マルチの夜 後編

オリエンタル納言日常日記

そびえ建つタワーマンショを見て、漫画の主人公のように「俺はいつか、タワーマンションに住む!」と豪語していたマルチ。

その姿を見て、(ワタシはこいつのカモにされていたんだ)と、とても悲しく、同時に怒りさえ湧きながら、友人の待つ家へと帰って行きました。

時間は深夜に差し掛かっており、それでも彼女はワタシの帰りを待ってくれていました。

「納言ちゃん、どうだった?」

「あのね、今日タワーマンションに連れて行かれたよ。笑」

「えっ!?タワーマンション!?なんで」

「あれはね、本気で恋を探している奴じゃなくて、マルチ商法の勧誘するために恋を武器にしていた奴だった」

「そうだったんだ・・・。これからどうするの?」

「それがね、明日の午後7時に契約書を持ってこっちに来るんだって。多分契約成立すると思ってるんだけど、絶対に怪しいから断ろうと思う。そんで全部気持ちをぶつけようかなって思う」

「そうなんだ。一人で大丈夫?他にも人が来たら怖いよね」

「確かに・・・」そんやり取りを交わし、話し合いの結果、友人も決戦日に同行してくれることになりました。

友人はとりあえず車で待機し、ワタシがマルチと話す。何かあればいつでも誰かを呼べるように待機する手はずを組んで…。

決戦の午後7時

そしていよいよ日付は変わり、決戦当日を迎えました。

様子がバレてしまわないように、マルチには何も言わず行く時間と集合場所を決めて、向かうことにしたのです。

友人は「何かあったらすぐに連絡してね」と言ってくれました。

集合場所に着くと奴はすでに待っており、「着いたよ!」と連絡を入れたすぐに、書類を持って颯爽と車から降りてきました。

そして一言、「納言ちゃ〜ん。今日も素敵だね」といつも以上にテンション高めに言ってきたのです。

もうその顔は、(俺はこれで契約が取れたぞ)という、勝利の顔をしていました。

「納言ちゃん、ハンコ持ってきた?これで晴れて仲間だね。うれしいよ。困った事があれば、いつでも相談に乗るから」

「・・・」

「ん?何か不安なことでもあるの?」

「あのさ、ごめんだけど契約はできない」

「えっ!?なんで、どうして、えっ!?あんなに素晴らしい話を聞いたのに。どうして!!」

「あれって、マルチ商法だよね?投資って言ってた話も、投資という名の賭博で違法だよね?どうしてそんな危ない橋を渡らないといけないの?それに、消費者金融からお金を借りさせるなんて、どう考えてもおかしいよ」

「・・・。でも俺も借りてるし、安全だよ」

「借りてるの!?だってまだ信頼関係も何もないのに、『消費者金融から、お金を借りて』っていうのっておかしいと思わない?」

「それは・・・」

「申し訳ないけど、ワタシから聞き出した個人情報とかあるよね?書類があるなら、それ破るから貸して。無断で出来ないなら、あの社長に今すぐ聞いて」

「・・・分かった」

そこから少し外れた場所で、何やら社長に頭を下げて話をしているマルチ、この時点で30分以上の時間が過ぎていました。幸い来ていたのはマルチだけだったので、友人には「ちょっと長くなりそうだから、家まで送るよ。また何かあったら、連絡するね」と話し、友人を家に送り、マルチのいる場所へと戻ったのです。

友人は心配そうに「大丈夫?何かあったらすぐに連絡してね」と言ってくれました。

そしてここからが、本当の修羅場となっていったのです。

マルチの過去、そして闇落ちへ

社長と話がついたところで、ワタシも戻ってきたので、書類は目の前でビリビリにさせてもらい、そして全てのものをこちらで預かることにしました。

しかし、コピーを取られていたらどうしようもないので、そこは自己責任だと自分の軽率な判断をとても悔やみました。

マルチ自身は、そもそもの目的が絶たれてしまった今、放心状態でどうしていいのかが分からなくなっているような顔をしながら、呆然とワタシの顔を眺めていました。

「あのさ、どうしてマルチ商法なんて始めたの?おじいちゃんの話を聞いた時、和食屋の話を聞いた時、今なんかよりもずっと嬉しそうに話してたのに。自分だって分かってるんじゃないの?こんなことしていていいのかって」

