大きく息を吸い込んで

保育士時代の体験談・過去のトラウマ

大きく息を吸い込むことが、ワタシはあまり得意ではありません。

どこかで胸が苦しくなる感じがする。

胸の奥で何かがつっかえる気がする。

少しずつ呼吸は浅くなり、頭がぼーっとしたような感覚になる。

けれどもそれは、もうずいぶん昔からの癖のようなものでした。

頭の中に常にあったのは、(誰にも迷惑をかけないように)だったんです。

呼吸の音が耳障りになるかもしれない、息の使い方が不快させてしまうかもしれない。

神経を尖らせて、自分のことよりも全く見ず知らずの人や、対して仲のよくない人に気を遣い続けていきました。

いつしか、呼吸の仕方を忘れてしまって、いつも酸欠状態の中で生きているような気がしていました。

そんな姿を見た彼はこう言うんです。

「ゆっくり息を吸って、そして大きく吐くんだよ。落ち着いて、リラックスしてね」と。

そんな簡単なことが、ワタシには出来なかった。

息を吸うタイミングも、そして吐く長さも、どうしていいのかが分からず、誤魔化しながら呼吸をしていたような気がします。

孤独はすぐそばに腰掛けて

孤独はふとした瞬間に顔を出してくるんです。

一人でいる時、何もしていない暇な時、そして寝息を立てながら夢の中へと入り込んでいる彼の寝顔を見ている時。

それが孤独が訪れる瞬間なんです。

もしも孤独という存在が具現化されて、言葉を話せたとしたら、ワタシに何か語りかけているかもしれません。

「どれだけ楽しい時間を過ごしたとしても、人は寂しさを抱えていてね、キミも今まさに僕の中(孤独)へ入ろうとしてるんだ」

「別にワタシは・・・、そんなつもりはないよ」

「本当にそうかい?独りになるのが怖いんだろう?」

「それは、分からない。ずっと一人だったから」

「でも今はそうじゃないだろ?なぜなら、孤独の時には味わえなかった温もりや幸せの味を知ってしまったからさ。その幸せをほんの少しでも知っている奴は、みんな僕にこう言うんだ『一人になるのが怖い』ってね」

「ワタシは・・・」

「キミも一緒だよ。独りだった時、何度も誰かに手を差し伸べてほしいと願ったんじゃないか。だけど、人間関係の煩わしさ、醜い争い、対立し合う意見に嫌気がさして、『一人の方がいい』と願ったときもあったじゃないか」

