたり、やってくれるのが我が家のあうん大臣なんです。</p>
<h4><span id="toc2">あうん大臣の考えとは</span></h4>
<p>我が家は毎日大臣の出勤前とお昼休憩、そして帰りにLINEをすることが日課となっています。</p>
<p>その文面でワタシがどんな状態なのか、落ち込んでいるのか、元気があるのか、体調が悪いかなどを把握しているそうです。</p>
<p>体調が悪そうなら、いつも以上に優しく声をかけて、元気がなさそうなら電話をかけてくれます。</p>
<p>ちなみに絵文字がある時には、ワタシの機嫌がいい時らしく、そんな時は大臣もワタシよりも少し多めの絵文字を使って喜びを表現してくれます。</p>
<p>さてここで問題なのは、血祭りの時には機嫌が最悪な状態になることです。</p>
<p>我が家の大臣はどのような対応をすると思いますか？</p>
<h4><span id="toc3">血祭り時の我が家の正しい対応とは</span></h4>
<p>血祭りの時には、爆食、爆暴れが止まりません。</p>
<p>本当に些細なことでも怒りが爆発したり、床にめり込むくらい気分が沈みます。</p>
<p>そんな時大臣は、ポテトチップスを買って、チョコを買って、炭酸ジュースを買ってきます。</p>
<p>そして「そろそろ血祭りだもんね。これは修行だと思ってます！どんとこい！！」」といった具合に、全力で受け止める準備をします。</p>
<p>ただそれだけでは申し訳ないので、我が家では暗黙のルールで事前申告制度を取り入れているんです。</p>
<h4><span id="toc4">事前申告制度</span></h4>
<p>実は、付き合っている頃から始めたこの制度は、とても効果的ではあるのですが、ついついワタシ自身が忘れてしまうことが多いんです。笑</p>
<p>事前申告制度とは、事前に怒りをぶつけることを謝罪することです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「もうすぐ血祭りがきます。なので、理不尽に怒りをぶつけることが</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>120%</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>ありえます。本当に申し訳ないし、本当に反省しているので、この</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>1</strong></span><span style="color: #ff00ff"><strong>週間は、勘弁してください」</strong></span>といった具合に、事前に謝罪を口頭で申告しています。</p>
<p>大臣曰く、これは意外にも効果があるみたいで、<span style="color: #3366ff"><strong>「事前に言われていると心の準備ができるんだよね」</strong></span><span style="color: #3366ff"><span style="color: #000000">と言っていました。</span></span></p>
<p>それ以降、なるべく事前申告制を取り入れて、心の被害を最小限に抑えられるように努力をしている途中です。笑</p>
<h4><span id="toc5">我が家のあうんの呼吸</span></h4>
<p>あうんの呼吸のほぼ９５%が大臣の寛大な心によって成り立っています。</p>
<p>常に察して行動をしてくれているおかげで、言葉を交わさなくても気持ちに合わせて接してくれていることは、本当に感謝でしかありません。</p>
<p>少し前までは、言葉で伝えることも難しい時期がありました。</p>
<p>伝えることすら辛くて、しんどい時期もありました。</p>
<p>その過程の中で、なるべく無理をさせないように、負担にならないようにと、彼なりの優しさから始まったのが、我が家のあうんの呼吸なのかもしれません。</p>
<p>その優しさに甘えて、察してくれることが当たり前になってしまっている時もあるから、たまに<span style="color: #3366ff"><strong>「言葉で言いなさい！」</strong></span>なんて、大臣に怒られることもあるんですけどね。笑</p>
<h4><span id="toc6">お互いに思いやりを持って</span></h4>
<p>ずっと一緒にいれば、あうんの呼吸は自ずと身に付くなんてことはないと思うんです。</p>
<p>きっと相手の様子を見ながら、相手のことを考えながら接した先に、言葉を交わさずに理解をすることに繋がるような気がします。</p>
<p>それは夫婦じゃなくても、友人でも、仕事でも同じような気がします。</p>
<p>あうんの呼吸はきっと、思いやりの中で成り立っていると思うから。</p>
<p>そしてワタシ自身も、これからは大臣を見習って今までできなかったことを少しずつしてみようとも思うんです。</p>
<p>言葉がなくても、思いやりを持って、相手の気持ちに寄り添う事ができる。</p>
<p>それが真のあうんの呼吸だと、ワタシは思うから。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>気遣いと心遣い</title>
