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	<title>Xジェンダー | 社会の底辺からこんにちは</title>
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		<title>コンプレックスを抱きしめて</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 May 2023 06:15:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[LGBTQ]]></category>
		<category><![CDATA[Xジェンダー]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[個性]]></category>
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					<description><![CDATA[細く小さな瞳、黒目が上にあがってしまう目つきが嫌いでした。 二重で目が大きい人たちが、羨ましかった。 どうして、こんなに目が小さいのだろう。 どうして、睨んでいるような目つきになってしまうのだろう。 どうして、私は可愛い [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>細く小さな瞳、黒目が上にあがってしまう目つきが嫌いでした。</p>
<p>二重で目が大きい人たちが、羨ましかった。</p>
<p><strong>どうして、こんなに目が小さいのだろう。</strong></p>
<p><strong>どうして、睨んでいるような目つきになってしまうのだろう。</strong></p>
<p><strong>どうして、私は可愛いからかけ離れた存在なんだろう。</strong></p>
<p>そんなことばかりを考えて、劣等感を抱きながら生きていたと思います。</p>
<h4><span id="toc1">外見至上主義の社会の中で</span></h4>
<p>私が住んでいる所は、特に可愛らしい人が優遇される傾向にありました。学生の頃から、外見至上主義の社会を露骨に感じ、<span style="color: #ff0000;"><strong>「お前は、可愛くない」</strong></span>とレッテルを貼られているようで、惨めな思いばかりしてきました。</p>
<p>モテている子は、目が大きくて、可愛らしくて、女性らしさを兼ね備えている人ばかりでした。</p>
<p>けれども、私はどの項目にも当てはまっておらず、細い目と男性寄りの顔立ちだったから、可愛らしさとは無縁の世界にいたような気がします。</p>
<p>そして外見至上主義の社会では、ただモテないという事実より、もっと残酷で悲しい現実があったのです。</p>
<h4><span id="toc2">品定めをされながら</span></h4>
<p>それは高校生の頃、条件を満たしている子は、常に輪の中心にいました。彼女たちと楽しげに話している男子の顔は、まるで獲物を探しているように見えるほど、奇妙な様子でした。</p>
<p>なんとか可愛い子のそばに行きたい、気に入られたい、そんな人間の欲深さが現れているようにも感じました。</p>
<p>目の前で繰り広げられる光景を、一人の傍観者として見ていました。気に入られるように容姿を褒めている人、ジュースを奢りお金で振り向かせようとしている人、学生の頃からすでに、弱肉強食の奪い合いのような環境が繰り返されていました。</p>
<p>それだけなら私に被害が及ぶことも、傷つくこともありません。ただ、やり方を間違えた人たちは、気を引くためにあらゆる手段を使い、その道具にさせられたのが、私だったのです。</p>
<h4><span id="toc3">悲しみの過去</span></h4>
<p>ある日、私は教室の隅の方に立っていました。なんとなく部屋の様子を眺めていました。</p>
<p>すると、数名の男子が私の横を通り過ぎながら言いました。</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>｢遠くで見ても、近くで見てもブスだよな｣</strong></span></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong>｢男みたいな顔だからだろ」</strong></span>と。</p>
<p>いきなりのことに驚きはしたけれど、正直<strong>「またか・・・」</strong>という感情しかありませんでした。</p>
<p>昔から容姿について悪口を言われたり、否定されたりするのは慣れていました。そして、自分でも分かっていました。</p>
<p>男顔で可愛げがないことを。</p>
<p>言われたからといって反論することはせず、ただ黙って受け入れることしかできませんでした。</p>
<p>自分自身も性別や、心と体の不一致に悩んでいた頃だったので、反論したり、否定をすることも出来なかったのかもしれません。</p>
<p>常に持ち続けた想いは、いつしか劣等感に変わり、そして自己否定へと変化していくようになりなりました。</p>
<p>もしも、相談できる友人が一人でもいたら、考え方も生き方も変わっていたのかもしれません。しかし当時は、誰にも言えない気持ちを、常に心の中にしまい込んで、<span style="color: #3366ff;"><strong>我慢をする</strong></span>ことで、勝手に処理しているつもりになっていたのでしょう。</p>
<h4><span id="toc4">現れた救世主</span></h4>
<p>劣等感を持ち続けながらあっという間に大人になってしまった私は、「自分は醜い」と思いながらも、どこかで「認めてほしい」と助けを求めていました。</p>
<p>20歳を超えたあたりから夜遊びを覚え、友人たちと仕事終わりや、休日にクラブに頻繁に出かけていました。</p>
<p><strong>寂しさを埋めるために、私のような人間でも認めてくれる人を探すために。</strong></p>
<p>そして、ついに現れたのです。</p>
<p>人生を大きく変えてくれた救世主が。</p>
