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	<title>負の感情 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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	<title>負の感情 | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>非常にワタシは、後ろむき</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 06:20:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オリエンタル納言日常日記]]></category>
		<category><![CDATA[寄り添うことで]]></category>
		<category><![CDATA[後ろ向き]]></category>
		<category><![CDATA[心]]></category>
		<category><![CDATA[負の感情]]></category>
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					<description><![CDATA[幼い頃は、「ワタシはなんだってできるんだ！」そう自信に満ち溢れていました。 どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。 頭の中では前向きな言葉が溢れ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left">幼い頃は、<strong>「ワタシはなんだってできるんだ！」</strong>そう自信に満ち溢れていました。</p>
<p>どれだけ困難なことでも失敗を恐れずチャレンジをして、できなかった時にはその悔しさをバネに色々なことに挑戦しました。</p>
<p>頭の中では前向きな言葉が溢れるように浮かんで、<span style="color: #ff00ff"><strong>「人生は常に楽しいことの連続なんだ」</strong></span>と確信していました。</p>
<p>けれども、今のワタシはかつてのワタシと比べると非常に後ろむきです。</p>
<p>前向きになる言葉を探してもうまく見つからず、心の中の本棚にはあらゆる後ろむきな言葉ばかりが載っている本しか見つからないのです。</p>
<p>いつから、そんなふうに臆病になってしまったのでしょう。</p>
<h4><span id="toc1">繰り返す挫折は</span></h4>
<p>大人になる過程で、色々な挫折を経験しました。</p>
<p>勉強や運動から始まって、恋に仕事に、そして人間関係まで。</p>
<p>あらゆる分野で小さいものから大きいものまで、<span style="color: #0000ff; font-size: 24px"><strong>挫折</strong></span>をしました。</p>
<p>その度に、呪文みたいに言い続けてしまったのです。<strong>「ワタシは、何もできないダメなやつなんだ」</strong>と。</p>
<p>それがいつしか体にまとわりついて離れなくなり、前向きな言葉よりも先に後ろむきな言葉を並べるようになりました。</p>
<p>そしてどこかで失敗してしまった自分を、選択を間違ってしまった自分を、守るための言葉としても吐くようになったのです。</p>
<h4><span id="toc2">憧れのポジティブは</span></h4>
<p>それでも何度も練習を試みました。</p>
<p>前向きになる言葉を本やネット、時には映画から探したこともありました。<span style="color: #ff00ff">（どこかに、今の状況にあった言葉があるのかもしれない）</span>そう血眼になって探してみたんです。</p>
<p>けれども、心に響く言葉はどこにもありませんでした。</p>
<p>前向きな言葉を発している人が、とてもキラキラと光って見えました。</p>
<p>すごく楽しそうで、幸せそうで、何より人生を謳歌しているように見えました。けれども、そんな人たちになれないことを知った時、またひどく落ち込んでしまうんです。</p>
<p><strong>「どこでワタシは、間違ってしまったのだろう」</strong>そう思うしかありませんでした。</p>
<h4><span id="toc3">負の感情は悪なのか・・・</span></h4>
<p>色々考えすぎた結果、もう随分と月日は流れ、立派とは言えないけれど大人になってしまいました。</p>
<p>しかし、ふと思ったんです。</p>
<p>どうして負の感情を抱くことが、全て悪だと感じているのだろうか。</p>
<p>前向きな言葉を吐いている人の全てが、本当に幸せなんだろうか。</p>
<p>そんなことを考えるようになりました。</p>
<p>その答えは、いまだにわかりません。</p>
<p>ただ、ある時から負の感情に蓋を閉めることをやめました。これはきっと、自分の気持ちを守るために、そして、自分自身を肯定するためにも大切な感情なんだということに気づいたからです。</p>
