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	<title>石川県 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>木挽に戻す、その日まで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Dec 2024 10:00:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[旧姓]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[苗字]]></category>
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					<description><![CDATA[ワタシの旧姓は“木挽（こびき）”という珍しい苗字です。 そして同じ苗字の人と出会ったことがいまだにありません。 とても珍しくて、すぐに覚えてもらえる苗字だから子どもながらに誇りに持ち、大切にしてきました。 けれども変わっ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ワタシの旧姓は<strong>“木挽（こびき）”</strong>という珍しい苗字です。</p>
<p>そして同じ苗字の人と出会ったことがいまだにありません。</p>
<p>とても珍しくて、すぐに覚えてもらえる苗字だから子どもながらに誇りに持ち、大切にしてきました。</p>
<p>けれども変わっているということもあり、学生の頃からその苗字を馬鹿にされたり、からかわれたりすることも多くありました。</p>
<p>すごく悔しくて悲しい思いもたくさんしたけれど、それでも大切にし続けてきた特別な思いがある苗字でもあります。</p>
<h4><span id="toc1">珠洲の名残を</span></h4>
<p>ワタシの父の出身は石川県の珠洲市です。</p>
<p>そして、この木挽という苗字も珠洲市の方に多く存在しています。</p>
<p>祖母の家の近くに木挽という名字の人たちが多く住んでいて、その中でも本家と分家があるような土地柄でもあります。</p>
<p>だから珠洲市に帰った時には、<strong>「木挽〇〇の娘です」</strong>というと、<strong>「あぁ、あそこの子か！」</strong>と言われることもよくあります。笑</p>
<p>震災後から珠洲市もあらゆる人に知ってもらうようになりましたが、昔は地名を言ったところで<strong>「どこそこ？」</strong>となるくらい、田舎の場所だっただけに、余計に旧姓は珍しかったのかもしれません。</p>
<p>母が住んでいるところと、珠洲に住んでいた父の二人の血を分けてワタシが存在していることもまた、自分の苗字に誇りを持っている理由でもありました。</p>
<h4><span id="toc2">本籍地を変えて</span></h4>
<p>私たち夫婦は、初めは<strong>「結婚」</strong>という形を取ろうとは考えておらず、<strong>「事実婚」</strong>として苗字を変える予定も全くありませんでした。</p>
<p>けれども互いの両親のことも考えて、結果的に結婚することを選びました。苗字を変えることをずっと悩んではいましたが、彼の両親のことも考えた末に、苗字は彼のを、そして本籍地は珠洲市の方にしてもらうことにしました。</p>
<p>彼はワタシの苗字が珍しいこともあり<strong>「本当に苗字を変えてもいいの？」</strong>と何度も聞いてくれましたが、それでも本籍地を石川県にしてくれる配慮に応えるように、苗字を変える決断をしました。</p>
<h4><span id="toc3">地震によって変わりゆく気持ち</span></h4>
<p>彼のお父さんには本当に良くしてもらっていて、彼の苗字である<strong>“西川”</strong>になったこともとても喜んでくれました。</p>
<p>だからワタシの名前を呼ぶときには、たまにフルネームで呼ぶこともあります。そして<strong>「嫁に来た」</strong>と言うのではなく<strong>「我が娘」</strong>と嬉しそうにフルネームで呼んでくれるのです。</p>
<p>けれども、2024年に起きた能登半島地震によってワタシの気持ちは大きく変化していきました。</p>
<p>この苗字は年々減りつつあり、ほとんどの人の高齢化が進んでいます。</p>
<p>一度は彼の姓になったけれど、震災直後から<strong>“木挽”</strong>に戻したいと思う気持ちが強くなっていきました。</p>
<p>あの場所を忘れないためにも、ずっと大切にしている苗字がなくならないためにも。</p>
<h4><span id="toc4">彼に想いを伝えて</span></h4>
<p>そんなことを考えていることは、きっと彼にはお見通しだったのでしょう。</p>
<p>ある日突然、<strong>「納言ちゃんは、前の苗字に変えたいって思う？」</strong>と聞かれたことがありました。</p>
<p><strong>「正直に言えば、戻したい気持ちはあるかな」</strong></p>
<p><strong>「そうだよね。震災もあったし、珍しい苗字だから余計にそう思うよね」</strong></p>
<p><strong>「でも、パパも西川になったことを喜んでくれてるから。時が来たら、いつかは戻そうかなって思ってるんだ」</strong></p>
<p><strong>「そっか。僕もそれがいいと思う。苗字が変わっても夫婦であることに変わりはないから」</strong>そう言ってくれたことをきっかけに、ワタシは旧姓に戻す決意を固めたのです。</p>
<h4><span id="toc5">いつの日か木挽に戻れるように</span></h4>
<p>何度か苗字について彼と話し合い、自分でも結婚した後から苗字を変えられるかなどを調べてみましたが、そう簡単に<strong>「変えたいです！」</strong>と言って変えられるものではないので、きっと時間も年月もかかるとは思います。</p>
<p>けれども、ワタシの両親にも<strong>「いつか、木挽の姓に戻すつもりだよ」</strong>と話すと、<strong>「お前、本気か！？ましゅうはなんて言ってたんだ」</strong>と驚きながら聞かれましたが、二人の会話をそのまま話すと、「<strong>・・・あいつ本気か？すごいなぁ」</strong>とただただ驚きと、それでも少しだけ嬉しそうな顔を浮かべていました。</p>
<p>とても変なことかもしれませんが、ワタシにとってそれほどまでにこの苗字は大切なものであり、残し続けたいものでもあります。</p>
<p>あの震災以降、本当にあらゆることを考えて、考え尽くしてきました。</p>
<p>そして珠洲市に多い苗字だからこそ、もしもこの先、あの町すら見捨てられて、忘れ去られてしまうことになったとしたら・・・そんなことが頭をよぎるくらい、今もなおあの町は崩れたままであり、人もどんどんいなくなりつつあります。</p>
<p>だからこそ余計にこの苗字を残し続けていたい・・・そう思う気持ちが強くなっているのかもしれません。</p>
<p>苗字を戻すことは当分先の話ではありますが、いつの日かもう一度、旧姓を名乗る日がやってくると思います。</p>
<p>そうやってできることから忘れないように、忘れ去られないように、ワタシはワタシにできることを一つひとつ積み上げていきたいと思うのです。</p>
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		<title>さようなら、思い出のお家</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Aug 2024 12:43:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[復興]]></category>
		<category><![CDATA[忘れられた町]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[震災]]></category>
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					<description><![CDATA[幼い頃から年に2回、必ず訪れていた場所がもうすぐなくなろうとしている。 玄関を入ると懐かしい香りと共に、祖母の声が聞こえて、畳の部屋を歩いていくと座椅子に座った祖父が待っていた。 それがワタシの大好きな珠洲の家でした。  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>幼い頃から年に2回、必ず訪れていた場所がもうすぐなくなろうとしている。</p>
<p>玄関を入ると懐かしい香りと共に、祖母の声が聞こえて、畳の部屋を歩いていくと座椅子に座った祖父が待っていた。</p>
<p>それがワタシの大好きな珠洲の家でした。</p>
<p>けれども震災によってかつての家は、思い出もろとも崩れていくように少しずつ壊れてしまいました。</p>
<p>足の踏み場も無くなって、入るだけでも危険が伴うような場所へと姿を変えてしまったのです。</p>
<p>それでも珠洲に行くたびに思い出を忘れないために、家の香りを心に残しておくために、何度も足を運んでいました。</p>
<p>そんな家が、もうすぐ取り壊されてしまうのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" fetchpriority="high" decoding="async" class="size-medium wp-image-2886 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/Untitled-design.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/Untitled-design.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/Untitled-design.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/Untitled-design.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/Untitled-design.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc1">思い出の物たちは</span></h4>
