夏が本気を出したみたいにギラギラと輝く太陽の下で、セミが一生懸命に鳴き声をあげている。
ちょっと外に出ただけなのに汗がどっと出て、(もう夏なんて大っ嫌い)と言いかけてしまうけれど、こんな時はつい炭酸ジュースが飲みたくなるんです。
シュワシュワと喉の奥で弾ける泡、ゴクリと飲み込む時に背中をつい丸めてグッと耐えて見せる、あの瞬間がなんとも言えないほどの幸福感を与えてくれる気がする。
夏は苦手だけれど、夏に飲む炭酸ジュースは好き。
しかし、炭酸ジュースを飲むとつい思い出してしまうことがあります。
炭酸のように弾けて消えてしまった、淡い恋のことを。
大人になってもコンビニにふらっと立ち寄って、思い出のジュースを見た時、もう10年以上も前の青春時代をふと思い出すんです。
桃色の同級生
高校一年生の夏、ワタシの青春物語はスタートしました。当時は今と違って、人前に出ることも、自分をアピールすることも苦手でした。
同級生たちは、学生時代の青春の全てを謳歌しているように見えるほど、眩しく輝いて見えていました。
好きな人を見つけ、恋にときめいて、交際をして仲を深めていく。
その一方でワタシは、恋愛なんて無縁だと思っていたので、目立たずに恋の行方を楽しんでいる人を羨ましがる一人として、学生生活を送っていました。
満ち足りた学生生活を送り、友だちに恋にと忙しそうな同級生たちの存在と自分を比べていたんです。あまりにも遠い存在だった彼らを密かに“桃色の同級生”と呼ぶようにして。
ピンク色に染まる頬を見ながら、まだ経験したことのない恋愛というものに憧れを抱いていたから。
「いつかワタシも同じように青春を味わってみたい」と強く思うようになりましたが、奥手で垢抜けていない芋学生には全く無縁のものだと、諦めさえも感じていたのです。
運命の部活との出会い
高校生活の中である部活と出会いました。今までがむしゃらに何かを頑張ったことのないワタシにとっては運命だと言えるほど、夢中で取り組んだ部活です。
部活の活動場所は主に屋上で行われていました。
屋上から見える他部活の様子や、下校途中の人、周りを一望できる特別な場所が大好きでした。
恋はできなくても、何かに夢中になって取り組むことができる。それだけでも、ワタシの中では大きな変化となっていました。
しかし、夏になるとアスファルトの照り返しが強く、立っていることがやっとなくらい厳しい環境へと姿を変えるのです。
辛い環境を乗り越えるたびに部員同士の絆は深まっていく。それもまた、青春を感じる一つとなっていきました。
気になる先輩
そんな中で密かに気になる先輩ができたのです。
付き合えると期待していたわけではないけれど、密かに恋心を抱いていました。いつしか先輩のことを考えることが増え、無意識に目で追っていました。
声をかけられただけでドキッとして、不意に笑った顔にトキメキを感じる。
しかし当時のワタシには声をかけることも、「好きです」と気持ちを伝える勇気もありませんでした。
それでもふとした瞬間に声をかけてもらったり、部活の間に目が合って微笑まれた時に幸せを感じることで、自分の気持ちを抑えようとしていました。
思い出の微炭酸
夏の部活帰りは特に蒸し暑く、いつも帰り道に設置してある自販機でジュースを買い、部員全員で最寄りの駅まで一緒に行くことが日課になっていました。
そんな彼が帰り道に必ず飲んでいたのが“MATCH”でした。
そしていつものように先輩たちがジュースを買い、それを待っていると、先輩はワタシに近づいて「これあげるよ。今日頑張ってたから」と言って、買ったばかりのMATCHを渡してくれました。
生まれて初めて好きな人からもらったジュースに、ドキドキが止まらず、彼に聞こえてしまわないか不安になってしまうほど、鼓動は早く音を立てて鳴り続けていました。
それから気が向いた時には、先輩はMATCHを買ってくれるようになったのです。
疲れた体に沁みる微炭酸の味は、とても甘酸っぱく感じました。
シュワシュワと口の中で弾ける泡を噛み締めて、少しでも長く味わおうと一生懸命でした。