<h4><span id="toc4">悲しみの上に優しさが芽生える</span></h4>
<p>ワタシは今まであらゆる感情を経験しました。その多くが負の感情です。</p>
<p>ただその感情を体験したからこそ、そしてどん底まで悲しさを味わってきたからこそ、同じような気持ちの人に出会えば、ほんの少しでも痛みを分かち合うことができます。</p>
<p>それは心の痛みを知っているからなんです。</p>
<p>目には見えない傷の深さも知っているからです。</p>
<p>もしも挫折や悲しみ、そして怒りさえも感じずに生きていたら、自分のことしか見えていない人間になっていたかもしれません。</p>
<p>多くのことを学ぶ中には、必ず負の感情も学ぶ機会がある。それは決して悪いことではなく、誰かに寄り添う大切さを学ぶチャンスであり、心の傷口に絆創膏を貼る方法を学ぶ機会でもあると思うんです。</p>
<p>だから今では、負の感情は決して悪いものではないと思っています。</p>
<h4><span id="toc5">誰かになろうとしないで</span></h4>
<p>過去を振り返ると、常に心の中には<strong>「羨ましい」</strong>という感情があったかもしれません。自分にないものを持っている人を羨んで、その度に<span style="color: #ff00ff"><strong>「どうしてワタシは・・・</strong></span>」と見えない刃物を自分自身に突きつけ、時には自らを傷つけることもありました。</p>
<p>ふとした瞬間に芽生える感情に抗うことはできませんが、それでも考えて考えた先に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「ワタシにしかできないことは、なんだろう。彼らにはなくて、自分だけにあるものはなんだろう」</strong></span>そう考えられるようになりました。</p>
<p>それはきっと、負の感情と長い間向き合ってきたからだと思うんです。</p>
<p>誰だって悲観的になることもあれば、誰かと比べて自暴自棄になることだってある。時には、漠然とした不安に押しつぶされそうになることもあるかもしれません。</p>
<p>そんな時、ワタシはあえてその気持ちを口に出して、向き合うことにしました。</p>
<p>誰かになろうとしている自分と向き合い、本当の自分を見つけ出せるまで。</p>
<h4><span id="toc6">弱音を吐いたって</span></h4>
<p>ワタシはどんな弱音も吐いていいと思っています。無理やりポジティブにならなくてもいいとも思っています。</p>
<p>ただ、その感情を誰かにぶつけ、負の感情に巻き込むことだけは、やってはいけないと思ってるんです。</p>
<p><strong>「ワタシはこんなに辛いから、あなたもこの気持ちをわかってよ！」</strong>そう思いだしたら、負の感情はあっという間にエゴへと変化してしまうから。</p>
<p>負の感情を出す時には、本当に信頼している人に弱音を吐き出してみることで新たな風が入り、凝り固まった考えが少しずつほぐされていくような気がするんです。</p>
<p><strong>「自分は今こんな気持ちなんだ」</strong>とか<strong>「どうしていいかが、わからないんだ」</strong>そうやって素直な感情を出してみると、きっと色々な答えが返ってくるはずだから。</p>
<p>その答えを聞き、もう一度自分に問いかけたとき、本当の意味で心の中を知ることができるかもしれません。</p>
<p>そしてワタシ自身無理に自分を偽らず、ありのままの弱さごと愛してあげられる人になりたいと、ようやく思えるようになったのです。</p>
<p>負の感情は、心の叫びを知らせるサインだと思って。</p>
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		<title>リクエスト企画「ネガティブさんとの出会い」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Jan 2024 09:20:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラボ企画]]></category>
		<category><![CDATA[ネガティブさん]]></category>
		<category><![CDATA[リクエスト企画]]></category>
		<category><![CDATA[言葉の意味を]]></category>
		<category><![CDATA[負の感情]]></category>
		<category><![CDATA[過去と向き合う]]></category>
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					<description><![CDATA[今回リクエストでいただいたテーマは、度々ワタシのエッセイに登場してくれている「ネガティブさんとの出会い」です。 文章の中での架空の人物ではありますが、彼には私生活で何度も心を救ってもらったことがありました。 変化に気づき [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回リクエストでいただいたテーマは、度々ワタシのエッセイに登場してくれている<strong>「ネガティブさんとの出会い」</strong>です。</p>
