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	<title>摂食障害 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>摂食障害 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>鎮痛剤依存症</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Jun 2023 10:00:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[依存症]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[摂食障害]]></category>
		<category><![CDATA[栄養失調]]></category>
		<category><![CDATA[頭痛]]></category>
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					<description><![CDATA[私は約4年ほど、鎮痛剤依存と向き合っています。 それは過去の付き合っていた元彼と、結婚を考えていた頃に別れてしまい、仕事も上手くいかなくなった頃から、手放せなくなり始めたのがきっかけでした。 決して依存したかったわけでは [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私は約4年ほど、鎮痛剤依存と向き合っています。</p>
<p>それは過去の付き合っていた元彼と、結婚を考えていた頃に別れてしまい、仕事も上手くいかなくなった頃から、手放せなくなり始めたのがきっかけでした。</p>
<p>決して依存したかったわけではありません。</p>
<p>ただ少しでも、痛みが緩和されることを望み、よくなるために飲んでいたはずでした。</p>
<p>しかし、今では鎮痛剤を飲まない日はほとんどありません。</p>
<p>そして薬を飲まないと、生活に支障が起きてしまうほど痛みが強く、依存度も高くなってしまったのです。</p>
<h4><span id="toc1">少しずつむしばまれていく体</span></h4>
<p>私の母は、片頭痛持ちでした。</p>
<p>幼い頃に<span style="color: #ff9900"><strong>「頭がいたい・・・」</strong></span>と言って、ベッドに横になって苦しんでいる姿を何度も見ていました。子どもながらに<span style="color: #ff00ff"><strong>「頭が痛いんだ・・・。そんなに辛いんだ。母ちゃんが死んじゃったらどうしよう」</strong></span>と考えてしまうほど、時には悶絶するほどの痛みに襲われて苦しむ母の姿を見ていました。</p>
<p>そして大人になり、仕事を始めるようになってから、私も度々片頭痛になることがありましたが、滅多に薬を飲むことはなく、もちろん肌身離さず薬を持っているということもありませんでした。</p>
<p>しかし、幼稚園を辞めて新しく保育園に就職してから3年ほどが経った頃、少しずつ激しい痛みを感じることが増えていきました。</p>
<p>頭が割れそうな時もあれば、目の奥から鈍く重たい痛みを感じることもありました。</p>
<p>そこで頭痛外来を受診して、血液検査やMRIなども試しましたが、遺伝性の片頭痛と診断され、<span style="color: #008000"><strong>「上手く付き合っていくしかないね」</strong></span>という答えとともに、薬を処方されました。</p>
<p>頭痛に襲われると、全てのことが止まってしまいます。</p>
<p>日常生活に支障をきたし、寝ることが1番の対策だと言われても、痛すぎて眠ることもできない。</p>
<p>頭の中で誰かが、目の奥を踏みつけているのか、それとも両側からこめかみをギューッと押そうとしているのかも分からなくなるほど、痛みは継続的に続いていきました。</p>
<p>けれども1度病院を受診して以降、数年間、頭痛外来に行くことをやめてしまったのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうせ行っても無駄だし」</strong></span>という気持ちが勝ってしまい、そこから私の市販薬に依存する日々が始まりました。</p>
<h4><span id="toc2">市販薬に依存して</span></h4>