		<link>https://orientalnagon.com/heart/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 12:00:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[友人]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[心遣い]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[気遣い]]></category>
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					<description><![CDATA[「気を遣ってくれて、ありがとう」そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。 何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。 そして夫にも、「いつも [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #008000;"><strong>「気を遣ってくれて、ありがとう」</strong></span>そう言葉にしてもらうたびに、心の中では微かな違和感を感じていました。</p>
<p>何一つ悪気があって言っているわけではないけれど、少しだけ寂しさを覚えるようになっていきました。</p>
<p>そして夫にも、<span style="color: #3366ff;"><strong>「いつも気を遣ってくれて、ありがとうね」</strong></span>と言われたので、ワタシは初めてこう答えたんです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣ったわけじゃないよ。これはワタシなりの心遣いなんだ」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉だけを聞いた時には、夫は不思議そうな顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そっか、心遣いか」</strong></span>と、ワタシの言葉の意味を探そうとしていました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「気を遣っていることは、必要以上に顔色をうかがって、相手に忖度をしながらすることだと思うんだ。でもね、大切な人に喜んでもらいたい、こうしてあげたいなって心から思えて自然に行動することは、気を遣うことじゃないんだよ」</strong></span>そう伝えた時、夫は驚いた顔をしながら<span style="color: #3366ff;"><strong>「そうだったんだ。とても素敵な言葉だね」</strong></span>と言ってくれました。</p>
<p>けれどもその言葉を導き出すには、随分と時間と心を使ってきたんです。</p>
<p>自分の気持ちを隠して、相手のことだけを考えるように生きてきたワタシの生き方は、まさに気を遣う人生でした。</p>
<h4><span id="toc1">喜んでくれるなら</span></h4>
<p>幼少期から相手が喜ぶことが一体なんなのかを、自然と身につけていました。</p>
<p>それは言葉を重ねた時の表情だったり、態度だったり、何を言えば機嫌が良くなって、何をすると不機嫌になるのかを肌で感じ過ぎていたからだと思います。</p>
<p>同級生の友人はいないけれど、それでも小さな社会の中で生活するには、ある程度の忖度も覚えなければいけません。</p>
<p>カーストというものがあるせいで、その人たちには言いたいことも言えないし、言ったら最後いじめの標的になってしまう。</p>
<p>きっと生きていくために身につけた技のように、顔色をうかがい、気を遣うことを覚えていきました。</p>
<p>気を遣えばつかうほど、相手はワタシに危害を加えなくなり、時には優しくしてくれることもありました。</p>
<p>そうやって一つひとつ、試しながら気を遣うことが癖のようになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">忖度へと移り変わり</span></h4>
<p>大人になれば社会に出て、色々な人たちと関わらなくてはいけなくなりました。</p>
<p>もちろん、ほとんどの人は優しい顔をして自分のことしか考えていない人ばかりでした。</p>
<p>そして当たり前のように空気を読んで、当たり前のように感情を読み取らなければいけませんでした。</p>
<p>朝から機嫌が悪い人がいれば気を遣い、思い通りに行かずにイライラしている人にも気を遣い、常に周りを見て、感情と表情を読み取って仕事をしなければいけませんでした。</p>
<p>心の底から<span style="color: #ff00ff;"><strong>「喜んでくれたら嬉しいな」なんて思うことはなく、「今日もどうか、怒られませんように」</strong></span>そんなくだらないことのために、自分自身の気持ちを犠牲にしながら忖度をし続けていました。</p>
<p>けれども結局は、全て無駄だったんです。</p>
<p>自分の機嫌を自分で取らない人たちは、全ての責任を相手に押し付けることで、優越感を感じ、自分の存在価値を確認する。その作業がしたくて、無意味に負の感情をむき出しにすることを、年齢を重ねるにつれて理解していきました。</p>
<p>そしてその行動に対して、誰かが<span style="color: #ff00ff;"><strong><span style="color: #ff0000;">「間違っている」</span></strong></span>と声を上げることは決してありません。</p>