「そうだね・・・。もしかすると、怖いのかもしれない。だから呼吸をすることも忘れて、考えすぎてしまうのかもしれない」

「人間は愚かだよ。一度味わった幸福が離れていくことに、異常なまでに執着心を持ち、そして怯えて、自らを不幸にさせていくんだから」

そんな会話を頭の中で繰り広げながら、寝息を立てている彼を見て、一言呟きそうになるんです。

「孤独の言う通りなのかもしれないね」って。

そうしていつも、ふとした瞬間に孤独はワタシの横へと腰掛けて、ポツリポツリ語りかけてくる。

それが心の中に潜んでいる、孤独という名の不安だということを分かっているかのように。

不安の限り

幸せなことを考えるのは、とても難しいと思ってしまう。

けれども、どういうわけか不安だったり、内に秘めているマイナスな部分は思いつく限り、無限に出てきてしまうような気がするんです。

将来に対する不安。

今の現状への不安。

自分がやろうとしていることへの不安。

周りと比べた時の不安。

そして一番は、自分自身というものが見えなくなっていく不安でした。

それは呼吸と同じで、どれだけ深く息を吸い込もうとしても、多く吐くことを心に誓っても、体は真逆の行動を取ろうとしてしまう。

幸せを思い描こうとしているのに、出てくるのは不安ばかりの妄想が、まるで呼吸と同じような感覚で何度も何度も繰り返されてしまうのです。

とても悲しいけれど、体にも、心にも争うことができませんでした。

どうしようもないことなのに

本当は、自分が一番分かっていました。

どうしようもないことだということを。

そして自然に身を委ねるようにして、時間が過ぎ去ることを待つようにしなければいけないことも。

けれども、それがうまくいかないから、どんどん不安と共に不満が溜まるようになっていきました。

理想と現実を比べて、小さな言葉に一喜一憂して。

そんな自分がまた嫌になっての繰り返し。

もう本当はわかっていたんです。

自分の心を傷つけ続けているのが、ワタシ自身だということを。

けれども何が正しくて、どうしたらいいのかが分からないから、一人で悶々とする頭をなんとかクリアにするために、また考えてしまう。

その時、ふと思ったんです。

ワタシが孤独を怖がることは、一人になることを恐れているわけではなく、嫌われて存在価値を認められなくなってしまった悲しい過去に、戻りたくないからなんだってことに。

一人になることは、楽でした。

けれども声をかけても、関わろうとしても空気みたいに触れられもせず、そして存在を忘れ去られてしまうことが、何よりも怖かった。

そして、そんな彼らと唯一繋がる方法は、自分を犠牲にして、彼らが求めたことを従順にやること、それだけでした。

だから一人は怖くないんです。

社会の中に属していない今、いつしか一人から独りに変わってしまうことが、一番怖くて仕方がないのかもしれません。

自分の心を隠して、相手に合わせなければならなかった人生に戻ることも、そして、それをしなければ相手にもされないことも、全て分かっているからこそ、孤独を感じる場面になると、記憶は蘇り、恐怖へと変わっていく。

いつまでも過去に縛られ続けながら、今を生きていることが苦しいんだと分かったような気がしました。

けれどもそれは、今のワタシが何かを言ってもどうしようもないこと。

だってワタシは、社会の中に属していないのだから・・・。

再び現れた孤独

「なあ、キミが怖がっていた孤独の正体がわかったんだって?」

「・・・うん」

「それは一体、どんなものだったんだい?僕にも教えてくれよ」

「ワタシはただ一人になることが怖かったわけじゃないんだ。自分の気持ちを隠してまで相手に合わせていたあの頃に、戻ることが怖かった。だから、ふとした瞬間に過去の記憶が蘇って、楽しかった思い出も記憶も塗り替えようとしてくるの。それが、とても不安でたまらなかった」

孤独は何も言わずに、ワタシの横に座ったままでした。

「今のワタシには夢がある。でも、その夢も大好きな仕事と引き換えに見つけたもの。でもね、もうすぐ失業保険が終わると、正真正銘の無職になって、もう一度社会と関わる機会を作らなければならないんだ。それがとても怖いんだと思う。『同じ思いをするんじゃないか』『もっと悲しい記憶を刻まれるんじゃないか』って。そうなったら、ワタシは本当に追いかけたい夢まで捨ててしまうと思うから」と。

すると孤独は、「キミが無職になることも、社会に溶け込めるか不安になることよりも、もっと周りを見てごらんよ。今のキミは本当に昔のままかい?誰ひとり話しかけてくれなかった孤独なキミのままかい?」

「・・・ううん、違う」

「だろ?愛してくれる人がいる。心配して遊んでくれる友人がいる。そして、キミの夢を応援してくれる人たちがいるじゃないか。もう、過去のキミなんかじゃないんだ。そして、キミ以外の全ての人たちは、今のキミを見ている。過去の世界に足踏みしているのは、ただ一人だけだ」

「・・・」

「もう分かっているだろう?孤独に怯えるのは、どこかで甘えていることと同じさ。それとも、今の自分を見てくれている人たちがみんな嘘をついていると思うかい?」

「いや、そんなことはない!」

「だったら、もう答えは見つかってるじゃないか。キミは過去に多くのことを体験してきた。そのどれもが幸福とは言えないものばかりだったことは、僕もよく知っている。だから今度は、今のキミと、そして大切な人たちと歩いてみるんだよ。そして不安になったら、彼らに頼むんだ。『一緒に立ち止まって、深呼吸をしてほしい』って」

「深呼吸?」

「そうさ!新しい風を取り込んで、何も考えずに息を吸い込むんだ。きっとその時に分かるはずだよ。そして周りの音に耳を傾けてみなよ。僕の言っている本当の意味が、今のキミならきっと理解できるはずだから」