<p>文章の中での架空の人物ではありますが、彼には私生活で何度も心を救ってもらったことがありました。</p>
<p>変化に気づき、その時の本心を言葉で伝えてくれる頼もしい相棒のような存在かもしれません。</p>
<p>そんなネガティブさんについて、今日は書いていこうと思います。</p>
<p><span style="color: #333399"><strong>「いかに俺がすばらしいヤツか、ちゃんと書いてくれよな」</strong></span>と言われそうなので、真剣に書いていこうと思います。笑</p>
<p>それでは、スタートです。</p>
<h4><span id="toc1">小さなクローゼットの中で</span></h4>
<p>ネガティブさんとの出会いは、ワタシが小学生の頃までさかのぼります。</p>
<p>当時のワタシは友人と呼べる人が1人もいませんでした。楽しい話をする相手もいなければ、同級生たちもワタシと関わることを避けていました。</p>
<p><span style="color: #cc99ff"><strong>「アトピー星人」</strong></span>と呼ばれ、落ちたものを拾ってもらえないことがありました。</p>
<p>話しかけようとすると<span style="color: #808000"><strong>「お前は来なくていい」</strong></span>とか<span style="color: #993300"><strong>「あなたは友だちじゃないから」</strong></span>そんな言葉を嫌というほど聞かされてきました。</p>
<p>その記憶は今でも脳裏に強く焼きついています。どうやって話しかけたら仲良くしてもらえるのか、同じように人として接してもらえるのかをすごく悩んでいました。</p>
<p>子どもの世界は残酷だから、どれだけこちらが仲良くしようと試みても、全て裏目に出てしまっていたんです。</p>
<p>悲しい想いをした時には、家に帰り、1人クローゼットの中で泣きました。</p>
<p>帰りが遅い両親を待っている間の、ひとりぼっちの部屋はとにかく広く感じていたから。</p>
<h4><span id="toc2">突然現れた架空の友だち</span></h4>
<p>ある日いつものようにクローゼットの中に入り、スカートがぐしゃぐしゃになるまで泣きました。</p>
<p>理由はとても些細なことだったんです。お気に入りのスカートを履いていたワタシに、<span style="color: #008000"><strong>「お前はぶりっ子で、スカートなんて似合わない」</strong></span>と言い放った相手がいました。</p>
<p>その言葉が忘れられなくて、お気に入りのスカートを履いたまま泣くことしかできなかったんです。</p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「どうしたんだい？そんなにメソメソして」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「悲しいことがあったの・・・。ぶりっ子の意味がわからないの。ワタシがスカートを履いていることは、おかしいことなのかな」</strong></span>と、たった1人の部屋で声をかけられているにも関わらず、普通に会話をしている自分がいました。</p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「そうだったのか。それは悲しいことを言われたな。そいつはただ馬鹿なだけさ。気にしなくていい。くだらないことを言ったヤツは、悲しい奴だよ。人の気持ちがわからないんだから」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「人の気持ち？」</strong></span></p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「そうさ。言われて嫌な気持ちになるってことが分からないヤツのことを言うんだ。気にしなくていいよ。いつか痛い目に遭うはずだから」</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「そうかな・・・」</strong></span></p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「そうだとも！気にするな。堂々としていればいいんだ。俺だって名前はネガティブっていかにも辛気臭い名前なのに、考え方はいつだってかっこいいんだぞ。自分に自信を持つんだ。人の言葉に流されちゃいけないよ」</strong></span></p>
<p>そう言って、ネガティブさんはいつの間にか消えていました。</p>
<p>けれどもこの時、言われたことの方がショックだったワタシは、お気に入りのスカートをそっとゴミ箱に捨ててしまったんです。</p>
<h4><span id="toc3">負の感情と共に・・・</span></h4>