<p>誰もが気を遣う場にいたら、考え方も思考回路も麻痺してしまっていたのです。</p>
<p>そうやってワタシは、いつまでも気を遣うことをし続けていました。</p>
<h4><span id="toc3">仕事を辞めて、得たものは</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、忖度をする相手もいなければ、気を遣う人間もいなくなりました。</p>
<p>今までは常に肩に力が入り、<span style="color: #ff00ff;"><strong>「何かしら行動しなくては」</strong></span>と身構えていたけれど、そんな敵も、もういません。</p>
<p>すると少しずつ穏やかになっていく心にも変化があり、今目の前にいる人の力になれることがあるかを探すようになっていきました。</p>
<p>とは言ってもお金もない、体力もない状態でできることは限られています。</p>
<p>だから目の前にいる人が喜ぶことを想像して、小さなことでもやってみようと考えるようになりました。</p>
<p>一番身近にいる人といえば、夫だったり、友人だったり、私たちの家族だったり。</p>
<p>そんな人たちの顔を浮かべながら、喜ぶ表情を思い描いて、自分にできることを少しずつやってみることにしました。</p>
<p>すると今まで感じていた気持ちとはまるで違う感情が、芽生え始めていきました。</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>「ありがとう」</strong></span>その言葉を聞けるだけで気持ちは軽やかになり、表情も穏やかになっていく。</p>
<p>他の人からしたら当たり前にできていることでも、ワタシにとってはかなり労力を要するものもありました。</p>
<p>それでも嬉しそうな顔をしてくれたら、心の底から涙が溢れてしまうくらい、ワタシ自身も幸せな気持ちに満ち溢れていくようになったのです。</p>
<p>その時に初めて思いました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「そうか、今までは気を遣っていたけれど、これはきっと、気ではなく、心を遣っているんだな」</strong></span>と。</p>
<h4><span id="toc4">心遣いを日頃から</span></h4>
<p>とても簡単なことでも、相手のことを思い、そして喜ぶ顔を浮かべるだけで気持ちは随分と変わります。</p>
<p>それでも長年染み付いてしまった気を遣う性格は、中々変わるものではなく、いまだに抜けないことの方が多いです。</p>
<p>それでも、たまにふとした瞬間に心遣いをすることで、大切な笑顔を見ることができることに、ようやく幸せを見出せるようになってきました。</p>
<p>単なる言葉かもしれないけれど、ワタシは随分とこの言葉に救われたような気がします。</p>
<p>これからの人生を、気を遣って過ごすのではなく、心を遣い過ごしていきたいから。</p>
<p>きっと皆さんならもう、すでに気づいているかもしれません。</p>
<p>気遣いではなく、心遣いの本質を。</p>
<p>そしてその効果を・・・。</p>
<p>大切な人の顔を浮かべながら、今日もワタシはほんの少しだけ心遣いをしていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>人生貯金を貯める日々</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Sep 2023 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[人生貯金]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[父]]></category>
		<category><![CDATA[貯める]]></category>
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					<description><![CDATA[皆さんは、人生貯金という言葉をご存知ですか？ これはワタシの父が作った言葉なのか、それともどこからか聞いて使った言葉を教えてくれたのか、それはいまだに分かりません。 しかし父は、ワタシが幼い頃からよく「人生貯金はとても大 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>皆さんは、人生貯金という言葉をご存知ですか？</p>
<p>これはワタシの父が作った言葉なのか、それともどこからか聞いて使った言葉を教えてくれたのか、それはいまだに分かりません。</p>
<p>しかし父は、ワタシが幼い頃からよく<span style="color: #333399"><strong>「人生貯金はとても大切だから、ちゃんと貯めておくんだよ」</strong></span>と言っていました。</p>
<p>さて、人生貯金がなんなのか。</p>
<p>それを今日は書いていこうと思います。</p>
<h4><span id="toc1">心遣いの貯金箱</span></h4>
<p>人生貯金とは損得勘定を考えず、困っている人や助けを求めている人に手を差し伸べることだと、ワタシの父は言いました。</p>
<p>それは身近な人ならもちろん、見ず知らずの人でも分け隔てなく行うことだとも言われていました。</p>
