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	<title>想い | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>想い | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>悲しみの裏側に</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Jul 2023 10:00:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたにスポットライトをあてて]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[命]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うこと]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
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					<description><![CDATA[2023年7月12日（水） 夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。 道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたので [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2023年7月12日（水）</p>
<p>夫と友人と私を含めた4人で、日帰り旅行のようなものに出かけていました。</p>
<p>道中大変なこともありながら、「あぁ、やっぱり人と会って、楽しい気持ちを共有することは幸せだな」と感じながら家に着いたのです。</p>
<p>暑さの中で沢山歩いたせいもあり、汗をかいた私たちは早々にお風呂に入りました。その日の出来事を振り返りながら、思い出に浸る。</p>
<p>その時間がとても幸せでした。</p>
<p>しかし、そんな幸せはあるニュースをきっかけにまた一つ、考えさせられる出来事へと変わってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">若きタレントの訃報</span></h4>
<p>お風呂を出てから携帯をいじっていると、LINEには衝撃的な連絡が入りました。</p>
<p>「ねえ、りゅうちぇるが亡くなったんだって」その文字を見た時、会ったこともなければ話したこともない人なのに、悲しみでも悔しさでもなく、虚無感だけが体全身を駆け巡っていました。</p>
<p>まだしばらくお風呂に浸かっていた夫に、訃報を告げると、口を開き言葉にならないような顔をしながら、一言だけ<span style="color: #3366ff"><strong>「なんでなんやろ・・・」</strong></span>そう呟いていました。</p>
<p>少し調べてみると、いろいろな憶測が書かれており、真相はいまだに誰にもわからないけれど、誰もが居ても立っても居られない、そんな感覚に襲われたのかもしれません。</p>
<p>つい最近まで、笑顔の姿を見ていたからなのか。</p>
<p>それとも、心の影をどこかで感じ取っていたのか。</p>
<p>どちらにしても、誰もが<strong><span style="color: #33cccc">「どうして？」</span><span style="color: #99cc00">「なんでなの？」</span></strong>と疑問と虚無感の両方に挟まれたまま、悲しみに暮れることしか出来ない様子でした。</p>
<p>こうしてまた、若い命が絶たれてしまったのです。</p>
<h4><span id="toc2">葛藤の奥深く</span></h4>
<p>このニュースを見た時、かつての自分と重なる部分がありました。</p>
<p>感情の糸が絡まり合い、やがて解けなくなるまでこんがらがってしまう。その辛さは、私にも経験がありました。</p>
<p>どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「助けて」</strong></span>と叫びたくても、どれだけ<span style="color: #ff00ff"><strong>「限界なんです」</strong></span>と言いたくても、まるで水中にいるかのように相手に声が届くことがなかった頃。いつしか、自分の存在が誰にも見えなくなってしまうのではないかという恐怖と常に闘っていたあの頃を。</p>
<p>自分自身の存在が分からなくなった時、ふと肩の力がふぅ〜と抜けた感覚に襲われ、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう、どうでもいいや・・・」</strong></span><span style="color: #ff00ff"><span style="color: #000000">と</span></span>人生に終わりを告げようとした頃のことを、今でも鮮明に覚えています。</p>