「分かった。やってみるよ」

そんなやり取りをしていたはずだったけれど、孤独はいつの間にかどこかへ行ってしまったんです。

ワタシに言葉もかけないまま、空気のように…。

大きく息を吸い込んで

「ねえ、ましゅぴ。ちょっとだけ深呼吸してもいいかな」

「ん?どうしたの?もちろん。一緒にしようか」

そこでワタシは、孤独に言われた通り、やってみることにしました。

ゆっくりと息を吸い込んで、大きく息を吐く間、周りの音に耳を傾けて、呼吸の中にいる空間に体を委ねて。

すると、今まで聞こえてこなかった音が少しずつクリアに聞こえてくるようになったんです。

その音たちは、決して冷たさをまとっているわけではなく、一つの生活音として聞こえてくるものばかりでした。

そして横には、同じように呼吸を繰り返す彼の姿がありました。

ただの深呼吸だったけれど、確かに感じたのは安心と温もりだったのです。

そのことを、孤独はワタシに教えてくれたのかもしれません。

忙しかった頃、深呼吸をゆっくりしている暇なんてありませんでした。

うつ病になってからは、息を吸うことさえも忘れてしまうほど、別のことが頭の中をぐるぐると駆け巡っていました。

きっとワタシの心の中で、ようやく一つ整理がつき始めたのかもしれません。

考えてカチコチになった頭が、じんわり熱を帯びていくように、ほぐれていく感覚を確かめながら。

大切に呼吸を整えていくことを、何度も繰り返したんです。

肩に力が入っていたから、なんだか全身がじんわりとしていたような気がします。

考えることは、悪いことではない。

けれども、考えすぎてしまうと周りが見えなくなり、そして気付かないうちに孤独の中へと深く入り込んでしまうこともある。

その長い洞窟のような場所で、ワタシはいつもまでも不安だけを見つめ続けていたのでしょう。

外では大きな声で呼んでくれた人がいたのに。

救出しようと一生懸命になってくれていた人がいたのに。

ワタシは進むことも、助かろうとすることも、少し前までは諦めてしまっていたんです。

とても簡単なことに気づく方が、難しい時だってある。

だからこそ、ワタシは今ようやく洞窟から抜け出す準備を始めました。

幼い頃から続いた過去ではなく、ようやく動き出した今の自分と大切な人たちと共に。

そして今日もワタシは誰かを誘って、目の前にある温もりを感じ、優しさを分けてもらっています。

大きく息を吸い込むことで・・・。

 

 

 

ナイーブな私に勇気をください

  1. より:

    誰しもに存在する「孤独」という意識ですが、
    それを恐怖と感じるか、共存していくのか。
    選択肢は他にもあるのでしょうけど、

    でも先ずは受け入れることで、
    そこから抜け出せるヒントを得られるし、
    きっと孤独は完全に消滅することはないけれど、きちんと向き合おうとする心構えの大切さに気付かされました。

    美しい景色や美味しいものを食べたことって、
    それを経験した人しか、誰かに正しく伝えることは難しく、
    逆もまた然りで。

    「孤独」の姿を見た事のある人だけが、
    それで苦しんでいらっしゃる方や、
    “一人でいること”の方にさえ怯えてしまっている方に寄り添える。

    深呼吸というお守りを手に入れて書かれた、このお話自体が、きっと誰かのお守りになると思います。

    しかし人体構造的にも深い呼吸は大切ですね。

    • オリエンタル納言 オリエンタル納言 より:

      読んでくださり、ありがとうございます。感想の中にもあった「孤独を恐怖と感じるか、共存していくか」という言葉に、とてもハッとしました。
      ワタシは今まで恐怖感を抱き、その中で必死に共存することを選んでいたような気がします。孤独という言葉の中には、無数の感じ方や捉え方があって、それぞれに考え方も違うし、新たに生まれることもあるだろうなと思いました。
      多かれ少なかれ孤独は存在していて、いつも心の奥底に潜んでいると思います。けれども、たった一人で向き合うのと、誰か別の人と一緒に向き合うのでは全く違う景色が見えてくるんですよね。
      深呼吸をしているときに誰かがそっと手を繋いでくれたら、そばで一緒に呼吸を整えてくれたら、きっと孤独も少しずつ薄らいでいく。
      一番大切なことは独りで向き合うのではなく、寄り添ってくれるもう一人がそばにいることなんだと思います。
      感想を読ませていただき、改めて自分自身の心と向き合おうと思いました。
      とても素敵な言葉を、ありがとうございました。

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