<p>だから幼い頃は、駅や街で困っている人を見かけると、<span style="color: #ff00ff"><strong>「大丈夫ですか？」</strong></span>と声をかけ、手伝えることがあれば力を尽くす努力をしていました。</p>
<p>それを父に話すと<span style="color: #333399"><strong>「そうか！偉かったな。これでまた貯金が貯まったぞ」</strong></span>と言いました。</p>
<p>人生貯金が貯まると一体どんなことが起きるのか。</p>
<p>ある時<span style="color: #ff00ff"><strong>「人生貯金を貯めたら、どうなるの？」</strong></span>と聞くと、<span style="color: #333399"><strong>「納言が困っている時、今度は誰かが手を差し伸べてくれるんだよ。銀行は自分でお金を引き出すことができるけど、人生貯金は、自分では引き出せないんだ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうして？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #333399"><strong>「それは、貯金屋さんが毎日『あの人はちゃんと貯めているかな』って見ていて、いいことをすると、代わりに徳を貯めておいてくれるシステムなんだよ。それで納言が困った時には『困っているから助けてあげよう』って少しずつ引き出してくれているんだ。だから、良いことをしていても、悪いことをしていても見られているんだぞ」</strong></span><span style="color: #333399"><span style="color: #000000">と言っていました。</span></span></p>
<p>ただ当時はまだ小さかったこともあり、言っていることはなんとなく理解はできるけれど、不十分で、あんまり信用もしていませんでした。</p>
<p>むしろ行動を見られていること自体が、少しだけ怖くも感じていたんです。</p>
<h4><span id="toc2">大人になると忘れてしまう、あの気持ち</span></h4>
<p>それから少しずつ成長するにつれて、人生貯金のことは頭から抜け落ちていくようになりました。</p>
<p>知らない人に声をかけたりすることもなくなり、困っている人と出会う機会も少なくなってしまったのかもしれません。</p>
<p>だから、幼い頃に言われ続けていた人生貯金は貯まるどころか、どんどん減っていってしまいました。</p>
<p>それはきっと、純粋な心を忘れて、自分だけのことに必死になり過ぎていたことも原因の一つでした。</p>
<p>昔は心が柔軟で、どれだけ嫌なことがあったとしても、誰かに対して思いやりの心や、優しさを持つことを忘れませんでした。</p>
<p>困っている人がいれば、もちろん全力を尽くしたし、少しでも変化があれば駆け寄って助けようとしたこともありました。</p>
<p>でもそんなこともせずに、自分ことばかりを考えているせいで、いつの間にか視野が狭くなり、周りを見渡すことも、誰かに優しく接する気持ちも、忘れていくようになってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc3">仕事を辞めて、思い出したのは</span></h4>
<p>仕事を辞めてから、ふと人生貯金の話を思い出しました。</p>
<p>そしてなんとなく頭に浮かんだのは子どもたちのことだったんです。</p>
<p>純粋で優しく、損得勘定も考えないまま、困っている子がいたらサッと駆け寄っていたあの子たちのことを。</p>
<p>とても優しく広い心を持っていた子どもたちのことを、なぜだか思い出していたんです。</p>
<p>子どもたちは無意識に周りを見ながら、正しいと思ったことをまっすぐやり通していました。</p>
<p>その姿は、大人のワタシからしたら到底真似できるものではなかったんです。</p>
<p>そしてその時に初めて、父の言っていた意味が分かったのかもしれません。</p>
<p>人生貯金という言葉を借りて、<span style="color: #333399"><strong>「損得勘定は抜きにして、困っている人がいたら力になることが大切であり、その行為はいつか自分にも返ってくる」</strong></span>ということを。</p>
<p>自分自身の人生を生きていく中で、とても大切なことだと父は伝えたかったのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc4">人生貯金を再開して</span></h4>
<p>もうすぐ30歳になろうとしていますが、ようやく本当の意味を理解し、また新たに人生貯金を貯めることにしました。</p>
<p>そしてまずできることは、身近にいる人たちから大切にしていくことだと決めたのです。</p>
<p>当たり前のことかもしれないけれど、それを直視して、実行して、続けることはとても難しいことだと思うから。</p>
<p>目の前にいる人に心を遣い、そして少しずつ視野は広がってゆく。</p>
<p>それをようやく今になって、学び始めているのかもしれません。</p>
<p>きっとワタシの人生貯金残高は、ゼロに等しいと思います。</p>
<p>少しずつコツコツと貯めながら、徳を積んでいこうと思うのです。</p>
<p>大切な人たちを想って、そして視野を広げて、周りを見つめて、生きていくと決めたから。</p>