<p>それからというもの<span style="color: #000080"><strong>、ネガティブさん</strong></span>はワタシが落ち込んだり、悲しみを抱えている時に現れるようになりました。</p>
<p>そしてどんな時でも、カラッとした性格の彼ならではの言葉を贈ってくれたのです。</p>
<p>落ち込んでいる時には<span style="color: #000080"><strong>「そんなこと気にするな。お前さんには、無限の可能性があるんだぞ」</strong></span>と言ってくれました。</p>
<p>自暴自棄になって周りが見えなくなってしまった時は<span style="color: #000080"><span style="color: #000000">、</span></span><span style="color: #000080"><strong>「シャキッとするんだ！悩んでいても解決しないことの方が多いんだ。いつまでも後ろばかりを振り向いていたら、前に足を出すやり方さえも忘れちまうんだ。逃げるな。自分の気持ちから」</strong></span>そう喝を入れてくれました。</p>
<p>その言葉に時には励まされ、時には勇気をもらいながら、なんとか踏ん張ってこれたような気がします。</p>
<h4><span id="toc4">全ての言葉は、多くの愛で</span></h4>
<p>ネガティブさんはワタシの架空のキャラクターです。そして彼がくれた言葉たちは、過去に寄り添ってくれた人たちの言葉を文章として登場させています。</p>
<p>小学生の頃は本当にひとりぼっちで、架空の世界に逃げることもよくありました。言って欲しかった言葉を思い浮かべて、子どもながらに自分自身に語りかける時もありました。</p>
<p>それがネガティブさんとの一番初めの出会いだったと思います。</p>
<p>今でこそあらゆる人の言葉を借りて、時には支えてもらい、助けてもらいながら前を向けるようになりました。</p>
<p>それでも時には後ろを振り向きたくなることがあるんです。</p>
<p>自信を失って、大きな殻に閉じこもろうとしてしまう時だってある。</p>
<p>そんな時はまた彼に言われるんですけどね。</p>
<p><span style="color: #000080"><strong>「後ろばっかり振り向くな。もう小学生の頃のお前さんじゃないんだぞ。手を差し伸べてくれる人のことを見るんだ。声をかけてくれる人の言葉をよく聞くんだ。周りの意見なんて気にしなくていい。そいつらに人生を背負ってもらうつもりかい？そうじゃないだろ？自分の人生は自分自身で選べるんだ。だから本当に大切な人たちと歩くことだけを考えろ。笑顔でいたいなら、前を向く勇気を持つんだ。お前さんならそれができるはずだから」</strong></span>そう喝を入れてくれながら。</p>
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		<title>根に持つことをやめないで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 Aug 2023 10:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[ネガティブ]]></category>
		<category><![CDATA[思い]]></category>
		<category><![CDATA[根に持つ]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[負の感情]]></category>
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					<description><![CDATA[「根に持つことは悪いこと」そんなことを昔から肌で感じていました。 嫌な思いをしたこと、心に残り続けた記憶も口にすれば「まだあの時のこと根に持ってるの？」と言われてしまう。 その度に、どうして根に持つ事はいけないことなんだ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #ff0000"><strong>「根に持つことは悪いこと」</strong></span>そんなことを昔から肌で感じていました。</p>
<p>嫌な思いをしたこと、心に残り続けた記憶も口にすれば<span style="color: #339966"><strong>「まだあの時のこと根に持ってるの？」</strong></span>と言われてしまう。</p>
<p>その度に、どうして根に持つ事はいけないことなんだろうかと、一瞬立ち止まって考えてしまうんです。</p>
<p>自分の中で許されないボーダーラインがあって、それを超えられた時、ワタシには根に持つ感情が生まれる。でもそれは本当に悪いことなんだろうかと、何度も自問自答してきました。</p>
<p>どうして嫌なことをされたのに、忘れなければいけないのか。</p>
<p>どうして悲しい思いをさせられたのに、許すことが当たり前になっているのか。</p>
<p>それが理解できなかったんです。</p>
<p><strong>「根に持つことは悪いこと」</strong>この言葉が、随分とワタシの心に影を落とし続けていました。</p>