<p>7月にも一度行ってはいたのですが、その時には梅雨の影響で屋根から雨漏りがしていて、床もひどく荒れてしまったために、家の中に入ることすら困難な状況でした。</p>
<p>しかし、その後でボランティアさんたちが部屋の中の片付けを手伝ってくれたこともあり、久しぶりに家の中に入ることができたのです。</p>
<p>しかし、そこにかつての面影はなく、まるで廃橋のような姿をした部屋とも呼べないような部屋が目の前に広がっていました。</p>
<p>誰もいないガランとした景色の中で、思い出の物たちがあちらこちらに転がっているような状況だったのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" decoding="async" class="size-medium wp-image-2887 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc2">底が抜け、壁は落ち・・・</span></h4>
<p>親戚中が集まって団欒を楽しんだ場所は残骸だけが残り、足の踏み場もないような状況でした。</p>
<p>昔ながらの古いお風呂がある廊下は壁が剥がれ落ち、今にも崩れてしまいそうでした。</p>
<p>2階に上がる階段は強度の問題で登ることができなかったのですが、登らなくてもすでに2階の床が抜けていたので、1階からでも2階の様子がすっかり見てしまうほどに家は壊れていたのです。</p>
<p>従姉妹と遊んだ部屋を下から覗いてみたけれど、あの時の思い出も、楽しかった記憶も一瞬にして奪い去られてしまった。</p>
<p>そう思うと、家を眺めているだけでも胸が締め付けられ、涙が込み上げて来ました。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" decoding="async" class="size-medium wp-image-2888 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-1.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-1.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-1.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-1.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-1.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2889 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-2.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-2.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-2.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-2.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-2.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc3">残されたカレンダー</span></h4>
<p>日付がチグハグなカレンダーが、床にそっと置かれているような形で残っていました。</p>
<p>祖母が捨て忘れたのか、何かの思い出として残し続けていたのかそれはわかりません。</p>
<p>それさえも今では、何かしらの意味を持ってここに存在しているような気がするです。</p>
<p>カレンダー自身に心があったとしたら、きっと変わり果てた家を見て同じように心を痛め、そして涙を流していたかもしれません。</p>
<p>いつも壁にかけられて部屋全体を見渡していたはずのカレンダーは、あってはならない場所で静かに存在していたのだから。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2890 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-3.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-3.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-3.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-3.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-3.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc4">悲しき背景</span></h4>
<p>思い出の家を隅々まで見た後、祖母と叔父が住む仮設住宅へと向かいました。</p>
<p>その最中に、ワタシにはどうしても寄ってほしいところがあったので、様子を見るついでにその場所へ向かうことにしました。</p>
<p>珠洲市はかなり田舎なので、大きなショッピングセンターはありませんが、唯一この町の中では大きいモールのような場所がありました。</p>
<p>小さい頃から行き慣れていた場所であり、すぐそばに海があって素敵な場所でした。祖父が生きていた頃はよく2人でタバコを吸いながらモールを背にして海を眺めていました。</p>
<p>震災直後、復興する気でいたその場所に泥棒がなん度も入ったそうです。初めこそ地域の人たちのためにと動こうとしていたそうですが、その地域の人でさえ食べ物を探して、使える商品を探して、店に盗みに入る人たちもいたそうです。</p>
<p>被害金額もきっと想像を絶する物だったと思いますが、信じていた人たちに裏切られたという気持ちこそ、何よりお店を閉める一番の原因になったとワタシの叔父さんが言っていました。</p>
<p>誰だって辛い状況だったし、何より毎日を生きることに必死だったと思います。けれども、それでもやっていいことといけないことがある。</p>
<p>その気持ちさえ、忘れてしまうようなことがあの震災直後にはあらゆるところで起こっていたそうです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2891 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-4.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-4.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-4.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-4.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-4.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc5">憤りを覚えて</span></h4>
<p>つい最近もあらゆる場所で地震が起き、ニュースでは「そろそろ南海トラフがやってくる」とまるで不安を煽るように何度も何度も報道をされていました。</p>
<p>一時的にお店に水がなくなって、災害用品も品薄状態が続いていました。</p>
<p>中には<strong>「地震怖いしねぇ。とりあえず用意でもしとくかぁ」</strong>なんて声がワタシの地元でも聞こえてくることもありました。</p>
<p>どこか冗談じみた声と、<strong>「きっと大丈夫だろう」</strong>そう思う声、そして必要以上に地震の怖さを煽る声に少しだけ疑問を抱いてしまうことがありました。</p>
<p>備えあれば憂いなし。</p>
<p>もちろん備えておくことで、突然の事態に命を救われることは絶対にあると思います。地震が多いこの国では、その対策を取ることは生活をすることと同じだけ必要なことでもあると思うんです。</p>
<p>けれども、南海トラフという言葉に踊らされているようにも感じてしまうのです。不安を煽り、必要以上に商品を買い漁る人たちの姿に、ワタシはどうしても憤りを感じてしまうのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2893 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-6.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-6.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-6.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-6.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-6.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc6">忘れられた町</span></h4>
<p>奥能登は、日本で初めて震災で見捨てられた場所だと言われています。</p>
<p>東北大震災の時にはあらゆるメディアが報道をして、<span style="color: #ff0000;"><strong><span style="font-size: 32px;">復興</span></strong></span>という言葉を掲げ続けていました。</p>
<p>けれども珠洲市を含めた奥能登は、少しの間だけ報道されたのみで後は勝手に復興しているだろうと思われているように何一つ現状を伝えられなくなりました。</p>
<p>今でも家が崩れて、避難所生活を余儀なくされている人たちが大勢いるのに。</p>
<p>住み慣れた家が目の前で崩れていくのを、ただ見ることしかできな人たちが大勢いるのに。</p>
<p>自分だけが助かり、大切な人を一度に失ってしまった人が大勢いるのに。</p>
<p>それでも忘れられてしまったのです。</p>