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		<title>大切なことを教えてくれた、あの子</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Jun 2023 10:00:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[優しさ]]></category>
		<category><![CDATA[大切に]]></category>
		<category><![CDATA[子どもから学ぶ]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
		<category><![CDATA[遊びの中で]]></category>
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					<description><![CDATA[私には今でも忘れられない、大切な言葉があります。 その言葉は、保育士をしていた頃にクラスの子が言ってくれた言葉でした。言われた瞬間、ハッとしたと同時に、「今の気持ちをずっと持ち続けていよう。そして、この先の人生でも大切に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私には今でも忘れられない、大切な言葉があります。</p>
<p>その言葉は、保育士をしていた頃にクラスの子が言ってくれた言葉でした。言われた瞬間、ハッとしたと同時に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今の気持ちをずっと持ち続けていよう。そして、この先の人生でも大切にしていこう」</strong></span>と思った出来事でもありました。</p>
<p>ある日の朝、1人の女の子が私にこう聞きました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「ねえ、なごんせんせい！せんせいのたいせつなひとはだれ？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「青色組（仮名）のみんなだよ！」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「それはしってるよ〜。そうじゃなくて、ほかにいるでしょ？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「うーん。そうだなぁ・・・。先生のお友だちとか、あとは先生の家族とか？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「それってパパやママってこと？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そうだね。みんなと同じくらいたいせつだよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「そっか」</strong></span></p>
<p>そう言って彼女は私の目の前からいなくなり、急に机に向かい始めました。</p>
<p>おもむろに一生懸命机に向かって何かをしている姿に、さっきの質問と何か関係があると思い<strong>、<span style="color: #ff00ff">「何をしてるの？」</span></strong>と聞くと、<span style="color: #ff9900"><strong>「まだだめ！」</strong></span>と言われてしまいました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えぇ〜、寂しいじゃん・・・」</strong></span>と言っても、<span style="color: #ff9900"><strong>「へへっ」</strong></span>と笑って誤魔化されるだけ。</p>
<p>この時は、本当に何をしているのか全く見当もつかなかったのです。</p>
<h4><span id="toc1">彼女の差し出したもの</span></h4>
<p>なんだか気になるやり取りをした後、一向に何も話してこなくなり、私は気になるけれど、聞いていいものかも分からずに、とりあえず様子を見守ることにしました。</p>
<p>お話が大好きな彼女が、帰るまでに黙り続けるはずがないと思っていたからです。きっと、何か考えがあるのだろうと、その場ではそっとすることが1番だとも考えていました。</p>
<p>けれども、昼食の時間になっても、おやつの時間になっても何一つアクションを起こしてこないことに、私の方がなぜかソワソワしていました。</p>
<p>何度も<span style="color: #ff00ff">（我慢、我慢。きっと言いに来てくれるはず。あの質問の答えはきっと、そのうちわかるはず）</span>と、なんとか我慢をし続けることに必死でした。</p>
<p>しかし、とうとう帰る時間が迫っても、彼女は何も言う事もなく、友だちとブロックをしたり、おままごとで遊んだりしていました。</p>
<p>きっと朝のことなんて忘れてしまったのかもしれないと諦めていた時、ふと身につけていたエプロンを片付けて、鞄の方へ向かっていったのです。</p>
