さて、吐息と初対面にして家に行くことになった納言は、危機管理能力を駅のホームに置いてきてしまい、能天気に吐息の家へと向かいました。
駅から約15分の距離を、たわいもない会話をしながら(きっとこの人は、いい人なんだろうな。オシャレな雰囲気だし、家はどんな感じなんだろう)と、まるでお宅訪問でもするかのような気持ちで歩いていました。
歩幅を合わせて歩きながら話をする吐息の心境は、虎視眈々と獲物を狙う猛獣のような気持ちだったのでしょう。
なぜ私はこの時、気づかなかったのか。
今までの恋愛でも同じ思いを何度もしてきたのに、初めはどんな人でも優しいことを一番知っていたはずなのに。
それすらも忘れて吐息に心を許していた自分に、今なら喝!!!を入れてやりたいくらいです。
しかし、そんなことを今さら言っても、当時の私の運命が変わることはありません。
そして、過去の経験があったからこそ、こうしてネタの一つとして書くことが出来ているので、そこだけは唯一救われたと言えるでしょう。
そんなテロップを入れてしまいたくなるほど、二人の距離は歩幅と同じくらい縮まっていきました。
一方その頃、ルームシェアの家でくつろいでいた友人は、私の暴走機関車ぶりを危惧しながら「無事に帰ってきてくれればいいけど・・・。大丈夫かな、納言ちゃん。」と心配をしていたそうです。
そんな心配をよそに、私たちは家の近くにあるコンビニに寄り、お菓子やジュースや、吐息の夜ご飯を買って目的地へと到着しました。
殺風景な部屋とオシャレなオブジェ
部屋に到着した途端、さっきまでほぐれていた緊張がぶり返して、心臓の音がトクトクしているのが自分でも分かるほどソワソワしていました。
吐息が言った通り、引っ越したばかりの部屋は、殺風景であまり物が置いていない状態でした。
しかし、所々に置いてあるオブジェや小物にこだわりを感じ、吐息の部屋の香りが鼻の奥にツンと残る。(こういうのが好きなんだな)と思っていると、弁当を温めた吐息は私に座るように促してくれました。
「何もない部屋でしょ?(笑)引っ越したばかりだから、まだ何も出来てないんだよね。せめてカーテンだけは付けたかったから、この布で目隠しみたいにしてるんだ」
「そうなんだ。でも、小物とかが統一感があって、オシャレだね。すごく素敵だと思う」
「本当に!?納言ちゃんに言われたら、すごく嬉しいよ!一応自分なりのこだわりもあるからさっ!でもね、もっと色々やりたいんだけど、時間がなくて中々難しくてね」
「そうなんだね。お仕事忙しそうだもんね」
「うーん。まぁ、でも楽しんでやってるからいいんだけどね」
吐息はアパレル関係の仕事をしていました。身だしなみにも気を遣っていたし、所々のインテリアにもセンスが出ていて、どれもこれもが私にとっては新鮮だった記憶があります。
二人で買った食べ物をつまみながら、テレビを見たり、話をしたりしながら過ごしました。
時間はあっという間に23時を回ろうとしていたのです。
「あっ、明日仕事だから、私そろそろ帰らなきゃ」
「えっ!?でも今さっき来たばかりだよ?もう少しだけいてよ。納言ちゃんともっと一緒にいたい」
「いやでも、明日早いし。さすがに終電までには帰りたいから」
「大丈夫!行きは少し時間がかかったけど、帰りはすぐに帰れるルート知ってるから、あと少し、ねっ?あと少しだけいてよ」
「うーん、どうしようかな」
そう迷いながらも、あと少しだけいることにしました。
そしていよいよ終電時間が迫り、今出ないと間に合わない時間にまでなっていたので、もう一度、吐息に帰ることを伝えました。
「ごめん、本当に間に合わないから。もう帰るね」
「いやでも、一人で帰れるの?ここから駅は、来た時間と同じくらいかかるよ。もう帰っても、終電逃すと思うけど」