<p>一言声をかけてくれればと言われたこともあったけれど、その一言が余計にプレッシャーに感じることがある。そして、また喉の奥につっかえた言葉をゴクリと飲み込んで、何もなかったかのように振る舞う、そんな生活がありました。</p>
<p>彼女の中で何があったのか、そして、心の影はいつから姿を表し、どのようにして全身を覆い被さるようにしてしまったのか・・・。</p>
<p>それも、今では本人にしか分からないことなのです・・・。</p>
<h4><span id="toc3">ニュースを見るたびに</span></h4>
<p>コロナ禍になってからというもの、私自身が人の生死に過敏に反応するようになっていきました。</p>
<p>本当だったら、楽しく思い出を作り過ごしていたのかもしれない。</p>
<p>誰かと笑い合ったり、時には感情に任せ涙を流していたのかもしれない。</p>
<p>そんなことを思うたびに、心がギューっと締め付けられるような感覚に襲われるのです。</p>
<p>自死を選ぶことは、決して褒められた選択ではありません。</p>
<p>けれども、全てを否定して「自ら命を断つことは、決してあってはならない」と言い切ってしまうことも、私は少し違うような気もしてしまうのです。</p>
<p>それは私自身も、同じように自死を選択しようとしていたからこそ、そのような考え方が生まれてしまうのかもしれません。</p>
<p>辛かったあの時、目の前が全て暗闇に包まれているように感じていた日々は、生き地獄そのものでした。相談すればするほど、自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれて、目の前に起きる全てのことに絶望感を覚えました。</p>
<p>いっそのこと、全てを終わりにできたら、どれだけ楽なんだろうと本気で考えたことは、数えきれないほどありました。</p>
<p>けれども私は、生きる勇気も死ぬ勇気も中途半端に持ってしまっていたために、相談したところで、現状は変わらなかったのです。</p>
<p>一人で抱え込んでいれば、それはそれで、ただただ改善されない現状に疲弊しながら、追い詰められていくばかりでした。</p>
<p>何が正しくて、どうしたらいいのか分からなくなる、それが何より辛かったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc4">命の限りの中で</span></h4>
<p>命には限りがあります。</p>
<p>寿命を操作することも、何歳まで生きてどんな最期を迎えるかと決めたとしても、流れていく運命に逆らうことはできません。</p>
<p>唯一できるとしたら、自分自身で命を絶つ。つまり自死を選択することだけは、自分で決めることができる寿命の決め方なのかもしれません。</p>
<p>これはあくまでも私の個人的な意見ですが、自死を選ぶことは、決して間違った選択ではないような気がするのです。</p>
<p>残された家族や友人、そして関わりのある人たちが悲しい思いをすることは間違い無いでしょう。そしてきっと「どうして命を絶つようなことをしたんだ・・・。もっと早くに行ってくれたら」という後悔の念を抱かせてしまうことにもなるかもしれません。</p>
<p>しかし、どれだけ言葉を重ねられても、どうにもできない心の影があるのだとしたら。</p>
<p>頑張って頑張って、生きようと懸命に走り続けた結果、取り返しのつかないような感情が生まれてしまったら。</p>
<p>もしそうだとしたら、その人に向かって<span style="color: #ff00ff"><strong>「生きて」</strong></span>とは言えないかもしれないと思ったのです。</p>
<p>そして私自身も、同じように仕事で辛く、生きる希望を失ったあの時、頑張って頑張って、頑張り続けた先に<span style="color: #ff6600"><strong>「生きて」</strong></span>と言われていたら、きっと今とは別の選択をしていたでしょう。</p>
<p>とても悲しいことだけれど、一度心に宿してしまった闇は、どんな言葉をかけられても、どれだけ応援されたとしても、立ち直れないところまで引きずり込もうとするのです。</p>
<h4><span id="toc5">寄り添うことで</span></h4>
<p>しかし、今の私はこうして文章書き、かつてのうつ病や摂食障害、そして栄養失調などと向き合いながら、絡まった糸を解く作業をしています。</p>
<p>それは決して一人の力ではなく、色々な人があらゆる言葉で寄り添い、時には態度で示し続けてくれたおかげだと思っています。</p>
<p>あの時、誰一人として<span style="color: #ff6600"><strong>「頑張って」</strong></span>とは言いませんでした。</p>
<p><span style="color: #33cccc"><strong>「生きて」</strong></span>という直接的な言葉をかけられたこともありません。</p>