<p>私たちの大切な故郷は過疎化が進み、震災の影響で県外に避難した人もいるからという理由で、国から捨てられてしまったのかもしれません。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2892 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-5.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-5.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-5.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-5.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-5.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc7">今できることを、ワタシができることも</span></h4>
<p>自分自身が震災を経験したわけではありません。そして、ワタシが住んでいる地域は南海トラフの影響をもろに受けると言われている場所でもあります。</p>
<p>震災の悲惨さを経験してはいないけれど、あらゆる人と話、大切な家を失った1人でもあるからこそ、メディアが伝えてくれないのなら、勝手に忘れ去られてしまうのならば、これからもワタシなりのやり方で皆さんに伝えていきたいと思っています。</p>
<p>いまだに町は、震災直後と変わらない状態が続いています。</p>
<p>それでも奥能登の方たちは、みんな揃ってこう言うんです。</p>
<p>「負けるな能登！諦めるな能登！」と。</p>
<p>どうか被災していない方々にも忘れないでいてほしいのです。</p>
<p>あの場所は忘れられた場所でも、見捨てられた場所でもなく、今も懸命に毎日を生きようとしている人たちがいる場所だということを。</p>
<p>そして被災者の方々は、未来のために希望を捨てず生きていることも。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-2894 aligncenter" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-7.jpg?resize=300%2C240&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="240" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-7.jpg?resize=300%2C240&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-7.jpg?resize=1024%2C819&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-7.jpg?resize=768%2C614&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/08/39a5a57d5cddf89691e09b6af1202ce1-7.jpg?w=1280&amp;ssl=1 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>珠洲日記</title>
		<link>https://orientalnagon.com/suzu/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Jul 2024 11:49:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[思い出漁港]]></category>
		<category><![CDATA[悲しみを受け止めて]]></category>
		<category><![CDATA[海の町]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
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					<description><![CDATA[2日間にわたる滞在期間の中で、あらゆる感情を感じました。 もちろん壊れていく建物や、少しずつ更地になっていく様子には悲しみが込みあがり、なんとも言えない気持ちになる場面もありました。 懐かしい景色が少しずつ変わりつつある [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2日間にわたる滞在期間の中で、あらゆる感情を感じました。</p>
<p>もちろん壊れていく建物や、少しずつ更地になっていく様子には悲しみが込みあがり、なんとも言えない気持ちになる場面もありました。</p>
<p>懐かしい景色が少しずつ変わりつつあること、行き慣れた思い出の場所がなくなっていくこと、その全てがとても悲しくて胸が苦しかったです。</p>
<p>それでも祖母を含めて現地の人たちは前を向こうとしていました。</p>
<p>明日を見ながら、かつての能登のように活気あふれる町に戻っていくことを強く望みながら生きている姿を目の当たりにしました。</p>
<p>前回は、震災の影響での悲しい部分にフォーカスを当てましたが、今回はまた違った形で文章を綴っていこうと思います。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2621" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" alt="" width="225" height="300" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9913_Original-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h4><span id="toc1">裏の海で</span></h4>
<p>祖母とおばさんと彼とワタシの4人で壊れた家を見にいった時、ワタシは家に入ってすぐに裏の海へと向かいました。</p>
<p>かつての景色を思い出せるように、海を眺めることにしました。</p>
<p>遠くの方で船の汽笛が鳴り、ちらほら見える船を眺めていたあの頃。</p>
<p>けれども今は漁船はおろか、遠くの方で聞こえてくる汽笛の音すらも聞こえてはきません。</p>
<p>その代わりにトンビの悲しげな鳴き声と、ビューッと体を突き抜けていく風の音だけがこだましていました。音に体を預け、持っていたタバコに火をつけました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「じいちゃんが生きてるうちじゃなくてよかったよ・・・。こんな姿見たら、きっとじいちゃんは真っ先に海に出てたよね。家がなくなったところを見ていたら、じいちゃんは耐えられなかったと思う。みんな言ってたよ。じいちゃんが亡くなった後でよかったって・・・。地震が来た後だったら、こうやってタバコも一緒に吸えなかったよね」</strong></span>そう話しかけました。</p>
<p>答えてくれるはずもないけれど、なんとなく遠くの方から汽笛の音が聞こえてくるような気がしました。呆然と海を眺めている間にもタバコはいつもよりも早く短く、そして火ごと消えてしまったのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2619" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="225" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9595_Original-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc2">漁港に向かい</span></h4>
<p>その後、おばさんは私たちを漁港に連れて行ってくれました。</p>
<p>かつて祖父の船が置いてあった場所も、道路が盛り上がっていたり、液状化現象によってマンホールが隆起していたり、車で通るのも大変な状態になっていました。</p>
<p>何隻かの船が見えたけれど、動いている船は一隻もありませんでした。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「ここは、じいちゃんの船があった場所だよ。小さい頃はよく船に乗せてもらったんだ。じいちゃんの自慢の船にね」</strong></span>そう彼に伝えると、海を眺めていた彼は<span style="color: #3366ff;"><strong>「そうか・・・。思い出がたくさん詰まっているんだね。一度でいいから乗ってみたかったな」</strong></span>と言ったのです。</p>
<p>その言葉を聞いたあたりから、祖母は祖父とのあらゆる思い出を話し始めました。そのほとんどが喧嘩をした話でしたが、その時の顔はとても嬉しそうだったのです。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2618" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" alt="" width="225" height="300" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9886_Original-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h4><span id="toc3">故郷に帰ってからは</span></h4>
<p>祖母は被災してからすぐに、ワタシの住んでいる家に避難をしました。</p>
<p>1月3日に父が珠洲まで祖母と従姉妹を迎えに行き連れてきたのです。けれどもワタシの家族はみんな仕事をしていることもあり、日中は祖母と過ごしてあげることができないことから、今度は三重に住む叔母の家へと移りました。</p>
<p>家には誰かしらがいたそうですが、故郷の方言が通じる人は実の娘以外にはいません。もちろん珠洲の方言で話してくれる人もいませんでした。</p>
<p>寂しさと悲しさのあまり、元気だった祖母はどんどん痩せてしまい、電話を繋げるたび<span style="color: #808000;">に「<strong>帰りたい、帰りたい」</strong></span>と言ってばかりでした。</p>
<p>そして今年の4月に故郷の珠洲市の仮設住宅に移り、生活をするようになりました。久しぶりに会った時には、痩せてしまった顔がふっくらとした顔に戻り、嬉しそうに近所の人たちと話をしていたのです。</p>