<p>ある夜、いつものように友人とクラブに出かけました。若い男女が集まり、ナンパをしたり、一緒に踊ったりしている中、私たちはテーブルでジュースを飲んでいました。</p>
<p>すると二人組の男性が近づいて、その一人が私に話しかけてきました。正直面倒だったので、適当に話していると、ふと目が合い彼は<strong><span style="color: #3366ff;">「君って、一重？」</span></strong>と聞きました。</p>
<p><span style="color: #ff00ff;"><strong>「そうだけど・・・。なんで？」</strong></span>と聞き返すと、彼はニコッと微笑んでこう言いました。</p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>「君の一重は、とっても素敵だよ。三白眼で綺麗な形をしていて、どこか涼しげな目元。なんでアイプチなんかしてるの？勿体無いよ！カラコンもアイプチもやめた方がいい。こんなに素敵な目をしてるんだから、活かすべきだよ」</strong></span>と。</p>
<p>当時の私は、大きな目に綺麗な二重に憧れていました。服装もできるだけ女性らしさを意識していました。心の声を聞かずに、流行に合わせることで自分を保っていました。</p>
<p>そして、アイプチやカラコンをするようになってから、声をかけられたり、誉めてもらえることも増えるようになっていました。</p>
<p>だからこそ自分を変えて、周りに合わせることで青春を取り戻そうとしていたのかもしれません。</p>
<p>誰からも話しかけてもらえず、ブスと言われ続けた青春時代を捨てたかった。</p>
<p>けれども、クラブで出会った彼は違いました。</p>
<p>アイプチをしている私ではなく、一重の目を誉めてくれたのです。なぜ、私が一重だと気づいたのか、それはわかりませんが、もしかすると、熱気に包まれた会場で、アイプチが取れかかっていたのかもしれません。</p>
<p>どんな理由であれ、彼の一言は、私に大きな勇気をくれました。</p>
<p>ありのままでいることの大切さを、流行ではなく自分の魅力を認めることを、何より、コンプレックスを初めて「個性」として捉えられることが出来た瞬間でもありました。</p>
<h4><span id="toc5">本当の姿を愛して</span></h4>
<p>たった一人の言葉に勇気をもらい、それからアイプチやカラコンをすることは無くなりました。けれども、物心ついた時からのコンプレックスを受け入れるには、相当の時間が必要でした。</p>
<p>自分自身のスタイルを見つけ、コンプレックスをようやく認められるようになったのは、つい最近のことなのです。</p>
<p>29年間の中で、子どもから大人になるまでの間、常に自分の顔を嫌い、自信がないまま生きてきました。存在を否定することはできても、肯定する言葉を知らなかったのです。</p>
<p>ただ、ようやく自分自身を受け入れ、コンプレックスも一つの「個性」と捉えられるようになったのは、数少ない友人の支えや夫のおかげだと思っています。</p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>目が細くても、たとえ見た目が男性的だとしても私には変わりがない、</strong></span>そう言い続けてくれた人たちのおかげなのです。</p>
<p><span style="color: #000000;">私は思うのです。</span></p>
<p>世の中には、ひどい言葉がたくさんあります。そして、外見至上主義も社会に根強く残っていることは、確かです。</p>
<p>ただ、この世の中に醜い人なんて一人もいません。ブスだと言われていい人もいません。もしも、否定をする人がいるのなら、それは、自分のタイプじゃないだけのこと。</p>
<p>人が変わり、見方が変われば、また新たな意見が出てくるのと同じなのです。そして何より、他人を品定めの道具のように、判断すること自体が、一番醜いことだとと、私は思うのです。</p>
<p>もしも、私と同じように容姿にコンプレックスを持ち、苦しんでいる人がいるのなら伝えさせてください。</p>
<p>とても広い世界の中で人間は、目の前にいる人たちだけじゃない。うつむいてばかりいた顔を上げてみると、新しい景色が見えてくる。</p>
<p>否定してくる人もいるでしょう。</p>
<p>時には、ひどい言葉をかけてくる人がいるかもしれない。</p>
<p>けれど、それは彼らがとても小さな世界しか知らないのです。否定する人がいれば、必ず肯定してくれる人もいる。数は少ないかもしれない、けれども、あなた自身の魅力に気づき、愛してくれる人は必ずいるはずだから。</p>
<p>それは家族なのか、友人なのか、恋人なのか、はたまた全く知らない人なのか、それは分かりません。</p>
<p>ただ一つ、あなたの個性を、小さな世界で生きる貧しい心の人たちに、壊されないでください。</p>
<p>唯一無二のあなたという存在を、見失わないでほしいのです。</p>
<p>かつて自分を見失い、暗闇の中でうずくまり続けた私のようにならないでほしいと、心から願います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>夫婦のカタチ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[オリエンタル納言]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Apr 2023 14:09:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[保育士時代の体験談・過去のトラウマ]]></category>
		<category><![CDATA[LGBTQ]]></category>
		<category><![CDATA[Xジェンダー]]></category>
		<category><![CDATA[夫婦]]></category>
		<category><![CDATA[家族]]></category>