<p>ただ黙って寄り添ってくれた人や、<span style="color: #3366ff"><strong>「もう十分だよ。よくやった。いっぱい泣きなよ」</strong></span>と感情を表に出すことを許してくれる言葉をかけてくれたことで、大きな影が少しずつ小さくなっていくことを感じることが出来たんだと思います。</p>
<p>もしも、彼女にもそんな人がそばにいて、<span style="color: #ffcc00"><strong>「あなたはあなたのままでいいんだよ」</strong></span>と、そっと手を握りながら涙を流すことを許してくれたら、1番悲しい選択をしない未来もあったかもしれません。</p>
<p>しかしそれも、当事者とその周りにいる人にしか分からないことなのです。</p>
<p>最近特に、誰かが命を絶ったというニュースや物騒な事件を目にするたびに、心の影が大きく支配している人が増えたような気がするんです。</p>
<p>どこか孤独で、誰かに<span style="color: #ff0000"><strong>「私を見て！」</strong></span>と助けを求めている、そんな人たちで溢れたようにも感じるのです。</p>
<p>昔のように、不便さを愛する生活よりも、便利をより便利なものへと追求することが当たり前となってきました。</p>
<p>会ったこともない人だったとしても、SNSで発信しているところを目の当たりにしている分、とても身近な存在に感じてしまう。昔よりも人との距離感のバグが出来ていく、そんなことが当たり前になってきました。</p>
<p>その便利さには、時に恐怖を感じることさえあるのです。</p>
<h4><span id="toc6">今をどう生きるのか</span></h4>
<p>今回のニュースを知り、一人の若いタレントの死という言葉で片付けてはいけないような気がして、私は急遽エッセイを書くことに決めました。</p>
<p>どんなことでも、人の命が終わりを迎えることはとても悲しく虚しいことです。ましてや、それが自ら選んだ選択なのだとしたら、悲しみは計り知れません。</p>
<p>ただ一つだけ、もしも目の前にいる大切な人が、心の影に押しつぶされそうになり、感情の糸が絡まり合ってしまっているのなら、そっと抱きしめてあげてほしいのです。</p>
<p>言葉を多く交わすことよりも<span style="color: #33cccc"><strong>「大丈夫。あなたの気持ちは十分伝わっているよ。だから、気持ちを半分こにして」</strong></span>と、抱きしめながらそっと温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして出来るのならば、痛みをほんの少しでもいいから貰ってあげてほしいのです。</p>
<p>きっとその優しさは、相手にも伝わるはずだから。</p>
<p>全ての人に効果があるのかは分からないけれど、かつての私には、どんな薬よりも効果がありました。</p>
<p>痩せ細った体をそっと<span style="color: #ff9900"><strong>撫でながら、「大丈夫。あなたが頑張っていること、私はちゃんと分かっているから」</strong></span>と言ってくれた友人がいました。</p>
<p>一言も言葉を発しない私に、ギュッと抱きしめて<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い気持ちは、二人で半分こにすればいいんだよ。だから、泣いていいんだよ。大丈夫。ずっとそばにいるからね」</strong></span>そう言って、いつまでもそばにい続けてくれたのが夫でした。</p>
<p>否定をせずに受け止めてくれたこと、心に負った傷を一緒に味わおうとしてくれたことは、この先も一生忘れることはないでしょう。</p>
<p>尊い命が絶たれてしまった今、私たちに何が出来るのか・・・。</p>
<p>全ての人の命を救うこと、そして見ず知らずの人の自死を止めることは不可能です。しかし、目の前にいる大切な人が同じような境遇になろうとした時には、悲しみが繰り返されないように、そっと寄り添ってほしいのです。</p>
<p>一度絶たれてしまった命は、どれだけ後悔しても戻ることはないのだから・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>大切なことを教えてくれた、あの子</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Jun 2023 10:00:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[優しさ]]></category>
		<category><![CDATA[大切に]]></category>
		<category><![CDATA[子どもから学ぶ]]></category>
		<category><![CDATA[思いやり]]></category>
		<category><![CDATA[想い]]></category>