そして「ありがとうございます」と伝えることが精一杯でもありました。
本当ならそこからもっと話したいこと、聞きたいことも沢山合ったけれど、どうしても切り出す勇気がなかったんです。
もしも勇気を出して嫌われるようなことがあれば、きっとワタシは立ち直れないから。
自分に自信があれば、きっと「ありがとう」の代わりに「好きです」と伝えられたのかもしれない。
でもそんな勇気は、ありませんでした。
ただ笑顔で渡されたMATCHをキュッと握って、一人の後輩として美味しそうに飲むことが、当時のワタシの精一杯のアピールでした。
淡く散った恋心
ある日、部活中に一番上の先輩が失敗をして、顧問の先生に叱責をされるプチ事件が起きてしまったのです。
その場の空気は凍りつき、とてもじゃないけれど、誰も声をかけられる状況じゃありませんでした。
話終わると顧問は屋上から立ち去り、凍りついた空気のままワタシたちは屋上に取り残されました。
緊張の糸が切れたように、先輩は屋上を飛び出して走ってどこかへ行ってしまったのです。
部員の中で「どうする?大丈夫かな」という声があがる中、一目散に彼女の元へと走って向かった人がいました。
それが恋心を寄せていた先輩でした。
しかしこの時にはまだ、先輩が彼女のことを好きだという事実は知らず、優しい彼のことだから、きっと心配で見に行ったんだくらいにしか思っていました。
後を追うようにしてワタシを含めた数名が先輩の元へと向かうと、そこには彼女の肩を抱き寄せながら、背中をさする彼の姿がありました。
声を震わせて泣いている姿を優しく見守るように、何度も何度も声をかけていたんです。
それは先輩後輩という域を超えて、恋人同士のように見えました。
そう、ワタシが恋心を抱いていた先輩が好きだったのは、今まさに目の前で泣いている彼女でした。
そして泣いている彼女も、彼の手をキュッと握り返し、「ありがとう」という言葉と共に、体を預けてそのまま落ち着くまで二人で寄り添い合っていました。
見てはいけないものを見てしまったこと、そして好きだった相手が目の前で、別に好きな人がいるという事実を知ったこと、その状況にワタシの恋心は炭酸ジュースの泡のようにパチパチと弾けてしまったのです。
そのことがきっかけとなったかは分かりませんが、のちに二人は付き合うこととなり、ワタシは気持ちを伝えることも出来ないまま、恋は終わりを告げました。
忘れたいけれど・・・
あれからすぐに、先輩への恋心を忘れるために必死で部活に打ち込み、そしてワタシ自身も初めての彼氏ができました。
しかしどこかでは、あの時の恋心が忘れられず、MATCHを見るたびに、思い出していました。
もしもあの時、気持ちを伝えていたら何か変わっていたでしょうか。
ほんの少しでも勇気を出して「好きです」と伝えていたら、気持ちはワタシの方に向いてくれたでしょうか。
そんなことを考えては、気持ちをグッと押し殺して忘れようとするしかありませんでした。
一番辛かったことは、付き合っている二人の幸せそうな姿を、毎日見かけることでした。
部活終わりに一緒に帰る姿を見送ることが辛かった。
少し前まで皆で一緒に帰っていたけれど、先輩たちが付き合いだしてからは、二人で帰るようになり、皆で炭酸ジュースを一緒に飲む機会も少しずつなくなってしまいました。
淡く切ない微炭酸
あれから随分と時は流れ、ワタシも色々な人と付き合いました。
うだるような暑さを何度も経験して、炭酸ジュースを飲む機会だってもちろんありました。
けれども、夏が近づきMATCHがコンビニに陳列され始めると、あの時の記憶が蘇るんです。
甘くて弾ける微炭酸の味を。
気持ちを言えないまま過ぎてしまった後悔を。
大人になった今では、もう引きずっていることはないし、彼が今どこで何をしているのか、結婚をしているのかさえも知りません。
それでもあの時の純粋だった恋心を忘れないように、たまにMATCHを飲むことがあります。
あの日の甘く切ない微炭酸の味を思い出したくて。
大切なワタシの初恋の味として、残しておきたくて…。
ナイーブな私に勇気をください