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	<title>物書き | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>物書き | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>感謝を伝え、今日も書くことをやめないで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Feb 2024 08:49:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[夢をもつ]]></category>
		<category><![CDATA[悲劇]]></category>
		<category><![CDATA[文章を書く]]></category>
		<category><![CDATA[物書き]]></category>
		<category><![CDATA[過去のトラウマ]]></category>
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					<description><![CDATA[エッセイを書き始めた頃のワタシは、とても不純な動機で言葉を綴っていました。 保育士に疲れ、夢もなければ希望も見えない。 一体なんのために生きているのか、そんな漠然とした恐怖と闘うことにも疲れた時、初めてエッセイを書くこと [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>エッセイを書き始めた頃のワタシは、とても不純な動機で言葉を綴っていました。</p>
<p>保育士に疲れ、夢もなければ希望も見えない。</p>
<p>一体なんのために生きているのか、そんな漠然とした恐怖と闘うことにも疲れた時、初めてエッセイを書くことに出会いました。</p>
<p>彼が小説や詩を書いていたから、すごく単純に思えてしまったんです。</p>
<p><strong>「ワタシにも、文章は書けるのだろうか」</strong>そんなことを聞いたことがありました。</p>
<p>すると、<span style="color: #3366ff"><strong>「君はなんだってできるし、きっと面白い作品を作ると思うよ。いつか書いた文章を読ませて欲しい」</strong></span>と言われたことが最初のきっかけでした。</p>
<h4><span id="toc1">復讐心が溢れて</span></h4>
<p>一番初めに書いた作品は<strong>「どうしてこんなにクズなんだ」</strong>という元彼への罵詈雑言を綴った文章でした。</p>
<p>書いている自分でさえも、<span style="color: #ff00ff"><strong>「よくもこんなに恨みつらみをよく書けるなぁ」</strong></span>と感心したほど、心に負った傷は大きかったです。</p>
<p>書いた文章を初めて見せた時には、<span style="color: #3366ff"><strong>「納言ちゃん。本当に大変だったんだね」</strong></span>と心配されるほどでした。笑</p>
<p>毎日机に向かって、今までの感情を吐き出すようにあらゆる角度から言葉を綴っていました。本が苦手なワタシは、技術を使って文章を書くことも、上手い言い回しをすることもできず、本当に心の中にある感情を吐き出す作業をひたすら続けていきました。</p>
<p>それがいつしか、<span style="color: #ff00ff"><strong>「もっと色々なことを書きたい。元彼以外にも、言えなかった想いを書いてみたい」</strong></span>という気持ちに変わっていったのです。</p>
<h4><span id="toc2">すでに始まりを迎えて</span></h4>
<p>大人になってから文章を書く楽しさを知りました。けれども実は中学生の頃にも、何本かエッセイを書いていたんです。</p>
<p>ある時、大好きだった祖母の家に彼と一緒に行くと、昔からあったパソコンが当時のまま置いてありました。</p>
<p>興味本位で起動させてみると、当時中学一年生だったワタシが書いたであろう文章が何個も出てきたのです。</p>
<p>内容は全てフィクションだったのですが、冒頭から衝撃的なものでした。</p>
<p><strong>「あるところに、とても不細工な女がおった」</strong>から始まる文章は、当時のワタシが言われていた言葉も含めて、４枚にわたって綴られていました。</p>
<p>文章のイロハを一つも知らなかった割に、エピローグまで付けられた文章の最後には、<strong>「同じ気持ちを味わった人に、勇気が与えられますように」</strong>と添えられていたんです。</p>
<p>その時は二人で目を合わせて、<span style="color: #3366ff"><strong>「昔からやってることは、一緒だったんだね」</strong></span>と彼は嬉しそうに言いました。</p>
<h4><span id="toc3">コンプレックスは、最大の武器へ</span></h4>