		<category><![CDATA[遊びの中で]]></category>
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					<description><![CDATA[私には今でも忘れられない、大切な言葉があります。 その言葉は、保育士をしていた頃にクラスの子が言ってくれた言葉でした。言われた瞬間、ハッとしたと同時に、「今の気持ちをずっと持ち続けていよう。そして、この先の人生でも大切に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私には今でも忘れられない、大切な言葉があります。</p>
<p>その言葉は、保育士をしていた頃にクラスの子が言ってくれた言葉でした。言われた瞬間、ハッとしたと同時に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今の気持ちをずっと持ち続けていよう。そして、この先の人生でも大切にしていこう」</strong></span>と思った出来事でもありました。</p>
<p>ある日の朝、1人の女の子が私にこう聞きました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「ねえ、なごんせんせい！せんせいのたいせつなひとはだれ？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「青色組（仮名）のみんなだよ！」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「それはしってるよ〜。そうじゃなくて、ほかにいるでしょ？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「うーん。そうだなぁ・・・。先生のお友だちとか、あとは先生の家族とか？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「それってパパやママってこと？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そうだね。みんなと同じくらいたいせつだよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「そっか」</strong></span></p>
<p>そう言って彼女は私の目の前からいなくなり、急に机に向かい始めました。</p>
<p>おもむろに一生懸命机に向かって何かをしている姿に、さっきの質問と何か関係があると思い<strong>、<span style="color: #ff00ff">「何をしてるの？」</span></strong>と聞くと、<span style="color: #ff9900"><strong>「まだだめ！」</strong></span>と言われてしまいました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えぇ〜、寂しいじゃん・・・」</strong></span>と言っても、<span style="color: #ff9900"><strong>「へへっ」</strong></span>と笑って誤魔化されるだけ。</p>
<p>この時は、本当に何をしているのか全く見当もつかなかったのです。</p>
<h4><span id="toc1">彼女の差し出したもの</span></h4>
<p>なんだか気になるやり取りをした後、一向に何も話してこなくなり、私は気になるけれど、聞いていいものかも分からずに、とりあえず様子を見守ることにしました。</p>
<p>お話が大好きな彼女が、帰るまでに黙り続けるはずがないと思っていたからです。きっと、何か考えがあるのだろうと、その場ではそっとすることが1番だとも考えていました。</p>
<p>けれども、昼食の時間になっても、おやつの時間になっても何一つアクションを起こしてこないことに、私の方がなぜかソワソワしていました。</p>
<p>何度も<span style="color: #ff00ff">（我慢、我慢。きっと言いに来てくれるはず。あの質問の答えはきっと、そのうちわかるはず）</span>と、なんとか我慢をし続けることに必死でした。</p>
<p>しかし、とうとう帰る時間が迫っても、彼女は何も言う事もなく、友だちとブロックをしたり、おままごとで遊んだりしていました。</p>
<p>きっと朝のことなんて忘れてしまったのかもしれないと諦めていた時、ふと身につけていたエプロンを片付けて、鞄の方へ向かっていったのです。</p>
<p>すると2つの封筒を持ってきて、私の前に立ち、こう言いました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「せんせいのパパとママに、このおてがみかいたんだよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「えっ！？どうして納言先生のパパとママに書いてくれたの？」</strong></span>そう聞いた時、彼女は想像もしなかった言葉を口にしました。</p>