<p>自分の生まれ育った場所で、使い慣れた方言で話すことが何よりの生きがいになったのでしょう。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2620" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" alt="" width="225" height="300" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9885_Original-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h4><span id="toc4">悲しみを乗り越えなくても</span></h4>
<p>よく言葉では<strong>「悲しみを乗り越えて」</strong>というような表現がされることがあります。</p>
<p>けれどもワタシは、悲しみは悲しみのまま心の中に残り続けていいと思うんです。どれだけ前を向こうとしても現実が目の前にあって、その現実と共に生きていかなければならない事実がそこにはありました。</p>
<p>悲しみを乗り越えるのではなく、悲しみと折り合いをつけて、いかに自分らしく生きていくかが大切なような気がします。</p>
<p>同じ境遇の人たちと同じように悲しんだり、今の現状に愚痴をこぼすことで気持ちが晴れることもある。</p>
<p>悲しみは乗り越えるものではなく、いつか自然と<strong>「そろそろ前を向いて歩けるかもしれない」</strong>と思う瞬間がきっとやってくるような気がします。</p>
<p>恐怖を味わい、多くの悲しみを背負うことになってしまった能登の人たちは、一歩外に出ればあの時の光景がそのまま残されており、どんどん崩れていく様子をただ見つめることしかできません。</p>
<p><strong>「悲しみを乗り越える」</strong>のではなく、<strong>「悲しみを受け入れ、そして誰かと分かち合う」</strong>ことが気持ちの整理にもつながるような気がするから。そして被災していない私たちでも、あの悲惨な状況や町並みを見れば、感情は揺れ動きあらゆる気持ちと向き合うことになる。</p>
<p>けれども当事者ではないから、全てを理解することはどうしても難しいのです。</p>
<p>そんな私たちにできることは、あの震災を忘れずにそれぞれのできることで被災された方たちに寄り添うことだと思います。</p>
<p>いつ自分が同じ立場になるかもしれない。</p>
<p>ある日突然住み慣れた家を失うかもしれない。</p>
<p>そしてその先には、家族をも失ってしまうこともあるかもしれない。</p>
<p>いつ自分が同じ立場になるかもしれないこの日本で、今こそ手を取り合い、寄り添い合い、そして支え合うことが<strong>「復興」</strong>に向けての１番の近道になると思います。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2622" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" alt="" width="300" height="225" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_9902_Original-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc5">最後に</span></h4>
<p>今回は、ワタシの第二の故郷で震災が起こりました。</p>
<p>悲惨な状況を目の当たりにして、悲しい現実を突きつけられた気分に何度も陥りました。けれども、たった一つだけ<span style="color: #ff00ff;"><strong>「あの時、こうしていてよかったね」</strong></span>と話したことがありました。</p>
<p>ワタシは結婚する前まで、本籍地が石川県珠洲市でした。</p>
<p>旧姓がとても珍しく、子どもの頃は苗字で馬鹿にされることもありましたが、ワタシ自身はその苗字に誇りを持っていました。</p>
<p>結婚する前には、夫婦別姓になるかどうかを話し合うほどずっと大切にしてきた苗字です。けれども、結局は彼の苗字に変えることを選び、その時に一つだけお願いをしました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「苗字を変えることはいいんだけど、せめて本籍地をこのまま石川県にしておきたい」</strong></span>と。</p>
<p>その言葉を聞き、彼は<span style="color: #3366ff;"><strong>「もちろんだよ。僕もその方がいいと思う。一緒に本籍地を石川県にしよう」</strong></span>と決めて、今では夫婦揃って本籍地は石川県珠洲市のままです。</p>
<p>家はなくなってしまったけれど、あの時の判断は間違っていなかったと改めて思いました。</p>
<p>そしてこの先どうなっていくのかは分かりませんが、この先も大きな変化がない限り本籍地はそのままにしておこうと思います。</p>
<p>あらゆる思い出が沢山詰まった大切な場所であることに、変わりはないのだから。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-medium wp-image-2624" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" alt="" width="225" height="300" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1175-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
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		<title>被災地の今を</title>
		<link>https://orientalnagon.com/hisaichi/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Jul 2024 09:58:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[今を生きる]]></category>
		<category><![CDATA[復興に向けて]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[被災地]]></category>
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					<description><![CDATA[車から降りた瞬間に吹き抜ける風と共に潮の香りがして、「あぁ、またこの場所に来れたんだ」そう思わせてくれたのです。 1月1日の震災から気がつけば7ヶ月という月日が流れ、ニュースでも「被災から7ヶ月」と大々的にとは言わないけ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>車から降りた瞬間に吹き抜ける風と共に潮の香りがして、<span style=""><strong>「あぁ、またこの場所に来れたんだ」</strong></span>そう思わせてくれたのです。</p>
<p>1月1日の震災から気がつけば7ヶ月という月日が流れ、ニュースでも<strong>「被災から7ヶ月」</strong>と大々的にとは言わないけれど、あちらこちらで今の現状を伝えるような報道がされていました。</p>
<p>そして今、ワタシは第二の故郷である石川県珠洲市にきています。</p>
<p>崩れた家が隅っこの方に寄せられて、所々の家の解体作業が行われていました。とは言っても、本当にごく一部の家だけです。</p>
<p>ほとんどは今でもなお崩れたままで、道路に出ないように瓦礫を寄せただけの状態になっています。</p>
<p>周りに人はほとんどおらず、仮設住宅が立ち並び、悲しげに鳴いているトンビが頭上を飛び回っていました。</p>
<p>その様子は、4月に訪れた状況とほとんど変わっていません。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2590" width="300" height="225" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144722.738-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2597" width="300" height="225" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144711.648-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc1">仮設住宅に泊まり</span></h4>
<p>思い出の詰まった家は震災で壊れてしまい、祖母と叔父は家から少し離れた仮設住宅で暮らしています。</p>
<p>今までは日帰りで会いに行っていましたが、今回は初めて仮設住宅に泊まることになりました。</p>
<p>無機質な場所に、無機質で簡易的な建物、その場所に祖母と近所の人たちがまとまって暮らしていました。</p>
<p>広い敷地に何軒も建てられた仮設住宅ではありますが、そこに人の気配は何も感じませんでした。祖母に<span style=""><strong>「どうしてこんなに静かなの？」</strong></span>と聞くと、<span style=""><strong>「迷惑にならんように静かに暮らしとるさかい」</strong></span>と言ったのです。</p>
<p>震災で家を失った人、家族を失った人、仕事を失った人、あらゆるもの失った中で、生活さえも息を殺すようにして過ごさなければならない現状がそこにはあったのです。</p>
<p>仮設住宅には最低限のものしかありません。部屋を仕切る扉は全てカーテンになっており、床も壁も板をくっつけた状態でした。少しでも大きな声や物音を出したら聞こえてしまうような作りのために、そこで暮らしている人たちは、なるべく静かに物音を立てないようにしていたのでしょう。</p>
<p>けれども祖母は、<span style=""><strong>「避難所でぇ暮らしとる人よりマシやわいね。あん人たちの方が大変やさかいに」</strong></span>と壁を見つめながら時折悲しそうに話していました。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2587" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1205-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h4><span id="toc2">私たちの家は</span></h4>