<p>昔から劣等感しか抱いておらず、常に容姿のことや自分の要領の悪さにも自信を失いながら生きていました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「どうして人生は、こうもうまくいかないんだ」</strong></span>と嘆き、悲しみ、絶望したことも数知れません。</p>
<p>だからこそ、今では<strong>「悲劇の物書き」</strong>と名乗り、そして文章を書く作業を続けています。</p>
<p>当時のワタシが言って欲しかった言葉を、大人になったワタシが改めて文章という形で残していることは、とても考え深く、そして妙な気持ちにもなっているのです。</p>
<p>ただ、どこかで<span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ苦しみを味わっている人が、きっとどこかにはいるはずだ」</strong></span>と思っていたのでしょう。</p>
<p>久しぶりに読んだ処女作は恥ずかしすぎる文章でしたが、まっすぐな気持ちが綴られており、当時も今も、気持ちは変わっていないことを改めて気づかせてくれました。</p>
<h4><span id="toc4">あらゆる人に支えられて</span></h4>
<p>何事もすぐに飽きてしまう性格なのですが、文章を書くことは今のところほぼ毎日続けています。</p>
<p>それはたった一人の力ではなく、あらゆる人の支えがあるからだと思うんです。</p>
<p>文章を楽しみにしてくださる方や、コメントや感想をくださる方が。</p>
<p>そして友人でさえも<span style="color: #cc99ff"><strong>「仕事終わりに読んでるよ」</strong></span>と言ってくれたり、送った文章を<span style="color: #ff6600"><strong>「面白くてあっという間に読んじゃった」</strong></span>と連絡をくれたりもしています。</p>
<p>彼に至っては、どれだけ挫折をしても<span style="color: #3366ff"><strong>「辛い時も苦しい時もある。けどね、書き続けたらきっと面白いことになる。君にはその力があるんだ」</strong></span>と言い続けてくれています。</p>
<p>ワタシはやっぱり、一人では何もできないんです。</p>
<p>あらゆる人たちの支えによって、そしてかけてくださる多くの言葉によって、時には励まされ、時には勇気をもらい、書くことができているのです。</p>
<p>悲劇の物書きは、いつしか多くの勇気により、少しずつ悲劇から脱却しようとしているのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。</p>
<p>皆様の言葉一つひとつが、ワタシに大きな希望を与えてくれました。何より、こうして文章を書き続けられるのも、たくさんの方々の支えがあるからだと思っています。</p>
<p>これと言って技術もなければ、うまいことが言えるわけでもありません。</p>
<p>ただ、自分の言えなかったことを、言えなかった思いを文章にすることしかできませんが、それでも読んでいただけること、心から感謝しています。</p>
<p>これからもワタシにしかできない形で、いただいた勇気を文字に変えて、たった一人でも寄り添えるような文章を書き続けていきたいと思います。</p>
<p>関わってくださる全ての人たちに感謝を。</p>
<p>そして支えてくれる友人や家族に敬意を。</p>
<p>皆様に出会えて、そしてこうして文章を残すことができているワタシは、きっと幸せ者なのでしょう。</p>
<p>本当に感謝の言葉を尽くしても足りないほどですが、どうぞこれからもオリエンタル納言をよろしくお願いします。</p>
<p>そして、心から<span style="font-size: 20px; color: #ff0000"><strong>「ありがとう」</strong></span>と伝え、エッセイを終わりたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>記憶はいつか美化される</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Aug 2023 10:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[前を向く]]></category>
		<category><![CDATA[物書き]]></category>
		<category><![CDATA[美化]]></category>
		<category><![CDATA[記憶]]></category>
		<category><![CDATA[辛い気持ち]]></category>
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					<description><![CDATA[最近ワタシの周りで少し嬉しいことが起きています。 元々保育士だった頃、子どもたちに会える事が1番の楽しみであり、生き甲斐でした。 そしてどれだけ辛い現実が目の前にあっても、体を壊していたとしても、子どもたちの笑顔の前では [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>最近ワタシの周りで少し嬉しいことが起きています。</p>