「えっ!?さっき早く帰れるルートがあるって、言ってたよね。あれ嘘だったの?」
「俺そんなこと言ったっけ?同じ時間かかるよ」
完全にしてやられたと思ったけれど、もう後の祭りです。
「ほら、もう無理なんだから今日は家にいなよ。もう終電間に合わないんだから。俺は、納言ちゃんと一緒にいられるからラッキーだな」と言われても、(何言ってんのコイツ)と言う気持ちしか、湧き上がりませんでした。
結局、終電時間には間に合わず、なんと初対面の吐息の家で一夜を過ごすことが確定してしまったのです。
地獄の一夜 開幕
私の頭の中は、混乱しかありませんでした。
始発で帰って、そのまま仕事に行かなければならないという事実。
ほぼ初対面という最悪な状況での一夜。
さっきまで優しかった吐息の、時折見せる不穏な表情。
しかし帰るにも手段もないし、ルームメイトに車で1時間以上もかかる距離を迎えに来てもらうわけにもいかない。
そんなことを考えていたら、吐息はフッと笑い、「残念だったね、終電逃して。まぁ、この状況を楽しもうよ。考えても仕方がないし。こっちにおいでよ」と腕をグイッと引っ張られて、隣に座るように言われました。
ここらでもうお気づきの方もいるかもしれませんが、これは完全に吐息のシナリオ通りの展開になっていたということ。
きっとこの状況になることを最初から狙っていたことに、私はようやく気づいたのです。
あまりの変貌ぶりに、多少の恐怖を抱き始めたので、なるべく刺激を与えないように、なんとか夜が明けるのを待とうと決めました。
吐息と二人きりの空間も多少怖さを感じたけれど、それ以上に機嫌を損なって、「もう家から出てって」なんて言われたら、路頭に迷うことになる。
それだけは、避けたかったのが本心でした。
隣に座るように言われてから、徐々にスキンシップが激しくなり、ますます嫌な予感が加速していきました。
手を撫でられたり、肩をギュッと寄せられたり、頭を撫でながら満足そうに私の顔を見つめたり。
しかし前編でも言った通り、私は何一つ上手くいっていなかったから、恋愛も正直どうでも良くなっていた部分もありました。
「もう、なんでもいいや」と思う気持ちもあれば、何か変なことをされたどうしようと思う気持ちもありました。
危機管理能力を駅に置いてきた私だって、もう大人です。
このスキンシップが何を意味していて、吐息が何を求めているかを分からないはずがありません。
(あぁ、私の存在価値ってそれくらいか。こいつにとっては、欲を満たすための存在にしか見えていないんだろうな)そう思うと、なんだか悲しくなってしまう。けれどもそんな気持ちも、欲を前にした吐息には微塵も伝わるわけがないのです。
もう先のことしか考えていない吐息にとって、いつ、どうやって、誘うか、それだけが頭を支配していたのでしょう。
そして、まるで自然の流れのように私をベッドに誘い込みました。
ありきたりなテンプレみたいな言葉を呟き、そっと唇に触れてきたのです。
秘技 吐息全集中
この瞬間、何かがプツリと切れてしまい(どうだっていいや。もう、好きにしてくれ)と諦めたと同時に、唇を許しました。
大人ならもう分かる流れになっていくわけですが、私はキャミソール姿に、吐息はほぼ生まれたての状態になったところで、それは突然始まりました。
私の太ももを上から下へと撫でながら、
ふぅーーーーーーーーーー⤴︎!
はぁーーーーーーーーーー⤵︎。
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ⤴︎⤴︎!
ふっふっふっふっふっふっふっ。
(目を閉じて、呼吸を止めて)
ふぅーーーーーーーーーー⤴︎!
はぁーーーーーーーーーー⤵︎。
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ⤴︎⤴︎!