<p>仕事が忙しくなり始めてから、ストレスと不眠は続き、痛みで起きて、ぼーっとしながら仕事をすることもありました。</p>
<p>カバンの中には常に市販薬が何十錠も常備してあり、<strong>家に出る前に2錠、仕事中に2錠、給食を食べた後に2錠、夕方に2錠、そして家に帰り2錠飲む</strong>という狂った生活を頻繁に送るようになりました。</p>
<p>少ない時で<strong>4錠</strong>で収まる時もあれば、ひどい時だと<strong>12錠</strong>も薬を飲むこともありました。</p>
<p>いつしか私は薬がないことに不安を感じ、薬を飲んで安心するという、<strong>まさに依存的な体になってしまったのです。</strong></p>
<p>そして薬を多用するようになってから、食欲は落ち、みるみる痩せていきました。</p>
<p>口にしているのは大量の水と薬、そして少量の食事だけ。そんな不健康な生活は約4年にわたって続きました。</p>
<p>そして数年ぶりに訪れた頭痛外来で、再度血液検査をしてみると、私は<strong>栄養失調</strong>だということが判明したのです。</p>
<p>食事もろくに取らずに、薬ばかりに頼り続けていた体は、もうとっくに限界に達していたことに、ようやく気づいたのです。</p>
<h4><span id="toc3">いまだに治らない依存症</span></h4>
<p>仕事から離れてもう直ぐ1年が経とうとしています。</p>
<p>昔のように薬を多用することは無くなりましたが、今でも市販薬、もしくは病院でもらった薬を飲まなければ、1日を過ごすことはできません。</p>
<p>そして何より、頭痛が起きてしまった時の痛みに恐怖感があることも、薬を断つことができない理由なのかもしれません。</p>
<p>痛みを緩和する代わりに、私は大きな代償を背負いました。</p>
<p>痩せすぎた体と過度なストレス、そして鎮痛剤に依存したことにより、健康だった頃を取り戻すことは、いまだに出来ていません。</p>
<p>そして今も闘い続けている最中です。</p>
<p>もう何年も一人前のご飯を完食することが出来ていません。</p>
<p>鎮痛剤は常にカバンに常備されていて、飲まない日がないほど私は依存してしまっているのです。</p>
<h4><span id="toc4">痛みと向き合って</span></h4>
<p>仕事をしていた頃、まともに眠ることが出来ずにいました。</p>
<p>常に痛みと共に起きて、痛みの中で仕事をしていました。ご飯を食べる元気もなく、気力だけで毎日を乗り切っていました。</p>
<p>何より心の安定剤として、頭痛薬を持ち歩いていたのです。</p>
<p>それほどまでに追い詰められていた頃と今では、大きく変わったことがあります。</p>
<p>睡眠時間を作ることが出来ているし、ご飯も完食はできないけれど、少しずつ量を食べられるようになってきました。</p>
<p>誰が見ても栄養失調そのものだった体も、少しずつふっくらして<span style="color: #ff6600"><strong>「元気になってきたね」</strong></span>と言ってもらえるようになってきました。</p>
<p>それでも治ったわけではなく、ゆっくり時間をかけて自分の体と、そして痛みと向き合っている途中なんだと思います。</p>
<p>自分の体と向き合って、周りの人に助けられて・・・。</p>
<h4><span id="toc5">伝えたいこと</span></h4>
<p>今でこそSNSで、沢山の方々が<span style="color: #ff6600"><strong>「納言さん！」</strong></span>と声をかけてくれたり、時には私の投稿を見て褒めてくれたり、ブログを読んで感想をくれることも増えてきました。</p>
<p>しかし、数ヶ月前までの私は、皆さんが思っている私ではありませんでした。</p>
<p>そして、無意識の中でベルトを持って脱衣所に向かい、慌てて追いかけてきた夫に<span style="color: #3366ff"><strong>「お願いだから、もう仕事を辞めて・・・。お願いだから」</strong></span>と泣かせてしまったこともありました。</p>
<p>生きていることが本当に苦しかったんです。</p>
<p>自分が自分でなくなることも、大好きだった仕事が続けられなくなっていることに気づいたことも、本当に苦しかったです。</p>
<p>夫は私が元気だった頃を知りません。</p>
<p>出会った時はガリガリに痩せて、ご飯を食べてもトイレに駆け込む姿しか見たことがありませんでした。</p>