<p>すると2つの封筒を持ってきて、私の前に立ち、こう言いました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「せんせいのパパとママに、このおてがみかいたんだよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えっ！？どうして納言先生のパパとママに書いてくれたの？」</strong></span>そう聞いた時、彼女は想像もしなかった言葉を口にしました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「なごんせんせいのことだいすきだから。せんせいのだいすきなひとは、わたしもたいせつなの。だから、このおてがみあげる！」</strong></span>と。</p>
<p>その封筒には、私のだいすきな色とお気に入りのシールが使われていました。一生懸命覚えたひらがなで、私の両親に手紙を書いてくれたのです。</p>
<p>その優しさに、純粋な気持ちに、言葉で返すことができず、私はそっと抱きしめるという方法しか浮かびませんでした。</p>
<p>ありったけのありがとうを、伝えるように。</p>
<h4><span id="toc2">たいせつなひとの大切な人</span></h4>
<p>保育士をしている時、子どもたちには私の全ての愛情を注いできたつもりです。確かに、低賃金で重労働だし、不満もたくさんありました。</p>
<p>けれども、子どもたちの笑顔を見られるのなら、喜んでくれるのなら、そんなことはどうでもいいと思ってしまうほど、子どもたちに対しての想いは大きかったかもしれません。</p>
<p>もちろん、保護者の方にも感謝をしていました。</p>
<p>子どもたちと出会わせてくれたこと、そして私という人間を先生として対等に見てくださったこと。けれども、それ以上に子どもたちにとっては、誰よりも大切でかけがえのない人だという視点では、見ることができていなかったかもしれません。</p>
<p>しかし、彼女がくれた手紙を見て、言葉を聞いた時、<span style="color: #ff00ff"><strong>「子どもたちのたいせつなひとは、私にとっても大切な人なんだ」</strong></span>と、初めて意識的に考えるようになりました。</p>
<p>子どもたちと話していると、<span style="color: #ff6600"><strong>「いえでこんなことをしたよ」</strong></span>とか、<span style="color: #3366ff"><strong>「いっしょにあそんでくれたんだよ」</strong></span>という言葉には、必ず家族の存在がありました。</p>
<p>無意識かもしれないけれど、子どもたちの心の中には、いつも大切な人たちがそばにいたのです。</p>
<p>子どもたちの笑顔の先には、家族の存在がいることを、初めてちゃんと知ることができた瞬間でもありました。</p>
<p>それからでした。</p>
<p>私が子どもたち以外にも、子どもたちの<strong>たいせつなひとも大切</strong>にしようと心から思うようになったのは。</p>
<h4><span id="toc3">子どもたちから学ぶこと</span></h4>
<p>正直、私は子どもたちに教える立場ではなく、常に学ぶ立場だと思いながら接してきました。</p>
<p>時には叱らなければいけない事もあったし、本気で喧嘩をしたこともありました。けれども、大人とはいえ、大きな友だちとして対等に接し、安心と信頼をおける存在になれるように接してきたのが、私なりの保育のあり方です。</p>
<p>もしかしたら、<span style="color: #ff0000"><strong>「保育士として、そのやり方は間違っている」</strong></span>と思われていたこともあるでしょう。ただ、子どもたちのことを考え、その先の大切な人たちのことを考えていた人は、きっと少なかったと思います。</p>
<p>子どもたちも、そして私だって、大切な人を大切に想ってくれなければ悲しいですから。</p>
<p>それを、彼女は何気ない日常の中で教えてくれました。</p>
<p>そして、保育士を辞めた今でもあの時の出来事は、大切な思い出として、人生の大きな基盤として残り続けています。</p>
<p><span style="color: #99ccff; font-size: 20px"><strong>たいせつな人の大切な人を大事にする。</strong></span></p>
<p>当たり前にできるようで、とっても難しいことだと思います。純粋な心を持っていたからこその発想だとも思っています。</p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「あなたは、今できていますか？」</strong></span>と聞かれれば、胸を張って<span style="color: #ff00ff"><strong>「はい！！」</strong></span>ということはできません。</p>
<p>けれども、この先の人生の中で常に心の中には持ち続けていたい気持ちなのです。</p>
<p>全ての人を大切にすることは、誰だって不可能です。ただせめて、自分の目の前にいる人を、そして、その先にいる人たちを想い、大切にできる人間でいたいと心から思います。</p>
<p>純粋で真っ直ぐな気持ちを忘れないように。</p>
<p>彼女からもらった、大きな愛を胸に残し続けられるように。</p>
<p>今日も私は、自分に関わる人を大切にしていきたいと思います。</p>
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