<p>今回石川県に来たのは、父の仕事の用事が石川県であったからであり、その間ワタシと彼は祖母と一緒に過ごしながら家の様子を見に行き、片付けられそうなものがあるなら片付ける手伝いをするためでもありました。</p>
<p>父が仕事に出かけた後から、家の隣に住んでいたおばちゃん（祖父の弟のお嫁さん）に頼み、祖母を含めた4人で実家に行くことにしたのです。</p>
<p>おばちゃんの車の窓ガラス越しに壊れている町並みをただひたすら家に着くまで呆然と見つめることしかできませんでした。</p>
<p>田舎ではあるけれど、昔は人の気配がして活気があった場所も、今では誰もいない町並みに変わり、聞こえてくる音は重機とトンビの鳴き声だけになっていました。</p>
<p>数十分車を走らせて、ようやく実家に着いた時には4月に訪れた時よりも少しだけ傾いて見えました。</p>
<p>家の中に入ると、天井が抜け落ちて2階にあったタンスは1階まで落ちてひっくり返っていました。</p>
<p><span style=""><strong>「ありゃ〜、屋根がぼれて（壊れて）雨でダメになってしもたわいね」</strong></span>と祖母も驚きながら家の中へと入って行きました。</p>
<p>地震で屋根が崩れてしまったせいで屋根の隙間から梅雨の雨が入り込み、そこから少しずつ家は腐り、最後は床ごと抜けてしまった状態でした。</p>
<p>かつての思い出がたくさん詰まった場所は、見るも無惨な廃墟と化してしまったかのように・・・。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2611" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1208-1-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2585" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1156-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2610" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1167-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h4><span id="toc3">誰もいない・・・</span></h4>
<p>壊れた家をただ見つめ、あまりの衝撃的な景色に涙を流す余裕もありませんでした。</p>
<p>今までの思い出を振り返るように、家の裏にある海に向かい歩いて行きましたが、そこの景色も誰もいないガランとした静けさの中で壊れた家たちが残されているだけとなっていました。</p>
<p>誰もいない。</p>
<p>誰もいない。</p>
<p>誰もいない。</p>
<p>聞こえてくるのは波の音とやっぱりトンビが鳴いている声だけでした。</p>
<p>ワタシの知っている場所は、もうそこにはなかったのです・・・。</p>
<p>この場所にしがみつくように、ワタシはひたすら壊れた景色を、戻らない町を時間の許す限りただひたすら見つめていました。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2595" width="300" height="225" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144643.913-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1.jpeg?resize=300%2C225&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2609" width="300" height="225" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?resize=1024%2C768&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?resize=1536%2C1152&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?resize=2048%2C1536&amp;ssl=1 2048w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/2024-07-08-144652.653-1-scaled.jpeg?w=2512&amp;ssl=1 2512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<h4><span id="toc4">壊れた景色を眺めて</span></h4>
<p>時間を忘れて景色を眺めていた時に祖母から着信が入り、家に戻ることにしました。</p>
<p>それからおばちゃんは<strong>「納言ちゃん、他に見たいところあるきゃ？」</strong>と聞かれたので、行ける範囲で町並みを見せてもらいました。</p>
<p>崩れた家に凸凹の道路、そして石川に行けば必ず寄っていたスーパーにも連れて行ってくれました。</p>
<p>人が住んでいるように見えない悲惨な場所へと変わってしまったけれど、所々に<span style="font-size: 20px"><strong>「がんばれ！能登！」</strong></span>と旗が掲げられ、お店にはステッカーが貼られていました。</p>
<p>けれどもその場所でさえも、人の気配はありませんでした。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1195.jpeg?resize=136%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2588" width="136" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1195.jpeg?resize=136%2C300&amp;ssl=1 136w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1195.jpeg?w=463&amp;ssl=1 463w" sizes="(max-width: 136px) 100vw, 136px" /></p>
<h4><span id="toc5">久しぶりの団欒は</span></h4>
<p>おばちゃんにあらゆるところを見せてもらい、私たちは仮設住宅に帰ってきました。</p>
<p>途中で立ち寄ったスーパーで祖母は魚と肉を買って、<strong>「今日は焼肉をやろう！」</strong>と嬉しそうに言ったのです。</p>
<p>父が帰宅し、叔父も帰ってきたところでみんなで小さなテーブルを囲みながら2人用のホットプレートで焼肉をしました。</p>
<p>叔父は彼に、<span style=""><strong>「ましゅうと酒を飲むのが楽しみやった」</strong></span>と言いながら、嬉しそうに何度も何度も彼と乾杯をしていました。</p>
<p>暗く寂しげな表情の祖母も、お肉を頬張りながら嬉しそうな表情を浮かべていました。</p>
<p>石川県に来て、久しぶりの団欒を感じた瞬間だったのです。</p>
<h4><span id="toc6">震災を忘れない</span></h4>
<p>昔は年に2回、夏と冬に必ず珠洲に帰っていました。あの家が大好きで、あの場所が大好きでした。</p>
<p>震災後は大好きな家も場所も、まるで知らない場所のように変わってしまいました。復興とは程遠い姿のまま、いまだに全てが取り残されているように見えてしまうのです。</p>
<p>それでも珠洲にいる人たちは、互いに支え合い、自分たちのことよりも周りのことを気にかけながら生活をしています。仮設住宅の生活も、いまだに避難所で生活されている方も不自由の中で暮らしているけれど、たまに外に出て来ては私たちにも声をかけてくれた人もいました。</p>
<p>そして今の現状を、生活の状況を教えてくれたり、祖母のことを話してくれる人もいました。</p>
<p>そうやって互いに寄り添いあって生きていることを、改めて痛感する2日間となりました。</p>
<p>7ヶ月を過ぎたあたりでニュースで取り上げられても、今ではまた過去の話のように時間の流れと共に忘れ去られようとしている。</p>
<p>だからこそ、ワタシにできることはこうして現地に向かい、文章を通して今の現状を伝えることだと思っています。</p>
<p>この景色は他人事ではありません。</p>
<p>そして今は平和に過ごしている私たちの場所でも、もしかたら同じことが起きるかもしれない。大切なことは、あの震災を忘れずに記憶と記録に残し続けることだと思うから・・・。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2589" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179-scaled.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179-scaled.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179-scaled.jpeg?resize=1152%2C1536&amp;ssl=1 1152w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179-scaled.jpeg?resize=1536%2C2048&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1179-scaled.jpeg?w=1920&amp;ssl=1 1920w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<h4><span id="toc7">最後に</span></h4>
<p>ワタシはこの震災直後から、自分なりに何かできることはないかと模索し続けていました。そしてその方法が、文章だと思っています。少し前に応募した<strong>「ノンフィクション賞」</strong>がその第一歩だと思っていたほど・・・。</p>
<p>しかし、大人の事情も含めてその願いは叶えられませんでした。</p>
