香りの思い出(リクエスト企画)

コラボ企画

今回のリクエスト企画での、一発目のエッセイは香りの思い出です。

このリクエストをいただいた時、私は忘れられないある出来事を思い出すきっかけとなったのです。

とても大切だけれど、すごく寂しくて切ない気持ちになった思い出を・・・。

いつか書こうと思っていたけれどタイミングがなく、なぜか書くのをためらっていました。

とてもいい機会をいただいたので、今回この場をお借りして書こうと思います。

それでは、スタートです。

大好きだった祖母

何度もエッセイで登場している祖母は、私の1番最初にできた友人でもありました。

今こうして化粧をしたり、香水をつけてお洒落を楽しむようになったのも、きっかけは全て祖母でした。

少しだけ高い化粧品の香りがする顔に頬擦りするのが大好きで、どこに行くにも手を繋いで、一緒に歌を歌って過ごしていました。

誰が見ても私の祖母だと分かるくらい遠くにいても、迷子になったとしても探せるくらい派手な洋服に身を包み、女性であることを忘れない人でした。

そんな彼女も笑い方だけは少し変で、イヒヒヒと笑う声を聞くと、こちらまで釣られて笑ってしまう、そんなお茶目な一面もありました。

祖母は私に、「今のうちからお洒落さんになっていれば、大人になった時にもっと毎日が楽しくなるよ」と教えてくれたり、「口紅は良いものを使うんだよ。お顔の中で1番見られる場所だからね」と言われたことを、いまだに私は守り続けています。

小さい頃から、私は祖母と約束をしていたことがありました。

それが「大人になってもお洒落をして、一緒に出かけようね。大きくなっても、私の1番大好きな人は、ばあちゃんだよ。空よりも宇宙よりも大好きだから」という約束と共に、いつまでも大好きだということを伝えていました。

その言葉を聞いた祖母もまた、「おばあちゃんも納言ちゃんが宇宙で1番大好きだよ。内緒ね」と笑って言ってくれました。

とても大切な思い出を、今の今まで忘れたことは一度もありません。

別れの第六感

私にはとても不思議な感覚があり、それを「別れの第六感」と呼んでいます。

とても不思議な感覚だから、もちろん信じてもらえるかなんて分からないけれど、昔から、とても不思議な感覚が突然全身に覆い被さるように襲ってくる瞬間がありました。

どれだけ仲がいい人でも、みぞおちから心臓に向かってゾワゾワっと走ったかと思うと、髪の毛が逆立つ感覚がする。そして気がつけば全身に鳥肌が立ち、それ以降その人に関する夢ばかりを見るようになるという不思議な出来事が何度もありました。

そして3ヶ月から半年あたりで、別れは現実のものとなってしまうのです。

いつしか、自分の中でゾワゾワっとした時には、(あぁ、もうこの人とはお別れする運命なんだ)と諦めるようになっていきました。

ただの別れならまだしも、それは時に永遠の別れを告げざるを得なくなってしまうこともあるのです。

しかし、小学生の頃から始まったその感覚も、初めは訳が分からず(なんだろう。気持ち悪いなぁ)程度にしか思っていませんでした。

私がその感覚を信じるようになったのは、皮肉にも祖母との別れだったのです。

運命の数ヶ月

ある日、私はとても不思議な夢を見ました。

祖母と手を繋いで歩いていたにも関わらず、感覚もなしに手がするりと離れて、どんどん遠くの方へと歩いていってしまう姿を見ながら「待ってよ!ねえ!ばあちゃん!どこに行くの!?私を置いていかないでよ!!」と叫び続けていました。

すると、暗闇の最後の方でクルリと私の方を向き「納言ちゃん、ごめんね」とだけ言うと、そのまま姿を消してしまい、私は目を覚まして心臓がバクバクしている感覚を確かめながら、猛烈な恐怖に襲われる不思議な夢を繰り返し見るようになりました。

見るたびに、なんとなく祖母との距離も遠くなっていくように感じ、私は起きるたびに寝汗と心臓がバクバクと音を立てている感覚に震えるようになっていきました。

そんな矢先、祖父が検査入院することが決まったのです。

詳しいことはあまり覚えていませんが、祖父の入院に伴い、祖母も献身的に手伝いをしていました。

そして家族や親戚たちも、祖父の命の危険性の方を懸念していました。ただ一人、私を除いて・・・。

私はというと、どこから湧いて出てくる自信なのかは分からないけれど、「じいちゃんが亡くなるのは今じゃない」と直感で分かっていました。しかし、祖母のことを考え出した途端、涙が溢れ出し、どうしようもない不安感に襲われていたのです。

