ワタシは小学生の頃に、ずっと片思いをしていた男の子がいました。
運動神経が抜群で、頭も良くて、学年でも人気者だった彼。
でも好きになった本当の理由は、ワタシのことを他の同級生と同じように接してくれた優しさに、恋心を抱きました。
アトピー星人と呼ばれていたのに、持ち物を触ってもらえなかったのに、彼だけは落ちたものを拾って届けてくれました。
あの時の優しさを忘れることができず、ワタシは初めて恋をしたんです。
彼との思い出は
彼とは何度か同じクラスになることがありました。
そして席が隣同士になった時には、小学生特有の「お前と一緒かよぉ〜」なんて言われながらも、くだらない話をしたり、勉強を教えてくれたりもしました。
さりげない優しさに、ワタシと同じような恋心を抱いていた子も多かったと思います。
そしてワタシは、モテていた彼に密かに惹かれていたけれど、ワタシとは住む世界が違うと諦めていたんです。
声をかけてくれるだけで、嬉しかった。
一緒に話ができるだけで、幸せだった。
何より唯一と言ってもいいほど、彼の存在はワタシに大きな希望を与えてくれました。
けれども、いつかはその気持ちも忘れなくてはなりません。
だから恋心を隠して、一人の同級生として接し続けたのです。
当然の事実
小学六年生になっても、好きという気持ちは変わりませんでした。
変わらず孤立していましたが、彼だけは違ったんです。
廊下ですれ違えば声をかけてくれていたし、他の視線なんて気にせずに話しかけてくれました。
それが本当に嬉しくて、(この気持ちをいつか伝えられたら)なんて淡い期待を抱いたこともありました。
けれども、ワタシはいつまでも言いたいことも言えずに、一人の同級生としているだけ。
そんな時、ワタシは知ってしまったのです。
ある噂で、彼が私立の中学校に行ってしまうということを。
同じ中学に進めると思っていたのに。
いつか気持ちを伝えられるかもしれないと、思っていたのに。
突然の噂はワタシの気持ちを混乱させ、ひどく動揺させました。
それでも勇気を出して、自分から声をかけることも、想いを伝えることもできなかったんです。
夕暮れの廊下で
あの日の天気は、いつもとは少し違ったように見えていました。
真っ赤に染まった夕日と、廊下越しに深く刻まれた影。
そして風で揺れるカーテンと秋の香り。
美しさと切なさを感じさせる景色を立ち止まって見ていたワタシの前に現れたのは、初恋の彼でした。
そして彼も、ワタシの前でピタリと止まり、こう話しました。
「今日は、天気が変だよな」
「うん、そうだね。でも綺麗だよね」
「わかる!俺もこういうの好きだな・・・」
・・・
「あの、そう言えば聞いたんだけど、私立の中学に進学するの?」
「そうだよ。勉強を頑張りたくて」
「そっか・・・」
「あのさ…、俺…。いや、なんでもない」
「あっ、あの…。新しい学校でも、頑張ってね」
「・・・ありがとう。お前も中学生になったら、いい友だちができるといいな。
それじゃあ・・・」
「あっそうだ。俺、離れてもお前のこと忘れないから」
そう言って彼は、走り去って行きました。
背中は夕暮れ色に染まり、影がどんどん遠くなるのをフワリとなびくカーテン越しに見つめていました。
とても寂しく、切ない景色がいつまでも広がっているように・・・・。
秋の香りだけが、ワタシの鼻を通り過ぎていくのを感じながら。
別々の道へ
噂通り彼は進学校に入学し、ワタシは地元の中学に入学しました。
当時は携帯もなかったので連絡を取る手段もなく、それ以降は彼に会うこともありませんでした。
そして大人になった今でも、彼と会えたことは一度もありません。
もうどんな顔をしていたのかさえ、思い出せないほど記憶は薄らいでしまいました。
ただ、あの日の景色と二人を包む空気感、なんとも言えないドキドキとした感覚だけは、いまだに忘れることができません。
「あのさ・・・」の後に何を言おうとしていたのか。
もしも勇気を出して「好きです」と言っていたら、彼はなんと答えていたのか。
それも今では、誰にもわからないのです。
小学生の頃は、楽しいことなんて一つもありませんでした。
誰もが冷たい視線を送り、ワタシは独りぼっちで生きることしかできなかった。
自分の容姿を恨み、そうでない同級生たちを心の底から羨ましいと思っていました。
けれども、彼だけは違っていました。
誰にでもそういう優しさを持っていたのかもしれない。けれども、ワタシにとっては心を救ってくれた一人です。
彼のような人と出会えたことは、小学校の中で唯一の救いとなりました。
そしてあれほどまでに長い期間、想いを募らせ、何一つ言えずにお別れしたのも、彼だけです。
きっと今では、家庭を持っているかもしれない。
また別のことをして、夢に挑戦しているのかもしれない。
ワタシのことなんて、とっくの昔に忘れてしまっているのかもしれない。
それでもいいんです。
ワタシの心の中には、ちゃんと残り続けているから。
そして、今でも思い出すことがあります。
あの時と同じような夕暮れの日には、甘く切ない恋心を抱いた小学生だった頃のワタシを。
そして、二人を包み込む切ない空気感を。
今でも忘れられずに、心の中にふと蘇るんです。
秋の香りと共に…。
ナイーブな私に勇気をください
夕暮れのを読んで
淡く色あせない初恋の想い出。
初々しくもあり、懐かしくもあり素敵ですね。
私は初恋の女性と卒業するまでの一年間、お付き合いをしました。
同じく別々に自然消滅でしょうか、すれ違いでしょうか、お別れしました。
それから25年後、ふと買い物のレジで会計をしている女性を見かけた時、爽やかな風と共に、すっかり忘れていた記憶がよみがえりました。
まさかと思いましたが、その女性は振り向くなり
『ひさしぶり』
と声をかけてきました。私は
『元気そうやなぁ』
と愛想笑いをしながら雑談をし分かれました。25年の時を超え昨日も会ってたかのように···
きっとこれが、本当のサヨナラでしょうね。それ以降会っていません。
納言さんも、きっともう一度、本当のサヨナラがあるかもしれませんよ。
なんかそんな話を思いださせてくれたエッセイでした。
ありがとうございました。
25年越しの再会、とても素敵ですね。どこか寂しさがあるけれど、そこに温かさを感じるような気がしました。
誰にでも忘れられない初恋があって、その初恋の多くは甘くほろ苦いもので終わっていることもあるかもしれません。
ワタシ自身も、「もしも、好きだと伝えられていたら」なんて考えたこともありましたが、今思えば、このままでよかったのかなと思っています。
小学生以来、ずっと会わないまま別れとなってしまいましたが、彼と過ごした日々、そしてかけてくれた言葉は、今でも大切な思い出となっています。
読んでいただき、また昔のような気持ちを思い出すことができました。
こちらこそ、素敵な言葉をありがとうございました。