その言葉が彼の何かを動かしたのか、マルチは周りも気にせずに涙を流しながら、自分の話をし始めたのです。

「元々は、じいちゃんに憧れて料理人になりたかった。けど、投資で失敗した時に消費者金融でお金を借りて、そこで今やってる話が舞い込んでいたんだよ。その時、『自分には、これが次の生きる道なんだ』って思ってしまって。借金も抱えて、才能もないし、社長たちと一緒にいたら、いつか金持ちになれると本気で思ってしまって・・・」

「じゃあ、会社を経営してるっていうのも、あいつらのところで出してるってだけで、本当は経営してないの?」

「うん・・・」

「マルチ商法だから、きっとノルマとかがあるよね?人を紹介したら、自分にもお金が入るシステムだったでしょ?じゃあ何?マッチングアプリで女の子に恋愛感情を持たせて、マルチ商法に引っ張ってたってこと?」

「・・・そうなるのかな」

「ワタシもその一人だったってことね」

「でも、本当に納言ちゃんのこと素敵だと思っていたし、幸せにしたいと思った。もしも、これが成功したら保育士なんて辞めて、もっと自由にさせてあげられるって本気で思ったんだよ」

「よく考えてみてよ!自由になる前に、複数の消費者金融で借金させてる時点で、自由なんてあるわけないじゃん。その人となりはね、身なりや立ち振る舞いから出るんだよ。あんな歯の朽ち果てた社長から、何一つ学ぶことなんてないよ。あのタワーマンションも、実際は住んでないでしょ。自分の人生犠牲にして、どうするの。どれだけ貧乏でも、心まで貧乏になって、大切なことまで忘れたら、それこそ希望なんて無くなってしまうんだよ」

その言葉が彼の心を動かしたのか、えぐってしまったのかは分かりませんが、マルチはへたり込みながら再び涙を流していました。

そして「僕には、もうこの道しかないんだよ・・・。これしか生きていく道が残されてないんだ」という言葉に、猛烈に虚しさが響き渡りました。

(この人は、もう取り返しのつかないところまで、進んでしまったんだ)そう悟ったからです。

「今やっていることは、家族に言えることなの?大好きだったお爺さんに話せることなの?」

その言葉を聞き、彼は涙を流しながら「言えない・・・。こんなこと、言えないよ」と呟くばかりでした。

まだ22歳の若き人生が、こうして食い物にされていることを目の当たりにして、そしてワタシ自身も食い物にされかけた。

きっと他にも被害者がいて、中にはマルチ商法の中へと飛び込んだ人もいるかもしれません。

一番許せなかったのは、人の気持ちを弄び、金儲けの道具として使おうとしたことでした。

そしてその異常性に気付けなくなってしまうほど、どっぷり浸かり込んでしまったことも、悲壮感でいっぱいでした。

どうしてもこうもワタシは見る目がないんだろうと、泣いている彼を見つめながら、余計に切なくなってしまいました。

ただ純粋に大切な人と巡り合って、恋をして、未来を共に歩んでいきたかっただけなのに。

驚きの展開へ

ここまで涙を流して、自分の過ちを認めながら感情を抑えきれない様子のマルチを、ワタシは今までの思い出の分だけ、せめて泣き止むまで寄り添うことにしました。

時折微かに聞こえる「・・・ごめん。俺、どうしたら」という声には決して反応はしませんでした。

あなたが泣いている以上に、騙されていたワタシは悲しかった。

一緒に過ごした日々も、かけてもらった言葉もそう簡単に忘れることはできない。

寄り添うことはするけれど、決して優しくすることはしませんでした。自分の過ちを認めて、そしてこの先の人生に活かせていけるように。先はまだまだ長いから、いつでも軌道修正はできる。

それが今、この瞬間であって欲しいと願いも込めて・・・。

ひとしきり涙を流し、うなだれていたマルチはスクッと立ち上がって、深呼吸をしました。

すると「僕にはもう、後がないんだ。これから先、まともな仕事ができるかも分からない・・・

だから、これからもマッチングアプリで女の子を勧誘して、いつかタワーマンションに住むんだ!!!!