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					<description><![CDATA[私たち夫婦に、決まった性別はありません。 どちらが男性で、どちらが女性でという概念もありません。 もしもカテゴライズするのであれば、それは「ヒト」ということだけです。 私は昔から、性別を二つに分けられるのが嫌いでした。  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私たち夫婦に、決まった性別はありません。</p>
<p>どちらが男性で、どちらが女性でという概念もありません。</p>
<p>もしもカテゴライズするのであれば、それは<strong>「ヒト」</strong>ということだけです。</p>
<p>私は昔から、性別を二つに分けられるのが嫌いでした。</p>
<p>どちらの側面も持っているのに、<strong>「あなたは女の子、だから女の子として必要なことを学びなさい」</strong>と言われることに、常に違和感を感じていました。</p>
<p>ただ恋愛対象は、29年間生きてきてずっと異性でした。</p>
<p>それはただ人生の中で、恋心を抱くような同性にあったことがないからだと思っています。</p>
<p>好きになることに性別は関係ない、それは幼い頃から持ち続けてきました。</p>
<p>そして、夫も同じように恋愛をしてきた人は異性だけれど、恋愛対象は全ての<strong>「ヒト」</strong>なのです。</p>
<h4><span id="toc1">あべこべな関係</span></h4>
<p>私たちは、時として役割が変わることがあります。</p>
<p>よく周りからも<span style="color: #ff00ff"><strong>「納言の旦那さんって女性らしいよね」</strong></span>と言われることが多いくらい、夫は少し女性の性質が多いようです。</p>
<p>どちらかというと私の方が、男性思考が強いのかもしれません。</p>
<p>だから一緒に生活していると、関係があべこべになることもありますが、そのほうが心地良かったりするのです。</p>
<p>互いに中性的な見た目と性格をしているからなのか、デートをしていると、周りから視線を浴びることがあります。特に私は格好も男性的な姿を好むので、きっと他人から見たら、男性同士が手を繋いで歩いているように見えるのかもしれません。</p>
<p>まだまだ、性に対して偏見を持つ人もいるようで、<strong>「あの二人ってなに？ゲイ？」</strong>とか<strong>「なんで男同士なのに手を繋いでいるんだろう」</strong>なんて、言われることも多々ありました。</p>
<p>そもそもどうして男性同士が、恋愛をしていることに嫌悪感を示すような言葉を発すのだろう。</p>
<p>好きになった人がたまたま同性だっただけで、愛する気持ちは何も変わらないのに。</p>
<p>根深い問題を浮き彫りにさせるような発言に、まだまだLGBTQが理解されない世の中だということも認識させられました。</p>
<p>それでも私は自分のスタイルを崩すこともしなければ、手を振り解くこともしません。</p>
<p>そして夫も、心無い声が聞こえてきても堂々と手を繋いで歩いてくれるのです。</p>
<h4><span id="toc2">自分らしさを捨てても</span></h4>
<p>夫と出会う前には、今までの付き合ってきた人たちに色々なことを言われてきました。</p>
<p><strong>もっと女性らしい服装にしてほしい。</strong></p>
<p><strong>スカートを履いて欲しい。</strong></p>
<p><strong>髪の毛を伸ばして欲しい。</strong></p>
<p>あげたらキリがないくらい、私とは真逆の理想像を押し付けられることがありました。</p>
<p>そして気づかないうちに、心も傷ついていたんだと思います。</p>
<p><strong>「どうしてありのままの私を、受け入れてくれないんだろう」</strong>って。</p>
<p>結局嫌われたくなくて、一生懸命似合わない服を着ていました。すると、心はいつもモヤモヤして、デートが楽しいと思えないことも多かったのです。</p>
<p><strong>無理やりスカートを履いている自分が、気持ち悪くて仕方がなかった。</strong></p>
<p><strong>髪の毛を伸ばし、別人になろうとしていることが苦しかった。</strong></p>
<p><strong>好きでもない服を着るたびに、無意識にため息が出てしまっていた。</strong></p>
<p><span style="color: #000000">なにより、私という存在を無視されているみたいで、飾りとしてしか見てもらえないような気がして辛かったのです。</span></p>
<p>しかし、どれだけ彼らに合わせて頑張ったとしても、数ヶ月も経てば、私と正反対の<span style="color: #ff00ff"><strong>女性らしい女性</strong></span>のところへ去っていきました。</p>
<h4><span id="toc3">それぞれのカタチ</span></h4>
<p>夫は私の容姿に対して、何か注文をつけたり、お願いをしたりすることはありません。きっとそれが普通のことだと思うけれど、私にとっては大きなことでした。</p>
<p>夫よりも短い髪にしても、男性的な洋服を着ても「君らしくて素敵だね」と言ってくれる夫には、感謝しかありません。</p>
<p>夫婦の数だけカタチがあり、個性がある。</p>
<p>それは周りが口を出すことではなく、二人が認め合っていたらそれでいいのではないでしょうか。</p>
<p>だからこそ私たち夫婦は、これからもありのままの姿で、自分たちの好きなスタイルを貫きながら生きていこうと思います。</p>
<p>無理に変えることは、自分を偽ることになってしまう。</p>
<p>そんな相手といる方が苦しくて、自分自身を失ってしまうことにもなるから。</p>
<p>皆さんには、大切なパートナーや家族はいますか？</p>
<p>それぞれの形を大切にしながら、自分らしく堂々と好きなスタイルを貫いてください。</p>
<p><strong>誰のためでもなく、自分自身のために・・・。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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