「ばあちゃんは、近いうちいなくなってしまうのかもしれない」そんな恐怖にも似た感情が全身を駆け巡り、涙となって溢れ出てくる。

それが猛烈に怖くて仕方がなかったのです。

過労で倒れた祖母は検査入院の結果、膵臓癌が見つかり、余命宣告をされましたが、まだ子どもだった私と弟に心配かけまいと、余命宣告の話をされることはありませんでした。

病室の香り

祖母が入院してから、定期的にお見舞いに行っていました。初めの頃はまだ元気だったので、普通に会話をしたりエレベーターまで迎えにきてくれることもありました。

しかし、私はかすかな匂いの変化を感じていました。

薬の影響なのか独特の雰囲気がそうさせているのかは分かりませんが、会いにいくたびに、病気の匂いが鼻の奥をツンと刺すように香るのです。その場にいると気が滅入るほどの匂いに耐えられず、何度も病室を行ったり来たりしながら、口呼吸をしていました。

しかし病気の進行は早く、日に日に体調が悪くなっていく祖母の姿、そして強烈に香る匂いは、今でもふと思い出すことがあります。

そして余命宣告されたことを知らなかった私ですが、自分の感覚には絶対的な自信があったので、もう覚悟を決めていました。

祖母が、この数ヶ月の間に亡くなることを私は密かに予期していたのです・・・。

最期の時に会えなくて

お洒落でパワフルで元気だった祖母の最期は、クタクタのパジャマに話すこともできないほど痩せ細った姿に変わり果てていました。

子どもでも目を背けてしまいたくなる姿に、もう当時の面影はありません。

祖母が最期を迎える数日前から、祖母の夢をまた見るようになりました。何度も声をかけても一切振り向いてくれない後ろ姿を泣きながら追いかける私。どれだけ「ばあちゃん!!!待って」と言っても、どんどん前に進み続けてしまう夢は、日に日に恐怖心を掻き立てていくばかりでした。

嫌な予感の前触れのように、心は常にざわついていました。

そしていよいよ今夜が峠だと言われた日、家族や親族が集まり、祖母のベッドを囲みながら大きな声で、「起きて!起きて!」と叫ぶ大人たちを見て、どこか冷静で冷めていた私は(そんなに叫んでも、もう運命には逆らえないんだよ)と心の中で思い、つい耳を塞ぎたくなっていました。

その途端、急な睡魔が私を襲い、祖母に「ばあちゃん、ごめん。少し寝るね」とだけ声をかけたと同時に気を失ったように眠ってしまったのです。

悲鳴にも思えるような声の大きさに驚いて目を覚ますと、目の前には静かに眠ったままの祖母がいました。

親戚たちが涙を流し、横には号泣しながらへたりと座り込んでしまった母の姿がありました。

私は祖母の顔を見ながら涙を流すことも忘れてしまったかのように、呆然とその場に立ち尽くすことしかで出来ませんでした。

不思議な予兆

私はそもそも霊感もなければ、お化けも怖いから幽霊の存在も信じていません。

しかし、不思議な予兆がありました。

かつて一緒に過ごした祖父母の家に祖母を連れて帰り、祖母の思い出を親戚たちと話していた時のこと、風も吹いていないのにも関わらず、電気の下に付いていた紐が、ユラユラと揺れ始めました。

その瞬間、一瞬パチンと電気が消え、また明かりがつくというなんとも不思議な現象が起きたのです。

親戚たちは「これはもしかして、今ここにいるのかもしれないね」なんて泣きながら、嬉しそうに話していました。しかし、姿形はどこにもないし、祖母の匂いも全くしない。私はその話を(きっと寂しさから見えた幻想なんだ)と気持ちをぐっと押し殺すようにしたのです。

その後、通夜と葬儀を終えて誰もがふぅ〜とひと段落ついたように、無理矢理にでも前を向こうとしている雰囲気が出ていました。そんな中、大きな額縁に入れられた祖母のはにかんだ笑顔の写真を独りで眺めていた私は、この時初めて、本当の意味で泣きました。

今までの思い出を振り返り、まだ脳内で繰り返される声を思い出すように、当時一緒に歌っていた歌を口ずさみながら、静かに涙を流したのです。

四十九日の別れ

祖母がいなくなってから数日間、何度も祖母にお願いをしました。

「私の夢に出てきて・・・」と。

しかし、亡くなる直前に見た夢を最後に、一切祖母が夢に出ることはありませんでした。私だけでなく、実の娘である母の夢にも、祖母が出てくることはなかったそうです。

「おばあちゃんが夢に出てきてくれたら、嬉しいんだけどね」なんて母も口癖のように言っていたけれど、見ることはなかったそうです。

1番大好きだと言ってくれたのに、こんなに会いたいと願っているのに・・・。もしも幽霊の存在があるのだとしたら、どうして会いにきてくれないのか、そんなことばかりを考えて過ごしていました。

唯一の相談相手を、そして一番の理解者を失った私は、今まで以上に孤独を感じるようになっていきました。そして日が経つにつれて祖母の声も、香りも、どんどん遠く離れていってしまう感覚も、怖くて仕方がありませんでした。