<p>元々保育士だった頃、子どもたちに会える事が1番の楽しみであり、生き甲斐でした。</p>
<p>そしてどれだけ辛い現実が目の前にあっても、体を壊していたとしても、子どもたちの笑顔の前では、全てを忘れてしまうほどの力がありました。</p>
<p>もう残されているはずもないエネルギーは、どこからか湧いて出てきて、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今日も頑張ろう」</strong></span>と原動力へと変化する。</p>
<p>だからこそ、体が悲鳴を上げていようとも無視をして、職場に通い続けていました。</p>
<p>もう少し、もう少しと言い聞かせるようにしていたんです。</p>
<p>そんな生活はある日突然終止符を打ち、今現在は仕事もせずに夢を追いかける夢追い人として生きる道を選んでいます。</p>
<p>でも、子どもたちのことを忘れたことはありません。ふとした瞬間に楽しかった日々が映画のワンシーンのように思い出されるんです。</p>
<p>そして<span style="color: #ff00ff"><strong>「もう一度だけ、会いたいな」</strong></span>そう思い、少し寂しさを覚える時もあります。</p>
<p>しかし最近、ばったり子どもたちに会う事が増え、今でも<span style="color: #ffcc00"><strong>「なごん先生！！！」</strong></span>と名前を覚えてくれていたり、学校の話、保育園での話を聞かせてくれたりが何度かありました。</p>
<p>その度に、ワタシは保育士になって本当に良かったと噛み締めています。</p>
<p>仕事に行かなくなってから、彼はワタシに言い続けたことがありました。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「思い続けていればきっと、子どもたちに会えるから」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉通り、神様が見てくれているのか、何かの偶然で会えているのか、そんな嬉しい事が続いているんです。</p>
<h4><span id="toc1">繰り返される記憶</span></h4>
<p>しかし、楽しかった記憶ばかりではありません。</p>
<p>思い出されるのは、幸せだった頃よりも、やっぱり辛いことの方が多くありました。</p>
<p>誰かの言葉に怯えて、視線に震えて、そして気を遣いながら、様子を探りながら働いていたあの頃は、今でも鮮明に映像として残り続けているのです。</p>
<p>それはきっと、辞めてからまだ時間が浅いからなんだと思います。</p>
<p>それでも不思議なことに、<strong>記憶</strong>はいつか<strong>美化</strong>されていくものなんです。</p>
<p>小学生の頃は、ひどいいじめに遭っていました。けれどもその記憶も今では薄らいでしまっています。思い出されるのは、大好きだった校長先生と唯一優しかった2年生の頃の担任の先生のこと。</p>
<p>過去にどんなことを言われて、どんな思いをしたのか、想像するには随分と時間がかかってしまうようになったのです。</p>
<p>時の流れは恐ろしく、どんなことでも忘れてしまいそうになるんです。</p>
<p>それが嫌なことならいいのですが、良いことも同じように忘れてしまいそうになる。</p>
<p>大好きだった祖母の声を正確に覚えているかと聞かれれば、もはや思い出すことは難しくなってきています。</p>
<p>二人で歌った思い出の曲に、一緒に行った場所、かけてもらった言葉はいつまでも残り続けているけれど、大好きだった笑い声や歌声、そして香りはいつしか記憶と共に薄らいでしまいました。</p>
<p>だからワタシは定期的に、思い出すようにしているんです。</p>
<p>どんなことも美化されてしまわないように、記憶から抜け落ちてしまわないように。</p>
<h4><span id="toc2">両方の感情を</span></h4>
<p>幸せだったことだけを覚えていては、何かをする原動力は薄れてしまうような気がします。</p>
<p>だから嫌なことも定期的に思い出すようにしているんです。</p>
<p>あの時言われた言葉だったり、言動だったりが美化されないように、記憶が美しくなってしまわないように。</p>
<p>楽しいことだけが毎日起こり、幸せだけを感じて生きてしまったら、ワタシはエッセイを書くことを選ばなかったでしょう。</p>
<p><strong>今まで伝えられなかった思いは、一体どこにぶつければいいのだろう。</strong></p>
<p><strong>悔しかった感情を伝えるには、どうしたらいいのだろう。</strong></p>
<p><strong>同じ気持ちの人は一体、どれだけいるのだろう。</strong></p>
<p>そんなことを昔はよく考えていたんです。</p>