<p>突然大きな声で泣き叫び、ひたすら謝り続ける姿を何度も見ています。</p>
<p>一緒に暮らし始めてすぐに、私は仕事を休職しました。それからの数ヶ月間、私たちにとっては本当に地獄のような日々を過ごしていました。</p>
<p>何をするか分からない人間と一緒に暮らすことは、彼にとっても大きなストレスを与えていたと思います。</p>
<p>そして結婚式をする一カ月前に、私は仕事を辞めて、式当日はうつ病の真っ最中でした。</p>
<p>人生の中で主人公になれる特別の日に、私は心の病と闘っていたのです。</p>
<p>それでも今こうして、生きています。</p>
<p>そして新しいことを始めて、沢山の方に支えられていることも日々痛感しています。</p>
<p><strong>夫の支えがなければ、友人が寄り添ってくれなければ、家族が手を差し伸べてくれなければ、今の私は存在していません。</strong></p>
<p>そして何より、皆さんと出会い、声をかけてくれたり、関わってくれることは、今まで失い続けていた自信を取り戻すきっかけとなりました。</p>
<p>世の中には私と同じように、うつ病で苦しんでいる人がいると思います。</p>
<p>鎮痛剤が手放せなくて依存症になったり、摂食障害に悩んでいる人もいるかもしれません。</p>
<p>ただ一つだけ、言わせてください。</p>
<p>どうか自分を責めないであげてください。</p>
<p>人と比べたり、出来ないことばかりを見ようとしないでください。</p>
<p>誰にだって得意不得意はある。</p>
<p>けれどもそれ以上に心の中にある、<strong>あなただけの才能</strong>の芽を持っていると思うのです。それはきっと、あなたしか出せない魅力として、綺麗な花を咲かせる日がくると私は思います。</p>
<p>そして、もしも身近な人が苦しんでいるときは、言葉ではなく、寄り添ったり抱きしめたりしながら温もりを分けてあげてください。</p>
<p>その優しさに救われる瞬間があるはずだから・・・。</p>
<p>私は、全ての人の傷を癒すほど出来た人間ではありません。</p>
<p>特殊な能力や魔法も使えません。</p>
<p>ただ私にも才能の芽があるのだとしたら、エッセイを通して苦しみの中にいる人に寄り添うことは出来ると思うんです。</p>
<p>苦しい気持ちを沢山味わい、痛みを知っているからこそ、私には私のやり方で、そっと寄り添うことをさせてください。</p>
<p>そして最後に…</p>
<p><span style="color: #000000"><strong>「今は苦しくて、何も見えない暗闇の中にいると思うかもしれない。けれども、少しずつ雨が上がり、雲の隙間から光が差し込むように、前を向けるきっかけが現れるはずだから。それまでそっと寄り添わせてください。そしていつか、勇気の一歩を踏み出した時、きっと世界に色がついたように、今まで見えなかった景色を見ることができるはずだから・・・」</strong></span></p>
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		<title>病気を乗り越えて</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 20 Apr 2023 13:43:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[摂食障害]]></category>
		<category><![CDATA[栄養失調]]></category>
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					<description><![CDATA[夫と出会った時の私は、人生で最も精神的にも肉体的にも限界を迎えていた時期でした。 仕事は全く上手くいっていませんでした。 恋愛も結婚を考えていた彼と別れて以降、マッチングアプリで出会った人たちと付き合いましたが、モラハラ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>夫と出会った時の私は、人生で最も精神的にも肉体的にも限界を迎えていた時期でした。</p>
<p>仕事は全く上手くいっていませんでした。</p>
<p>恋愛も結婚を考えていた彼と別れて以降、マッチングアプリで出会った人たちと付き合いましたが、モラハラ気質な人や、男尊女卑の考えが根強く残っている人、付き合うそぶりを見せて、マルチ商法に勧誘してきた人など、人生の中で一番上手くいっていない時期でした。</p>