祖母への気持ちが、祖母との記憶が薄らいでいく、そんな恐怖が。

しかし、私の想いはとても不思議な形で叶うこととなったのです。

それはちょうど四十九日を迎えた日、時刻は夕方になっていたと思います。

窓越しからレースのカーテンをすり抜けて、オレンジ色の光が差し込み、部屋全体を暖かい光で包み込んでいるような景色だったような気がします。

いつも通り階段を上がり、2階にある自分の部屋のドアを開けて一歩を踏み出した瞬間、とても懐かしく悲しい香りがしました。

祖母の亡くなる直前の病室の香りが・・・。

全身に鳥肌が立ち、「ばあちゃんが・・・ばあちゃんがいる!ここにいる!母ちゃん!ばあちゃんがここにいる!」と叫びながら、キッチンに立つ母の手を掴んで私の部屋まで連れていきました。

しかし部屋に入った瞬間、香りは一瞬にして消えてしまいました。

「この部屋の角に、さっきまで匂いがあったんだよ!あれは絶対ばあちゃんだった!会いにきてくれたんだよ」と必死に話す娘を見た母は、一言「そっか・・・。お母さんも会いたかったな」と呟き、下へと降りていきました。

切なそうに笑う母の顔を見て、なんてひどいことをしてしまったのだろうと、申し訳なさと、もう少しだけ香りがしてくれていたらという思いから、床にへたり込んで、履いていたスカートが涙で濡れてしまうほど、声を殺して泣きました。

しかし、この話はこれでは終わらないのです。

実は次の日の朝、いつも以上にご機嫌でキッチンに立つ母の姿に、妙な違和感を感じました。

すかさず「何かいいことでもあったの?」と聞くと、「昨日ね、納言ちゃんが『おばあちゃんが会いにきてくれた』って言ってたでしょ?実はその夜、お母さんのところにも会いにきてくれたの。今までずっと夢を見なかったのに、初めておばあちゃんの夢を見たんだよ。入院していた頃に着ていたパジャマ姿だったけれど、すごく元気だったから、ほっとした」そう言っていました。

私が強く香りを感じたのは、闘病生活を送っていた頃の香りでした。そして、母の夢に登場したのも、パジャマ姿だということに、もしかしたら、四十九日の最後に会いにきてくれたのかもしれないと、奇跡が起きたのかもしれないと思う出来事となったのです。

最後に

私には、昔から不思議な感覚がありました。それが『別れの第六感』というものでした。

誰かとの繋がりが絶たれる時、そして命の糸がプツリと切れようとしている時、身体中が震え、みぞおちからゾワゾワと湧き上がる謎の感覚。そしてその予兆には、今まで見るはずもなかった人が、夢に何度も現れるという不思議な現象が・・・。

しかし、エッセイの中でも話しましたが、私は霊感もなければ幽霊も信じていません。ましてや、特殊な能力なんてものも持ってはいません。

ただ一つ言えることは、この別れの第六感が外れたことは一度もありません。

29年間の人生の中で、何度か大切な人を失ってきました。

その前触れには、必ずこの感覚がありました。そして、亡くなる瞬間に立ち会えることはありませんでした。

幸か不幸か、なぜそうなってしまうのかは私自身にも分かりません。

大人になり、私には数少ない大切な人が身近にいます。しかし、もしも離れることになった時に別れを感じてしまうのかと思うと、少しだけ恐怖心を抱いてしまうのです。

しかし人の命には限りがあり、そして出会いがあれば別れも必ず訪れてしまうもの。

だからこそ毎日を懸命に生き、関わってくれた人たちを大切にしたいと思うのです。

今回、香りというリクエストをいただき、とても大切な思い出を振り返ることができました。

そして改めて言えることは、今でも私にとって祖母は、世界で、いや宇宙で1番大切で自慢のおばあちゃんです。

ナイーブな私に勇気をください

  1. ナイチンゲール より:

    私の祖母も膵臓癌でした。
    お写真拝見しました。服装、化粧、祖母と重なるところがあり、このエッセイを読んでいる間中ずっと祖母の香りがプンプンしてました
    思い出させてくれてありがとうございます。

    • オリエンタル納言 オリエンタル納言 より:

      読んでくださり、ありがとうございます。
      ナイチンゲールさんのおばあ様も膵臓癌だったのですね・・・。久しぶり祖母の写真を見ながら思い出に浸り、文章を書かせていただきました。私だけでなく、こうして誰かの心にふと思い出が蘇る・・・。これほど嬉しいことはありませんん。
      亡くなってしまった以上、会話をしたり触れたりすることはできませんが、せめて心の中に、あの日の記憶と香りが残り続けることができたらと思っています。
      本当にありがとうございました。

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