<p>話し相手がいなかったから、聞いて欲しい時に誰かに相談することも出来ませんでした。</p>
<p>言われたまま心の中に傷となって残され、そしていつの間にか自然と治癒していくのを待つことが、ワタシには出来なかったんです。</p>
<p>心の傷は何層ものかさぶたとなって、剥がれてはまた出来るのを繰り返しました。いつしかそれが原動力になり、伝えたいという気持ちへと変化していったんだと思います。</p>
<p>時折思うのです。</p>
<p>どんなことも記憶が曖昧になり、美化されていくことが怖いんだと。</p>
<p>喜怒哀楽があるのなら、その記憶のまま留めておくことも、時には必要なんだと。</p>
<h4><span id="toc3">忘れないように</span></h4>
<p>どれだけ悲しかった出来事も、忘れないようにしていたとしても、記憶はやっぱり美化されていくんです。</p>
<p>当時のままの怒りを留めておくことは出来ません。</p>
<p>だから美化される前に、ワタシは文章として書き残すことに決めたのかもしれません。</p>
<p>大切な人が亡くなった時、誰かとの別れを経験した時、直後の悲しみと数十年経った時の悲しみの度合いはきっと違うでしょう。</p>
<p>そうやって悲しみというものを、時間をかけて忘れようとしているのかもしれません。</p>
<p>どれだけ嫌な別れ方をしても、良いところばかりが浮かんできたり、嫌なところもあったけれど、楽しい記憶の方が思い出されるのも、きっと記憶が少しずつ美化されているような気がするのです。</p>
<p>とても良いことだけれど、少しだけその感覚に恐怖を覚える事もあるんです。</p>
<p>本当に忘れてはいけないことまでも、美化されてしまうんじゃないかって。</p>
<p>心に留めておかなければいけないことまで、記憶が曖昧になってしまうんじゃないかって。</p>
<p>一番怖い事は、良い事も悪いことも記憶の曖昧さに委ねて、美化されることに慣れてしまう事なんじゃないかと思う時があるのです。</p>
<h4><span id="toc4">悲劇の物書きとして</span></h4>
<p>今まで300本以上のエッセイを書き続けてきましたが、そのほとんどは悲しい出来事ばかりでした。</p>
<p>ある時には<span style="color: #ff9900"><strong>「そんなに悲しいことばかり書いて辛くならない？」</strong></span>と聞かれたことがありました。</p>
<p>けれどもワタシにとって書くことは、過去の気持ちや記憶を美化することなく向き合う手段だと思っています。</p>
<p>あの時の気持ちを忘れてしまったら、きっと書くこともやめてしまうでしょう。</p>
<p>今までの29年間、辛いことばかりを経験してきました。</p>
<p>その度に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてワタシばかり」</strong></span>という気持ちが芽生えなかったわけではありません。</p>
<p>けれどもきっと、文章を書き、美化することなく書き留めることがワタシに与えられた使命なのかもしれません。</p>
<p>辛さに大小もなければ、人と比べるものでもない。</p>
<p>けれどもワタシ自身が経験したことの中で、語れるネタがあるのなら、書き続けようと思うのです。</p>
<p>きっと美化されることなく届けた想いのいくつかには、寄り添おうとする気持ちが入っているような気がするから。</p>
<p>過去の自分に語りかけるように、そして、同じ苦しみを味わい、記憶が美化されることを待つことしかないと感じている誰かのために、書き続けていきたいと思います。</p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>今まで沢山のことを書いてきました。</p>
<p>決して楽しい人生ではなく、苦難が多い人生でした。</p>
<p>もしも相談相手がいたら、友人がいたら、助けてと言えたら、今とはまるで別の人生を歩んでいたでしょう。</p>
<p>世の中には、ワタシなんかよりもっと辛い経験をしている人がいるかもしれない。</p>
<p>今まさに苦しみの中で、もがき続けている人もいるかもしれない。</p>
<p>けれどもその気持ちはいつか、大きな糧になることを忘れないで欲しいのです。</p>
<p>苦しみの真っ只中にいる間は分からない感情だけれど、乗り越えた時、その現状と向き合った時、きっと別の見え方をすると思うから。</p>
<p>そしてその気持ちは、決して忘れないで欲しいのです。</p>
<p>痛みを味わった分だけ、人の痛みが分かるはずだから。</p>
<p>どんなことでも経験してみないことには、見えない景色がある。</p>
<p>それはきっと、感情だって同じことだと思うから。</p>
<p>苦しんでいる状況を代わる事はできないけれど、分かち合う事はできる。</p>
<p>人はそうやって寄り添いながら生きていくのだと、ワタシは思うんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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