<p>ワタシが応募した作品は結果的に賞を取ることができず、そしてまた振り出しに戻った状態となっています。</p>
<p>無力な自分を嫌い、そして運の無さを呪ってしまいそうになりました。</p>
<p>けれども今回の状況を見て、改めて諦めずにやり続けることを決めたのです。</p>
<p>賞を取ることはできなかったけれど、また別の出版社やあらゆる媒体に自分の作品を出していこうと思います。</p>
<p>そしていつか本が出版された時には、珠洲の復興支援に充てられるようにこれからも書き続けていこうと思います。</p>
<p>ワタシにしかできないやり方で、ワタシなりの寄り添い方ができるように。</p>
<p>応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。</p>
<p>振り出しに戻ってしまったけれど、それでもいつかワタシの本を手に取ってくださった皆様の思いごと、能登に届けられるようになれたらと思います。</p>
<p><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" src="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1198.jpeg?resize=225%2C300&#038;ssl=1" class="aligncenter size-medium wp-image-2596" width="225" height="300" alt="" srcset="https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1198.jpeg?resize=225%2C300&amp;ssl=1 225w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1198.jpeg?resize=768%2C1024&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/orientalnagon.com/wp-content/uploads/2024/07/IMG_1198.jpeg?w=1108&amp;ssl=1 1108w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" /></p>
<div class="blank-box bb-blue" style="text-align: center"><a href="https://kosho-mitsuke.com/news/announcement2024/">古書みつけ</a><br />
（今回応募した古書みつけの賞の結果の詳細リンクです。）</div>
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		<title>気持ち半分</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 25 May 2024 12:18:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[大切な場所]]></category>
		<category><![CDATA[故郷]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[自分なりにできること]]></category>
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					<description><![CDATA[1月1日の地震から、もう4ヶ月以上が過ぎました。 季節は冬から春に変わり、そして少しずつ梅雨の時期へと移行し始めています。 あれだけやっていたニュースは、ほとんど見なくなったし、自分で検索しない限りは今の状況もほとんど分 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>1月1日の地震から、もう4ヶ月以上が過ぎました。</p>
<p>季節は冬から春に変わり、そして少しずつ梅雨の時期へと移行し始めています。</p>
<p>あれだけやっていたニュースは、ほとんど見なくなったし、自分で検索しない限りは今の状況もほとんど分からなくなってしまいました。</p>
<p>募金箱が<strong>「令和6年能登半島地震」</strong>で溢れかえっていたはずなのに、今ではほとんど見ることもなく、たまにどこかの店舗でお気持ち程度の募金箱がそっと置かれているだけになっていました。</p>
<p>あるニュースでは、<strong>「今までの震災の中で一番寄付が多かった」</strong>なんて文字を見ても、現実は何一つ変わることなく、震災当時のままの状態が続いています。</p>
<h4><span id="toc1">父の涙</span></h4>
<p>震源地であった石川県珠洲市は、父の故郷です。</p>
<p>大人になり県外に来た父は、珠洲市よりも今の場所の方がはるかに住んでいる期間は長くなっています。</p>
<p>けれども、今でも<span style="color: #000080;"><strong>「父ちゃんはずっと石川県民だ」</strong></span>と言い、そして能登の方言の意味をたまに聞くと、嬉しそうに向こうの言葉で色々と教えてくれることがありました。</p>
<p>とても大切な場所だということは、ずっと昔から知っていました。</p>
<p>だから子どもの頃から年に２回、必ず帰省をしていたし、結婚するまでは本籍地も石川県の珠洲にしていました。</p>
<p>実は1月1日は、父の誕生日でもあります。</p>
<p>あの日は、本当だったらいつものように誕生日ケーキを食べてから、石川県に一緒に帰る予定だったんです。</p>
<p>しかし、楽しいはずの誕生日に、父は実家を失いました。</p>
<p>その喪失感と悲しみは、計り知れません。</p>
<p><strong>「家族の命があっただけでも・・・」</strong>そんな言葉だけでは、片付けられないほどの悲しみがあったのでしょう。</p>
<p>ある時ボソッと、<span style="color: #000080;"><strong>「ふとした瞬間に、涙が出ることもあるんだ」</strong></span>と言っているのを聞いて、気丈に振る舞っていた父の胸の内は、どれだけ辛く、張り裂けそうになっていたかを知ることになりました。</p>
<h4><span id="toc2">思い出の場所</span></h4>
<p>そんなワタシも、結婚して苗字が変わる時、彼にこう話しました。</p>
<p><strong><span style="color: #ff00ff;">「苗字が変わることはいいんだけど、本籍地だけは石川県のままにしておきたいんだ。あそこはずっと大切な場所だから、結婚しても変わらず、残しておきたい</span>」</strong>と。</p>
<p>その気持ちを汲んでくれた彼の了承を得て、苗字を彼の方に変えて、本籍地をワタシの方へと移してくれたのです。</p>
<p>そして結婚してからは、彼も一緒に石川県に帰るようになりました。満点の星空を従姉妹たちと見たり、家の裏の海でひたすら波の音に耳を傾けたりしていました。</p>
<p>そうやって塩の香りが運んでくれる懐かしさを、大切な人と感じていたのです。</p>
<p>地震発生の3ヶ月後に、父と彼と３人で祖母を送るために被災地へと向かいました。</p>
<p>幼い頃から見ていた景色は、もうそこにはありませんでした。大好きだった場所はまるで違う世界のように見えました。</p>
<h4><span id="toc3">崩れていくまで</span></h4>
<p>被災地に向かい実際の現状を目の当たりにした時、ある感情が芽生えてしまったのです。</p>
<p><strong>「復興がなかなかできていない」</strong>そう騒がれることもありますが、崩れていても、もう住めなくなったとしても家が残されていることが少しだけ嬉しかったんです。</p>
<p>完全に崩れてしまったら、有無を言わさず早々に全てを片付けないといけなくなる。けれどもかろうじて建っている今、家の中にある家財道具を取り出したり、幼い頃からの思い出が詰まった場所にも立ち入ることができる。</p>
<p>そんな風に思ってしまったんです。</p>
<p><strong>「このまま、自然に崩れていくのを待ちたい・・・」</strong>そう思ってしまった自分の心に、急いで蓋をしました。</p>
<p>するとその言葉を聞いた彼は、<span style="color: #3366ff;"><strong>「建物自体に記憶も思い出も詰まってる。だから建物がなくなって更地になった時、思い出まで無くなりそうで怖いよね・・・。その気持ちは痛いほどわかるから」</strong></span>と。</p>
<p>この場所には、思い出が多すぎるんです。</p>
<p>亡くなった祖父との思い出も、いとこたちと遊んだ記憶も、全部この家に詰まっていたんです。</p>
<h4><span id="toc4">いつかは消えてしまう</span></h4>
<p>新たに仮設住宅が建ち始め、ほんの少しずつだけど景色も変わりつつあります。</p>
<p>その反対に帰省をすると必ず立ち寄っていた場所は、軒並み閉店していきました。</p>
<p>一つ、また一つ思い出が消えていくように珠洲の街並みも復興と共に変わりつつあるのかもしれません。</p>
<p>とは言っても、ほとんど震災当時と状況は変わっていないんです。</p>
<p>震災当時、ワタシは無職でお金もなく何一つ協力することができませんでした。</p>
<p>せめてもと貯金を崩して、被災している祖母たちに衣類を送ったりすることしかできませんでした。</p>
<p>こうして今もなお文章で書き続けているのは、あの時の何もできなかった自分に対しての負い目もあるのかもしれません。</p>
<p>でもいつか、ワタシなりの形で大好きな第二の故郷に恩返しができる日が来ると思っています。</p>
<p>大切なあの場所がなくならないように、そしてどれだけ月日が流れても、たった一人でも多くの人たちが震災のことを忘れられないように・・・。</p>
<p>ワタシの夢が叶うまで、それまでは書き続けていこうと思うから。</p>
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		<title>1年ぶりの故郷</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 22 Apr 2024 11:27:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[地震]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[第二の故郷]]></category>