<p>そんなどん底にいた時に出会ったのが、今の夫だったのです。</p>
<h4><span id="toc1">マッチングアプリで奇跡の出会い</span></h4>
<p>夫と出会う前に、私はある決意を固めていました。</p>
<p>「次に<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>が来た人がどんな人であってもやり取りをして、恋愛に繋がらなかったとしてもアプリはやめて、恋愛自体も諦めよう」と。</p>
<p><span style="color: #000000;">何もかもが上手くいかず自暴自棄になっていたからこそ、極端すぎる考えは後に功をそうすることになりました。</span></p>
<p>今まで載せていたプロフィール画像は、男性向けに撮った盛れている写真を使っていました。しかし、それでは意味がないことに気がついた私は、一番等身大に近い写真を選んだのです。</p>
<p>もちろん毎日来ていた<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>は、パタリと消えてしまいました。「やっぱりそうだよな・・・」と諦めかけた時、1人の人が<span style="color: #0000ff;"><strong>いいね</strong></span>をくれたのです。</p>
<p>それが、夫でした。</p>
<p>「初めまして！すごく素敵なファッションで思わず連絡をしました」</p>
<p>「ありがとうございます。よろしくお願いします！」それが一番初めの挨拶でした。</p>
<p>当たり障りのない会話から、仕事の話、趣味の話をしていき、少しずつ交流を深めていきました。</p>
<p>夫も私も共通の音楽の趣味があり、その他にも色々なところに共通点がありました。意気投合した私たちはLINEを交換して、毎日のようにやり取りをするようになったのです。</p>
<h4><span id="toc2">隠していた本当の姿</span></h4>
<p>文章でのやり取りを重ねていくうちに、少しずつ電話をすることも増えていきました。</p>
<p>電話を何度かするうちに、一度会ってみたいと思うようになっていきました。</p>
<p>すると「納言ちゃん、もしよければ一度会うことって出来ないかな？」と提案をされたのです。</p>
<p>すかさず「私も会いたいと思ってたの！ぜひ会おうよ」と会う約束を決めました。</p>
<p>しかし、ここで私はある問題と直面することになりました。</p>
<p>実は夫と出会う前、仕事や過去の恋愛のストレスで、私はガリガリに痩せていたのです。</p>
<p>食事は全く喉を通らず、食べてもすぐにトイレに何度も駆け込む生活を約4年続けていました。そのせいであばらは浮き出て、顔も筋が出てしまい、誰が見ても病的に痩せ細っていたのです。</p>
<p>そんな姿を見られたら嫌われてしまうかもしれない、そんな不安はありましたが、それでも会いたかったので、もしも聞かれた時にはきちんと話をしようと決めていました。</p>
<h4><span id="toc3">運命を感じて</span></h4>
<p>中間地点の駅の改札に少し早く待っていた私の後に、手を振りながら近づいてくる夫の姿がありました。</p>
<p>以前にも夫との出会いは書いたことがあるのですが、変なマスクをつけて登場した彼に妙な安心感を抱き、直感で<span style="color: #ff0000;">「この人と結婚するんだ」</span>と根拠のない自信を感じたまま、デートを１日楽しんだのです。</p>
<p><span style="color: #000000;">それからすぐに私たちは交際をスタートさせ、スピード婚約、スピード結婚をしました。</span></p>
<p>とてもありきたりな言葉を使うのなら、私は夫との出会いを運命だと思っています。</p>
<h4><span id="toc4">うつ病と向き合って</span></h4>
<p>初めにも書いた通り夫と出会った時にはすでに、ガリガリに痩せ細り、精神的にも肉体的にも限界を迎えていました。</p>
<p>籍を入れる2ヶ月前に同棲生活が始まったのですが、それと同時に仕事も休職しました。</p>
<p>原因は<strong>「うつ病」「栄養失調」「摂食障害」</strong>でした。その診断を受けたのも同棲生活が始まる少し前だったのです。</p>
<p>だから夫は、私が健康で元気だった頃を知りません。</p>
<p>同棲生活が始まってすぐに、新しい家で引きこもりのような生活を送り、毎日絶望を感じながら生きていました。</p>