その瞬間、(こいつはもうだめだ)と見切りをつけて「まぁ、頑張りなよ」と言い、ワタシは帰宅することを選びました。

後日談

家に帰り、全ての経緯を友人に話すと「もうダメだね。ワタシも何度か勧誘されたことがあったけど、あの環境の中にいたら抜け出すことは難しいと思う」そう言いながら遠くの方を見つめていました。

彼からの連絡や写真も全て消し、挨拶もなしにこの関係は終わりを迎えました。

楽しかった日々は、作られたものだと思うと本当に悔しかったです。

そしてワタシは誓いました。

いつか別の形で、こいつよりも充実した人生を送ってやるって。

後々、別の友人から聞いた話では、マルチ商法を勧誘する前に、タロット占いから興味を惹きつけて、そこから関係を構築していくやり方が流行っているという衝撃的な話を耳。

ルームシェアの友人が抱いた違和感、そしてタロット占いからの勧誘、そしてマルチ商法へ。

もちろん、マッチングアプリも今の時代では堂々とやれるようになった分、そして情報社会が進んでいるが故の、このやり方が増えてきているんだろうなと実際に体験し思いました。

あれから数年が経ち、彼が何をしているのか、マルチ商法で天下を取ったのか、それとも昔と変わらず迷いながらもやり続けているのかは、分かりません。

ただどこかのタイミングで、彼と出会うことがあるのだとしたら、もしくは、このエッセイを読んでくれる機会があるのだとしたら、ワタシはあいつに言ってやりたいんです。

どれだけお金がなくても、本当にやりたいことを見つけて堂々とやればきっと人生は変わっていくよ。人のお金を当てにせず、気持ちを騙すこともなく、自分の人生は自分で切り開かないとね。ワタシもね、保育士は辞めてしまったけれど、あの時と比べ物にならないくらい、幸せだよ。

だって、自分のやるべき本当の道が見つかったから。

最後に

20歳からこそこそと始めたマッチングアプリで、ようやく7年越しに運命の相手と出会い、そして結婚することができました。

ほとんどの彼氏は、マッチングアプリかクラブでの出会いだったので、こんなにもネタが豊富になっていってしまったんだと思います。笑

今でこそ、当たり前になってきましたが、始めた当時は、誰にも言うことはできませんでした。

それくらい、まだマッチングアプリは出会い系というイメージが強かったからです。

しかし写真を加工して、画面上だけでも「かわいい」と言ってもらえることは、多くの自信を与えてくれました。

現実世界では決して起きないことが起きていたからこそ、ワタシも正常な判断ができず、自分自身を大切にする方法も分からずに、ダメンズたちにすがっていたのでしょう。

ましゅぴに出会えたのも、マッチングアプリだから、この出会いには本当に感謝しています。むしろ神様からの最初で最後の贈り物だと思っています。

しかしここまで来るのには、十分過ぎるほどの傷つく思い出が山ほどあったんです。

出会いがなかった職業ということもあり、ワタシに取っては救世主みたいなアプリでした。笑

しかし、世の中には優しいフリをしてとんでもないことをしたり、騙したり、傷つけたりする人たちが沢山います。気持ちを踏み躙るような行為をしても、何とも思わないような人も一杯います。

便利になったからこそ、使い方を間違えてしまったら、取り返しのつかないことになりかねません。

どうか、マッチングアプリやSNSでの出会いは慎重に考えて欲しいと願います。

ワタシのような愚か者を出さないように。

これからも元彼シリーズをどんどん書いていこうと思うので、それが注意喚起になれば幸いです。

 

 

 

ナイーブな私に勇気をください

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