ふっふっふっふっふっふっふっ。
これを何度も何度も繰り返されていきました。もうこちらとしても、謎の儀式みたいな行動に、衝撃、戸惑い、笑い、恐怖、言葉にできないような感情が私を襲いました。
そしてニヤニヤしながら「うん、いいですね。いや、いいですね。あぁー。こういうことね」と一人で呟いている。
想像できますでしょうか、ほぼ初対面の男が謎すぎる呼吸と実況を交互に見る状況を。数年経った今でも忘れられないくらいほど、インパクトが強すぎたのです。
なんと吐息全集中が始まってから、気がつけば2時間以上も経過していたのです。
ほとんどは吐息全集中の時間に割かれていましたが・・・。
虚しさの深夜と投げられた服
吐息全集中&儀式的なことが終わった吐息は、さっさと服を着ると「俺、もう寝るから」と、私の服をポイっと投げてそのまま眠りにつきました。
私は(なんて虚しい状況なんだろう)と、投げられた服をギュッと抱きしめて、起こさないように服を着ました。
しかし、私も仕事があるため多少は寝なければならない。そこで「あのさ、私もベッド借りてもいい?」聞くと「いいけど、あんまり近くに寄らないでね。あと、絶対邪魔しないでね。睡眠邪魔されるのが、一番ムカつくから」と言い放ちました。
私は「分かった」と言いながら吐息に背中を向けて、そのまま一睡もせずに始発の時間を待ちました。
待っている間、落ちそうなくらいのところで体を丸めながら、自分の哀れな姿と、惨めさに涙がポツリポツリと流れていました。
(私は見知らぬ家で、何をしているんだろう)という気持ちが、余計に寂しさと惨めさを感じさせてくるのです。
そして始発の時間が迫った時、帰る支度をしていると「時間?じゃ駅までは送っていくわ」と言われ一言も話さずに、吐息から数メートル離れた距離で吐息の背中を見つめながら歩いていました。
行きは歩幅を合わせてくれた吐息の優しさは微塵も感じられず、どんどん先へと進む姿は、まるで私たちの心の距離を表しているようでした。
こうして私は、始発で友人が待つ家へと帰っていったのです。
エピローグ
電車の中で意識が朦朧とする中、なんとか家に着くと友人は心配そうに待っていてくれました。
「納言ちゃん、もしかして今帰ってきたの?大丈夫?」
「なんとかね、また帰ってきたら話聞いて。とりあえず風呂入ってくる」
「分かった、なんでも聞くからね!仕事も無理しないで」そう言って、友人は先に、仕事へと向かいました。
私はシャワーを浴びながら、もう一度泣きました。
昨日のことを思い出して、そして自分がいかに馬鹿なことをしているのか、どれだけ自分自身を大切にしていないかを感じながら。
あの夜以降、吐息から連絡が来ることは一切ありませんでした。
「昨日はありがとう」と送った私のLINEに既読もつかないまま、私たちの関係は一夜限りで終わってしまったのです。
ほとんど寝ていないままの仕事は、支障をきたしまくっていましたが、それも自業自得なのは分かっています。
今思えば単に吐息とは合わなかったことも、理解できます。けれども、当時の私には分からなかった。
ただ愛して欲しかったし、幸せになりたかったと求めている私には。
こんなことを繰り返している状態では、幸せからかけ離れているのに、当時はそれすらも気づくことができませんでした。
そして吐息とのやりとりが終わり、のちに旦那と出会うまでに、何度か傷つく思いをすることになるのです。
マッチングアプリは、とても便利なツールだと思います。今まで出会うことのなかった人と出会うこともできるし、自分の好みに合う人を探すことも簡単にできる。けれどその裏では、私と同じように欲を満たすだけに使われてしまった人もいれば、時に騙されて大切なものを失った人もいる。
便利なツールだからこそ、使い方とリスクを知らなけらばいけないのです。
私のように軽率に考えていると、いつか痛い目に遭うことを少しでも知ってもらえたら嬉しいです。
ちゃんとリスクも理解した上で、相手のことも知った上で使うことが一番大切なのです。
私も沢山失敗を重ねてきたからこそ、今の幸せがあると思っています。だからこそマッチングアプリでの出会いは、いい意味で慎重に楽しでいただきたいと、心から願います。
私のような悲しい思いをしないように・・・。
最後に・・・
過去の悲しい出来事を今こうしてネタの一つとして書けているのも、友人たちの支えがあったからこそです。
当時の辛い気持ちを受け止め、話を聞き続けてくれたルームメイトには、感謝しかありません。
今までの恋愛は、少しだけ特殊なことが多くありました。もしも文章を書いていなかったら、辛い過去は辛いまま残り続けていたと思います。
ブログを読んでくれた人が、素敵な恋を楽しめるように、今目の前にいる人を大切に思えるような言葉を、これからも綴っていきたいと思います。
最後まで読んでください、本当にありがとうございました。
〜完〜
ナイーブな私に勇気をください
吐息はそーいった性癖なんですかね?笑
初めて聞きました!笑
フーフーしすぎて過呼吸にでもなられたらもっと悲惨でしたね!
読んでくださりありがとうございます!今思えば、そういう性癖だったのかもしれません(笑)。今でもあの時の表情は、鮮明に思い出してしまいます。
片岡鶴太郎も驚くほどのプロ意識の高さを感じました。
とはいえされている方は、驚きと恐怖と笑いの色々な感情でぐちゃぐちゃになっていましたが・・・。
過呼吸になられていたら、また別のエピソードになっていたかもしれません。
きっと今でも吐息直伝の呼吸法の洗礼を受けている被害者も、いるのではないでしょうか。
今後もぜひ、新たな番外編を楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想をくださり、本当にありがとうございました。