		<category><![CDATA[能登半島]]></category>
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					<description><![CDATA[約1年ぶりに訪れた第二の故郷は、まるでワタシの知らない世界のようでした。 今まで当たり前に建っていた家は、まるで瓦礫のように崩れ去り、道を進むにつれて跡形もなく消えてゆきました。 かつては近所の人たちの声や、小さな子ども [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>約1年ぶりに訪れた第二の故郷は、まるでワタシの知らない世界のようでした。</p>
<p>今まで当たり前に建っていた家は、まるで瓦礫のように崩れ去り、道を進むにつれて跡形もなく消えてゆきました。</p>
<p>かつては近所の人たちの声や、小さな子どもたちの笑い声もあった場所には、微かに聞こえる波の音だけとなりました。</p>
<p>大好きな石川県の風景は、見るも無惨な姿のまま残されている状態だったのです。</p>
<h4><span id="toc1">能登半島地震から</span></h4>
<p>未曾有の大地震から3ヶ月が経ち、どこもかしこも地震のニュースばかりだった震災直後。</p>
<p>けれどもたった3ヶ月経っただけで、地震の話はあまり聞かなくなってしまいました。</p>
<p>いつしか能登半島地震は過去のものへと移り変わろうとしていたのです。</p>
<p>現地の人たちがどのように生活をしていて、街並みはどのように変わっているのかがまるでわからない状態となりました。</p>
<p>道は通れるのか、崩れた家は取り壊されているのか、仮設住宅が出来上がりほとんどの人が移り住んでいるのか、それさえもわからない状態でした。</p>
<h4><span id="toc2">決意を固めて</span></h4>
<p>地震直後から何度も石川県に行こうと考えましたが、あまりにも情報が少なすぎることもあり、中々訪れる目処すら立たない状態だったのです。</p>
<p>ボランティアを考えてみても日程が合わず、さらにはそう簡単に行けるような状況でもないことから行きたい気持ちと、行けない事実の狭間で何度も悩むこともありました。</p>
<p>そんな時、珠洲市に住んでいる叔父から<span style="color: #0000ff"><strong>「仮設住宅が完成した」</strong></span>と情報が入りました。</p>
<p>ワタシの祖母は地震発生からすぐに父が迎えに行き、三重の叔母の家で仮設住宅ができるまで住んでいました。</p>
<p>何度も<span style="color: #008000"><strong>「帰りたい」</strong></span>と涙ながらに話す祖母をなんとか説得して、仮設住宅ができる日までいてもらうことにしました。</p>
<p>そしてようやく、この4月に仮設住宅に移るために石川県に送る日程が決まったのです。</p>
<h4><span id="toc3">初めて訪れた震災後</span></h4>
<p>石川県に向かう日程が決まった時、ワタシと彼も父について行くことにしました。</p>
<p>この目で確かめたかったんです。自分の故郷がどのようになっているのか、今どんな状況になっているのか、行って知りたかったんです。</p>
<p>もちろん葛藤もありました。</p>
<p>大好きな場所が地震によってなくなってしまっている現実、思い出の詰まった家の倒壊、その全てを確かめなければいけないことに。</p>
<p>それでも間接的に聞いている情報ではなく、自分の目で確かめて、きちんと向き合いたかったんです。</p>
<p>地震の恐ろしさも、そして当たり前の日常が当たり前でないことも含めて。</p>
<h4><span id="toc4">変わり果てた場所</span></h4>
<p>石川県に向かう道中は、祖母も含めてたわいもない会話の中で過ごしていました。</p>
<p>しかし、少しずつ奥能登に近づいていくにつれて、想像以上の景色が広がっていったのです。</p>
<p>そこには地震発生当時のまま、何一つ変わらない景色が取り残されているようでした。</p>
<p>まるでここだけ、時間が止まっているかのように・・・。</p>
<p>家は崩れ、車は曲がり、そしてガラスや木材が散らばりながらも一箇所に集められている。どの家にも張り紙が貼れており、中には電柱さえも曲がったままいつ倒れてきてもおかしくない状況でした。</p>
<p>崩れているのが当たり前、壊れているのが当たり前、道路が陥没しているのが当たり前。そんなあってはならない当たり前が、目の前に広がっていたのです。</p>
<h4><span id="toc5">思い出の家は</span></h4>
<p>かつて親族たちで集まり、談笑をしていた思い出の家は、見るも無惨な姿へと変わり果てていました。</p>
<p>床は抜け落ち、空が見える状態の場所もあれば、家具や家電が倒れてしまい、通れなくなってしまった場所もありました。</p>
<p>慣れ親しんだ家は廃墟と化し、足の踏み場もほとんどない状態になっていました。</p>
<p>そしてもう一つ、この地震の影響で、見知らぬ誰かが私たちの思い出の家からありとあらゆるものを盗んで行ったことを叔父から聞かされました。</p>
<p>トースターも電子レンジも、今まで使っていたあらゆるものがなくなってしまったそうです。</p>
<p>被災した誰もが困難な状況にいることは、わかっています。</p>
<p>けれども、こんな時だからこそ協力していかなければならないはずなのに、それさえもわからなくなってしまう現実が、盗まれていったものたちによって突きつけられているようでした。</p>
<h4><span id="toc6">無事に送りとどけて</span></h4>
<p>思い出の家を後にして、私たちは仮設住宅へと向かいました。</p>
<p>簡易的な家ではあるけれど、必要最低限の家電があり、トイレもお風呂も備えられていました。</p>
<p>しかし、大勢の方々が避難されていることもあり、普通の家のようにはプライベートが確保されているわけではありません。</p>
<p>被災地に向かい、ニュース以外で初めて現実を目の当たりにしたワタシですが、あの震災から何一つ変わっていないことを痛感することとなりました。</p>
<p>一度県をまたげば、あたり前のように自分の家があって、プライベートが確保されていて、好きな時に出かけたり、自分の時間を確保することができている。</p>
<p>けれども、今もなお被災地で過ごされている方にとって、それがどれだけ恵まれている環境なのかを知ることとなったのです。</p>
<h4><span id="toc7">満開の桜を背にして</span></h4>
<p>石川県の町では、ちょうど桜が見頃の時期になっていました。</p>
<p>潰れかけている家や瓦礫だらけの場所にもポツンと桜が立っており、綺麗な花を咲かせていました。</p>
<p>春の訪れを喜んでいるように咲いている桜の花と、静かな街並みのコントラストは異様な光景が映し出されていました。</p>
<p>なんともいえない景色を見つめ、私たちは石川県を後にしました。</p>
<p>今でも地元の方々は、大きく残された地震の爪痕と共に生きています。</p>
<p>ニュースでは全く聞かなくなった震災の様子も実際に行ってみると、何一つ現状が変わっていないことは明らかでした。</p>
<p><strong>「何か役に立てることがあれば」</strong>そう思っても、自然の前では人間は無力だということを感じざるを得ませんでした。</p>
<p>けれども能登の町の至る所に、<span style="color: #ff0000"><strong>「負けるな！がんばれ能登！」</strong></span>とステッカーや旗が掲げられていたのです。</p>
<h4><span id="toc8">いつもまでも忘れずに</span></h4>
<p>今もなお、被災地では苦しい生活の中で懸命に前を向き、必死に生きている人たちがいました。</p>
<p>自分の家がなくなり、思い出の場所がまるで違う世界のようになっても、それでもかつての場所になるようにと、地震と向き合いながら当時の恐怖と戦いながら過ごしていると思います。</p>
<p>被災していない私たちにできることは限られているかもしれない。</p>
<p>けれども、あの未曾有の大地震を忘れることは絶対にしてはいけないと、改めて感じたのです。</p>
<p>たった一人の力で何ができるかなんて、正直わかりません。</p>
<p>けれども、大切な故郷をこれからも何度か訪れることによって、できる限りのことをしていきたいと思います。</p>
<p>いつか、被災地の方々が心から笑える日が来ることを願いながら、本当の意味で復興する日が来ることを祈りながら、ワタシはこれからも大切なあの場所に帰ろうと思います。</p>
<p>この気持ちをいつまでも忘れないように、大切な思い出たちを胸に刻みながら。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>心の中に言えない気持ちを</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 12 Feb 2024 13:40:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[思い出の場所]]></category>
		<category><![CDATA[珠洲市]]></category>
		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[能登半島地震]]></category>
		<category><![CDATA[被災された方々へ]]></category>
		<category><![CDATA[震災]]></category>
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					<description><![CDATA[「ねえ、見えた？今流れ星が通っていったよ」 「本当だ！人生で初めて見たよ。こんな間近で流れ星が見えるなんて」そんな会話をしたのが、去年の夏でした。 ワタシの第二の故郷であり、幼い頃から半年に一回は必ず帰っていた場所に、結 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「ねえ、見えた？今流れ星が通っていったよ」</strong></span></p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「本当だ！人生で初めて見たよ。こんな間近で流れ星が見えるなんて」</strong></span>そんな会話をしたのが、去年の夏でした。</p>