<p><span style="color: #ff9900"><strong>「なごんせんせいのことだいすきだから。せんせいのだいすきなひとは、わたしもたいせつなの。だから、このおてがみあげる！」</strong></span>と。</p>
<p>その封筒には、私のだいすきな色とお気に入りのシールが使われていました。一生懸命覚えたひらがなで、私の両親に手紙を書いてくれたのです。</p>
<p>その優しさに、純粋な気持ちに、言葉で返すことができず、私はそっと抱きしめるという方法しか浮かびませんでした。</p>
<p>ありったけのありがとうを、伝えるように。</p>
<h4><span id="toc2">たいせつなひとの大切な人</span></h4>
<p>保育士をしている時、子どもたちには私の全ての愛情を注いできたつもりです。確かに、低賃金で重労働だし、不満もたくさんありました。</p>
<p>けれども、子どもたちの笑顔を見られるのなら、喜んでくれるのなら、そんなことはどうでもいいと思ってしまうほど、子どもたちに対しての想いは大きかったかもしれません。</p>
<p>もちろん、保護者の方にも感謝をしていました。</p>
<p>子どもたちと出会わせてくれたこと、そして私という人間を先生として対等に見てくださったこと。けれども、それ以上に子どもたちにとっては、誰よりも大切でかけがえのない人だという視点では、見ることができていなかったかもしれません。</p>
<p>しかし、彼女がくれた手紙を見て、言葉を聞いた時、<span style="color: #ff00ff"><strong>「子どもたちのたいせつなひとは、私にとっても大切な人なんだ」</strong></span>と、初めて意識的に考えるようになりました。</p>
<p>子どもたちと話していると、<span style="color: #ff6600"><strong>「いえでこんなことをしたよ」</strong></span>とか、<span style="color: #3366ff"><strong>「いっしょにあそんでくれたんだよ」</strong></span>という言葉には、必ず家族の存在がありました。</p>
<p>無意識かもしれないけれど、子どもたちの心の中には、いつも大切な人たちがそばにいたのです。</p>
<p>子どもたちの笑顔の先には、家族の存在がいることを、初めてちゃんと知ることができた瞬間でもありました。</p>
<p>それからでした。</p>
<p>私が子どもたち以外にも、子どもたちの<strong>たいせつなひとも大切</strong>にしようと心から思うようになったのは。</p>
<h4><span id="toc3">子どもたちから学ぶこと</span></h4>
<p>正直、私は子どもたちに教える立場ではなく、常に学ぶ立場だと思いながら接してきました。</p>
<p>時には叱らなければいけない事もあったし、本気で喧嘩をしたこともありました。けれども、大人とはいえ、大きな友だちとして対等に接し、安心と信頼をおける存在になれるように接してきたのが、私なりの保育のあり方です。</p>
<p>もしかしたら、<span style="color: #ff0000"><strong>「保育士として、そのやり方は間違っている」</strong></span>と思われていたこともあるでしょう。ただ、子どもたちのことを考え、その先の大切な人たちのことを考えていた人は、きっと少なかったと思います。</p>
<p>子どもたちも、そして私だって、大切な人を大切に想ってくれなければ悲しいですから。</p>
<p>それを、彼女は何気ない日常の中で教えてくれました。</p>
<p>そして、保育士を辞めた今でもあの時の出来事は、大切な思い出として、人生の大きな基盤として残り続けています。</p>
<p><span style="color: #99ccff; font-size: 20px"><strong>たいせつな人の大切な人を大事にする。</strong></span></p>
<p>当たり前にできるようで、とっても難しいことだと思います。純粋な心を持っていたからこその発想だとも思っています。</p>
<p><span style="color: #008000"><strong>「あなたは、今できていますか？」</strong></span>と聞かれれば、胸を張って<span style="color: #ff00ff"><strong>「はい！！」</strong></span>ということはできません。</p>
<p>けれども、この先の人生の中で常に心の中には持ち続けていたい気持ちなのです。</p>
<p>全ての人を大切にすることは、誰だって不可能です。ただせめて、自分の目の前にいる人を、そして、その先にいる人たちを想い、大切にできる人間でいたいと心から思います。</p>
<p>純粋で真っ直ぐな気持ちを忘れないように。</p>
<p>彼女からもらった、大きな愛を胸に残し続けられるように。</p>
<p>今日も私は、自分に関わる人を大切にしていきたいと思います。</p>
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