<p>とても幸せなはずなのに、幸せを感じる余裕はありませんでした。行き場のない怒りや悲しみ、そして苦しみを夫にぶつけることが精一杯でした。</p>
<p>そして結婚式の1ヶ月間に夫と話し合い、仕事を辞めることにしました。何度も何度も話し合い決めたはずの答えでも、大好きだった保育士を辞める事実をすぐに受け止めることが出来なかったのです。</p>
<p>休職の期間中、毎日のように泣いて眠れない日々が続きました。</p>
<p>口癖のように「子どもたちに会いたい、保育士に戻りたい」そう言い続けていました。どれだけ当たり散らされても夫は見捨てることはせず、話を聞きながらそばにいてくれたのです。</p>
<h4><span id="toc5">長い道のりをゆっくりと&#8230;</span></h4>
<p>仕事に行かなくなってからもうすぐ、1年が経ちます。それでも、病気は完治することはなく、上手に向き合っていくことを夫婦で協力しながら行っています。</p>
<p>一緒にカウンセリングに行ってみたり、他の方法を試してみたり、前を向いて歩いていけるように支えてもらいながら生きています。</p>
<p>もしも夫と出会っていなかったら、私は職場で倒れるまで仕事を続けていたし、取り返しのつかないことになっていたかもしれません。</p>
<p>しかし今でも、保育士をしていた時の充実感や他では味わえなかった幸せの日々を思い出しては、涙が出てしまう日もあります。</p>
<p>だからこそ保育士ではなく、文章という形で子どもたちの思い出を忘れないように、たった1人でも誰かに知ってもらいたくて書き続けているのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc6">最後に</span></h4>
<p>私はうつ病でどん底にいる間、一度だけ夫の目の前で命を絶とうとしました。無意識に紐を持ち、脱衣所に向かっていく姿を追いかけてきた夫は、目に涙を浮かべて、何度も何度も頭を下げて止めてくれました。</p>
<p>その出来事がきっかけとなり、私は仕事を辞める決断ができたと思っています。</p>
<p>世の中には私と同じようにうつ病になり、実際に命を絶つ選択をされた方も多くいます。</p>
<p>死を選ぶことは間違った選択ではあるけれど、その人にしか分からない辛さは、誰が何を言ってもその人にしか分からないと思います。</p>
<p>それは私自身も過去に、同じ道を歩もうとしたからこそ気持ちが痛いほど分かるのです。</p>
<p>だからこそ「死ぬことは間違っている！」なんて否定はしないでほしいのです。</p>
<p>「生きていればいいことだってあるよ」と、今が辛いのに未来の話もしないでほしいのです。</p>
<p>ただそっと、<strong>「よく頑張ったね。もう目の前の現実から逃げていいんだよ。向き合うことが全てじゃない。辛いことから離れる選択をしたことも勇気があることだから」</strong>とそっと抱きしめてほしいのです。</p>
<p>逃げることは、悪いことじゃない。</p>
<p>それは、一歩を踏み出す勇気に繋がっているのだから。</p>
<p>心が壊れてしまいそうな時、一番ほしいのは言葉ではなく、寄り添ってくれている温もりを感じることだと私は思うから。</p>
<p><strong>「自分がいなくなったら誰かが悲しむ」</strong>のではなく、<strong>「あなたという存在を大切に想い続けてくれる人がいる」</strong>ということだけは、頭の片隅に置いてもらえないでしょうか。</p>
<p>どれだけ辛い時期があっても天気と同じで、雨や雷が一生続くわけじゃない。</p>
<p>雨の後には虹がかかり、太陽が明るく照らし作物を育ててくれる。</p>
<p>けれども雨がなければ、育つものも育たないのです。</p>
<p>辛い体験は心の中に残り続けてしまうけれど、傷つくたびに痛みを知り、自分以外の人に優しくする方法を知っていくことができる。そうやって人との繋がりは少しずつ広がっていくのだと思います。</p>
<p>もしもあなたの大切な人が苦しみの中にいるのなら、そっと抱きしめて温もりを分けてあげてください。</p>
<p>そして同じ苦しみを知っている私は、文章という言葉で抱きしめさせてください。</p>
<p>どれだけ時間はかかっても、きっと勇気の一歩を踏み出すきっかけになるはずだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
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