<h4><span id="toc1">止まらない負の感情</span></h4>
<p>ワタシは昔から考えすぎてしまう性格のせいで、時折、頭の中が散らかり放題になることがあります。</p>
<p>嫌なことをされた時には、その映像が何度もフラッシュバックして、気持ちがぶり返してくる。</p>
<p>悲しいことがあった時も同じように、何度も何度もその映像が繰り返されながら、落ち込んだり、傷ついたりしながら、必死で解決をしようとするんです。</p>
<p><strong>どうしてこんな思いをさせられたんだろう。</strong></p>
<p><strong>どうして嫌なことを言われたんだろう。</strong></p>
<p><strong>もっと違う方法はなかったのかな。</strong></p>
<p><strong>もっと違う伝え方はなかったのかな。</strong></p>
<p>そうやって角度を変えて、見方も変えて、色々な方法を試すように何度も何度も自問自答しながら答えを探してきました。</p>
<p>結論が出た時に、<span style="color: #ff00ff"><strong>「やっぱり、あの言い方は違っていたはず」</strong></span>と納得すると、今度は怒りが沸々と湧き上がり、いつしかそれが根に持つことへと変化していきました。</p>
<p>けれどもその感情が悪いことだとは、今も思っていません。</p>
<p>それはきっと、ぐるぐる考えた結果、新たに見えた景色があるからなんです。</p>
<h4><span id="toc2">葛藤する気持ち</span></h4>
<p>根に持つとき、ワタシはいつも思うことがあります。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「この先、似たような場面に遭遇したら、同じような言葉は言わないで、もっと違う伝え方をワタシはしよう」</strong></span>と。</p>
<p>それは沢山嫌な感情と向き合わなければ、その結論にはならないとも思うんです。</p>
<p>もしも、嫌なことを言われた時に、全てを受け流してしまったら、何も感じないように心のシャッターを閉じてしまったら、他の人に同じことをしてしまうかもしれない。</p>
<p>それが何よりも怖いことだと思っています。</p>
<p>あの時された気持ちを忘れて、何事もなく振る舞っていたら、知らないところでワタシも同じように振る舞ってしまうかもしれない。</p>
<p>そしてそんな人たちを、嫌というほど見てきました。</p>
<p>少し立ち止まって考えた先には、きっと違う視点だってあったはずなのに、感情のまま自分の思いをぶつけて相手を傷つける。その連鎖はどんどん数珠繋ぎになって、繰り返されることを何度も経験してきました。</p>
<p>けれども当の本人は、自分の間違いに気づけていないんです。</p>
<p>それは過去にされたことも根に持つことをせず、自分が一体どんな思いをしたのかも忘れてしまったからだとも感じました。</p>
<p>忘れることも受け流すことも大切だけれど、大切な気持ちを踏みにじられた気持ちは忘れてはいけない。</p>
<p>嫌な思いをした感情を見逃してはいけない。</p>
<p>そんな風に思うようになったのは、きっと小学生の頃からだったような気がします。</p>
<h4><span id="toc3">小さな体で</span></h4>
<p>昔からよく頭の中で難しく考える癖みたいなものがありました。</p>
<p>言われたことを真正面から受け止めて、誰にも言えない気持ちを抱えながら、何度も自問自答を繰り返していたんです。</p>
<p>うまく説明できない感情は、行き場のない怒りとなって、そして心の奥底へと落とし込んでいく。それがきっと<strong>根に持つ</strong>に繋がっていったような気がします。</p>
<p>友だちはいなかったけれど、それでもワタシは<span style="color: #ff00ff"><strong>「絶対に同じようなことはしない。こんな悲しい気持ちを相手にはさせちゃダメだ」</strong></span>と考えるようになりました。</p>
<p>そしていつしか、今まで言われてきたことやされてきたことを思い出しながら、言葉を発するようになっていったんです。</p>
<p>そんな性格を知っていた昔の同僚や先輩は、<span style="color: #008000"><strong>「ちょっと考えすぎだよ」</strong></span>とか<span style="color: #ff6600"><strong>「いつまで引きずってるの？笑」</strong></span>なんて言うこともありました。</p>
<p>でも不思議なんです。</p>
<p>どうして嬉しいことは覚えているのに、嫌なことは忘れなければいけないのか。</p>
<p>根に持つことや負の感情は、そんなに悪いものなのだろうか。</p>
<p>それも理解に苦しむ部分でもありました。</p>
<p>きっと、負の感情だって必要なはずだと。</p>
<p>何か大切なことを教えてくれる気持ちだからこそ、忘れちゃいけないような気がする、そう思っていました。</p>
<h4><span id="toc4">子どもたちに伝えて</span></h4>
<p>ワタシは担任をしていた時、よく子どもたちに伝えていた言葉があります。</p>
