ブログを始めてから、色々なことが変わり始めていました。
周りの環境もそうだけれど、一番は自分の心の変化を如実に感じています。
今までの私は外に出ることを嫌い、何か新しいことを始めるのも苦手でした。だからいつも「いや」「だって」「それは」と前向きとは程遠い口癖ばかりを使っていました。
できない理由を探すことは、とても簡単でした。しかし、前向きに物事を考えたり、新しいことを0から作り出すことは、相当な体力が必要です。
ただ、ブログを始めるようになった途端、今まで行かなかったところに行ってみたり、初めての人に会ってみたり、少しずつ自分の心の変化と環境の変化を感じるようになっていきました。
それはきっと、自分の心の中にあった想いを発信するようになったからこそ、視野を広げ、新しい人と交流してみたい、何か新しいことを始めてみたい、そういう思えたのだと思います。
そんなある日、私はふと過去に手話を習いたいと思ったことを思い出しました。
保育士をしている時、耳が聞こえない人と関わる機会があり、伝えたいことがあっても、聞きたいことがあっても、意思疎通を図ることが上手くいかないことに、もどかしさと申し訳ない気持ちを感じる場面が何度もあったからです。
一生懸命何かを伝えてくれようとするけれど、口の動きを見ても理解できないことばかりでした。
「あぁ、もしも私が手話が少しでもできていたら、もっと沢山話ができたのに」と考えていましたが、忙しさを理由に勉強する機会を作りませんでした。
ほんの少しだけYouTubeを見たり、ネットで検索して終わってしまっていたのです。
仕事を辞めた今、私には時間がありました。
「そうだ、手話を習ってみよう」と思い立ち、行動に移すことにしました。そして、2023年5月から1年かけて、手話の講座を受講することが決まったのです。
初めての講座
会場に着くと、会議室内には他の受講者の方も集まっていました。
このクラスの中で、私が最年少でした。真っ青な髪の毛に、いつも通りのボーイッシュで派手な服装で行くと、周りは少しだけ不思議そうに私の姿を見ていました。
けれども、それは想定内です(笑)。
一番前の端の席に座り、通訳の人と講師の先生が挨拶を始めました。
しかし、ここで問題が発生したのです。講座は自主的に参加するもの、会場の準備から片付けまでを自分たちでやらなければならないと説明がありました。そして、毎月準備をする係りの人を決めて、さらに何かあったときの連絡網を回すリーダーも決めなければなりませんでした。
「誰か、リーダーをやってくれる人はいますか?」
・・・
「うーん、前に手話の講座を受けたことがある人で、リーダーをやっていなかった人で決めましょうか』
ざわざわざわ
大人たちは顔を見合わせて(やりたくないなぁ・・・)と表情に浮かべながら、誰かが手を挙げることを待っていました。
時間が少しずつ経過していくこと、何より手話以外のことで時間を取られてしまうことに、すごく違和感を感じました。
面倒なことが嫌いなはずなのに、気がつけば「あっ、私でよければやりますよ」と言ってしまったのです。
すると(そこの見知らぬ青髪の子!よく言ったァァァ!!)という感じで拍手が起こりました。
こうして私は、初めての手話講座で謎にリーダーをやることになってしまったのです。
手話の話
ようやく決まったリーダーと副リーダー、そして講座準備の係なども決まり、ようやく講座はスタートしました。
そしてこの日、初めて耳の聞こえない人の心の中を、少しだけ覗くことができたのです。
「耳が聞こえないことをろう者と言います。では、聞こえる人はなんと言うでしょう」と質問をされた時、健聴者、健常者と答える人がほとんどでした。
すると「私たちは耳が聞こえないこと以外は、健康な人です。健聴者にも健常者にも健康の『健』という字が入ります。そこに違和感を感じてしまうんです」と手話で話す先生の言葉を、通訳さんが私たちに教えてくれました。
当たり前のように「健常者」「健聴者」という言葉を使ってきたからこそ、全く見えていなかった視点を知ることができたのです。
講座を受けていなければ、そんなことすら考えずに過ごしてしまっていたのかもしれません。
そして、ろう者の反対、耳が聞こえる人を聴者と呼ぶことを教えてもらいました。
きっと他にも呼び方はあるかもしれない、けれども、教えてもらった言葉が一番しっくりきたような気がします。
耳が聞こえていても、聞こえていなくても、同じ健康な人なんだと改めて認識する機会をもらえたのです。こんな大切なことさえも知らずに生きてきたことに、ほんの少しだけ後悔しながら、これから新たに広がる可能性を感じたのも確かでした。
目標を掲げて
いつか私は、ろう者の方たちと手話で話をしてみたいと思っています。そして、耳の聞こえない子どもたちと手話を通しながら、遊んだり会話をしてみたいと思うのです。
耳が聞こえる子も、聞こえない子も未来を担う大切な存在だと思います。
保育士を辞めたからこそ、私にしかできないことがあると思っています。その第一歩を踏み出したのでしょう。
いつかあらゆる子どもたちと、沢山お話ができる日まで。
私の手話日記は続いていきます。
ナイーブな私に勇気をください
自分がなにか行動や言動を取ったときに、
歯車が合わさる感覚というか、線路が切り替わる感覚?みたいなのがあって、良い方向に進んでいるな、っていうスイッチ。
きっと納言さんが参加されたこと、
挙手された瞬間に入った、スイッチ。
また、それらの行動がまた何か良い流れの渦に入っているような印象を受けました。
そして、大多数の人々がもつもの、そしてそれ自体がが正義であるという認識の間違い。
人々それぞれの特性や特徴、それを客観的に判断出来る社会であって欲しいと、改めて感じました。
何かがないのなら、それを持つものが力を貸したり寄り添ったり、そしてそれを持つもの自身も何かがないということに気付き、またそれを持つ別のものが手を伸ばす。そんな社会。
そんなことを考えていた矢先の
納言さんのブログや活動、行動力に、
とても敬意を表しております。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
本当は初めてのことや、初めての人が私はすごく苦手で、仕事を辞めるまでは、ずっと仕事を理由にやれない言い訳を考えていました。
だから新しい世界に飛び込む勇気も行動力もなかったんです。
大切なものを失って夢も希望もなくなった時、「前を向いていくにはどうしたらいいのか」を考えるようになっていきました。
それはきっと、周りの支えがあって、そばで寄り添ってくれる人がいたからだと思っています。
行動したことで失敗することもあれば、時には後悔することが起きてしまうかもしれない。
けれども、行動しないと見えなかった景色は見ることができないのだと、今ようやく気づき始めています。
進み始めた道を、1人ではなく色々な人に手を借りながら一緒に歩んでいく。それが今の私には1番必要なことかもしれません。
靴紐が解けたときに、そっと足元を見てキュッと縛ってくれる人がいることを感じながら。