<p>ワタシの第二の故郷であり、幼い頃から半年に一回は必ず帰っていた場所に、結婚してからは夫も一緒に帰省するようになりました。</p>
<p>祖父が亡くなってから寂しさに打ちひしがれていた祖母も、私たちが来ると、魚料理を振る舞ってくれて<span style="color: #808000"><strong>「ようきたね」</strong></span>と嬉しそうに笑っていました。</p>
<p>親戚も集まって食卓を囲み、たわいもない会話に花を咲かせる。そんな時間が当たり前で、毎年必ずくるものだと思っていたんです。</p>
<p>けれども、もう、その願いは叶いそうにもありません。</p>
<p>未曾有の大震災が、大切な場所を襲ったのだから。</p>
<h4><span id="toc1">呆然と立ち尽くす</span></h4>
<p>2023年に別れを告げて、2024年に挨拶をした日。</p>
<p>いつもと変わらない光景ではあったけれど、この日は夫と友人と３人で初詣に出かけました。</p>
<p>その日の夕方から石川県の珠洲市に向かうはずだった私たちは、家でくつろいでいる間も帰省の準備に大忙しでした。</p>
<p>二日分の荷物をキャリーバッグに詰めて、<span style="color: #ff00ff"><strong>「今年もばあちゃんの雑煮が食べられるね。楽しみだなぁ」</strong></span>なんて話していました。</p>
<p>早く会いたくて、祖母特製の雑煮の味を思い出して胸が膨らんでいく、そんな感覚を抱きながら準備にも気合が入っていく。</p>
<p>時刻は16時を回った頃、ようやくひと段落したところでコタツに入ろうとしました。</p>
<p>すると、３人の携帯から一斉に警報音が鳴り、かすかに床が揺れ始め、ミシミシっとそこらじゅうで鳴る音が聞こえた音です。その瞬間全身から鳥肌が立ち、<span style="color: #ff00ff"><strong>「ちょっと待って、地震が来てる！！」</strong></span>とパニックになってしまいました。</p>
<p>私たちは一ヶ所に集まって、なるべく物が落ちてこない場所へと避難しました。急いでニュースを見てみると、そこには<span style="font-size: 20px; color: #ff0000"><strong>「能登半島沖で地震が発生しました」</strong></span>そう書かれていたのです。</p>
<h4><span id="toc2">血の気が引いていくように</span></h4>
<p>いつもの地震とは、何かが違う。</p>
<p>そう思ったのも束の間で、ニュースキャスターが何度も何度も<span style="color: #ff0000"><strong>「津波が来ます！津波が来ます！」</strong></span>そう叫んでいました。</p>
<p>祖母の家は、海の目と鼻の先に建っていました。もしも津波が来たら、間違いなく流されてしまう場所にあったのです。</p>
<p>パニック状態になりながらも、先に帰省をしていた従姉妹にすぐに連絡をしました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「ねえ、津波が来るって！とにかく高台に逃げて！返事は返さなくていいから！とにかく逃げて、逃げて！」</strong></span>そう何度も連投で送り続けました。</p>
<p>すると<span style="color: #ff9900"><strong>「もう、家がダメ。やばい」</strong></span>とだけ返信が来たのです。</p>
<p>どんどん血の気が引いていくのを感じながら、それでもLINEを送り続けました。</p>
<p>津波の様子がわからない。</p>
<p>倒壊していく家の様子はわかるけれど、その他の情報が何もない。</p>
<p>逃げている途中であろう家族たちは無事に避難できただろうか、被災地はどうなっているのだろうか、そう気持ちは焦るのにどうすることも出来ず、ただひたすら返事を待つことしかできませんでした。</p>
<h4><span id="toc3">見慣れた景色は</span></h4>
<p>どれくらい時間が経ったでしょう。</p>
<p>あらゆるところで地震一色になった情報を頼りに、珠洲市のことを調べまくりました。一向に情報が得られないまま、従姉妹の返信を待ち続けました。</p>
<p>そして日は沈み、夜になった頃<span style="color: #ff9900"><strong>「みんな避難できたよ」</strong></span>と返事が来たのです。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「みんなは、無事に避難できた？」</strong></span>そう聞くと、<span style="color: #ff9900"><strong>「なんとか山に逃げられたから」</strong></span>と送られてきて、一気に腰が抜けていくような感覚に襲われました。</p>
<p>身体中で力が入っていたところがスゥーッと抜けていくように床にへたり込み、そしてもう一度ニュースに目を通しました。</p>
<p>映し出された光景は、今まで見てきたものとはまるで違っていたのです。</p>
<p>よく遊びに行っていた場所も、思い出がたくさん詰まった景色も崩れていました。</p>
<p>遠く離れた場所では、まさに無力という言葉しか思い浮かばず、どうすることもできませんでした。</p>
<p>その時のワタシにできることは、従姉妹が少しでも安心できるように、できる限り連絡を送ることしか方法が見つかりませんでした。</p>
<h4><span id="toc4">住み慣れた場所を離れて</span></h4>
<p>震災から三日目が経った頃、父は1人で石川に向かい、祖母と従姉妹を連れて帰ってきました。</p>
<p>祖母はひたすら泣き続け、<span style="color: #808000"><strong>「じいちゃんも</strong></span><span style="color: #808000"><strong>3</strong></span><span style="color: #808000"><strong>年前におらんくなって、その次は家もなくなって」</strong></span>と言い続けていました。</p>
<p>従姉妹も被災の影響で疲れ切っている様子でした。</p>
<p>この時ほど、どう声をかけていいのか、何をすれば気持ちは救われるのかがわからなかった日はありません。</p>
<p>あの恐怖を体験した人と、していない人とでは、どれだけ気持ちに寄り添ったとしても、悲しみも絶望も計り知れないのだから。</p>
<p>それでもこっちにいる間、少しでも気がまぎれるようにと一緒に出かけたりしました。</p>
<p>被災地から離れ、ほんの束の間ではあるけれど、2人が笑顔を見せてくれたことがせめてもの救いでした。</p>
<h4><span id="toc5">思い出の家は・・・</span></h4>
<p>幼い頃から何度も訪れた家は、この震災で崩れ、壁には赤い紙が貼られて入れないようになっていました。</p>
<p>今でも思い出すんです。</p>
<p>珠洲の家に行った時に香る独特の海風の匂いを。玄関に入った瞬間に<span style="color: #ff00ff"><strong>「石川県にきたんだな」</strong></span>そう思えるあの瞬間を今でも忘れることができません。</p>
<p>けれども、もうあの家には立ち入ることができなくなってしまいました。</p>
<p>誰が悪いわけでもないのに、自然の力には到底敵うはずもないのに、やるせない気持ちでいっぱいになってしまうんです。</p>
<p>祖父母との思い出が、笑い声で溢れたあの場所に帰れなくなってしまったことが・・・。</p>
<h4><span id="toc6">いまだに忘れられなくて</span></h4>
<p>ワタシはあれ以降、震災のニュースを無意識に避けてしまっています。被災したわけでもなければ、あの恐怖を体験した当事者でもありません。</p>
<p>もっと辛い環境下の中にいる人や、今でも避難所で限られた生活をされている方に比べたら、ワタシの気持ちは本当にちっぽけなものでしょう。</p>
<p>ただどうしてもあの日の様子がよぎってしまうんです。</p>
<p>生きた心地がしないような、地震とともに家も家族も全て失ってしまうような、そんな恐怖に包まれてしまう気がして。</p>
<p>この震災を経て、ワタシはあることを思い出しました。それは、去年の11月に家族で東北の震災復興跡地に訪れた時のことです。</p>
<p>津波の影響で多くの方が亡くなられ、土砂崩れや、家の倒壊で命を落とした方もいました。</p>
<p>その時に見たある言葉が、この震災と重なっています。</p>
<p><strong>「ニュースやテレビではよく、『復興の兆しが見えてきた』とか『復興にどれくらいかかった』と言われることがあります。ですが、私たちにとってはまだまだ復興している気持ちには全くなれないんです。当時のことを思い出し、失われた思い出や大切な人のことを想うたびに悲しみに打ちひしがれています。世間では復興と言われていても、まだまだ気持ちが追いついていないんです。本当の『復興』とは、誰もが心の底から笑顔になれることだと思うんです。建物が立って、昔のように活気が戻ることではなく、人々の気持ちが前を向いて、残されたものたちが失われた人たちの分まで笑顔で過ごせるようになって初めて、『復興』と呼べるのです」</strong>と</p>
<h4><span id="toc7">最後に</span></h4>
<p>震災が発生してから、このことについてエッセイを書くことをずいぶんためらっていました。自分の中で思うように整理がつかず、そして文章に残す勇気が出なかったんです。</p>
<p>思い出の家は倒壊してしまい、今度はいつ珠洲に行けるかどうかもわからない状態です。</p>
<p>けれども文章に書くことで、少しずつワタシも現実を見ようとし始めているのかもしれません。</p>
<p>そして最後に、震災で亡くなられた方々にご冥福を祈り、そして被災された方々の気持ちが少しずつ前を向き、いつか笑顔で過ごせるようになる日が来ることを、心より願っております。</p>
<p>読んでくださり、本当にありがとうございました。</p>
<p>全ての人が同じように、笑い合える日を・・・。</p>
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