私には今でも忘れられない、大切な言葉があります。
その言葉は、保育士をしていた頃にクラスの子が言ってくれた言葉でした。言われた瞬間、ハッとしたと同時に、「今の気持ちをずっと持ち続けていよう。そして、この先の人生でも大切にしていこう」と思った出来事でもありました。
ある日の朝、1人の女の子が私にこう聞きました。
「ねえ、なごんせんせい!せんせいのたいせつなひとはだれ?」
「青色組(仮名)のみんなだよ!」
「それはしってるよ〜。そうじゃなくて、ほかにいるでしょ?」
「うーん。そうだなぁ・・・。先生のお友だちとか、あとは先生の家族とか?」
「それってパパやママってこと?」
「そうだね。みんなと同じくらいたいせつだよ」
「そっか」
そう言って彼女は私の目の前からいなくなり、急に机に向かい始めました。
おもむろに一生懸命机に向かって何かをしている姿に、さっきの質問と何か関係があると思い、「何をしてるの?」と聞くと、「まだだめ!」と言われてしまいました。
「えぇ〜、寂しいじゃん・・・」と言っても、「へへっ」と笑って誤魔化されるだけ。
この時は、本当に何をしているのか全く見当もつかなかったのです。
彼女の差し出したもの
なんだか気になるやり取りをした後、一向に何も話してこなくなり、私は気になるけれど、聞いていいものかも分からずに、とりあえず様子を見守ることにしました。
お話が大好きな彼女が、帰るまでに黙り続けるはずがないと思っていたからです。きっと、何か考えがあるのだろうと、その場ではそっとすることが1番だとも考えていました。
けれども、昼食の時間になっても、おやつの時間になっても何一つアクションを起こしてこないことに、私の方がなぜかソワソワしていました。
何度も(我慢、我慢。きっと言いに来てくれるはず。あの質問の答えはきっと、そのうちわかるはず)と、なんとか我慢をし続けることに必死でした。
しかし、とうとう帰る時間が迫っても、彼女は何も言う事もなく、友だちとブロックをしたり、おままごとで遊んだりしていました。
きっと朝のことなんて忘れてしまったのかもしれないと諦めていた時、ふと身につけていたエプロンを片付けて、鞄の方へ向かっていったのです。
すると2つの封筒を持ってきて、私の前に立ち、こう言いました。
「せんせいのパパとママに、このおてがみかいたんだよ」
「えっ!?どうして納言先生のパパとママに書いてくれたの?」そう聞いた時、彼女は想像もしなかった言葉を口にしました。
「なごんせんせいのことだいすきだから。せんせいのだいすきなひとは、わたしもたいせつなの。だから、このおてがみあげる!」と。
その封筒には、私のだいすきな色とお気に入りのシールが使われていました。一生懸命覚えたひらがなで、私の両親に手紙を書いてくれたのです。
その優しさに、純粋な気持ちに、言葉で返すことができず、私はそっと抱きしめるという方法しか浮かびませんでした。
ありったけのありがとうを、伝えるように。
たいせつなひとの大切な人
保育士をしている時、子どもたちには私の全ての愛情を注いできたつもりです。確かに、低賃金で重労働だし、不満もたくさんありました。
けれども、子どもたちの笑顔を見られるのなら、喜んでくれるのなら、そんなことはどうでもいいと思ってしまうほど、子どもたちに対しての想いは大きかったかもしれません。
もちろん、保護者の方にも感謝をしていました。
子どもたちと出会わせてくれたこと、そして私という人間を先生として対等に見てくださったこと。けれども、それ以上に子どもたちにとっては、誰よりも大切でかけがえのない人だという視点では、見ることができていなかったかもしれません。
しかし、彼女がくれた手紙を見て、言葉を聞いた時、「子どもたちのたいせつなひとは、私にとっても大切な人なんだ」と、初めて意識的に考えるようになりました。
子どもたちと話していると、「いえでこんなことをしたよ」とか、「いっしょにあそんでくれたんだよ」という言葉には、必ず家族の存在がありました。
無意識かもしれないけれど、子どもたちの心の中には、いつも大切な人たちがそばにいたのです。
子どもたちの笑顔の先には、家族の存在がいることを、初めてちゃんと知ることができた瞬間でもありました。
それからでした。
私が子どもたち以外にも、子どもたちのたいせつなひとも大切にしようと心から思うようになったのは。
子どもたちから学ぶこと
正直、私は子どもたちに教える立場ではなく、常に学ぶ立場だと思いながら接してきました。
時には叱らなければいけない事もあったし、本気で喧嘩をしたこともありました。けれども、大人とはいえ、大きな友だちとして対等に接し、安心と信頼をおける存在になれるように接してきたのが、私なりの保育のあり方です。
もしかしたら、「保育士として、そのやり方は間違っている」と思われていたこともあるでしょう。ただ、子どもたちのことを考え、その先の大切な人たちのことを考えていた人は、きっと少なかったと思います。
子どもたちも、そして私だって、大切な人を大切に想ってくれなければ悲しいですから。
それを、彼女は何気ない日常の中で教えてくれました。
そして、保育士を辞めた今でもあの時の出来事は、大切な思い出として、人生の大きな基盤として残り続けています。
たいせつな人の大切な人を大事にする。
当たり前にできるようで、とっても難しいことだと思います。純粋な心を持っていたからこその発想だとも思っています。
「あなたは、今できていますか?」と聞かれれば、胸を張って「はい!!」ということはできません。
けれども、この先の人生の中で常に心の中には持ち続けていたい気持ちなのです。
全ての人を大切にすることは、誰だって不可能です。ただせめて、自分の目の前にいる人を、そして、その先にいる人たちを想い、大切にできる人間でいたいと心から思います。
純粋で真っ直ぐな気持ちを忘れないように。
彼女からもらった、大きな愛を胸に残し続けられるように。
今日も私は、自分に関わる人を大切にしていきたいと思います。
ナイーブな私に勇気をください
大人にも言えることですね。
マイナスの面しか見えず、友人や家族にとって大事な人を自分の考え方で否定する。
根本にあるのは子供のように素直な心が育っていくとともに失われていくんでしょうね。
でもたまにですが、この人は作りものじゃない優しさを持ってるとゆう人に出会うことがあります。
悪口や陰口は絶対言わず、人を褒めることに長けてる人が。
観察してるとそうゆう人はある共通点があることに気付かされました、自分を愛して大切にしているとゆうことです。
親御さんの育て方か、その人固有のものかは分かりませんが、余裕のようなものを感じます。
自分って反面教師で与える余裕がない人は、与えることも受け取ることもできない、与え続けれる人は枯渇することのない愛や大切が常に周りから補給されているんじゃないかと。
穿った考えで他人を判断するのはいけないことだけど、染み付いた考えを漂白するには、常に自分をアップデートしていかないといけないと感じずにはいられない記事でした。
読んでくださりありがとうございます!
大人になればなるほど、子どもの頃に持っていた純粋な気持ちが薄れていくような気がしてしまうんですよね。
ただ保育士をしていた頃、彼らと関わり触れ合っていた頃が、1番私らしく純粋に生きていたのかもしれません。
感謝を伝えること、間違った時には謝ること、喧嘩をすることもあるけれど、派閥や争いを起こすことで誰かを傷つけるのではなく、当人同士で向き合い、そしてまた手を取り合い、何事もなかったかのように友だちになれること。
無駄なプライドを捨ててシンプルに生きていける、そんな人になりたいなと今でも思います。
子どもたちと会うことはもうできませんが、少しでもあの頃の気持ちを忘れずにいたいです
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます☺️