<p><span style="color: #ff00ff"><strong>「嬉しい気持ちも、悲しい気持ちも、どっちも大切な気持ちなんだよ。その時に感じた気持ちは、大きくなっても忘れないでね」</strong></span>と。</p>
<p>喧嘩をした時、子どもたちは本気でぶつかるからこそ涙を見せたり、感情をむき出しにして怒ったりもします。</p>
<p>そんな時は、その気持ちをまっすぐ受け止めながら、今の心の中がどうなっているのかを聞いていきました。</p>
<p>どんな気持ちで、どんな風に思ったのか。</p>
<p>泣いている理由や、怒っている理由もできる限り聞いていました。</p>
<p>そして話していくうちに、子どもたちは気づいてくれるんです。</p>
<p>どうして今怒っていたのか、どうして涙が出たのか。</p>
<p>そうやって一緒に負の感情と向き合うのが、保育の一つのテーマでもありました。</p>
<h4><span id="toc5">根に持つことは・・・</span></h4>
<p>今でも過去のことに対して、いくつも根に持っていることがあります。</p>
<p>幼い頃から数えたら忘れてしまったものもあるけれど、それでも心の中に深く残った傷跡が癒えないものも沢山あるんです。</p>
<p>そしてふとした瞬間に、その時のことを振り返り、自分が当時はどういう気持ちだったのか、そして大人になったワタシはどう思うのかを自問自答しています。</p>
<p>ある時は、今まで根に持っていたことが煙のようにふぅ〜と上へと抜けていく感覚になる瞬間もありました。</p>
<p>またある時は、当時よりも怒りが増してきて、モヤモヤしてしまう事もあります。</p>
<p>でもどんな感情になったとしてもやっぱり最後に思うことは、<span style="color: #ff00ff"><strong>「同じ思いを他の人にはさせないように気をつけよう」</strong></span>になるんです。</p>
<p>されたことを忘れてしまったら、きっと知らないうちに同じようなことをしてしまう可能性がある。</p>
<p>そんな事は絶対したくない。</p>
<p>だからこそ根に持つ事で、自分の立場や相手の立場になって考える必要があるのかもしれません。</p>
<p>ワタシはとても不器用な性格だから、中々教訓だけを思い留まらせることが出来ないんです。</p>
<p>一つひとつ思い出しながら、ゆっくり咀嚼をしながらでないと、大切なことさえも忘れてしまうこともある。</p>
<p>だからこそ、どれだけ古い記憶でも鮮明に思い出し、考えようとするのかもしれません。</p>
<h4><span id="toc6">本当の優しさとは</span></h4>
<p>このエッセイを書く少し前、夫と二人で根に持つことについて話をしたことがありました。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「どうして納言ちゃんは、根に持つことにこだわるの？」</strong></span>と聞かれたことが発端でした。</p>
<p>その時に話したことがきっかけで、<span style="color: #3366ff"><strong>「そのテーマでエッセイを書いてほしい」</strong></span>と言われたんです。</p>
<p><span style="color: #3366ff"><strong>「根に持つ事はいけない事だと思われがちだけど、きっとその分、嫌なことと向き合って沢山考えた証拠なのかもね。きっとその感情を忘れてしまったら、嫌な連鎖は続いてしまうことだってある。確かに忘れていいこともあるけど、当時の経験を振り返りながら、いろんな立場に立って考えることが大切なんだろうね」</strong></span>と言ってくれました。</p>
<p>この話になるまで、ワタシ自身も根に持つことに対して少しネガティブに考えていたところもあったんです。</p>
<p><strong>もっと簡単に忘れられたらいいのかな。</strong></p>
<p><strong>嫌なことなんていつまでも引きずる必要なんて、本当はないのかもしれないな。</strong></p>
<p>そうやって思っていました。</p>
<p>けれども今では、根に持つことも悪くはないと思っています。</p>
<p>根に持ち、恨んで、相手を傷つけることは絶対にしてはいけません。</p>
<p>けれども、根底にある当時の想いを振り返り、自分の中で消化しようとする作業は、大切なことだと思うのです。</p>
<p>自分の負の感情や出来事と向き合った分だけ、悲しみから優しさを学び、辛さから寄り添う大切さを知ることができるような気がします。</p>
<p>この先の人生も、良いことばかりではなく、負の感情と向き合わなければいけない時が出てくるでしょう。</p>
<p>過去の自分と今の自分を重ねながら考えることもあるかもしれない。</p>
<p>そんな時は少し立ち止まって、向き合ってみようと思います。</p>
<p>忘れてしまわないように、根に持つことにほんの少しだけ誇りを持って…。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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